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2006年8月18日 (金)

日本沈没第二部/小松左京、谷甲州

 日本の近未来と、現代を考えるのによい作品と思った。小松左京で以前味わった哀感のようなものが、読後にあった。時代はおそらく2020年頃だろう。日本がすべて沈没してから25年後の世界である。

 さまよえる一億の日本人が、どういう形で生きていくのか。中田首相(元、研究者)と鳥飼外務大臣(元、外務省官僚)との間で論争がある。
 中田首相は日本を忘れないナショナリズム(国家主義、民族主義)、鳥飼は世界各地に溶け込むコスモポリタニズム(世界市民)を主張した。物語の流れは、ある種の政変があって日本の方針は転換した。しかし、そう言う意味での政治小説ではなくて、考える条件をいろいろ示唆する内容だった。

 中国の4000年の歴史経験から、中国の持つ考えがある程度わかりもする。日本という国土がなくなっても、中国にとって日本は、まつろわぬ辺境異民族、すなわち蛮族のようだ。日本という蛮族相手なのだから大人の話し合いの余地など無く、懐柔か恫喝しかうまれてこない。他方、懐の深いナショナリズムでまとまっていると思われたアメリカは、パトリオティズム(愛郷心、愛国心)に左右され、結果として国家エゴをむき出しにする狡猾な国と、なる。ただアメリカはフレンドリーである、しかもアメリカ流の規(のり)を外れない異国人に対してのみ、親戚友人とかわらないフレンドリーさである、とあった。これは、朝貢する国にたいして、歴代厚くもてなした中国王朝と似てもいる。

 日本は。
 25年たったその時、国籍を捨てる人達が増えてきた。成功した移住もあるが、世界各地で暴動も起こし、犯罪集団も結成し、総体的に日本国政府への求心力も激減してきた。

 四季を持つ国土がどれほど国民にとって大切であるのか、痛感した。
 聡明な鳥飼はいう。ナショナリズムもパトリオティズムも日本を支えるには、100年しかもたない。世界市民として、各地に完全に溶け込むことが日本の将来であると。ここで思ったのだが、コスモポリタニズムも、各地に各民族に各文明に溶け込む、それはすなわち新しい国土を各人が持つと言うことなのかも知れない。もちろん偏狭な個人主義とコスモポリタニズムは異なると釘はさしている。

 日本国統合の象徴として「天皇」への言及がなかった、そんな印象が強い。現今の日本にあっても「天皇」とは、一種の強い宗教的心情をはらむので、小説として扱いが難しいのかも知れない。
 ただ、日本の宗教について、生活基盤のなかで「嘘をついてはならない」「約束は守るべきだ」「迷惑をかけてはならない」こういう感情が日本人の一人一人にしみこんでいることが、日本の宗教であるという考えもあった。そう言う意味で、天皇も政治の対象にはなりえない、この日本的宗教の中に、本書は組み込んでいたのかも知れない。
 宗教について付言するなら、日本には、あらゆる世界宗教が根付かなかったと言っている。仏教ですら、これは「日本仏教」という、原始仏教とも、大乗仏教ともまったく異なる日本的なものだと記されていた。

 作品は、中央アジアでの難民生活を克明に描いていた。どれをとっても重い内容だと、思った。
 読み物として、おもしろかった。それが小松流の哀感と、冒頭に記したところである。果てしなき流れを充分に味わった。

参考 日本沈没(MuBlog)

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コメント

小松左京と堺屋太一

 この記事を拝見してすぐに二人の名前が並列で現われました。
小松左京 1931年大阪生まれ 京都大学文学部 (日本沈没)
堺屋太一 1935年大阪生まれ 東京大学工学部 (油断)

 (沈没)といい(油断)といい何だかアンノンと生活している中に(落とし穴)があるよ、というテーマにお二人が取り組んだことに興味を覚えます。

 戦中派なのですね。
それも戦争が終わったとき小学生か中学生か、でした。
一番多感な歳にそういう経験をしたのですね。

 ちなみに大阪生まれで当方が大好きな作家もいます。
開高健 1930年大阪生まれ 大阪市立大学法学部 (裸の王様)

 戦争体験をしたみなさんは一様に(天地がひっくり返った)とおっしゃいますね。
戦争中と戦争が終わった後と。
同じ学校の同じ先生が、昨日まで、忠君愛国だ、鬼畜米英だと言っていたのに、今日から、世界平和だ、民主主義だと言い始めたらしいですね。
10歳前後の子供は訳分からなかったでしょうねえ。

投稿: ふうてん | 2006年8月18日 (金) 23時59分

ふうてんさん
 小松左京さんはイタリア文学を専攻したようです。イタリアの小説は読んだ記憶はないのですが、とてつもなくへんてこりんな内容が多いようですね(噂)。
 堺屋さんはずっと経済官僚だとおもっていました。工学部出身なのですか。かれの遷都論は、以前熱心に読みました。割り切りがよい方のようですね。そういえば秀吉の経済官僚「石田三成」の本も書いておられたようですね。

 さて。
 小松さんと堺屋さんとを併置されたのが戦中派の少年期にからめてのことならば、私は、日本が沈没する以前の、東京という都市の脆弱さを小松さんから教えられました。東京湾一帯の工場、化学工場などが災害にあうと、シアンなどが発生して、数万人レベルでの即死が描写されていました。
 首都は、遷都したほうがよいですねぇ。

投稿: Mu | 2006年8月19日 (土) 08時33分

ベイエリア

 (東京という都市の脆弱さ)は住んでいて実感します。
何しろ江戸城より海寄りは殆ど埋め立て地ですからね。
山の手と下町という言い方をしますが、つまり下町は埋め立て地なのでしょう。
海抜ゼロメートル地帯、というんでしょうか。

 東京、大阪、横浜、神戸。
どこでも埋め立て地、即ち(ベイエリア)とハイカラに称されるところに高層ビルが乱立し、化学工場がありオフィスがあり住居があります。
ああいうところの30階ぐらいの部屋で(日本沈没)を読むと、おそらく納涼効果は抜群ではありますまいか。

 真夏の夜の夢、ちょっとヒャッとする夢でした。

投稿: ふうてん | 2006年8月19日 (土) 10時24分

ふうてんさん、ご機嫌よろしいようで(笑)
 私は、午前から葛野で、無口なまま今にいたりました。よいものですが、徐々に肩をこわしそうな雰囲気。悪い姿勢で細かな数値データをながめて、グラフ化しているのですが、息がつまりそうです。ときどき無人廊下を走り回ります。

 日本沈没の一部、二部を一ヶ月ほどの間に読み切って、いろいろ考えました。

1.自然科学
 災害はいつ何時かわかりません。そういえば恐竜絶滅の引き金も、直径数キロの隕石ひとつだったようですね。火山噴火と同じで、地球上の成層圏、いやそれを突き破って、ものすごい量のゴミが地球全体をすっぽり。この結果、気象気温の大変化。それが恐竜なら植物、人類なら作物を死滅させるわけですなぁ。
 動物は植物がなくなるとあっけなく全滅するようです。だって、牛かって、草食べてるわけですからね。肉が木に成ったり、地べたにころがってるわけじゃない。
 わずか5度から10度の気温変化で、絶滅する、まことに動物、生命体はでっかくなると、弱いようですね。

2.政治
 本当の政治家の冷静さは、本当に人間離れした部分が必要なようです。一種のカリスマ性ですね。訓練とか資質とか勉強で身に付くわけでもない。
 米国大統領も、日本の首相も、欧州も中国、……なにもなければ、官僚群がちゃんとやってくれる。しかし。経験を越えた、経験にないこと、予測していないことが発生すると。しかも決断は数分、数時間で成さねばならない。こういう危機的状況に直面した宰相クラスは、発狂しそうになるでしょうね。
 冷静さのひとつは、冷酷冷徹かもしれません。
 結局、政治は99匹の羊を守るために、一匹の羊を見殺し、生け贄にするのが常道ですから。
 残り一匹を見捨てないのが、文学かなぁ~あははは。

では、おそまつでした。

投稿: Mu | 2006年8月19日 (土) 14時34分

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