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2006年7月31日 (月)

北九州の旅:中洲の一蘭:博多のラーメン

一蘭(いちらん)(福岡市博多区中洲5丁目)地図

 博多のラーメンを食べにいくつもりではなかった。
 そして、この記事は旅の終わりに記すつもりだった。なのに、先頭に来てしまった。記憶が一番生々しいからだけではない。他の記事がなかなか複雑で、すぐに仕上がる類の物ではないとふんだから。
 もしラーメン紀行なら、もっと丁寧にと思ったが。

 それでも、この記事、愛用のデジカメと、携帯電話写真の組み合わせになってしまった。
 旅の終わりは博多区中洲、とある(一蘭という)ラーメン店。京都から知っていて来たわけじゃない。香椎神宮でおおきな衝撃をうけて、呆然とタクシーに座っている間に、運転手さんに連れてきてもらったということ。

一蘭(中洲)

一蘭(中洲)
 店構えは小さかった。食券機械が一台あって、そこですべて完了。外にあるのがスペース効率重視でおもしろかった。タクシ運転手さんは日頃450円のしか食べないらしいが、「ちょっと高級ですが、一蘭」と言って運んでくれた。
 650円。高級だ。

西大橋

西大橋
 あとで場所確認できるように「西大橋」撮影。

カウンター眼前の暖簾

カウンター眼前の暖簾
 店員さんの顔は見えない。隣同士の客の顔も見えない。各コーナー、眼前にはこの暖簾があって、私はしばらくウンチクを読んでいた。暖簾の下の隙間からラーメンが差し出されてきた。

基本仕様の一蘭ラーメン

基本仕様の一蘭ラーメン
 指示書があって、すべて基本仕様にした。

一蘭店内風景

一蘭店内風景
 幅60センチほど毎に、ついたてで区切られていた。これは、生まれて初めての経験だった。つまり、左右の客に惑わされず、煩わされないように、ひたすらラーメン道に徹する、専心して食べよとの配慮のようだ。いやはや、念が入っている。

 味だが。そりゃ美味しい。細い麺の腰の強さが良かったね。スープは、ぎとぎと感がゼロ。ほんとにスープだった(笑)。
 運転手さんが言っていたが、博多のラーメンは味が少し薄く感じられるとのことだった。他の店では薬罐に濃い味汁が入れてあって、自由に調合するようだ。一蘭では、味も指示できる。
 京都での雰囲気からみると、桃山御陵前の大中に似ていたな。

 ラーメン650円、生ビール300円。よい、旅の仕上げだった。(まだ、旅の話を少しも書いていないのに)
 博多、中洲に行ったらまた食べに行くつもりだ。

参考
中洲川端駅上店

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北九州の旅

 一泊二日で、久しぶりに旅にでた。
 旅行記、調査記はゆるゆると。
 最初に、心覚えを、目次として記しておく。

1.小倉城松本清張記念館
2.門司港駅舎レトロな町並み
  めかり神社、
  関門海峡夏景色
     潜水艦をみた。水上モービル大乱舞、警備船追跡、~
3.八幡の大宴会
4.小倉ステーションホテル一泊
5.香椎神宮、仲哀天皇大本営跡
6.中洲のラーメン:一蘭

 もともとは、二泊三日で九州国立博物館、松本清張記念館を見学予定だったが、体調他によって、急遽一泊にした。
 今年は他にも、琵琶湖や金沢を予定していたが、二つとも余儀なく中止にいたり、この北九州旅行も中止かと思ったが、なんとか旅程を半分にしてまとめることができた。
 収穫は大いにあった。

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2006年7月29日 (土)

 今日は葛野も、そろそろ終わりにして引き上げる。
 朝からどこか異国の地での課題「目録作成」を100点以上見続けて、ほとほと、~。いやいや抱腹絶倒。もともとテーマ性重視、つまり目録技術よりも、どういう図書とか情報を集めてきて、それをどんな風に小綺麗に正確に、気持ちよくまとめ上げたか、そういう視点で採点していた。もう、ものすごいテーマが一杯あったぞ。

 いまのところ、100点満点花丸を3冊にだした。なるほど精妙というか花がある。まるで、世阿弥や元雅の申楽レベルであるぞ(みたことない、中世の能舞台なんて)。これは昨日のメディア論でもそうだった。

 私のだす90以上は、みなみな優れている。とりわけ、100点をだすのは「花」があるかどうかである。
 さて、「花」のあるなしをいうと、みんなして、そんな主観的なとか、恣意的な、とか申す。
 だがな。まちなさい。
 客観的評価なんかあると思うのが唐変木のコンチキチン(ものすご、古語ですなぁ)。
 そんなふうにしたいなら、コンピュータでやればよかろう(と、ものすごコンピュータ音痴のフリ)。

 まあよろし、花を見きわめるのが、熟達、手練れの者の誇りなり。花もクズも自信もってみきわめられないなら、人間やめなさいや。……。おかしいな、えらいテンションが上がってくる。

 さて、絵画の評価、それが本論。
 わが木幡研のメンバーはいずれも絵画性志向が高い。口ずさむように、息をするように、絵を描く人ばかり。唯一、私だけが絵画性は、ほとんど10点程度(100点満点で)。私は、なんとなく、文章性志向が高く、考えるのも、話すのも、イメージするのも、文章で済ませている。

 で、白テンを抱く貴婦人問題というのがあって、いつぞや畏友の梅安さんと京都の美術館へ観に行った。さっぱりわからない。梅安さんは感激の極みというのに。そこで、私は弁解した。「どうも、僕は、構造体というか、なんらかの立体性がないと、二次元上の情報は、把握できないようですぅ」。いうにことかいて、へりくつをならべたものよと、当時の自分に赤面している。
 (文章なんて、これは、読む状態からいうと、二次元どころか一次元情報じゃないか。)
 
 そこで、私は乏しい経験の中から、絵について、いま、思いをめぐらし始めた。

 モジリアニ、アンリー・ルソ。
 一部の、ゴッホ。
 和風の山水画。
 純粋のマンガ(内容とかストーリー抜き)だと、浦沢さんのアトム。

 事例が乏しい。実に乏しいな。世界中の絵画性世界から、数え上げるとたったこれだけ。
 他方、小説類なら死ぬほどある。
 私はやっぱり、文章志向のようだ。
 と・こ・ろ・が
 課題を出すときの注意事項には、いつもくどいほど「絵とか写真とか、設計図とか、イメージとか、俯瞰図とか地図とか。概念図とか。アイコンとかぁ。ともかく、絵、必ず絵をそえなさい」と、言っている。この落差は、いったい何なんだろう。

 けだし。
 人間とは、いくつになっても、訳の分からないところがあるものだ。今夕、私は自らを試験台にして、そのことが分かった。また、賢くなったなぁ。(失笑) 

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2006年7月28日 (金)

夏の秋刀魚、日本沈没続編、仕事

夏の秋刀魚
 夕食に、お造りにもなる新鮮な夏の焼き秋刀魚があった。丁度一匹を二つに切って、食べやすかった。二きれ食べた。塩焼きだが、醤油を少したらして、そのまま食べた。昨夜はアジのお造り。魚は種類が豊富なので、お造りもよし、焼き魚もよしと、毎夜飽きない。そう言えば、近頃はサザエの壺焼きもよくでる。

日本沈没続編第二部
 小松左京+谷甲州、小学館。
 書店の平積みで、最初は、つまり余録物かと思って、手に取らなかった。私は、ものにことに、耽溺する質だが、余録物には手を出さない。たとえば、数年前のダ・ヴィンチ・コード、最近の映画も含めて、原作と映画以外には興味がなかった。製作秘話とかも、興味がない。何故か分からない。
 しかし、この第二部の帯を見て、手に取った。長編小説だった。中をちらちらのぞいてみると、興がわき購入した。
 いつ読むか分からないが、本編474頁の二段組みだから、3日間ほどかかりそうだ。おそらく、満足することだろう。

仕事
 今日は採点していた。夕方の7時過ぎに完成し、採点表に署名印をおして、複製し、本編を封筒にいれて完了した。それでも一科目分。明日は他の科目に決着をつける。
 その間隙を縫って、倶楽部員の何人かとも相談をした。五年先までどうやっていくのかが思念をさらぬ案件だった。課題を分かりやすく申すならば、伝統と現代、ということになる。過去を引き継ぎ、現在に生かし、将来に継承する。こういうプロセスの難しさが、私の課題となっている。

 仕事ではないが、この一ヶ月、初期の卒業生、中期、そして倶楽部創立時代、そしてつい昨今、メールが一時に来る。どうしたのだろう(笑)。珍しいことだ。倶楽部関係者からのは、この秋に創立五周年記念を催す、その縁もあると思う。……。それ以外のは、意外にMuBlog長期休載が原因かもしれない。最近はぽつぽつ書き出したので、またおさまるだろう。

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2006年7月27日 (木)

現代の文房具

文具一セット

文具一セット
 小物入れと、付箋5本と、そして四色ボールペン、しめて300円弱である。これが最近の愛用の読書セット。これを鞄にいれておけば、いつ何時、読書への渇望が起きても対処できる。
 ただし私は滅多なことでは本を読まない。読むときは襟を正して横臥して、やおら読み出す。細切れ読書は性に合わない。最低でも一時間は持続できるタイミングでないと読み始めない。
 そういう意味で車中や、ちょっとした時間の合間に読む本当の読書人とは毛色が異なる。
 長編小説になると、最低半日を使えないと頁を開くこともしない。難読症かもしれない。
 
 ところで、現代の100円ショップというか、99円ショップにはこういう小物があるので、随分気分がよい。木幡も葛野も近所にあるせいかもしれないが、愛用している。文具にウンチクを傾ける性分ではないから、300円ですむ。小難しい読書の時は、付箋を貼らないと何を読んだか、すぐ忘れてしまう。読みさしの文庫本はすぐ消えて無くなる。だから、一セットまとめて置くと、手間が省ける。

BlueEye 80GB ハードディスク

BlueEye 80GB ハードディスク
 これはすでに数ヶ月前に購入し、組み立てたものだ。詳細は忘れたところもあるが、この2.5インチ外付けケースが2000円ほどだったか。80GBハードディスクが1万円少しだったか。合計1萬3千円程度の、BlueEyeが私の日常を支えている。
 40GBx2に分割している。半分はMac用、半分はWin用にした。二つの異世界コンピュータ同士でのデータ交換は、LANで気楽にできるのだが、結局木幡と葛野の場所替えに、このハードディスクが役にたっている。
 40GBあると、開発システム一式をここにいれて運べる。
 USB一本で、木幡の黒マシン、葛野の極小ノート、主Winマシン、PowerMacG5と、自由自在に往復できる。
 実に、手軽で、使いやすい。

 そういうことである。

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2006年7月26日 (水)

そういえば

 そういえば、蝉がないている。蝉は短命らしい。というよりも幼虫の時期がながくて、蝉になってミンミンなきだしたとたんに、おなくなりになるようだ。こういう話は小学生の方がよく知っている。蝉が鳴きだすと、小学校時代の夏休みを思い出す。旧い家の座敷に寝転がって、蝉の声を聞いていた少年のイメージが、八畳間の天井の隅にカメラをおいて、突然蘇った。
 部屋の回りに狭い廊下がL型にあって、廊下の突き当たり(東北かな)に手洗いがあった。西と南側が全部ガラス戸で、庭も見えた。
 作庭(笑)は父と私ら、息子だった。コンクリートの防火用水を庭に埋めて、水をいれ、金魚や鮒をかっていた。60x60x80程度のちいこい水槽だったが(深さ60cmほど)、そこでロボット潜水士・模型を作って遊んでいた。

 そういえば、ちかごろ読書もせず、模型も作らず、パソコンもつくらず、ソフトも作っていない。6月ころまではそんなことをしてきた。なんとなく追われているのだなと、自ら嘆く。自嘆。ああ、こんな調子はやめておこう。筆先は思念を起こす。

 そう言えば町にもでかけていないなあ。
 そう言えば、預金通帳残高が異様な速度でマイナスを増やしている。
 そう言えば、ガソリンが1リットル140円、これはきついな。

 そう言えばをやめて、掃除をしよう、そういえばわけのわからない部屋になってきたな。木幡も葛野も。

 ところが。
 毎朝ぱっちりめざめて、食事して、葛野に行って昼食とって昼寝して、会議にでて、倶楽部屯所に顔をだして、嫌み怒声をまきちらかして、つかれきって横臥して、「嫌われてるね」とつぶやいて、天井をながめて、こくりこくりと、寝てしまっていて、起きたら夕刻七時。さて、と木幡に帰って夕食にっこり、ぱたん。

 そういえば、毎日、よく寝てよく食べている。
 おそらく、元気なんだろう(失笑)。

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2006年7月25日 (火)

授業風景ビデオから写真抽出

 経緯の詳細は簡単に。
 話は、ちと内輪話、身内話になる。

Oc2006写真素材

Oc2006写真素材

 この夏に、葛野でもオープンキャンパス(OC)が開かれる。我が関与する教室でも催し物、出し物をあれこれ工夫して、高校生の耳や目を引こうとしている。

 その全体像は簡単に。
 私は、図書館学=司書科目を担当しているので、それなりの工夫を学生達としてきた。学生達とは、いわずとしれたあの葛野図書倶楽部2001の面々である。
 われらが参加するOCは、八月五、六日
 高校生とはもうしませぬ。老いも若きも、どうぞ来て御覧あれ。

 今年の演目は簡単に。
1.授業風景のビデオ上映。これは昨年に上等なのができたので、今年も使う。
  統合技師長2005に深謝。
2.司書適性アドベンチャーゲーム(占い)。これは、さすらいのプログラマー浅茅原先生、畢生の作品か、どうかは疑問だが、なんとなく倶楽部員を動員して、ほぼ完成。
3.授業風景、写真パネル、コラージュ。

 今夜はその3について、メモ。

 ビデオ内容は、前期二科目、学生達が共同で三ヶ月かけて作成した目録や企画書を出した感涙の日。
 この日に、二番隊長2006が悉皆撮影した。
 これを写真にするまでの経緯を詳細に。

1.ビデオは二科目だから1時間のものが二つできた。
2.PowerMacG5に、最初から付いているシネマソフトで読み込んだ。やはり2時間かかった。
  容量は今年、300GBのSATAハードディスクを増設しているので、大丈夫。
  メモリーも多分2.7GBほどあるから大丈夫。
3.読み込みに使ったソフトは、上手にクリップ(場面展開毎にビデオ内容を細分化して管理)を作ってくれる。
4.ビデオ・クリップは、このソフトが上等なので、実に簡単に静止画を作ることができる。
5.スライドを動かすだけで、ほとんどコマ単位で前後できる(だから、マックは使いよい、こういう細部)。
6.二本、合計二時間ビデオから、100枚の静止画を抽出した。このために3時間~4時間。
  選択するというのは、判断するのだから、時間がかかる。
7.この100枚静止画を、外付け携帯ハードディスクに出した。
  これは、別の部屋で作業するため。別の部屋ではカラープリンタその他、人出があるので、気楽。
8.別の部屋のWinマシンで、これを読み込んだ。ソフトは、MSのPicture Manager
  印刷は、このPicture Managerで、選別しながら、一枚物、二枚物、四枚物を合計で10枚作った。
9.Picture Managerは、気楽なソフトで、選別したものを楽々と、一枚物~多数物に、自由に印刷してくれる。

 というわけで、詳細といいながら、箇条書きになってしまったが、この最終選別・印刷は合計90分ほどで済んだ。半分を一番隊員2006がやってくれたので、楽だった。
 このパネル化は、数日後、数名の隊員がこなしてくれる。

 細かな作業だが、なんとなく雰囲気を盛り上げるには、写真ぺたぺたも学園祭的でよろしかろう。
 と、こういうわけで私は作業を愉しんだ。
 しかし、倶楽部員達はみんな、試験期間の最中なので、いささか不憫よのう。まあ、OC実行隊長・副長2006の指示があったので~。
 突貫作業もいたしかたなかろう(邪笑)。

 なお、経理局長2006が、20枚760円で購入した写真印刷用の上質用紙は、なかなか良かった。日頃は再生紙で印刷しているので、見栄えがぐんとアップ。

追伸
 この倶楽部ではなんというても、局長が花形なのだが、今回は被写体として、名をとどめた。作業は、われら下々の者がすべてとりおこなった(爆笑)。

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2006年7月23日 (日)

NHK功名が辻(29)小牧・長久手・家康

承前:(28)昇進・傷心

犬山城地図

 今夜は家康の表情がこれまでと違ってきた。いよいよ天下取りの合戦に腰を上げてきたのだろう。兵力三万数千。武田武士が混じった、三河軍団と考えて良かろう。

 秀吉の表情も、甲高い声も、佳境にはいってきた。
 話は変わるが、徳川軍団麾下の石川一正というヒトが気になる。この人は、徳川を離れる。何故なのか。このドラマで詳細が描かれるとは思わないが、気になっている。

 今夜の結論は、大坂城の秀吉に呼ばれて、一豊はついに、長浜城を託された、二万石。

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いつもの日曜日の夕方

 いつもながら、さっき夕風呂に入った。気持がよい。シャワーは40度c以下にしているのだが、湯船は42度なので、なにかしらひりひりして、あわてて冷水をまぜた。心地好い。
 温泉の素は、ハッカに似ていて薄荷じゃない、カタカナの、ほれ、あれ(固有名詞を言えない苦痛)。

 薄荷油話だが、これは親指ほどの小さな一瓶が千数百円する。高額だ!
 これが、風呂上がりに使おうとしたら底の方に少ししかなかった。こんなものを使うのは私だけだから、はて、蒸発したのだろうか、核心につながる謎だった。
 ハッカ消滅殺人事件。

 もとより、耳かきほどの量で、すさまじい効果のでるハッカだから、今夕は事なきを得た。最前使ったのは、たしか6月20日だった。もう、一月も使っていなかった。
 気持にゆとりがでないと、ハッカ三昧も楽しめない。
 今夕は、ゆとりがあった。

 あしかけ三年はかかった第三作『巨石の森』を夕方、風呂に入る前に脱稿した。
 これが公開されるのは、しばらく寝かせて、指折り数えてみると来年の三月か、四月。昨年の『犬王舞う』(550枚程度?)、連載中の『蛇神祭祀』(600枚予定)は、週に火木土日、4回連載して、大体月に百枚程度である。だから、蛇神はこの9月に連載完了。
 そして10月からは、『夜麻登志宇流波斯』(500枚程度)を始めて、来年早々に定稿化する。

 などと指折り数えていると、某ファン(笑)から、「ネットは読みにくい。早く紙にせよ」と督促が入った。しかしなぁ、オンデマンドで一々印刷製本するとなると、葛野出勤もできなくなるので、しばらく日曜ネット作家、ムアンリディブ・ルソ(アンリ・ルソーじゃなかったですか、日曜画家って、いや別人かな)。

 ともかく、『巨石の森』、800枚も浪費した。
 私の大ファン、佐保も、なかなかに成長した、かな?
 長さは現代作品としては普通だろうが、私にはこれが限界だな。最近、読む立場に身を添わせてきたせいか、手頃なのは500枚程度の作品だ。ぐずぐずと長いのは、読む気力体力がついていかない。今生、一作最大千枚にしようと思っている。

 今夜は功名が辻をながめて、身内からわき上がる愉悦にひたろう。幾度挫折しかけたことか、巨石の森。三年の歳月があっというまに過ぎてしまったなぁ。しかし、私はなんにせよ、プログラミングも小説造りも、好きなんだとおもった、今夕。好きこそ物の上手なれ、ならよいが、大抵下手の横好きにおわるもんだよね(失笑)。

 というわけで、8月からはさっそく第四作にとりかかる。さて、今度は佐保くん、どこへ探偵しにいくのか。
 日曜ネット作家Muも、貧乏暇無し。

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2006年7月21日 (金)

繰り返す日々

 今日は、雨だった。
 雨天についての感想は、人様と異なるので記さないでおこう。
 今日も、変わったことはなかった。日々繰り返す人生のようだ。
 それに不満があるのじゃなくて、日々変化が少ないのは、こうしたMuBlogのような日記形式には似合わない。かといって、きっちりとした感想文や写真紀行を掲載するほどには、ゆとりがない。

 ゆとりが少なくなったのは、いくつか事情があって、しばらくすると解消する予定だが、ところが伏兵があって、この数ヶ月まともに郵便を開封もしていないし、まともに書類手続きもしていない。ゆとりが生じたとたんに、そういった雑務の山、波が押し寄せてくる。
 おまけに木幡研も葛野研も目を覆う惨状、犬小屋状態。
 一体どういった生活をしているのかと、われながら振り返ると、ともかく、毎日なんかかんかに専念し、半分忘我になって、美味しい夕食を終えると、知らぬ間に朝になって、また日々が始まる。
 これは人間らしい生き方なのかどうか、考えると、腑に落ちない。

 今朝、起きた。
 なにかしらメールの返事を書いたりしてあっというまに出勤時間、午前6時になった。が、今日は授業がないことに気がついて、それから10時まで、まとめものをして、図書も散見した。
 春日通りの花屋町通りの細川ラーメン着が11時ころだったか、狭い駐車場に細心の注意をこめて入庫。チャーシューメン800円、二週間ぶりだった。
 葛野着が12前だったか。お湯を沸かしたり、洗い物をしたり、珈琲を淹れたりしてすぐに午後一時前。
 ひたすら委員会の宿題を始めた。

 午後3時ころから、午後6時ころにかけて、合計4名の若者とそれぞれ打ち合わせをしたり、手伝いをしたり、受け答えを断続的にした。
 1.後期の共同演習の班員増減について、班長の一人と話し合い、その旨、私からも助勤二名にメルした。
 2.夏期のオープンキャンパス用に使うアドベンチャーゲームの仕様について合計3名と連続して話した。

 6時ころから、夏期論文の算段に入り、途中で別のまとめをしたりで、あっというまに午後7時半になった。いそいで片づけて駐車場までいくと、7時45分。と言うわけで、八時半ころ帰還してご飯をいただいて、うたた寝して気がついたら午後11時になってしまった。
 明日は原則休暇土曜なので、こうして遅くまで起きている。
 と、いいながらも明日も今日と同じになる予感。

 まことに、人生とは、なにやら分からないままに世界が世間がヒトが眼前を通り過ぎていく。
 どうやら、これがここ10数年の私の日々のようだ。
 なにも、変わったことはない。
 冒険も、危険も、なにもない。
 平凡な日々。
 それに愉しんでいる自分がいた。

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2006年7月19日 (水)

二十五万アクセス

承前 二十四万アクセス

 6月から7月にかけて、MuBlog記事掲載は断続的になり、ついには一週間単位になってしまった。そのせいか、一万アクセスを得るために、通常の一ヶ月にプラスするところ2週間の超過があった。blogは記事周期がある程度ないと、読者が離れるようだが、いたしかたない。
 その事情は、単純に繁忙と気分(笑)ないし体調のせいであろう。
 これから夏期、また気持ちをこめて、記事掲載に励もう。

(1)本日記録
 対象日: 2006年07月19日(水)
 観察時間: 11:54
 合計数:73(本日)
 累計アクセス数: 250014
 1日あたりの平均: 292.76

 記事数: 777 | コメント数: 3220 | トラックバック数: 529 | ライター数: 1

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(2)先週:検索ワードランキング( 4件以上のみ)
対象日: 2006年07月10日(月)~ 2006年07月16日(日)
合計数:1580

順位 検索ワード 件数
1 じぶり 63
2 京都 50
3 功名が辻 24
4 地図 22
5 ハードディスク 20
6 交換 19
7 20世紀少年 19
8 写真 12
9 レスタト 11 → 古い記事への言及は、意外です。
10 20世紀少年 11
11 ノート 10
12 ハードディスク交換 9
13 ノートパソコン 9
14 笠井社中 9
15 一豊 8
16 鵜飼い 8
17 大型書店 8 → この関係が多かったように思う。
18 佐野藤右衛門 8
19 VAIO 8
20 竹中半兵衛 7
21 明智光秀 7
22 諭吉煎餅 7 → これはもしかしたら大分県、宇佐神宮の記事関係だろうか。
23 ビザンチン 7 → このヒットはうれしいです。こういう世界、好みなのです。
24 登喜和 6
25 宇治 6
26 日本沈没 6 → やはり小松左京ファン健在なのか、あるいは映画の影響か。
27 大阪 6
28 誤植 5 → なんなんでしょう。
29 山内一豊 5
30 ブログ 5
31 森博嗣 5 → 相変わらず、森博嗣先生の退職と、誤植関係のアクセスがあるが、MuBlogでは両方とも記事にした覚えがないので、検索エンジンの精度が疑われる事象である。
32 分解 5
33 山崎城 5
34 うどん 5
35 マック 5
36 十二国記 5 → ちょっとお休みしています。あと講談社文庫3冊。夏には読み終わるでしょう。
37 PowerMacG5 5
38 伏見 5
39 εに誓って 5
40 魚三郎 5
41 prius 5
42 森正 5
43 秀吉 5
44 京都駅 5
45 新撰組 5
46 弁慶 5
47 画像 5
48 五藤吉兵衛 5
49 壬申の乱 5
50 書店 5
51 愛宕山 5
52 修理 4
53 笠井社 4
54 文章構造 4
55 小説 4
56 宇治川鵜飼い 4
57 じょうしょうこうじ 4
58 京都市 4
59 京北 4
60 河原町 4
61 そうめん 4
62 北の荘 4
63 FX 4
64 しずやしず 4
65 三島由紀夫 4
66 森 4
67 山国 4
68 水槽 4
69 sony 4
70 三輪そうめん 4
71 vaio 4
72 四条 4
73 キルヘボン 4 → この店名自体を文章に織り込んだ記憶はあるが、記事にはしていない。不思議なことだ。

 いつもながら、代わり映えのないMuBlogです。さりながら、古い記事関係にアクセスがあるのはうれしいです。私は生来、新しい物、流行、とれとれがあまり好みじゃないのです。古い奴だとお笑いでしょうがぁ~の世界ですね。
 ただ、甲羅をへてくると、真にあたらしいものはごく僅かです。どこかで、いつか、感動したり、心ときめいたものが埋もれてしまって、それがなにかの都合で掘り出され、変形されて、いま、世にでている。そんな印象があります。
 65番の三島さんですが。昨今の文学世界にもうといので実情はわからないのですが、いまでも読まれているのでしょうか。もし、20代の人がよんでいるなら、うれしいです。私が三島さんに読みひたっていたのは、18~25ころのことです。 彼の作品で第一に推すのは、『豊饒の海』全四巻、なかんずく第二巻「奔馬」ですね。これは三島さんの他の作品とは、違っています。その他は、彼の評論集、そして戯曲です。
 だから、現代文学はほとんど分かりません、読めません、知りません(笑)。よい物に巡り会ったわが青年期を、今にいたって喜び言祝いでおります。

(3)先週:検索フレーズランキング( 3件以上のみ)
対象日: 2006年07月10日(月)~ 2006年07月16日(日)
合計数:485

順位 検索ワード 件数
1 京都駅  大型書店 4 → 気になる方もおるのでしょうね。どうなるのでしょう、プラッツの旭屋?
2 仙太郎  新京極 3 → おお、ファンがおられるのかも知れない。
3 しずやしず  しずのおだまきくりかえし…… 3
4 ジュンク堂  京都 3
5 桃山城  画像 3
6 京都  変わった店 3
7 キルヘボン  京都 3
8 京都  大型書店 3
9 京都  書店 3
10 εに誓って  誤植 3 → これが謎。ε(いぷしろん)の感想は書きましたが、誤植のことは知りません。大・講談社の出す図書に、誤植なんかあるわけがない。
11 鵜飼い  京都 3
12 愛宕山  明智光秀 3

 先週は、やけに京都の書店が萌えたようですね。私は、河原町のBALジュンク堂ができたので一安心なんです。しかし京都駅前、旧丸物、近鉄プラッツの、旭屋はちと心配しとります。
 あと、MuBlogらしいアクセスはなかったようですね。
 そうそう、記事もないのに、キルヘボンだなんて、ああいうナウイというか、切れのよい若いカップルが行くお店のことは、本当に未知です。なんとなく、珈琲カップを持つ手の、小指がぴんとたてられたような、美男美女のアンニュイに包まれた、こそばゆくなるような、現代風のお店に、Mu爺が行けるわけがない。せいぜい、スタバでなんちゃらかんちゃらマキアーテちゅうの、飲むくらいどすえ。
 それにしても、古典文学壊滅、古代史壊滅、マシン壊滅、Delphi・PASCAL壊滅、前方後円墳壊滅~。これじゃMuBlogのウリは全壊滅だぁ。悲傷。

(4)先週:曜日別
対象日: 2006年07月10日(月)~ 2006年07月16日(日)
合計数:1489

曜日 アクセス数
MON 249
TUE 229
WED 208
THR 224
FRI 200
SAT 165
SUN 214

 何にも書かないと、今は200前後のアクセスですね。さて。

(5)先週:記事ごとランキング(1%以上のみ)
対象日: 2006年07月10日(月)~ 2006年07月16日(日)
合計数:1489

順位 URL パーセント
1 http://asajihara.air-nifty.com/mu/ 10%
2 http://asajihara.air-nifty.com/ 6%
3 http://asajihara.air-nifty.com/mu/2004/05/post_6.html 5%
4 http://asajihara.air-nifty.com/mu/2006/03/post_4528.html 3%
5 http://asajihara.air-nifty.com/mu/cat573003/index.html 2%
6 http://asajihara.air-nifty.com/mu/2006/01/post_e704.html 2%
7 http://asajihara.air-nifty.com/mu/2006/07/nhk_4c5d.html 1%
8 http://asajihara.air-nifty.com/mu/2006/07/nhk_1930.html 1%
9 http://asajihara.air-nifty.com/mu/2006/02/prius_62b1.html 1%
10 http://asajihara.air-nifty.com/mu/2006/02/post_fc22.html 1%
11 http://asajihara.air-nifty.com/mu/2004/09/post_2.html 1%

(6)感想
 最近の私の脳は、なにやら別のことを考えているようです。夜はひたすら眠り、眠りの中で夢をみています。まったく覚えていないのですが、夢を見続けている自覚だけは朝わかるのです。そして昼は繁忙につぐ繁忙。忙しいというのは無能の証なんですが。そんなことを言ってられないほどに、雑務につぐ雑務です。そして夜になると、ぽてっと眠ってしまう。
 私は此の世に、雑務をしにうまれてきたのでしょうか、神よ、こたえてください、そうなんですか?
 ~
 やおろずの神々は沈黙なされたままでした。

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2006年7月17日 (月)

花のなごり、殘花餘語/保田與重郎

 昨夕のこと、木幡で夕風呂のあと、気持がよくなったので、気にかけていた保田與重郎の「花のなごり」とその附録「殘花餘語」を読み終えた。保田による伴林光平『南山踏雲録』を若年時、数年前にも読んでいたのだから、もちろんなにかしら記憶があった。

 日本は先の大東亜戦争時に帝都を始め各地でアメリカ軍の激しい空襲をうけ、爆撃された。私の生地福井市もB29の墜とす焼夷弾によって一面焼けこげ野原になったようだ。祖母と母からよくきいた。また縁戚のある広島は原子爆弾で壊滅した。

 しかし幸いにも前朝をことごとく壊すような「革命」がなく、なべて、歴史がそのまま何百年も続いてきた国である。
 もちろん都は何度も打ち払われた。応仁の乱などはその典型であろうか。南都・奈良の寺寺も戦乱の中でなんども燃えた。その間、朝廷は都にあった。雅の継承、文化の引き継ぎ、天皇の日継ぎ、連綿と続いてきた。不思議な歴史ともいえる。

 歴史を学ぶとそれが当たり前のように見えるので、かえってなんの感慨も持たなくなる人が多い。
 ……。と、ここで右派勢力の代弁をするつもりはない。
 あるいはまた、私が青年時に、はなばなしかった左派勢力を顕彰する気持など、毛頭ない。
 さらにまた、「インテリ」「文化人」という、一種言いようのない浅薄な知識人をも、視野に入れない。

 「花のなごり」も「殘花餘語」も、江戸時代、若狭小浜出身の国学者、伴信友(ばん・のぶとも)の考えを、保田が南山(吉野一帯)で味わい、噛みしめた話である。この間、幕末の伴林光平(ばんばやし・みつひら)の事績にも言及がある。

 どういう内容なのかと、私は最初記すつもりだったが、それは止しておく。現代に生きる五百年の後南朝秘史だと、まとめることは可能なのだが、なにかしらそれを解説することが空々しく思えた。
 保田の難しさと、そして保田の日本文明に残した思索は、一々の固有名詞の解説に終わるような軽いものではない。たしかに、ある一定の知識、背景がないと、日本語文章として現代人のほとんどは、保田を読み切れないだろう。ことに、南山踏雲録に入っている昭和十八年頃の作品は、難渋する。

 つまりそういう難しさは、どうにでもなる。
 どうにもならないものが、保田にはあって、そのことを切々と思索した結果が、現今の保田全集であり、選集の中にそのまま埋もれている。昭和四十年代半ば、私は古書店で戦前の保田の本を二十数冊集めたが、いまもあって至宝である。戦局深まるにつれて、手触りの悪い紙質、造本、それらがたとえようもなく懐かしい。その中に、保田の貴重な思索が埋もれていた。

 ただ、昨夕はこんな風に思えた。
 あらかじめの思想体系は人為人工のものであって、そのフレーム内でのわかりやすさ、利便性、継承の容易さはあっても、あくまでモデル、模型、なのだから、実相にそのまま当てはめるとそこここで無理が生じ、自然な考えをねじ曲げてしまう。いわゆる史的唯物論とか、観念論哲学とか、実存主義とか、それぞれがそうである。だから、それぞれが論じ合うのは模型の質を高めはするが、その外の現実、歴史、人心解釈のゆがみを解消することはできない。
 明治以来の大学における学問は、今でもそうかもしれないが、そういう限界の上に立っていた。

 保田を読んでいると、そういった多くのことが虚妄と分かってくる。この世がどれほどに外相にふりまわされているかが、よくわかる。政治、経済、人々の生活、安全。これらに、すべて実相を重視せねばならぬとは、私は思わない。目先の我利や悦楽にひたるのも人生だ。
 ただ、たった一つ、ヒトだけが物事の見えない部分に、大きな実相が隠れていることを知り、味わうことができる。誤解無きように、実相とは、「あの話、実はこうだった、スキャンダル」の真相暴露話ではない。ヒトだけが、歴史の流れの中で、右顧左眄する我が身のなかで、なにか普遍的な、変わらない相を見る能力があるのだから、それが見えるように、心を澄ませ、過去に学び自らを振り返るという所作を、とるのが神意にかなったことである。
 そう、神意とは、そういうものだと、昨夕味わった。

参考
  MuBlog:文学の志についてメモ
  MuBlog:南山蹈雲録/保田與重郎

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2006年7月16日 (日)

NHK功名が辻(28)昇進・傷心

承前:(27)越前・北の荘炎上

 NHKの「功名が辻」がよいと思うのは、山内一豊と千代、それぞれの俳優が良かったからなのだろう。
 仲間さんは私がいわなくても、男性ファンが多かろう。
 一豊さんの、ぼよよんとした、様子がきわだってよい。

 若いものたちが、一挙に3000石、5000石加増され、同輩ふたりは万石の城持ち大名。しかるに山内はわずかに300石にすぎなかった。あわせて3000数百石。

 こういう論功行賞のアンバランスは、渡す方も受け取る方も危険だと思った。
 往時は命がけの功名だから。

 で、山内一豊は苦しい立場に立った。
 一応、母親の説得によって立ち直ったが。
 さて、来週はどうなる。
 

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祇園祭り、宵山と木幡

 今朝は午前中にクーラーを付けたまま3時間ほど眠ってしまった。窓をあけて、26度c設定で、その上に分厚い冬物のパジャマを常用しているので、寝冷えはしなかった。冬物パジャマについてはウンチクいろいろあるが、これは親子二代の遺伝のようだ。いつなんどきうたた寝しても、体調を壊さぬようにという、想像を絶する用心深さ。ところで親は私だ。

 いつ何時、となると、うたた寝する前に着替えるのかというと、それは違う。要するにいつでも眠られるように、私邸ではパジャマ姿なのだ。だから、確実に来客はない、拒否して数十年。サリンジャー以上の鉄壁の構えである。でこれは、江戸も都も、遺伝子パワーは強烈なようで、わがMu家の伝統となっている。

 もしも敷地数万坪の庭と、ガルウィング全天候型前方後円墳タイプの屋敷を構えたならば、離れに貴賓館を設けて、来客ある時は、着替えてそちらにいくことを、夢想してきた。

 さて、しかし働き者の私は、午前中眠る前に、極早朝から3時間ほどかけて、倶楽部のよしなしごとを処理した。休もうと思っても、手が動く、頭が動く、仕事中毒なのかもしれない。と、言って3時間熟睡するのだから、よくわからない。昨夜は22時ころ就寝で、今朝は3時ころ起床だから、後分割の3時間をプラスすると8時間、年齢的には過眠症なのかもしれない。

 今朝。昨夕に送った一斉メルの私宛がやっと届いた。約8時間遅れ。祇園祭のせいかもしれない。まあ、よかろう。数年前だと、なにかのイベントが関西であると、携帯電話にはのきなみ一日遅れのメルがじゃかすか入ってきたものだ。8時間遅れなら、だいぶシステムが増強されたと考えよう。

 朝刊を読んだら、四条烏丸あたりの鉾を囲んで、広い道路がまったき人で埋まっていた。祇園囃子がきこえてくらぁ~(原本によれば、サワラ囃子がきこえてくる、となる)。

 昼はそうめんをいただいて、書斎に入ると暗くて、外はじっとりと蒸していた。いま雷鳴もあった。
 暗くて、むしむしした狭い部屋で、ぼんやりとMuBlogに向かう男。これは絵にはならぬが、古典的な売れない作家そのものだなぁ。

 では、夕風呂に後刻入ろう。それまで、しばし横臥して、脳を休める。

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2006年7月15日 (土)

夏のこれから

 いろいろなメモがたまってきた。

1.『日本沈没』の下について。二週間ほど前に完読、感動した。祖国。自然。喪失の体験を本の中で味わった。私は、こういう作品によって、歳を取ってきたのだな、という感慨があった。
 そう言えば、今日15日から、映画も上映されているようだ。出不精だから、行かないと思うが、DVDが出るのは来年くらいかとおもうと、切ない。なら、行けばよいのにと自問自答するのだが、つまりは、身が震え、足がすくむ(笑)。要するにイレギュラーなことをするのが、とてつもなくシンドイ。木幡と葛野の往還を外れるのが、辛い。
 こんな調子で、よくまあ何十年も生きてこられたものよ、と感嘆。

2.連載中の『蛇神祭祀』は危機を何度もとおりぬけ、すりぬけて連載している。大体早朝に2時間程度かけているが、原稿用紙6枚ほどの草稿を、そんなに手をかけてどうなるの、と自問自答しているのだが、かかってしまう。遅筆なんだろうか。それでも文の捻れ、誤字脱字ひきもきらない、不思議なこと。

3.『蛇神祭祀』はおそらく十月初旬に完成するので、次にどうするとなるのだが、いま考えているのは『夜麻登志宇流波斯』(やまとしうるはし)の定稿を連載しようと考えている。算段はついたが、さて数十年前の作品で、しかもどうかんがえても気楽に読める作品じゃない。初稿完成が24歳。原稿用紙をすべて捨てて、2稿目が二十代後半。そのとき、上梓できたがすでに絶版。逆立ちしても全集(笑)の出る身分でもなし。仕方ないから、第3稿にとりかかり、これを生涯の定稿とする存念。
 ただ、問題は改稿するかどうか。定稿化と改稿とは異なるものと考えている。いまさら20代の精神は蘇らせることはできないから、……。やはり改稿となる。それでよかろう。

4.今夏の論文は、以前記したが、保田與重郎『萬葉集の精神』についてだが、これはいささか難渋する。古典を読める読めないの問題じゃなくて、神意ということについて、私なりの決算をしなければならない。私はある意味で合理主義者だし、他方、神秘主義にどっぷり浸かってもいるので、どちらの私が今夏、動くのか。それはやってみなければわからない。
 ただ、多少神秘主義に肩入れしだしている。どういうことかいうと、「死」に対してのいささかの心構えがつきだすと、多くのことが、ほほえましくなって、とくに頭の良い人のいわゆる、理論整然とした、あるいは合理精神が、たとえようもなく、笑けてみえて、「あなた、死の前には、なんと寂しいことか」と、つぶやくようになってしまった。なにも残らない、空(くう)を前にして、たよるよすがは、神意にすがる。まことに、自然な成り行きと、このごろ考え出してきた。
 しかしなあ、美味しいものを食べながら、楽しい話をしながら、若い人達ときゃっきゃ、げははと笑いながら、それでも「死」、なんと当たり前のことか。いまだ生を知らぬ人達よ、なにおか「死」をかたらんや、の心。と、複雑だね。

5.最近知ったのだが、私は、コンピュータなどとは全く無縁な、ほとんど原始的なまでのアナログ人間に観られているようなのだ。そういえば、以前、私が自動車を運転していることを知った当時の学生達が、驚愕の顔をみせたのを、今思い出した。うくく、私は何を隠そう、一時期コンピュータで糧を得ていた時代があったのだ。そもそも、葛野に来たのも、そういう縁がらみだった。人生の総時間、おそらく1/3は、マシンがらみ、ソフトがらみの人生だったというのに、ふ~っつ、不思議なものだ。たまらなく、思い出し笑いする。
 そうそう、自動車、オートバイ、このことのためにどれほど時間をかけてきたか、これも1/3。
 残り1/3が、ようよう、普通の人生のためについやされてきたというのに。たまらぬな、人の人を見る目。
 ~
 いや。と、ここでふと疑念。そうじゃなかったのかも知れない。
 私は、いま、私がわからなくなった。

6.それにしても、夏はあれこれ読書しましょう。
 というても、新刊書は少なくなる。やはり、若い頃から中途半端にしてきたことを、すこしずつでも納得いくようにしてみよう。
 つまりは、保田與重郎の古典世界を、現地にあたり、原本にあたり、たのしもう。

7.シリーズ第三作『巨石の森』は、ようやく第二稿が完了した。公開は、来春だね。鬼が笑う。してみると、第四作が浮上してくるが、これは琵琶湖をテーマに考えている。起筆は8月。
 そして、第五作は永劫回帰、輪廻転生(笑)、嵯峨野をテーマにする。これで、探偵司書佐保の冒険譚、全五作完了。遅筆だね、あと数年かかる。

*・さて、そろそろ夜もふけてまいった。眠るとするか。

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2006年7月 9日 (日)

NHK功名が辻(27)越前・北の荘炎上

承前:(26)五藤吉兵衛の死

 今夜は加藤清正とか、福島政則とか、石田三成が登場してきた。
 北の荘は福井市。
 助かった茶々、後の淀君は、わらえるほどのイケズな女性として演技していた。
 ともあれ、山内一豊もしばらく迷いが生じる。
 右せんか、左せんか。
 ということで、今夜は終わり。

追記
 特筆すべき事だが(笑)、ここ何週間かのココログは最悪のコンディションだ。閲覧はまずまず出来るが、記事登録とか、統計閲覧になると、一クリックで5分待たされる。延々と。
 11日火曜~13日木曜は、登録編集もできなくなるそうだが、史上最悪の有料サービスに思えてきた。
 一体、どうなっているのでしょう。
 お知らせを読む気力もわかない。

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2006年7月 2日 (日)

NHK功名が辻(26)五藤吉兵衛の死

承前 NHK功名が辻(25)山崎の城

亀山城跡(三重県亀山市)地図

 山内一豊家臣、五藤吉兵衛が亀山城で戦死した。
 吉兵衛はその前夜、千代は自らの智慧を隠す、かくれもない知恵者だと言った。竹中半兵衛や黒田官兵衛にまさるとも劣らぬ軍師と言っていた。
 そうだと思った。

 亀山は、そこに能褒野陵があるので二十歳過ぎに訪ねたことがあった。モノクロ写真、セピア色のような記憶がある。

 今夜はこれくらいにしておく。

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『日本沈没/小松左京』その壱

 昨夜遅くまで『日本沈没』を読んでいた。上下二冊のうち、下の最初の方まで読み進み、眠った。
 最初に読んだ頃、つまり20代の末の印象よりも鮮烈なイメージがわいた。

 あのころは私自身が根無し草のような気持でいたのかもしれない。だからたやすく、日本が沈んでなくなってもいいじゃないか、という実に安直な気持で世界をみていた。ニヒリズムといえば聞こえはよいが、つまりは、想像力が貧困だったのだ。自らの目先のことに心をうばわれてしまっていたからなのだろう。

 ところで、まだ完読もしていないのに、6割程度読んで、小説の感想文を書き出すのは、これまであまりなかった。
 こらえ性がなくなったのか、短気になったのか、分析したわけではないが、こういうやり方もあってよいだろうし、妙に書きたくなったわけだ。

 いくつか気になったというよりも、なにか肺腑を突かれたところがあった。

1.東京大地震が、京都大地震の一年後に起こったのだが、この描写がものすごかった。250万人が死亡。その多くは、備蓄石油や、化学薬品の爆発炎上による、高熱や毒ガスに倒れた。シアンも発生し、瞬時に万のレベルで死んだ。
 東京という密集地帯でのこの大災厄は、小松左京の緻密な延々とした状景描写によって、息が詰まってくる。マグニチュード8.5の地震が東京湾沖合30キロの海底で発生すると、生きているのが奇蹟に思えた。

2.その一年前、大文字の送り火を眺めながら、鴨川の床で杯を傾けていた者達が、その一瞬後に壊滅的になった状景も、非常に印象に残った。
 このイメージは30年前からずっと残っていたので、惨状を読み返しながらも、記憶に心地好かったが、これも、木屋町祇園界隈が壊滅し復興すらできないことに、心痛が激しかった。

3.政治家のトップ。つまり首相の権力とカリスマ性について、思いを新たにした。
 いまなら小泉さんが該当することになるが。
 要するに、政治家はときどき、暗黒の未来に向かって決断をしなければならない。それは人間の出来ることではなくて、その決定の一瞬は、神か悪魔になっているかもしれないという、凄惨な姿だった。
 うまく行っても、行かなくても、大衆・民衆のための生贄であるという、怖い立場が丁寧に書いてあった。
 リアルだった。

4.マスコミや政治経済の情報操作に、踊らされているようで、踊ってはいない大衆の肌で感じる世界認識について、うむ、とうなずいていた。大衆が賢明だとは書いていないし、私も大衆は馬鹿だと思う。しかし、全体を通してマスコミの声高な屁理屈にうなずき納得しながらも、結局大衆は肌で感じた未来を知っているという、事実。

5.若者への手厳しい批判があった。肌で感じる経験も少なく、考えも浅薄で、行動が傲慢で派手な若者達が、日頃我慢している大衆に次々と撲殺されていく様子は、地獄絵だった。大衆は、いつも我慢している。会社に対して、隣近所に対して、家族を養うために、もくもくと恥をかき、いやな仕事をし、我慢している。せめて息子や娘たちだけは、まともに大学を卒業し、就職できるように、せっせと仕事している。その我慢が、突発的な災厄のなかで、プチンと切れる。
 現代の風潮だと、各地の少年鑑別所がわけもなく襲われる予感がした。
 阿鼻叫喚が耳についてきた。

6.肝心の、日本が沈没して無くなる事への痛み。
 これが私にも乗りうつってきた。
 国土を無くし、国家を無くすことの痛みが身内を走り抜けた。
 それだけではない。
 愛宕山も比叡山も、宇治平等院も、飛鳥の酒船石も、法隆寺も明治村も、嵯峨野も、大覚寺も嵐山も、……。全部無くなってしまう。
 やがて、日本語も無くしてしまうのだろうか。

*.完読したなら、また書いてみよう。
  この図書は、緩やかな意味で、倒叙小説なのだ。

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2006年7月 1日 (土)

七月ですね

 このごろ湿度が50%を超える日々が続きます。
 私はかねがね四季折々好ましくて、梅雨だからとか、暑いからとか、寒いからとかで日々を呪ったことはございません。

 もともと呪うことは滅多になくて、大抵自分の好きなことに没頭し、憂さ憂さしいことは忘れてしまいます。
 もちろん特例はあって、あらかじめ決まっている週に数回ある会議時間前になると、汗が出てきますが。

 考えてみました。私はなぜ会議が嫌いなのか。
 それは、つまり拘束されるからですね。会場内を自由に走り回れたり、好きなように寝そべったり、DVDを観ながら、何を言っても、何をしてもよいのなら、会議大好きになります。
 そして頭が悪いからだと思いますが、大抵の議題が、「何故それが問題になるの」と、なってしまうから、どうして良いのか、何を言って良いのかわからなくなって、一会議三時間拘束。
 これに耐えて立派な組織人になるわけですから、私は、どうにも生涯落第生のようです。

 その点、好きな本を読んだり、講義や演習で罵詈罵声雑言をまき散らしているときは、爽快ですね。ああ、生きていて良かった、と心から思うのです。

 さて、今日のテーマ。
 いや、七月になりましたね、というのがテーマでした。夏です。気持が豊かになります。いろいろな束縛、拘束がすこしだけ緩くなります。エンジンルーム、ボンネットの蓋を開けると、もわーっとした熱気が顔にあたり、汗が噴いてきます。これ、良いですね。
 シャワーや風呂温度も38度くらいにして、涼しげに、水なのか湯なのかを身体にあてて、すっきりします。
 あんまり汗をかかないのです。汗をかくほど動かないのが不健康かもしれませんが、外を歩くときは帽子を必ずつけて、それで汗も少ないようです。一説には、帽子着用で頭部温度が10度低くなるようですね。

 というわけで、季節の変わり目、また新しい夏がきて、そして秋になって、冬になって、やがて春になる。
 日々を充分に味わって、生きていきたいです。

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