皇国の守護者(9)皇旗はためくもとで/佐藤大輔
皇国の守護者(9)皇旗はためくもとで
数日前に読み終えて、まよっていたのだが、初めと終わりがあれば薩摩守(さつまのかみ)ただのり、キセルと言葉を尽くしても古い用語は理解されないだろうが、(3)~(8)と充実していた。よしとしよう。
さて。
作者によって放り出されたところと、読者Muを満足させてくれた両方についてメモを残しておく。
作者に放り出されたまま
1.天龍・坂東一之丞(ばんどういちのじょう)のこと。龍族のことをもっと知りたかった。
2.導術師たちのこと。反乱軍によって導術ネットを停止されたのかどうか、今ひとつ不満足なまま消えたような。
3.帝国の策謀が消えて、帝国のユーリア姫が新城と仲良くなりすぎて、帝国と皇国との緊張感がうすれたこと。
4.皇国水軍の、反乱時の動き、働きが薄くなったこと。つまり皇国水軍・笹嶋中佐が宙にういた。
5.第八巻がやや中だるみとなった。これは帝国水軍を使った、反乱軍と帝国とのパイプがあっさり消えたことにもよる。
6.平時における殺戮場面や性的描写は、相当にスプラッタというか、グロテスクでもあった。そういう描写と、童女が巨大な戦闘獣千早にたいして「ちあや」となつく場面が交互にあらわれ、これが現代青年の気を惹く方法かと、しらずうなずいていた。ただし、何度も重なると、血潮が単に赤い絵の具にみえ、はみ出した内蔵がブタか牛のものに見えてきたのも事実である。
Muが最終的に大満足したこと
1.個人副官冴香、ユーリア、蓮乃、麗子。新城直衛をとりまく女達がそれぞれくっきりした。
Muのお気に入りはさて~。
2.駒城保胤と蓮乃の娘麗子がよく描かれていた。
駒城家(くしろけ)初姫・麗子と最強戦闘獣千早との関係は、非常に生き生きとしていた。
3.新城の性格がよくわかった。小心→細心→果断、この心の動きがわかりやすかった。
4.「作者に放り出されたまま」と上記にならべた一々は、この九巻によって突然悲劇的英雄的結末を迎えたことで、あとは読者が勝手に想像するか、あるいは「新城・皇国開闢記」を作者がつくることで、収まることかもしれない。そういう可能性への期待感が最後に残った。
5.この世界での皇国と帝国との関係、経済関係、帝国の膨張政策、皇国の自衛。このあたりの書き込みが、立体的に色鮮やかに浮かんできた。つまり、この作品は「世界」をきっちりと造ったと、思った。
6.半ば狂っている唯我独尊の新城直衛に、ときどき愛情や友情がきらめき、またほの見えるところに、最後の9巻までひっぱった筆力があったと思う。どんな世界でも、忠誠、愛、友情。これらは破壊されつくした振りをしても、やがてまたわき上がってくる。エンターテインメントとは、そういうものを塩梅よく描いたものなのだろう。それがないと、猟奇犯罪実録になってしまう。
作者は半ばSF、半ばファンタジー、半ば戦記物語という形式で、そこそこに深い洞察を随所にちりばめていた。
一つは皇主正仁(まさひと)の立場への言及。これは正仁の弟、親王殿下の動きにはっきりと現れてくる。君臨すれども統治しない皇主、および皇族の考え方や行動、政治性、なかなかにわかりやすい。成り上がり者・英雄新城直衛が、このあとどういう立場を貫いていくのか、未生の物語をぼんやりと想像する。
一つは、軍事組織と軍人の心性をわかりやすく露骨に描いていた。これは軍を知らないMuには圧巻だった。「組織」というものの典型が軍にはある。その訓練の過程、将校、下士官、兵の三者関係。よくわかった。
一つは、異世界を背景にして、日本のこの140年間分ほどの歴史を皮肉と真摯さをまぜて描いたもののように思えた。新城の奇矯な成り上がりすね者の目からみた皇国が、日本に重なって見えた。それがおもしろかった。
以上、ほとんど一気呵成に読み終えた。
ああ、おもしろかった!
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