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2006年10月16日 (月)

風景と歴史

 幼稚園にあがる前から京都の嵐山、嵯峨野、車折(くるまざき)近くで育ったせいか、雄大な大自然の風景には馴染みがない。もちろん、旅先で見かける海の大きさや、TVの大自然映像を前にすると食い入るように魅入ってしまうのだが、日常の頭の中には人が関われる細やかな、なだらかな、おだやかな自然風景がある。
 私は人がかかわった自然、風景が気に入っていると自覚してきた。
 大昔のことなら歌に詠まれたような自然で、近来なら寺社仏閣が山間にあるような、山と建物(人工)とが融け合った風景が好きだ。

 だからどうしても、人に話すときは観光地名所旧跡になってしまい、そのような美的なことに細心な人達を前にすると、言葉がとぎれてしまう。一々を写真で見せれば私の好みの風景が分かるはずだが、煩雑だし、私の好みを見せてもしょうがないと諦める。ただ、こんな文章を記してしまうのは、好みの友であれ気に入った芸術家、作家であれ、有名人であれ、ちょっと「すごいな」と思う人達は、大抵私と正反対の気持を文章や会話で示してしまう。私は表だってそういう人達に反論したことがない。自分が尊敬したり、認めている人達にはあまり反抗しない素直な性分なのだろう。

 富士山がある。近くに兄が住んでいることもあって、十代は間近に見たことが多かった。その後は、新幹線の窓から食い入るように見るだけだ。しかしこれを雄大な大自然とばかりみてはいない。人の関わった私の好みの風景としてみている。人の歴史がうしろに見え隠れするからなのだと、分かっている。
 誰でも知っている山部赤人の歌に、……語りつぎ、言ひつぎゆかむ。不盡(ふじ)の高嶺は。とある。その反歌に、
  田子の浦ゆ打ち出てみればま白くそ不盡の高嶺に雪はふりける
とある。
 私の風景と歴史とは、こういう富士山をさしている。赤人が歌って人々が口ずさんで、ずっと現代。私が今みれば歴史に裏打ちされた風景となる。だから側に富士山を仰ぎ見る赤人が立っている。それで風景が成り立つ。

 私は風景を幻視しているようだ。
 もう二十数年も同じ所に住んでいるが、西側に広い窓があって、夕日夕空のすさまじい時がある。言葉で表すと、七色に煌めく西方浄土の荘厳と言い尽くせる。しかしそういう宇宙的夕焼け空は瞬時にして、山越阿弥陀の曼荼羅に変わってしまう。阿弥陀さんはやがて大津皇子に変わり、すぐに龍になって朱い空の果てに飛んでいってしまう。
 嵯峨野小倉山を眺める、歩く。するとすぐに二尊院あたりに庵をもった藤原定家が目に浮かびやがて定家の目になって歌など一首作っている(実際に作るわけではない)。落柿舎などに近寄ろうものなら、すぐに俳人になってしまう(一句詠むわけではない)。

 どこへいってもかしこへいっても、そういう幻視を持ってしまう。幻視を持てない場所だと、ただの山、そこらの海川になってしまう。
 「美」を自らが見極めるというのは傲慢な態度だとさえ感じてしまう。誰かが美しいと言って、歌にうたって、代々の人達が伝えてきたとき、始めて私もそういう代々の人達と一緒になって、「わっ、すばらしい」と、ため息をつく。

 こういう私が観光地で、金閣寺で足利義満を、銀閣寺で義政を、三輪山で大物主神を、橿原で神武天皇を幻視して、それを「おお」というのは当たり前だ。しかし、その当たり前のことは気恥ずかしくて友たちに語れない。
 現代人は、「美」というものを「風景と歴史」の中で見るのでなくて、そのもの個人のセンスとか感受性の中だけで、孤立した状態で良いの悪いのと言う。

 私は幻視するものだけを佳いという。幻視の中身は伝えられない、伝えにくい。だから、首をかしげて黙り込むしかない。 

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コメント

(無常といふ事)

 Muさんの『風景と歴史』を読んで、小林秀雄の『無常といふ事』を思い出していました。

 比叡山へ行って、その風景を見ているとき、突然はっと、鎌倉時代のなま女房姿が目に浮かぶ・・。小林も(美)というものを(風景と歴史)の中で見ていたのでしょう。

 先日、友人から面白い話を聞きました。高校で取り扱われる(歌)はきれぎれで、(春)の歌から2~3首、(恋)の歌から2~3首を読んで(ハイ、これで古今集の歌がわかりました。)などと教えられてしまいます。それで、友人は古今集の(冬)の歌30首ほどを、三学期に全部読むそうです。(春の歌だと200首ぐらいになるので。この歌の数の違いだけでも、いかに春という季節が好まれたかがわかります。)
 そうすると(冬)の初めの歌は、(秋を惜しむ心)が詠まれ、終わりに行くと(春を待つ心)へと変わっていくことがわかります。この心には現代人も通じるものがありますが、心が別のことでいっぱいになっているから、その(美)をつかむことができないんでしょうね。

 記憶するだけではダメで、(風景と歴史)の中に、(美)をうまく思い出さなければならないのだと思いました。

投稿: wd | 2006年10月17日 (火) 08時26分

 ただの山川と幻視する山川との違いは、私に脳があって、そこに出生以来さまざまな記憶がある。記憶にあるのかないのか、その違いだと思います。
 ただの山川は、最低限の「これは山」「これは川」なのだと思います。
 特別な能力があるわけじゃないから、幻視しようがない。もちろん一定の連想はします。すでに定着している「富士山」と比べたりは、しているでしょう。

 その記憶のほとんどは、読書体験です。昔の生活のように、父母や祖父母から、あるいは村の古老から口承を受けたわけじゃない。

 読書の中身には、小中高で得た教科内容も大きいです。たとえば、中島敦(漢字は?)とか、古典、漢文、現代文、から得た断片知識から、気に入ったものは原典(外国物なら翻訳です)に入ったものもあります。史記とか増鏡とか、ですね。古事記は、それなしで「子供古事記」から入っていましたが。

 つまり。私の場合は、人の話よりも、そういった読書体験の積み重ねから紡ぎ出された風景と歴史です。

 乱読ではなかったです。読書量も、一冊読んで気に入ると、しばらく次が読めない体質だったから、わずかです。しかし、それが何十年も続くと風景と歴史は重層していき、実体を持ってきます。ピークは二十代でした。

 というわけで、鎌倉時代という知識があって、それ以前の最澄さんという知識があるから、比叡山に登っても、ただの寺じゃなくて、歴史とか美観に裏打ちされた風景になるわけです。
 当然ですが、記憶とは、暗記とは全く別ですね。言葉から得たものを脳内では、イメージの連続として持っています(私の場合)。いちいちを言葉で再現できるようなものじゃない。

 そんなわけで、私の中には歴史に生きた数千人の人達が住んでいて、私を作り上げている。
 だから、今の私がたった一人で「美」なんていえないわけです。数千人のだれかが、ないし何割かが私に幻視させたとき、「ああ、ええなぁ」と言うわけでしょうね。

 そうそう古今集。
 歌は、いくつも連なって大きなイメージを持つと思います。短詩という形に、みんな騙されて、「短い言葉の中に宇宙がある」とかおっしゃるようですね。私は、嘘と思います。あはは。

 となると、奥の細道であって、ああ松島や、だけではいかんともしがたいわけです。

投稿: Mu→Wd | 2006年10月17日 (火) 09時22分

おはようさん ハノイだす

 もう一週間が過ぎたです。久しぶりに仕事をしてます。場所はハノイ工科大学の隣だす。事務所の前には露天商が果物、野菜、色んなものを売っています。

豚を五匹もバイクに積んで走るし、一家四人でバイクに乗る風景に慣れました。

田舎の風景では、昭和二十年代の北河内の農村の風景が展開しています。還暦を過ぎ私の環境も又、昔に逆戻りしました。

 アメリカ、欧州しか知らない私にとりベトナムは何処か懐かしい故郷に帰ったようです。

この場所で、私が今後どれくらい暮らすんだろうか?何かここの人々に貢献できるんやろか?自問自答です。

 正月の休みはふうてんさんと遊びに来ませんか?

投稿: jo | 2006年10月17日 (火) 11時38分

JOさんめずらしい。まだ外地なんですか。

 しかし正月にでてこいとは、なんとも、……。なんとなく、ひ弱なMuは水にあたりそうです。

 昭和戦後すぐの風景なんですね。
 どんな国なんでしょうね。
 ただ、Joさんはなんたらかんたら工科大学におるはず。そういうとこだと、世界中変わりはないとも思えます。
 キャンパスを一歩でると、タイムマシン。想像すると、奇妙な印象を受けます。

投稿: Mu→Jo | 2006年10月17日 (火) 13時17分

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