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2006年8月22日 (火)

北九州の旅:和布刈神社(めかり・じんじゃ)

和布刈神社(福岡県北九州市門司区)地図

承前:北九州の旅

 門司港レトロを後にして、次に和布刈(めかり)神社に行くことになった。2006年7月30(日)の午後だった。アリバイは完璧だ。証人もいる。
 ここは松本清張『時間の習俗』(未読)で、容疑者峰岡が陰暦元旦(2月7日)の未明に、神事をカメラに納めていたところらしい(笑)。つまりアリバイだな。しかもフィルムは連続していて、次のコマには小倉の宿で7日早朝に撮った写真まである、らしい。これはおもしろそうだ、どうなる!?(わかりません)

和布刈神社境内

和布刈神社境内
 アリバイを確かにするために当日午後の様子を記録しておく。門司港でぼんやりと横臥していた。同行の三人はすでにいなくなっていた。三十分ほどうとうとしていると声があった。目を開けると局長2006だった。

 「どうした?」
 「ええ、二番隊長2006とHさんの馬力には勝てません。港を一回りして、あとはメカリ神社近くのトンネルまで、てっきりバスかタクシでと思っていたら、全部徒歩で行くと言うもんで~疲れましたぁ」
 「そうか。なら、メカリ神社だけでも、タクシで今から行くか?」
 「ええっ」と、言外に(タクシ代、どうなるのかなぁ)
 「まかせておけ」と、私は威勢良く言った(笑)。
 学生達は、どこへいこうが、ひたすら歩くのが信条のようだ。半日、一日でも。身体にはよいが、この日は熱中症になってもおかしくないほどの、晴天だった。

屋根:和布刈(めかり)神社

和布刈(めかり)神社神殿屋根
 門司港の町並みをタクシは進んだ。わずかに10分ほどだったか、1メータで着いた。そこは、関門橋の真下でもあった。局長は幼き頃、門司港の町を母上と散歩したことがたびたびあったようだ。父君が船からあがって、陸上勤務を始めてからのようだ。勤務地が門司港だった。そういう次第。だから、小倉からまだ西の八幡に住んでいたわりには、小倉も門司港もよく知っていたのだ。(小倉が高校時代、局長の遊び場だったことは、以前の記事に記した)

和布刈神社(由緒)

和布刈神社(由緒)
 仲哀(ちゅうあい)天皇が創建したと伝説にあるようだ。別の伝説では西暦200年頃となっていたが、ふむふむ。おなじみのヒミコさんが活躍したのは三世紀だから、さて~。話はあうのかあわぬのか。ともかく、二世紀には、このあたりはなにかと意味のある土地だったのだろう。しかし、そのことは北九州・古代世界を少しく学ばないと、なにも言えない。ただ、案内板に、このメカリ神社が近世頃まで、隼人(はやと)神社と呼ばれていたと記されていた。隼人といえば熊本・鹿児島。これは、なにかと不思議がもよおしてくる。仲哀天皇と神功皇后が大和からこの地を通って香椎に行ったのは書紀にある。そしてまた伝説だが、神功皇后は後にこの神社の祭神となった、阿曇磯良神(あづみ・いそら)から潮の干満を教えてもらい、三韓戦に応用したと。
 仲哀天皇は隼人討伐のためにこの地を通ったはずだ。

謡曲「和布刈」と和布神事

謡曲「和布刈」と和布神事
 和布刈神事は、対岸下関の住吉神社でも同日同時刻行われるらしい。ただし、帰路のバスガイド(車掌さんがガイドをしてくれた)の話では、住吉神社では秘祭らしく、公開されていないとのこと。そのことと、謡曲の中身を味わっていると、なんとなく旧暦の元旦早朝には、関門海峡が完全な干潮で、陸続きになるのかもしれないと、幻想にひたった。竜神と天女が一緒なら、そのくらいのことは簡単にできそうだ。

海中灯籠

和布刈神社海中灯籠
 この海中の石灯籠は、夜間にもしも火がともされると、航行する船舶にとっては燈台の役割もする。これが細川忠興寄進のものかどうかは、まだ調べていない。当地でうかがえば佳かったのだが、そういう曖昧としたままもよろしかろう。この灯籠、実に気に入った。

 さてこの後だが。
 二番隊長2006とHさんと、神社の鳥居のあたりで遭遇した。二人は汗まみれになっていた。ところが、疲れているにもかかわらず、なにがなんでも下関まで歩くと言い張って、結局、局長もそれに加わり、私はまた一人関門橋の下で行き交う船を眺めることになった。約一時間、たっぷり船を見た。
 しかしその間の詳細をもう少し細かく話さないとアリバイが完全ではないので、それは次回「関門海峡夏景色」で記すことにする。「二番隊長、局長を叱る。局長、おでんの誘惑に負ける」という塩梅になろう。

参考
  松本清張事典決定版/郷原宏著.角川書店、2005
  北九州市「県指定・和布刈行事」
  若布刈神事(Mu注:島根県の大社町日御碕神社での神事について)

追伸
 『時間の習俗』を未読なのに何故和布刈神社とミステリとがむすばれたかというと、この未明、じゃなかった当夜、局長2006のお父さんが「ほう、和布刈神社もお参りになられましたか。先生、あそこは松本清張さんの小説にでてきますよ」と、言うことだったのだ。つまり、私は神社に参った後で、それを知った。

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コメント

仲哀天皇

 下関の長府に忌宮神社というのがあるそうですよ。仲哀天皇の宮があったとこだそうです。熊襲と戦う拠点はここではなかったのでしょうか?
 
 三輪王朝の最後の大王だと考えると、感慨深いですね。

投稿: jo | 2006年8月24日 (木) 08時26分

JOさんお久しぶりです。
貴兄の三輪山記事は、ちょっと後でコメントしますね。いま、書きにくい(笑)~。
「三輪」という文字をみると、なんとなく、気持が変になるのです。

さて。忌宮神社。困りましたねぇ。
……
(なんとなく奥歯に物はさまった気持)

ところで。
隼人だけじゃなくて、速戸でもあって、このあたりの潮の動きは速いわけですね。それを隼人としてしまうことに、少しは躊躇しています。
さて、……。

 

投稿: Mu | 2006年8月24日 (木) 09時50分

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