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2006年9月30日 (土)

万葉集・蛇神祭祀・倶楽部

 葛野研も暮れた。
 今日は土曜日。
 本当にこの九月は怒濤だったなぁ。

 今さっき、この夏二ヶ月かけた論文、萬葉集の精神の可視化を完全脱稿し、CDに入れ、一部印刷して封筒に入れた。
 昨日は、春四月から連載した『蛇神祭祀』が丁度100回目で、連載完了となった。
 昨日、上級生四名が倶楽部円満退職というか、ご隠居になられた。
 一週間ほど前には、葛野図書倶楽部創立五周年「誠会」も終了した。

 うむ。
 明日からは、小説をまとめて10冊ほど読むつもり。
 しばらく、なんもせん!
 おいおい、授業は? 
 ~はあ、そうでしたなぁ~

 なんとなく、今年は終わったような気分になった。
 楽しいことも、うれしいことも、辛いことも、悲しいことも、全部まとめて、時の癒しの中に消えていくなぁ。

 さて。
 そうそう、MuBlogにもぺんぺん草がはえてきたぁ(笑)
 なんとかしましょう。

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2006年9月28日 (木)

家持と保田與重郎

 ずっとぼんやりしてきた。いろいろあった。この2006年の9月は。それで思い出したが、9月は残酷な月だ。

 『萬葉集の精神 --その成立と大伴家持』保田の32歳の作品だ。この夏はあけてもくれても読んでいた。たしか500頁ほどあったが、一日十頁ほどずつの、遅々とした読書だった。大学生の頃の一夏、クーラーもなかった当時の閑散とした学食で一夏かけて読んでいたのが、この夏も頭の中にダブっていた。畏友のH氏は私の前でDHロレンスをもちろん原書でどんどん読んでいた。

 なにかしら大部で難解な読書をするのは、行をしているようで、時々ふふふと笑ってもいた。
 そのことの小論はすでに十日ほど前に脱稿していた、というよりも初稿を造っていた。読みながら書き、書きながら読んでいた。今夜が寝かせておく最後、あと数日で完成させる。
 私の保田論には読者が居ない。ムキになってこの十数年書いているなぁ、と思っている。しかし、なにかしら保田について書いておかないと寝覚めもわるかろうし、何十年か何年か後、悔やみながらおさらばするのも嫌だ。

 この記事のタイトルには、萬葉集の精神/保田與重郎、として正式な評論文にするつもりだったが、沈み込んでしまって、その気力がわかない。描かれた家持が去来し、ため息ばかりつく。そして、そういう家持を今から70数年も昔に書いた若干32歳の保田がちらちらとし、やはりこの世は同じ「人」でも、ものすごい違いというか、差があるなと、深くため息をふたたびついた。

 保田の結論じみたことだけを書いてもしかたないのだが、万葉集と東大寺文化(仏教、唐制)、これは大伴氏と藤原氏とも言える。保田は、藤原仲麻呂を蘇我馬子の再来といい、その陰湿さ陰険さは比較もできず、国傾ける新興貴族の露骨さといい、奈良時代とは藤原氏の大伴氏排斥の歴史であったと記す。それほどの確執の中で、家持は万葉集に歌をよせ、自ら大部分を編んだ。その精神は一体どのようなものなのか。大伴家持は、建国以来の国風の伝統を、わが家、氏上としての自らの責任において万葉集を編んだ。伝統を回想し、大伴の子として責任を果たすこと、それが藤原氏への唯一の対抗策であり、同時に人々への語りかけだった。
 その遙かなる歴史への想いが、万葉集を、他に比較できない古典とした。

 当時の政治状況は家持の回想と自覚とをより深めるための引き金だったのか。あのような(詳細は省くが、藤原氏は他氏族、皇族を讒言の限りを尽くし、次々と血祭りにあげていった)世界がなかったなら、やはり一般的にいわれる、柔和優美な若い頃の家持(現代風に申すなら、上品な貴族武人、しかも容姿端麗:内舎人(うどねり)の採用条件にあるらしい、いわゆる女性に騒がれる貴公子)のままで、近代的な心をひめた歌を残しただけなのかも知れない。

 かといって甘やかな優美さをすぎた家持の、三十過ぎ頃からの歌は、政治についても仏教についても、歌言葉としての批判はほとんど漏らしていない。
 ひとえに、大君をたたえ、建国神話以来の大伴家の数々の誇りを異立てする。異立てというのは、言挙げともまた異なるようだ。

 立つる異立(コトダテ)とは、つねならず異(コト)なることをなすを云ふ、言葉に立てることは、即ちつねならぬ異(コト)を云つて、志を述べる意味であるから、輕々しく言立とよんではならぬのである。今のことばで志を立てるといふ意味にあたり、志をたてるとは、誤つた考へのものを今の現實にひきもどすために異立てるのではなく、新に生れ出て來るもののために言ふのである。生れ出るもののために言ふものは、生むといふ働きが神のものであることを信ずる。

 天皇や上皇が寺に住んでいた時代に編まれていた万葉集には、仏教に関してわずかに一首、二首しか歌がないと保田は言う。仏教はその後の仏教ともまた異なる。今でいうなら、国際的(アジア)共通文化、新知識のようなものだったのだろう。そこに「精神はない」と保田は言い切る。ファッションだったのだろうか。それをつかって、天皇家外戚藤原氏は陰謀を重ねた。何か瑞兆を作り上げると、やれ寺に寄進の、それにあわせて藤原一族に土地が下され、官位が上がる。旧氏族は京外に追いやられる。任地三年がしらぬまに五年六年となって、藤原一族以外は、すべて都から離れざるを得なくなる。

 と、ここで人は国際情勢と国の方針に出遅れた大伴ら、旧態然とした旧氏族と言う。
 保田は歌を(現代定義での)芸術作品としてはみていない、と人は言う。

 家持は建国以来の武門の名族として、国風を護ることに、力を尽くした。
 芸術とは、一首一首の言葉の綾をいうてもしょうがない、と私は思った。
 万葉集全体が巨大な詞書きと私は思った。保田は歴史書という風に言っていた。続日本紀には絶対に現れず、表現できない歴史が記されていた、と私は思った。
 そしてそれが感動と追想とを、この夏、私にもたらした。これは、やはり私の芸術なのだろう。
 劍大刀(ツルギタチ)、いよよ研ぐべし、古ゆ、淸(サヤ)けく負ひて、來にしその名そ(家持・喩族歌・反歌)

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2006年9月18日 (月)

グルニエドールのアップルパイとダウンバースト&竜巻

 今日は休日だというのに極早朝から木幡研で泣きながら仕事をしていた。涙もかれたころに、漸く二ヶ月かけた論文の初稿ができた。まったく、老人の日というのに、なんでこんなにシンドイことになるのだろうか、とぶつぶついいながらも、よくしたもので、毎日こつこつやっていると、いつかは完成する(笑)。

 そして眠った。
 起きてまたしても、使い慣れないパワーポイントとかいうソフトにしこしことデータを入れだした。隠していたわけではないが、実は今週末、葛野図書倶楽部創設五周年記念・大講演会(笑)を、葛野で開催する。M先生という、とんでもないビッグもちょっとお話をしていただくことになっている。「小説家というメーカ」 なかなか、楽しみにしている。

 と、他人事のように言ってはおられない。私も、その、パワーポイントとかで発表する事になっている。
 忙しいと、こぼすのは無能の証。とはいうても、やはり老人の日まで朝からしこしこ。
 と、ぼやき一人漫才しながら、ようやく多くのことが完了まじか。

 と思っていたら、今夕は、日本一美味しいと言われている(ような~)お菓子屋さん「パティスリー オ・グルニエ・ドール:Patisserie au Grenier D'or」とかいう、京都大丸さん近所のお店の アップルパイ がテーブルに転がっていた。しめしめと、紅茶で一口、二口。うむ、やはり日本一というのは嘘でもなさそうだ。美味しい。

 今日もくれていく。それにしても、
 ニュースでは、昨日の台風13号、宮崎県では「竜巻」が幅250mで直線6キロほど走ったようだ。大分県ではダウンバーストとかいう、上空から一挙に重い空気(風だろうな)が落ちてくるという珍しい現象。
 いずれも、その凶暴な破壊ぶりにはびっくりした。人も何人か死んでいる。家屋がまるごと吹っ飛ぶというのは、本当のようだ。宮崎でJR特急が横転したのも、竜巻が原因らしい。
 北九州では一千トンの貨物船が岡に上がってしまっていた。これは。そんな船を動かす可動式のクレーンってあるのだろうか。解体するのだろうか。わからん。

 九州からは遠く離れた都の辰巳、宇治の木幡でアップルパイなど食べている場合かぁ! と、思ったが、やはり、まあ、天災だから、私の力もおよばない。
 ただ、自然現象は怖いと、思った。

参考
  パティスリー オ・グルニエ・ドール

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2006年9月17日 (日)

NHK功名が辻(37)伏見桃山城の秀吉

承前:(36)名護屋城何処
参考MuBlog:伏見桃山城

 今夜のドラマは暗かった。しかたない。跡目相続問題は、死に行く者の焦燥と、残る者達の未熟と血気、欲望が折り重なって、気持ちの良いものではない。

 徳川三代将軍家光は、もともと弟の方が母親や回りから嘱望され、兄の家光は取り残されかけたが、春日局と家康の考えで、無事三代将軍を継いだ。が、家光は弟を許さず、殺した。
 どこの国だったか、トルコだったか。王が死ぬと、各地の兄弟達が一目散に王のもとに帰ってきて、遅れた者は一番乗りの新王にすべて殺されたとか。
 あるいは王以外の旧王位継承者は、すべて鳥かごのような宮殿に一生押し込められたままだったとか。
 中国の北方王朝時代は、毎年一族親族兄弟親子同士で、殺し合いをして、次々と滅びていったとか。

 なにかと、王・皇位継承は、関係者を巻き込んで並の戦以上の血なまぐささである。

 というわけで、老醜はげしい秀吉と、そばの茶々、石田三成。関白秀次の若さ。
 どれをとっても、今夜はなにか、筆がすすまぬ。
 山内一豊・千代夫婦もなすすべなかった。

 ところで、突然だが、新選組!(2004年)で、近藤さんの養子になった人が、別の役で出ておった(笑)。

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時間の習俗/松本清張(新潮文庫)

 いつもの日曜の午後、『時間の習俗』を読み終えてほっとしていると、できたての仙太郎(新京極)特製おはぎが届いていたので、熱い茶をすすりながらいただいた、満足。
 読了する小一時間前に、T君に夕風呂の準備をたのんでおいたので、一休みして肩までつかった、満足。

 以前『点と線』で少し記したが、松本清張は年齢によって肌の合う合わないが比較的はっきりするようだ。大体、二十代の人や、本格推理、新本格、現代ミステリを好むひとは、手に取らないようだ。もちろん、そう言う中でも、いまどき風変わりな若い人もいて、読む人はいる。

 私は圧倒的な読者ではなかった。二十代ころから数冊読んで、肌に合わないとおもって、特別な歴史物以外は読書も、TVドラマも、避けてきた。事情はわからない。世界が違うと単純に思ってきたからだろう。

 『時間の習俗』は、今日の昼に読み出して半日で終えた。『点と線』で好意を持った東京警視庁三原警部補と、福岡署鳥飼刑事がでてくることに気がついたので、これはよさそう、と思って一気に読み、満足した。

 全編、九州が主要な舞台になっている、と言って過言ではない。
 もちろん、神奈川県の相模湖、昭和三十年代の名古屋駅裏と、いくつかが舞台になるが、やはり和布刈神社(めかり・じんじゃ)がキーになっている。これは門司港からすぐの、関門海峡トンネル近くにあって、私も今夏そこを訪れた神社だ。他には、太宰府の都府楼址(とふろうし)、大野城あたりの水城、このあたりが主要地として描かれていた。これだけで、旅情をさそわれ良い気分になった。

 推理小説の結構としては『点と線』と同じく、犯人Yはすぐにわかり、あとはその鉄壁のアリバイをどうやって三原警部補が崩していくかにあった。

 相模湖(地図)で、夕食をとったアベック(いまならカップルというのだろうか)が旅館から散策に出たが、帰ってこない。捜してみると、昭和3X年2月6日の夜9時~10時に、男(40代)が首を絞められて殺されていた。同伴の和服女性(20代の美形)が行方をくらませていた。しかし、女手ではてにあまる事件だった。
 同じ日の深夜から、7日早朝(旧暦元旦)にかけて、Yという人物が北九州門司港近く、古風な和布刈神事を、あの狭い境内三千人の参詣者の中で、写真を撮っていた。そのうえ、同七日早朝、小倉の旅館で神事の後のフィルムに可愛らしい女中さんを記念に写していた。

 どう考えても、Yが相模湖絞殺事件の時間帯に、失踪女の共犯(主犯?)者として現場にいるわけがない。しかし、三原警部補はなにか、そのYのアリバイの完璧さに作為を味わう。福岡署の鳥飼刑事に、相談を始める、……。失踪した女は見つからない。

 この作品の佳さは、『点と線』と同じく、東京と福岡の警察官の書簡往復や対話にある。丁寧だし、人生の含蓄を味わわせる。社会派といわれる作品の優れたものの属性として、こういう上品さがある。淡々として、突拍子さがない。三原警部補がときどき入る喫茶店も、なんとなく、おとなしい感じで、しかも味が良さそうである。

 そういう好ましい背景のもとで、幾つかのトリックを推理していく過程が楽しい。三原警部補も鳥飼刑事も、決して直線的に解にたどり着きはしない。いくつも「これだ!」と、思っては壁にぶつかり御破算となる。その、たゆまぬ粘りがよい。

 作品全体の構造枠から考えると、相模湖、和布刈神社、福岡、太宰府・水城という諸地域がなぜ現れてくるかという、必然性が、直線として最後にはっきり分かる。
 小道具としては、俳句とカメラ。これが上手に使われている。
 そして、それまで見えていなかった二人の人物が、なにかの拍子に突然姿を見せ、それが太い幾何学補助線となる。

 というわけで、気持のよい日曜の午後だった。

(注:上品な作品を好むからと行って、私が目をむくような、異様な、突拍子もない作品を嫌っていると誤解されないように、読者諸兄。私はもともと、とんでもない、ありえないようなSFとか、オカルト、こてこての風変わりな作品が好きである。しかし、上品さや、穏やかさを嫌っているわけではない。)

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2006年9月14日 (木)

カクレカラクリ(TV放映)/コカコーラ提供

 昨夜というか2006年9月13日、21時から4(毎日)チャンネルで、カクレカラクリという青春ドラマを見て、愉しんだ。多分、いろいろな感じ方や考え方が、視聴者やそして関係者にもあるかもしれないなぁ~と、見終わって思った。
 で、Muセンセ、あなたはどうなんだい? と、聞かれる前に言っておくと「よかった」です。
 ただし、いくつかの条件を最初にしるしておかないと、フェア、公正ではないので、前振り代わりに書いておく。これは私自身のメモも兼ねる。なぜなら明日この記事読む私は、書いている今の私とは他人かもしれない。

1.私は大抵、気に入った記事しか書かない。気に入らないことの鬱憤は書かないようにしている。書くとよけいに鬱憤が増加していくから。気に入らないことは忘れるのが一番。だから、記事投稿は自動的に「よかった」の証。

2.私はめったにTVを見ない。ただ、TVはあるし、ちっこい自動車にもサイドブレーキを引かないと見えないTVが付いている。鑑賞するのは日曜夜のNHK大河ドラマと、稀に夕飯時に背中で聞くNHKニュース。そして、帰路自動車で音だけ聞くクローズアップ現代。この程度は見ていることになる。まれに、その時歴史がうごいた。

3.何故TVをみないかというと、根が生真面目だから、お笑いが苦手。腹がたってくる。で、昨今のTVはお笑いが多いから見ない。ときどき自分自身をみていると、自然にわらけてくるので、人の提供するわらいなんて、いらん。

 前振りがながすぎた。さて、カクレカラクリ。

☆青年男女五人が田舎で一夏のミステリアスな時間をすごす。これがよい。こういう状況設定を私は好む。なぜなら私は純粋の田舎に定住者として住んだ記憶がないから、ひとのものは羨ましくなる。

☆男女5名に好き嫌いが多少あった。みんな、美男美女であるところは気にくわない。うそうそしい。特に美しい男はみていて気恥ずかしくなる。美青年は大抵馬鹿っぽく見える。私はばかっぽい男を好まぬ。女に対する鑑賞は時々刻々変わるので、あまりあてにならない。馬鹿っぽいのは好まぬが、多少ぷっつんが気に入りのようではある。

     ☆男で気に入ったのは意外というか、あたりまえだが、タイチとかいう眼鏡をかけた風采のあがらぬ、若いのに腰のまがった若旦那がとてもよかった。演出だろうと思うが、20代前後で老人ぽくどもりながらよろよろする役者のふるまいに唖然とし、はたと膝をうった。これは、これこそ新時代新世紀役者と。この優柔不断、へたっぽい演技にまず喝采。

     ☆女で気に入ったのは、これも意外だろうが、カリンとかいう美少女。このひとどこかでみたことあるな、と身の回りの学生達のスナップを眺めたが、いない(笑)。あれ? どこで? で、見つかった。『死国』という映画のDVD表紙になっている、妖しいお人形の様なひとだった。なにが気に入ったかというと、まるで漫画のような立ち居振る舞い、そのお嬢様ぶりに、目が点になった。お嬢様たるもの、このように話し、ふるまうのかと、感心した。

     △アベ君とかいう主人公らしい男性は、男前なんだが、髪が忍者風で困った。どうこまるかというと、ああいうのは鎖帷子を着て、背中に剣を背負わないと、なんとなく手持ちぶさたというか、腰がさだまらない。それに、ときどき相手を念力のような目つきでねじ伏せてしまうシーンがあるのだが、これがよく分からない。

     ■栗本君とかいう、アベ君と一緒に都会から田舎にきた青年だが、変にからだをくねくねさせるのが、どうにもきしょくって、見ておられなかった。もし現実にあんなんがそばにいたら、「あっちや行け!」というだろう。しかし、なんとなくおんな達に取り囲まれるような雰囲気だ。わからぬのう、世の中は。

     ?カリンお嬢様の妹。レイナ? そう聞こえたが。ちょっと善し悪しが判定できなかった。旅館のタイチ若旦那のことを好ましく思っているようだ。

で何が気に入った
1.最初のタイトル。カラクリっぽくてよかった。そうか、漫画カラクリサーカスを私は好んでいるから、気に入ったのはその影響もあるのかもしれない。

2.矢を射るカラクリ人形がよかった。これは以前TVで、そういう人形が現実にあるのをじっくり見たことがある。これがこのドラマでどうあつかわれるのか、どきどきして見ていた。で、さすが。よかった~。納得した。

3.田舎に、水車小屋に、お堂に、謎の文字、黄金伝説(笑)。いがみ合う両家。まさに、私が恋いこがれている状況設定ではないかぁ~。そこに、横溝正史先生怨念世界をふっとばしたような、なんと軽ろやかな一夏のアドベンチャーミステリー。

4.風、風車の回転。露天風呂。古びた駅舎。たまりませぬな。

というわけで、文句なく
~でもなかった。
 多少は傷もあった。コカコーラを飲ます婆さんがいた。蕎麦屋のようだ。蕎麦好きなのに(私が)、蕎麦は出ない。その代わりコーラが出る。これはよい。これはおもしろいのだが。問題は、私の見落としかもしれないが、この婆、いろいろ考え込んだが。わからない。分からないところが残ると、すっきりしない。もし小説ならばそれも新趣向と納得千番だが、さて、大衆の見るTVで、わけがわからない、謎が解けないとこれは、問題ですなぁ。
 しかし、主要な謎解きはあったのだから、まあよかろう。
 と、昨夜はじっくり眠れた。

結論(いま、昼は毎日論文を書いているので、少し固い表現になった)
 見終わったとき、ああ、おもしろかった、と感じたのだから良かったと思う。
 なぜおもしろかったのかは、私の場合単純だ。
 つまり、懐かしいような状況設定。これに尽きる。
 一番よかったのは、腰の曲がった優柔不断なタイチ若旦那。
 それと、青年達五人が捻れた心性でなかった。これもすっきりした。

補注
 カクレカラクリというタイトルは至言だった。

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2006年9月12日 (火)

点と線/松本清張(新潮文庫)

 新潮文庫の奥付をみてみると、昭和46年5月発行で、平成17年6月には107刷になっていた。253pと、現代の小説に比較すると短い、中編とでもいえる。大体、現代小説は500p前後が多い。

 点と線が発表されたのは昭和32年らしい。私が最初に読んだのは文庫本だったから、まだ20代の初めだった。

 今度読んでみて、往時の印象が甦ったとは言わない。映画かTVでも見たはずなのだが、なぜか初読のような初々しさを感じた。社会の底辺、暗部に迫る清張節だからどれほど暗くてしつこくて、……。と、覚悟して読んだのだが、意外だった。やはり、こびりついた清張批判をそのままにしておかなくて、良かった、の思いがした。

 なぜ、いつごろから、どうして私が清張に、斜に構えた態度をとるようになったのか。わからない。

 未完の、遺作『神々の乱心』は気持を込めて読んだのだから、もとから清張がきらいなわけではなかったようだ。ただ、時折今もみかけるドラマなんかの惹句をみていると、なにかしら、大人の世界(笑)ばかりなので、避けてきた。会社の部長や専務が料亭でどうしたこうした、高級官僚が首つった、なにがおもろいのやぁ~。と、そんな気がずっとしてきた。

 いつもの癖で前振りが延々と続きそうで、この後は次回に、となりそうだ。

 登場人物にまともな大人が多くてほっとした。
 発狂しそうな環境(ふふ)で日々仕事をしていると、奇妙な若者じゃなく、こういうまともな大人がでてくると、ほんわかとする。丁寧だ。言葉使いもおっとりして、親切だ。
 特別に気に入ったのは福岡署の鳥飼刑事と、警視庁の三原警部補だ。終盤、この二人が相互に書簡を交換し、事件の感想、事件後の報告を知らせ合うのだが、この二通の手紙を読んだだけでも、心身によい風が通った。

 鳥飼刑事は五右衛門風呂につかって物思いにふける。二合の酒をじっくり時間かけて晩酌する。ウニやイカの造りが食卓に並ぶ。贅沢なのじゃなくて、海のそばだからだろう。
 三原警部補は行水にはいり、ビールを飲む。珈琲だけは銀座でなくては、とつぶやく。
 そんな二人がすれ違ったのは本当にわずかな時間だ。しかし、気持が通じ合っている。

 さて、推理小説の結構。
 一種の倒叙形式に近い。犯人は序盤から出現するXだ。これは数頁読めばわかり、二十数頁読みすすむとはっきりと、だれにでも分かる。これが解らない人がいたなら、その方は日本語が理解できない人とおもってよいだろう。だから、犯人あてではない。犯人のアリバイ崩しになる。そしてまた、我々が清張の世界を数十年間無意識に引き継いできたせいか、犯罪動機にも謎がない。当時、こんな動機が作品に込められたのが話題になったかとおもうと、隔世の感がする。昨今、TVドラマなんかで、高級官僚とその部下がいて、部下が自殺したなら、汚職と決まっている(笑)。

 だから、当時のことはわかりにくいが、現代人が読めば、犯人と動機と、それから交通機関をつかったアリバイ作りと、ネタはすべて出そろっている。だから、現代人でも、TVもみない、本も読まない若い人が、なにかの拍子に『点と線』を読んだなら、当時と同じ衝撃があるかもしれない。

 時刻表の行間を縫ってXは福岡県香椎と、北海道を行き来する。ダイナミックと言える。しかし連絡船名簿にはXの自筆があるが、搭乗者名簿にXの名が載っていない。それでは、福岡と北海道を短時間に往復することは不可能だ。当時の国鉄だと、多分数日かかる。
 だから、犯罪現場の犯行推定時刻に、Xは居なかった。アリバイ(不在証明)があった。
 だから、それを居たはずだと解き明かすところに、推理小説の原点があった。

 むしろ、国鉄香椎駅と、西鉄香椎駅との距離、徒歩8分前後が、なぜ犯人らしい男女連れには十数分だったかの、その謎解きに私は興奮した。

 だから、もうMuBlogの筆致は分かってくださったと思うが、元祖・社会派推理小説の新鮮な衝撃を再現しようとするわけではない。小説という一つの世界が、思った以上に作りが丁寧で、人物が親切で、上品だったことを、中編という一気に読み切れる中で深く噛みしめたということを、ぜひ記しておきたかった。

参考
  北九州の旅:松本清張記念館(MuBlog)

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2006年9月11日 (月)

さて就寝前に

 いろいろやっておいたほうがよいこととか、やっておきたいこととか、できることがいろいろあるのだが、たとえばMuBlog記事なんだが、昨日日曜日はなんとなく自動筆記のようなもので、気がついたら記事を書き終わっていた。
 本も数冊よんだし、読みたい本もいろいろあるし、映画もみたいし、あそこへここへと、行きたいのだが、なんとなくそれらことごとく横臥の黄昏れに溶けていってしまった。
 こういうこともまれにじゃなくてたびたびあるのだが、それでも毎日規則正しい生活を送っている。かんがえてみると、あまりにロボットのように規則正しい生活が身に付くと、それからはずれることは全部、空に溶けてしまう。

 起きる。仕事する。朝食をとる。葛野へ行く。珈琲を飲む。メル読む。仕事する(重い)。昼食する。なんとなく大抵学生数名と気むずかしい話。珈琲飲む。仕事する。夕方になる。お菓子をもって学生のたまり場へ行く。一人か二人が機嫌良く受け取ってくれる。そうでない、不機嫌な者も多い。
 相手が不機嫌だと当方は5倍不機嫌になる。
 腹をたてて部屋にもどり。そう。ここからが大切。仕上げは大抵残り時間60分。ここにある。実際は一日にする仕事の、正確にいうと60%はこの時間帯に、うっぷんばらしに仕事する。

 で夜のとばりが降りる。
 しめやかに消灯して帰還。
 あれこれして、眠る。よく寝る。

 朝が来る。
 これを何ヶ月もやっていると、なんとなく、おかしくなる。
 どうおかしいかというと、人間嫌いになるというか、じゃまくさくなる。
 で、深く悩みながら、ときどき木幡記を記す。
 わたしは教育者なのだから、人間嫌いであってはならない、と。深く悩む。
 しかし、また別に、研究者でもあるのだから、あんまり人間とは接しない方が、なにかとはかどる。
 たいていのことは独り言ですませておく。
 ぶつぶつ。

 夢幻ループ。

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2006年9月10日 (日)

NHK功名が辻(36)名護屋城何処

承前:(35)北条攻め

名護屋城(佐賀県唐津市鎮西町名護屋)地図

 名古屋とか名護屋とか那古野とか、わたしは学齢期からずっと区別がつかなかった。最近も名古屋の人の前で、瀬戸物の瀬戸とは、瀬戸内海のどこかと、ずっと思っておりましたと、告白してきたところだ。案に相違して、瀬戸は名鉄瀬戸線という線路が名古屋の地図の上の方にあって、加藤唐九郎記念館があるようだ。

 さて。
 関白秀次の宿老というか、守り役になっていた山内一豊の立場が、なんとなく怪しくなってきた。どうかというと、これまでのところ一豊は権謀術数とはだいぶ離れたところにいた人だが、そんなことを言うておれない事態になってきたのだ。つまり豊家の世継ぎ問題。

 秀吉に甥の秀次がいた。
 秀吉は秀次に豊臣を譲る気持で手元においた。
 しかし、淀君が先回鶴松を生んだ。
 秀次、そして一豊の第一の危機。

 ところが、このたび鶴松が夭逝した。
 秀吉は、再び秀次を後継者と定め、関白をゆずり、自らは太閤と名乗った。
 関白とは、天皇の補佐にあたろうか。太閤とは、秀吉専売におもわれているが、摂政(天皇の代理人)とか関白とかが、辞めたあとの尊称だったようだ。しかしこのあたりのニュアンスは、その時その時の関係で変化する。要するに、今風に申せば、秀吉は社長を秀次にゆずり、みずからは会長さんになったわけだ。もちろん、秀吉は代表権を保持しているから、つまり、なんでも一存で決定するのだから、隠居なさったわけではない。

 このあたりの状況下で、後を継ぐという関白秀次の気負いと、それにどう対応してよいか分からぬ一豊の陰りが、なんとも、いわくいいがたい、胃がつかえるような味わいで、今夜の一豊は苦渋を表現していた。

 秀吉はさっさと九州の名護屋に、淀君を連れて行ってしまった。各大名は~明国に攻め入ったわけだが。
 秀吉の母が亡くなった。
 大明国に戦をしかけて勝てるわけもなかった。

 しかも、どう考えても、この戦に大義名分はない。
 ネネが言うたように、領土を確保し、それを諸大名に分配しなければ、やっていけない豊家の実情があった。家康は、というか徳川は、後世諸大名をぼこぼこと取りつぶし、得たものを天領(幕府領)にしたり、大名の改易、再配置に使った。現代でも、企業がふくらんでいく様子は、なんとなく。省庁が規模を大きくしがちなのも、なんとなく。ポストを造る為という、実に、まことに、悲しいぐらいのさもしき心が原動力になっているのかもしれないなぁ。いやはや、部下を配下を、背かせずにポスト与えて喰わせて贅沢させるには、なんらかの「戦」とぶんどりなしでは、できなかったのだろうか。

 さて。
 今日の最大の一豊の危機は、またしても淀君に男子出生、これは後の秀頼になる人か。
 しかも、関白秀次には、打つ手がない。
 壬申の乱を熟知していれば、秀次さんは逃げるしかないのだが。いや、高野山へ逃げたのか、押し込められたのか、……。それは次週のお楽しみ。
 山内家の危機だ。(自らの仕える関白秀次が、危ういのだから)

参考:
  名護屋城博物館
  唐九郎記念館

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2006年9月 3日 (日)

NHK功名が辻(35)北条攻め

小田原城跡(神奈川県小田原市)地図

承前:(34)聚楽第と鶴松

 なんとなくおもしろかった。

 千代が殊勝げに「はっ」と言って、頭を下げるところが、仲間さんなかなか上手だと思った。私はしらぬまにこの半年で仲間さんのファンになったようだ。くそまじめで、綺麗で、そのうえちょっと剽軽なところが、役柄だけではなくよく現れている。よいよい。

 他方、茶々、淀君だが、これはこれでここ数回楽しくみている。めったなことで、女優であっても女性をけなすのは命がけだが、あくまで役者として言うならば、やはりなあ、NHKのキャスト選別人工知能付きDBはものすごい能力をもっているな。これほどに、高慢ちき、わがまま、冷淡、生まれながらの意地悪を演じこなすこの女優、ものすごいと感じている。よくぞ捜してきたな。画面にでてくるだけで、ぞわぞわ~と、冷気が背中を落ちていく。しかも、単に嫌みだけじゃなくて、生まれながらの高Pのなかに、いつも一筋の涙が流れるその寸前を保つ。当方も、ついほろりとしかける、が、そうはならない。同情すると、足をすくわれる。うむ、おなごというものは、ほんまになぁ。

 さてまたネネさん。これこそ、怖いネネだね。秀吉物で、始まって以来の怖さ、そう味わっている。
 仲間の千代さん、ときどき怖いおばさまと、意地の悪そうな淀君にはさまれて、戦乱なれば、女といえども油断をすると命をとられ、家を潰される、まさしく戦いの渦中にいると味わった。その一方の雄(いや、雌か)が、このネネさまだな。

 なんといっても、秀吉、ここまでノリにのると、まるで今太閤をみているようだな。そして家康。
 最近、この秀吉と家康との掛け合いがおもしろくってしかたない。爺どうしが腹芸するのを、はたからみていると、まるでかけあい漫才の至芸をみているようだ。

 というところで、一豊さん。掛川城
 同僚たちは15万石とか12万石なのに、一豊さんは掛川五万石。この事情はよくわからない。裏があるのか、それとも当時山内一豊は、天下統一の民政時代には不向きだったからこういう結果なのだろうか。あるいは、側近の石田三成なんかの評価が低かったからかも知れない。

 ただ、いま現在演じている一豊さんが、当時の一豊さんのイメージだったのかもしれない。なんとなく、スポットライトはあびないのだが、なんかかんかそこに居ないとしまりがつかない。いても大抵はまわりのアクのつよい役者連の陰に隠れるのだが、節目節目に「千代~っ」と帰宅すると、にやりとする。そこで話が回転していく。
 もう9月、秋。山内一豊を描くに、今回もNHKはというか、もろもろ、うまくいったようだ。来週も観てみようぞ。

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2006年9月 2日 (土)

皇国の守護者(1)反逆の戦場/佐藤大輔

皇国の守護者(1)反逆の戦場/佐藤大輔(中央公論新社)

皇国の守護者(1)反逆の戦場
 どの銀河のどういう恒星系のなんという惑星の、いつのことかは分からない。「<大協約>世界は、その恒陽の周囲をめぐる遊星であった。」(p169)、と記されたのが一カ所あり、特徴は、土星のように輪っかがある星の物語だ。最初に地図が二葉あって、一枚は世界の勢力図。もう一枚はカブトムシのようなシルエットをもち、じっと眺めていると地球の日本に似通った地図だ。

 次に書状があって、皇紀六二八年冬 宛先は牧嶋光信
 次に配属辞令があって、皇紀五六八年春
    宛 <皇国>陸軍中尉 駒城家育預(はぐくみ) 準氏族 新城直衛
   ~   
  転属命令
    <皇国>陸軍独立捜索剣虎兵第一一大隊第二中隊
    中隊本部付幕僚(中隊兵站将校)に任ずる。
   ~
    <皇国>陸軍大臣               東洲伯爵 安東吉光(印)
(副署) <皇国>兵部省陸軍局人務部長 陸軍少将 準男爵 窪岡淳和(印)

 次にようやく序章の形で、
   天狼(てんろう)会戦 皇紀五六八年 冬
   第一章 剣虎兵(サーベルタイガーズ)
   第二章 光帯の下で

 と続き、巻末を見るとすでに九巻「皇旗はためくもとで」まで出ているようだ。読了のファンは百も知っていようが、私はまだ第一巻を読んだところなので、すべて推測になる。なんとなく最初の「書状」と、皇旗はためく世界とはリンクしているように思えた。(わからない)

 いかにも日本をモデルにしているようだが、そうでもない。ただ、もう一つの並行世界の日本と考えると飲み込みやすい内容だ。いま私が住んでいる日本との類似で想像すると、銃が先込銃で、主人公が内乱の孤児からみて、明治時代かもしれない。電気はない、ガスもなさそうだ。蒸気機関のたぐいはあった。汽車はない。ないないと記しているが、二巻以降でどうなるかはわからない。
 北の寒冷地(北嶺)に、突然「帝国軍」が進入してくることからみて、これは露西亜かとも思ったが、使われているカタカナにはドイツ語も混じっている。帝国は世界帝国の想定なので、ヨーロッパと露西亜を足したような雰囲気をかもし出している。軍装はなんとなく、プロイセンのものだ。皇国の軍装は、明治時代と違和感がない。

 このような類推をするのは、単に愉しみであって、小説自体の構造、その内的な世界とはやはり異なるものだ。印象深い最初の書簡内容と一巻全体から考えてみると、主人公は新城直衛という、孤児出身で、貴族となんらかの縁が生じ、その眷属に加えられて、やがて後世、タイトル通り「皇国の守護者」となる運命と想定できる。
 新城(しんじょう)の性格やものの考え方・行動にこの小説の面白さ、良さがあると、そう感じた人には嵌りこむタイプのシリーズだと思った。私は、そうであった。
 行動とか戦いに、一見無鉄砲な、常軌を逸した、下品な、反感をかうようなパターンが常に見受けられるが、その一つ一つが、細心の、臆病なほどの精神状態から、常識を覆す現実行動を生み出す賢明さ持った、「恥を知っている」(p79) 男として描かれていた。

 ともかく精緻な異世界があって、アクの強い新城が何度も窮地に立ちながらも状況を切り抜いていく、そういう爽快さがあった。さらに、その世界は夢幻なのだが、実に現実的な筆致で描かれていた。たとえば、剣虎兵、これは作品中「猫」であり、新城の友「千早」として登場する、実は巨大な虎である。空には翼竜が飛び交い、また不思議な力を持った天龍(知能を持った龍属)が強い印象を与える。ファンタジーではない。ファンタジックな要素を、どこまで自然に読ませるかについて、私は自然に現実の世界として受け取っていた。

 いま、新城は極寒の北嶺地で、帝国軍の侵攻をうけ、皇国の殿軍として敗走につぐ敗走の中、果敢に一矢も二矢も報いている。皇国は豊かだが、世界の中ではあなどられ、蔑視されている。そういう鬱憤の中で、新城がどのような救国者になっていくのか、微妙さと、希望と、戦慄を残したまま、第一巻を終えた。

追伸
 なお、原作佐藤大輔、漫画伊藤悠、集英社から同書名の漫画が2006年に、公開されはじめた。私は三巻まで読んだが、丁度原作の一巻が、漫画の1~3に該当するようだ。これもまたおもしろいのだが、MuBlogでは当面原作の方で感想を記していきたい。  

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