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2006年9月12日 (火)

点と線/松本清張(新潮文庫)

 新潮文庫の奥付をみてみると、昭和46年5月発行で、平成17年6月には107刷になっていた。253pと、現代の小説に比較すると短い、中編とでもいえる。大体、現代小説は500p前後が多い。

 点と線が発表されたのは昭和32年らしい。私が最初に読んだのは文庫本だったから、まだ20代の初めだった。

 今度読んでみて、往時の印象が甦ったとは言わない。映画かTVでも見たはずなのだが、なぜか初読のような初々しさを感じた。社会の底辺、暗部に迫る清張節だからどれほど暗くてしつこくて、……。と、覚悟して読んだのだが、意外だった。やはり、こびりついた清張批判をそのままにしておかなくて、良かった、の思いがした。

 なぜ、いつごろから、どうして私が清張に、斜に構えた態度をとるようになったのか。わからない。

 未完の、遺作『神々の乱心』は気持を込めて読んだのだから、もとから清張がきらいなわけではなかったようだ。ただ、時折今もみかけるドラマなんかの惹句をみていると、なにかしら、大人の世界(笑)ばかりなので、避けてきた。会社の部長や専務が料亭でどうしたこうした、高級官僚が首つった、なにがおもろいのやぁ~。と、そんな気がずっとしてきた。

 いつもの癖で前振りが延々と続きそうで、この後は次回に、となりそうだ。

 登場人物にまともな大人が多くてほっとした。
 発狂しそうな環境(ふふ)で日々仕事をしていると、奇妙な若者じゃなく、こういうまともな大人がでてくると、ほんわかとする。丁寧だ。言葉使いもおっとりして、親切だ。
 特別に気に入ったのは福岡署の鳥飼刑事と、警視庁の三原警部補だ。終盤、この二人が相互に書簡を交換し、事件の感想、事件後の報告を知らせ合うのだが、この二通の手紙を読んだだけでも、心身によい風が通った。

 鳥飼刑事は五右衛門風呂につかって物思いにふける。二合の酒をじっくり時間かけて晩酌する。ウニやイカの造りが食卓に並ぶ。贅沢なのじゃなくて、海のそばだからだろう。
 三原警部補は行水にはいり、ビールを飲む。珈琲だけは銀座でなくては、とつぶやく。
 そんな二人がすれ違ったのは本当にわずかな時間だ。しかし、気持が通じ合っている。

 さて、推理小説の結構。
 一種の倒叙形式に近い。犯人は序盤から出現するXだ。これは数頁読めばわかり、二十数頁読みすすむとはっきりと、だれにでも分かる。これが解らない人がいたなら、その方は日本語が理解できない人とおもってよいだろう。だから、犯人あてではない。犯人のアリバイ崩しになる。そしてまた、我々が清張の世界を数十年間無意識に引き継いできたせいか、犯罪動機にも謎がない。当時、こんな動機が作品に込められたのが話題になったかとおもうと、隔世の感がする。昨今、TVドラマなんかで、高級官僚とその部下がいて、部下が自殺したなら、汚職と決まっている(笑)。

 だから、当時のことはわかりにくいが、現代人が読めば、犯人と動機と、それから交通機関をつかったアリバイ作りと、ネタはすべて出そろっている。だから、現代人でも、TVもみない、本も読まない若い人が、なにかの拍子に『点と線』を読んだなら、当時と同じ衝撃があるかもしれない。

 時刻表の行間を縫ってXは福岡県香椎と、北海道を行き来する。ダイナミックと言える。しかし連絡船名簿にはXの自筆があるが、搭乗者名簿にXの名が載っていない。それでは、福岡と北海道を短時間に往復することは不可能だ。当時の国鉄だと、多分数日かかる。
 だから、犯罪現場の犯行推定時刻に、Xは居なかった。アリバイ(不在証明)があった。
 だから、それを居たはずだと解き明かすところに、推理小説の原点があった。

 むしろ、国鉄香椎駅と、西鉄香椎駅との距離、徒歩8分前後が、なぜ犯人らしい男女連れには十数分だったかの、その謎解きに私は興奮した。

 だから、もうMuBlogの筆致は分かってくださったと思うが、元祖・社会派推理小説の新鮮な衝撃を再現しようとするわけではない。小説という一つの世界が、思った以上に作りが丁寧で、人物が親切で、上品だったことを、中編という一気に読み切れる中で深く噛みしめたということを、ぜひ記しておきたかった。

参考
  北九州の旅:松本清張記念館(MuBlog)

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コメント

 推理小説とかミステリー小説には、あまり縁のない私ですが、清張の作品は好んで読んだ記憶があります。

 『点と線』もその中の一つでした。
Xの美しい奥さんが書いたという随筆が、何気なく見せられるのですが、それがとても印象に残ったことを覚えています。それによって最後の結末もストンと納得ゆくんですよね。この作品は、技巧に走っていないところがいいですね。ちゃんと人間を描いているところが良かったです。

投稿: wd | 2006年9月13日 (水) 12時41分

 Xの奥さんのエッセイも、丁寧な内容でしたね。
 ところで。
 当時は電話なんかがまだ全国うまく繋がらなかったのでしょうか。警察電話なんかがあったとは思うのですが。父の仕事の関係で「鉄道電話」というのは幼時に耳にしていましたが。

 で、ひっきりなしに、電報の打ち合いなのですね。これがおもしろかった。そこで、奥さんを訪ねる三原警部補さんですが、なんとなく、突然なんですね。近くまできたから、ご挨拶に、と。確かにXさんの知り合いとは、玄関口で通いのおばさんに伝えはするのですが、昔は予告なしに尋ねてもおかしくなかったような気がしました。

 もっとも、今でも刑事が、どんな尋ね方をするのかは、どうなんでしょうね。「もしもし、今からそちらへ調べに行きます」とはいわないだろうけど、相手が参考人だとどうなんでしょう。
 ……
 ということで、技巧じゃないけど、現代からみると技巧のない技巧に思えました。

投稿: Mu | 2006年9月13日 (水) 23時16分

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受信: 2006年9月17日 (日) 19時40分

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