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2006年10月13日 (金)

皇国の守護者(2)勝利なき名誉/佐藤大輔

承前:皇国の守護者(1)

 第二巻を数日前に読了した。読み出すと止まらない、相当な自制心が必要だ。これは北方三国志や、北方水滸伝の頃と似通っている。私自身が受容する時期であることと、内容が緻密だからかと思っている。作者は、世界を創っている。ジャンルとしては、近頃ようやくネットを見て知ったのだが、「仮想戦記物」というらしい。そういうものは読んだ覚えがないのだが、おそらく今後も読まないだろうが、皇国の守護者は多分それらと異なっているような予感がする。

 今の前提としては、パラレルワールド、丁度明治期の日本のような雰囲気である。皇国の北領(つまり日本の北海道に似ている)に突然帝国軍が進入してくる。この帝国軍は、帝政ロシアとオーストリア・ハンガリー帝国と若干ナチスとを合わせたような帝国なのだが、実に簡単に皇国の北領を占拠する。
 皇国軍一万八千兵はなすすべなく、水軍の助けで脱出するわけだが、その殿軍、つまり追いすがる帝国軍を阻止する役割が新城直衛大尉であり、彼が主人公である。それが一巻だった。

 ときどきごくまれに、文章がねじれていて文意を正確にくみ取れない部分もあるが、それはごくわずかだ。と、断った上で、この作品の第二巻に入れたことを内心うれしく思っている。第一巻で気に入ったのだから、すぐに読めば良かったのだが、外界諸事情で自制が強く働きすぎて、今にいたった。
 あと九巻まで机上にある。
 この二巻は四つの章で組まれている。順に思い出しながら、後のメモとしておこう。

第三章 許容もなく慈悲もなく
 大尉とは、大隊を指揮している。初めから大隊長ではなかった。負け戦の中での、上級将校戦死による戦地任官である。もともと400人の兵がいたのだが、帝国軍の捜索、それへの奇襲の中で、20名になっていた。すでに帝国軍では新城大尉のことが「猛獣使い」として知られている。千早(ちはや)という剣牙虎(サーベルタイガー兵)は通称猫と呼ばれ、一匹で20人以上の戦力をもつが、ともかく兵400が20になるまで戦っているのだから、そのしぶとさ、機略、どれをとっても新城の将校としての能力は他に類をみない。その間、帝国軍の消耗は、数倍に昇っている。
 普通、総数の半数を越える戦死者がでると、それは全滅として扱われるようだが、400が20になっても戦うとは、帝国軍の常識を外れていた。もちろん、祖国<皇国>でもこれは異常なことである。

第四章 俘虜
 皇国軍の主体が無事脱出したであろう時間になったとき、新城大尉は青旗をあげて、捕虜となった。
 新城の令名高く、なみなみならぬ待遇だった。捕虜交換も決まり、水軍の笹嶋中佐との約束により、帰国船待遇も保証されていた。
 捕虜交換のために来た秀才の皇国官僚は、新城の服が汚れていないことを見て、兵達と一緒に労働していないことを暗に侮蔑した。そこで、新城の面目があった。新城は、軍とは娑婆と異なることを自覚していた。将校が指揮し、下士官が指揮内容を実行し、兵が戦う。このことをわきまえない限り、烏合の衆に過ぎないことを、新城は理解していた故に生還したのだが。軍歴なき新官僚にはそれが分からない。このあたりの描写は圧巻だった。
 で、帰国間際に帝国皇帝の姪にあたる帝国辺境領姫ユーリアに謁見し、その際、帝国軍への帰属を求められた。もちろん、ユーリアの麗姿と負けん気の強さ、これら二つに新城は勝った。ここで折れたら、物語は李陵(りりょう)に変わる。

第五章 熱水乙巡<畝浜>
 捕虜として厚遇され、そして帰国船の中で時間がとれたとき、新城直衛は4~5歳のころ、内乱の戦野で知り合った蓮乃(10歳)と過ごした頃から、駒城(くしろ)家の育預(はぐくみ)として拾われ育てられ、15で幼年学校に入る頃までのことを順次回想していた。
 すべての回想は思い出したくもない歪(いびつ)で聡明で、莫迦に見られていた頃の苦々しい内容だった。歪さの原因の一つは姉と慕っていた蓮乃への恋慕がつのる一方で、恩ある駒城家の跡取り保胤(やすたね)の妾に彼女がなったことだった。直衛は内向し、歪さをむき出しにし、伽(とぎ)として与えられた女達への性癖は深刻なものとして現れた。直衛はそれらの噂も内容も黙ったまま、弁解も釈明もしなかった。単に事実にすぎない。
 そこに主人公のダーティーさが点描され、リアルな人物となって、私の前に立ち現れた。戦場における直衛の殺戮は、そういった歪さによる狂気ともいえた。直衛は決して上品な英雄ではなかった。
 ただしかし、読んでいる間中、鬱々しさも陰惨さも私の中にはうまれなかった。ひたすら、「そうか、そうか」だった。狂気の中に聡明さがなければ、生き残れなかった。狡知がなければ帝国軍とは対峙できなかった。なにか陽があれば、陰負の要素がある。その筆の運びに、私は陶然となっていた。

第六章 <皇国>
 帰国した。
 三十前で(27歳)少佐になっていた。しかも、陸軍だけでなく、水軍においても(名誉)少佐を与えられた。
 異例中の異例。この昇級は、皇国軍にあっても、五人とはいない。

 駒城(くしろ)家当主篤胤(あつたね)は謀略家だったが、いまは隠棲している。擬態であるが、世間も他の将家(この世界での実力者:五将家といわれ、徳川将軍のようなのが五家あって、皇国を分領している)も代は保胤に移ったと考えている。篤胤は少年直衛を見込み、元服させたとき、彼に「城」一字を与え、新城家を造り与えた。
 その篤胤と息子保胤とは、英雄・新城直衛にある密命を与えた。皇国皇主に凱旋の奏上に際し、あることを上奏することを計った。
 一方、帰国を祝し、特志幼年学校同期の四名が直衛を料亭に誘った。その中の一人、羽鳥守人(はどり・もりと)は、実は皇室魔導院の上級エージェント(勅任特務魔導官 )だった。

読後感
 気に入った点を書き出したら切りもないのだが、私好みの第二巻だった。第一巻は剣牙虎(けんきこ)の千早と、負傷した天龍の坂東一之丞(ばんどういちのじょう)が気に入ったが、この巻では皇室魔導院の存在と、実体に興味が向いた。
 また新城直衛の少年期の常軌をはずれた歪さにおどろき、それが現在の直衛のある部分に残り、それがまた英雄の条件となっていた、そういう描写に気持ちがこもった。
 そう言えば、かのヤマトタケルは、双子の兄を股裂きにして厠(かわや)に投げ込み、熊襲の英雄を女装して襲い、出雲建をだまし討ちにした。
 英雄とは、現代的な道徳とは別の世界に生きる者かもしれない。

 なお、特志幼年学校時代の仲間との歓迎会は、延々と山海の珍味、美酒、調理法に彩られ堪能した。おなかがぐーとなり、美酒に喉の渇きを覚えるほど、達意のものだった。

参考
  皇国用語集

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