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2006年8月29日 (火)

めずらしく散歩とおでかけ

 めずらしくはやく、さっき夕刻にもどってきた。
 クーラーを入れて部屋を暗くしてじっと横になっていると、じーんとした疲労が溶けていった。外は秋の様子で、日はもう落ちている。20年ほど前だと、この暗く冷たくした部屋に横たわるのは大体一時間だったが、今日は30分で復調した。
 引き籠もりも、鈍磨したのか、慣れなのか、気持が早くもとにもどるようだ。

 たいしたことをしたわけではない。
 世間の義理とか義務とか、あるいは友好関係の結果から、今日は葛野以外のところで、ほとんど未知の人達に混じって、会議に参加したわけだ。議長の未知の教授がなれているせいか、正確無比に90分で終わった。葛野の会議もこうであれば、楽なのだが。
 未知といっても、先生方を未知なだけで、陪席する人達は何人か知っていた。
 そして、会議を実質主催したトップも、長年のお知り合いというか、なんとなくお友達(笑)、それほど好条件だから、義理を義理、義務を義務として出掛け、友好関係を保ち(おお)、なにほどか数分間発言もした。
 終わったあとは、冷茶を一杯だけいただいて、木幡へ飛ぶように、逃げ帰った。

 この会議があるから、私は一週間ほど前からいらいらどきどきしていた。
 未知の教授達に混じって、たとえ数分でも何事か話すなんていうのは、とても重い負荷だった。想像するだに、冷や汗が出る。アメリカなんかに生まれて、毎週会議、パーティーがあったなら、私は発狂していたことだろう。
 引き籠もりも、ここまでのレベルにくると、明白に病理対象かと、信じている。私は、なにごとも平均的に内気な日本人世界に生まれて、ときどき、よかったと胸なで下ろす。

 ところで、帰還後の暗冷室治療がわずかに30分ですんだのは、早朝からきっちり3時間難しげな読書をし(頁毎に付箋を貼り、書き込みしないと理解できない難しさ(おお))、昼食は伏見大手筋の上天ぷらそばとおむすび一個、食後はちっこい書店でトンデモ近未来小説をつい買って、気に入りの老舗珈琲店で銅製カップのアイス珈琲飲んで、小説を数頁読んだからだろう。そして、いざ出陣。

 で、帰りは東山にそって空いた道路をはしり、途中今熊野神社の森をながめて、観世元清を思い出して、なんとなく気持が広くなって、木幡の暗冷室に飛び込んだわけだ。

 それにしても、日々判をおすように葛野に行って木幡に帰る、この往還は全く、ぜんぜん、疲労というかいらいらどきどきを感じないのに、ちょっとそのパターンを変えると冷や汗、動悸。
 やはり、これは重度の引き籠もり症なんだろうと、私は密かに、いやいや大々的に実感した秋の夕暮れだった。

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