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2006年10月21日 (土)

ちょっと秋の深まる10月近況

タイトル通りの話。なにかまとまったことじゃなくて、近況のメモ

1.皇国の守護者/佐藤大輔
 これはすでに(1)反逆の戦場、と(2)勝利なき名誉、とをMuBlogに載せた。全9巻なのだが、(3)以降をMuBlogにまとめることに足踏み。事情は簡単で、実は今は(6)の半ばまで読み進んでしまった。くだくだと感想文を載せる前に、引き込まれてしまって先に進みすぎたというわけ。
 つまり、MuBlog掲載よりも、はやく全部読み終えたいという気持が強い。
 もう少し考えてみると、Mublogはいろいろな記事を出してきたが、それは教師らしい一家言癖、サービス精神の発露でもある。だが、サービス精神よりも、自分が楽しみたいという気持が強くなると、『皇国の守護者』を未読の人や既読の人と分かち合わなくてもよいじゃないのう、という思いにみたされてきた。
 と、こう書いてみると気持が楽になった。あとは一気呵成に9巻まで瞬時に完読。
 私は、読書が好きなようだと、自覚した朝。

2.発達障害:アスペルガー症候群
 昨夜NHKで発達障害について特別な番組があった。自動車で声だけを聞いていたので正確にはわからなかった。幼児期、学齢期での発達障害に該当する子供の保護者、特に母親達は随分苦労しているようだ。難しいのは、家庭の育て方と子供自身の障害との関係が、世間では見分けがつきにくいことだろう。そしてまた、気質なのか病質なのか、わかりにくい。
 さらに、「障害」という用語の妥当性も、いろいろ考えた。
 というのも。事例では、成人の医師が発達障害であるシーンもあって、ご本人が半生を振り返っていた。
 一々に深く興味を持った。
 その、私なりの事情もある。
 私は幼稚園ころに相当深刻な不適応を現したようで、小学校入学時には、母親がせつせつと先生に相談していたのをうっすらと思い出す。いまでいうと、重度のひきこもりをしていたようだ。それと、幼稚園とか小学校に強度の恐怖感を持っていた。高校になっても、日々最終授業終わったとたん、京福電車に全校一番に乗車していた。数分も高校に残っていなかった。当時の友達の語りぐさになっていた。「話がある、Muはと思って、あわてて駅に行くと、電車の先頭窓(運転手の横)に立っていた」と。
 また、二十代には日中外界の刺激が脳に強く作用し、消えず、非常に特殊な睡眠障害を起こしていた(眠れないのじゃなくて、つまり、……夢と現実とが相互干渉を起こしていた)。

 なお、アスペルガー症候群とは、専門用語なので私には定義しがたいが、世間的には、普通の知能を持った者の自閉症、と考えるとわかりやすいようだ。よく似た専門用語にサヴァン症候群というのもあって、これは足し算ができなくても、全国駅名を暗唱できるというような特性で、全く異なるようだ。

 社会適応という点で考えると、私の場合とりあえずボロがでないように注意深く振る舞っているつもりだが、随分変だと、若いころから言われてきたし、友人も多くない。とは言っても長く生きているからある程度は友人知人もいるが、それなりに彼等彼女らもなんらかの、普通とは異なる者が多い。
 変わり者ばかりと知り合いになる。
 類は友を呼ぶ。と、いったところか。

 いつも話題にする風雪梅安一家のメンバーも、社会的には高い適応力とそして高い成功をおさめはしたが、付き合っていると、ものすごく「おかしい」。つまり、わが友たちも成功するほどの努力と幸運がなければ、ものすごくしんどい人生だったのかもしれない。
 その頑固さ、執念、奇矯な趣味、日常、……。
 と、いつもなら(笑)と記すところだが、今日は笑っている場合ではない。

 人の事例を挙げるのは失礼だから、私の場合。
 現職について15年くらいになるが、これが小さな企業のこてこて営業社会なんかだったら、数日で不適応をきたし、ほんとうにやってこれなかったなぁと、長嘆息する。
 たとえば数日前に数えてみると、私は教授会や各種委員会に現職ついてから600回くらい参加している。それだけ参加していても、会議が始まる前日くらいから変調をきたし、気もそぞろになる。直前になると100%逃げ出したくなる。なにか指弾されるわけでもないし、なにかとうとうと演説するわけでもない。平均3時間程度ひたすら耐えているわけである。ほとんどの場合、私は質問されることもない。そういう言ってみれば穏やかな会議に600回前後出ていても、自閉的に苦痛を味わっている。
 これは気質を通り過ぎて病質だと、明確に自己診断している。

 その一方、2000回は優に過ぎている授業については、ほとんどの場合喜々として教室に出向く。詳しくはその事情や内容は言わないが、ようするにだからこそ、私は現職に向いているようだ。さらに決定的な事実は、毎年夏期の二ヶ月近く、研究室にはまず電話も来訪者もない(これも年齢や職責から考えると異様である)、キャンパスには人影もない、そういう環境でたった一人、平均10時間、しこしこと論文書いて、精読して、マシンを動かして、時々横臥している。熱中してくると独り言も言わなくなる。
 我が身を振り返ると、こういう非常に特殊な環境にいてこそ、なんとなく毎日にこにこ笑っていられる。
 そうでないなら、きっと強烈な不適応を起こして、本当に立ちゆかなくなっていたのでは無かろうかと、冷や汗がでる。近親者達も「そうです、そのとおり」と言う。

 ただ。責務の授業は司書科目(情報図書館学)が中心なのだが、なんとなく~、学生達には私と似たような者も散見する。「苦労するだろうなぁ」と、思って見ている。司書になりたいという、そういう資質の裏には、なんらかの自閉気質があるのかもしれない。もちろん、現実の司書は、自閉全開だとやっていけない。そういう食い違いの悲劇もまた、散見するところである。
 過去を振り返ると、昔の職場で私はそれなりに「普通のふり(笑)」をしてきたが、自閉の沼にどっぷり浸かっていた人達が、何人もいる。

 なお1に挙げた皇国の守護者の主人公、駒城家御育預(くしろけ・おん・はぐくみ)新城直衛は、戦場でなければ完全無欠の社会不適応者である。

3.日曜作家・浅茅原
 聞くところによると浅茅原先生は、今度の第四作『湖底宮』の創作手法に新機軸を導入したようだ。長さは先回の『巨石の森』が800枚にもなって推敲が辛かったらしく、今度は平均的な600枚程度に納めるとのこと。
 新機軸というのは、コンピュータを駆使するらしい。
 コンピュータを使ったからと言って名作(笑)が出来るわけもないが、そこはそれ、お考えもあるのでしょう。浅茅原先生にとっては、設計し素材を選び、「造る」ことが大切で、その造るについてコンピュータを用いる所に快感を味わうようです。もともと、SFっぽい志向が強い人ですから、まあ日曜作家、道楽も極まると言ってよろしいようで。
 しかしゲーム作家っぽく振る舞っていた時期もあるのですから、もとに戻ったというところでしょう。

4.いろいろな記事の種
 MuBlog通読者ならお気づきでしょうが、いくつかのシリーズやイベントで、いまだに記事にしていないものが沢山あります。そのほとんどはいろいろな事情、おもに気質から掲載していないだけで、やがて忘れた頃に載せることでしょう。周期があるようです。今は、読書の余香や、日々の木幡記に執着しているようです。

*.追補
 昨日夕刻に、四年生の学生二人と話する機会があった。新しいお茶をいれて、駄菓子を食べながら、四方山話をしていたら、あっというまに八時近くになった。実は昨日の午後は全身がだるく、いろいろなしんどさの中で責務を果たすのが遅々として、辛い半日だったが、夕刻からぼそぼそと話していたら、楽になった。私は、とうぜん普通の人としてふるまっていた、はずだ。
 社会に適応した普通人として、騙しおおせたはずだ(けけけ)。

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