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2006年8月27日 (日)

NHK功名が辻(34)聚楽第と鶴松

承前:(33)異なる質

 今夜は聚楽第や後陽成天皇が登場。またまことしやかな話だが、千代の作った金襴緞子唐絹端布のうちかけが天皇の目にとまったとか、逸話。
 一方、淀殿は鶴松を生んで、「豊臣の女」になったのも、なにやらまことしやかな話。生まれたのは事実だろうが、なぜ今頃秀吉に子ができたかは謎。
 そして京童のうわさは「山内家では捨て子を拾った」と。

 後陽成天皇が107代で、その後は後水尾天皇で108代。このお二方は、歴史でなにかと難しい問題をはらんでいる。秀吉、家康というめまぐるしい時代の狭間に後陽成天皇は晩年幕府と対立した。あとをついだのは家康が支持した第三皇子、後水尾天皇。ところが、後世のことだが、このあたりは物語になるほどいろいろあって、後水尾天皇は幕府と徹底的に対立し、若くして退位し、上皇となり、80代まで生きられる。朝廷の直接関与する戦はなかったが、精神的には後鳥羽院、後醍醐天皇に近しい波乱の天皇の世紀であった。
 秀吉の造った聚楽第の場所は、平安京時代の御所・内裏の跡らしい。秀吉はこれを後日・秀次に譲ったが、秀次謀反事件のあと、取り壊したとのこと。

 秀吉の猜疑心は、鶴松がうまれたことから、跡継ぎ問題でより深くなってきたような筋立てだった。
 いろいろな、後日へのつなぎはほのかくれするのだが、肝心の山内一豊と、千代の物語は、なんとなく平穏無事。最大の山場は、秀吉亡き後、関ヶ原の戦で、東西どちらにつくかの分かれ目だが、これは秋でしょうね。

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» 功名が辻感想!〜山内一豊のズル休み! [一言居士!スペードのAの放埓手記]
功名が辻ですが、聚楽第行幸ということで、聚楽第という秀吉の豪邸に時の天皇陛下が行幸するわけです。 千代(仲間由紀恵)は、家の前に捨てられた赤ん坊を拾って可愛がっていましたが、子供をあやしている仲間由紀恵は面白かったです。この人はコメディタッチのシーンの方が合っているような気はします。 山内一豊(上川隆也)は、聚楽第行幸の準備という名誉ある任務を命じられるわけですが、基本的に槍を振る回すこと以外は仕事とは思っていない一豊は全くやる気が無いわけです。(功名が辻の感想、以下に続きます) ↓無料登... [続きを読む]

受信: 2006年8月27日 (日) 23時27分

» >功名が辻 [Fere libenter homines id quod volunt credunt]
第三十四回「聚楽第行幸」 秀吉は一豊に、秀長の役割を考えていたのかもしれない? [続きを読む]

受信: 2006年9月 1日 (金) 05時54分

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