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2006年8月 9日 (水)

北九州の旅:松本清張記念館

承前:北九州の旅

松本清張記念館・銘(地図

松本清張記念館・銘:北九州市立
 旅の目的はこの記念館(博物館)だった。以前、未踏地のまま記事を掲載(2004.06.01)したので、心の半分には「行った気」になってはいたのだが、やはり現実に足を運ぶのと、仮想イメージの中で考えるのとは違うものだ。第一、ここまで来るのに汗をかいた。いや、晴天の夏の北九州なのだから、当然のことだが。さらに、松本清張は「せいちょう」であって、<きよはる>という本名ではなかった。それも銘で確認できた。

松本清張記念館前

松本清張記念館前
 記念館への入り口は写真奥にタクシーが止まっていて、そこのところを右折したら玄関になる。この写真は同行の二番隊長2006がカメラを回した中から抽出した。日傘もあって、中天からの短い影もあって、まるで夏という風情がよくでていた。夏だから、な。場所は地図を参照しての通り、小倉城の場内に位置する。小倉北区(以前は市)も郷土の誉れとして松本清張を待遇したのだろう。私は、よいことだと思った。なぜなら、異国の私がそれに引き寄せられてこの地に舞い戻るのだから、潜在的求心力は強いと思う。人が列をなしているわけじゃないから、奈良博物館の正倉院展のようには行かないが、維持して行くのは小倉北区の誇りだと考えた。

入場パンフレット(1)

入場パンフレット(1)
入場パンフレット(2)
入場パンフレット(2)
 記念館は地下一階、地上二階の約3400平方メートルである。各階1100平方メートルだから、巨大とは言い難い。展示室は大きく二つに分けられていて、展示室1には松本清張の歴史と全作品の案内がある。後者は目測十メートル程度の高さを持つ壁面に、著作の表紙が展示してある。展示室2は、書斎・書庫・応接室の再現展示で、地上二階分を使って中央にある。展示室1の内容は書籍などでも味わえるが、この展示室2の再現建物は博物館ならではのものだ。

 圧巻は書庫だった。約3万冊の蔵書と言われているが、これが当時を再現したまま累々たる書架に並んでいる。そして書架のある部屋は目測で六畳から八畳ほどの部屋に別れていて、分野や、現代物、古典ものという風に、部屋単位で別置されている。展示目録で確認したところ、8つの書庫に別れていた。
 書架によってはレプリカか本物かまではしらないが、古物が並べられていたり、あるいは付箋のついた古典籍が平積みされていた。また大型の美術書なども多数あった。
 こういった三万冊の蔵書をガラス越しに見ながら、これが自由に手に取ってみられる図書館方式を想像してみた。貴重図書も多いことだし、いわゆる万人が自由に、別の意味では図書を手荒く扱える公共図書館方式では無理だろう。いつか併設専門図書館が生まれたらよいと、思った。

「火の路」誕生秘話:古代史家との往復書簡を中心に

「火の路」誕生秘話:古代史家との往復書簡を中心に
 『火の路』は愛惜する作品である。私は清張をこの視点から眺めてきた。通説の社会派推理作家という面では、それほど大きな感興を持っていなかった。当時は若かったし、社会とか社会の底辺とか、社会の裏側には興味がなかったこともある。実は今もそうだ。これは質だからしかたないと、あきらめている(笑)。しかし、『火の路』で清張がとった創作方法や、対象については、私がもっとも切実に考えていることなので、この冊子を見つけたときは喜びが大きかった。そして内容も、豊富な写真と図版、創作メモに該当する多数の研究者との手紙のやりとりが録されていて、小倉に来たかいがあった。熟読しよう。

点と線のころ:常識の盲点。虚線に隠された実線。

点と線のころ:常識の盲点。虚線に隠された実線。
 社会派推理小説は分からぬと言った矢先に、『点と線』を案内するのは、われながら変な質だと思うが、主義主張のもとに生きているわけではないので、常に例外はある。心理トリック、時刻表の錯綜、北海道から九州まで、そして巧妙なアリバイ、普通の熱心な刑事。安心して読める作品だった。写真の冊子には、A4判見開きで登場人物たちのアリバイ、旅程などが図示されていて、みているだけでわくわくする。そのうえ、最初の現場が香椎宮の近くにある香椎潟とくれば、天にも昇る気持ちとなる。ただ、香椎潟は埋め立てられていて、今はないそうだ。(地図:香椎宮頓宮、このあたりまで海岸線だったようだ)というわけで、この冊子も手にした。

松本清張記念館図録

松本清張記念館図録
推理小説作法/江戸川乱歩、松本清張 共編
推理小説作法/江戸川乱歩、松本清張 共編

 博物館では大抵図録を入手する。なんとなく記念という意味もあるが、廉価版だからだろう。日本の印刷物は諸外国に比べて安価で美しい図書冊子を提供してくれる。ついでにというと申し訳ないが、江戸川乱歩と清張の共編による文庫も手にした。記念館オリジナルと思われるカバーが欲しかったわけだ。以前、ここのカバーをつけた『火の路』を頂き、感動した覚えがある。図書とはメディアであるが、内容はメッセージだから文庫も初版本もメッセージとしては大きな違いはないのだが、その図書固有のメッセージを持ったメディア、つまり物神化したものもある。私は、この日、記念に文庫本を記念館で買った。だから、そこには固有のメッセージが込められたのである。

参考サイト
  松本清張記念館(記念館の公式サイト)
  松本清張記念館(MuBlog:2004.06.01)

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コメント

火の路

 清張はんの古代史関連の本は仰山読みました。”火の路”は確か表紙の挿絵を見ると酒船石ですから、斎明天皇がゾロアスター教(拝火教)の信者であり、酒船石は麻薬製造装置であったという説ではないでしょうか?

 清張さんの、確か”飛鳥からペルセポリスへ”という本でもこのペルシャから中国経由で渡来した拝火教のルーツを追いかけていましたね。

 家内は大のミステリーファンで清張さんのフアンですが、私は彼の怖そうな顔と古代史が好きでした。(笑)

投稿: jo | 2006年8月10日 (木) 10時02分

 松本清張さんって、孤影あって、底辺志向とか、なかなか~三島由紀夫さんとのこととか、政治献金とか、Muにも複雑なところが多々あるのです。

 私がいくつかの点で松本清張さんを高く評価しているのは、そしてわざわざ小倉にまででむくのは、簡単な理由からです。

1.作品によっては、とてつもないロマンがあること。
2.80歳を越えた最晩年の『神々の乱心』(未完、文藝春秋社から上下本)、このエネルギー、みずみずしさ、おもしろさ、こたえられません。
3.『火の路』の作者であること。
4.『点と線』の作者であること。

 そういうわけです。
 よい物はよいという、単純さです。

追伸
 芥川賞は、「或る『小倉日記』伝」で名作です。そして1953(昭和28)年、一緒に受賞した五味康介「喪神」、これも最も好きな作品です。歴史のアイロニーを味わいます。
http://asajihara.air-nifty.com/mu/2004/05/post_25.html

投稿: Mu | 2006年8月10日 (木) 12時20分

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