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2006年6月10日 (土)

枝魯枝魯(ぎろぎろ)の一夜

Mugirogiroimg_1161
 昨夜教室秘書さん達の歓送迎会があった。場所は五条木屋町近くの「枝魯枝魯ひとしな」と言って、ぎろぎろ、と読むらしい。五条に近い西木屋町。もらった地図(掲載写真は正確です)には高瀬川の東に位置していたので、随分迷った。京都の古い家をリフォームした小料理屋だった。客スジは、外国の若いカップルが数組あって、私がいつもいくような店とは違っていた。

 一階は調理場が真ん中にあって、その周りをぐるりとカウンターがしつらえてあった。言ったように、欧米系の若者が数組いて、あとはアジア・日本系。調理関係者はほとんど若い男性だった。板前たちは、みなよい男ぶりで、笑顔がよかった。

 急な階段、これは下から見られるとちと恥ずかしい、を昇るとそこに一間あって、テーブル席だった。
 ミステリ風に当夜の席を記しておく。

  若い女性心理学者      ←→  女性スポーツ学者 
  最年長の教育学者♂    ←→  中国文学教授♂
  辞めた若い秘書       ←→  現役若い秘書 
  若い新人秘書        ←→  現役若い古参秘書 
  キルケゴール・哲学者♂  ←→ 私♂
  香道の仏教学者♂     ←→  空席(仏文学者予定♂)

 で、ここで一夜の惨劇があったわけではない。
 つぎつぎと料理が運ばれてきて、そのひとつひとつを、景気のよさそうなお兄さんや、髭の貫禄あるお兄さんが、丁寧に解説してくれた。たとえば、大根おろしのうえに鮎のキモを少量のせたものとか、三角形の大きいグラスに暖かい鱧おろし梅肉添え。

 で、いつものように仏頂面した私はひたすら柚のジュースを飲んでいた。
 なにかわからないが、一番緊張するのが宴席なのだ。
 ところが、当夜は結局、いつのまにか随分話し込んだ。

 お相手は、宗教哲学教授と、仏教学教授だった。話の内容は「死」だった。詳細は省くが、いつも「死とは何であったのか」という言葉が私の気持ちの中にある。その解に近づくいくつかのヒントをいただいた。

 死とは、人生最後の、大仕事らしい。
 死に対しては、悲観論と楽観論とが、常に、交互にある。
 逝く人よ、逝く人よ、彼岸に向かい川を渡るひとよ、幸いあれ。
 今までは、私も送る立場だった。これからは送られる立場に近づいていく。
 死はだれにも訪れ、誰にも辛いことでもあり、楽なことでもある。

 私は、生き抜こう、死の直前まで、一時間一時間を慈しもうと思った。
 執着ではなく、時々刻々を愛し、大切に生きることを、気持ちの中に込めた。
 だから、このMuBlogもあの物語も、講義も、研究も、倶楽部も、食事も、こころして楽しんでいこう。

追伸
 歓送迎会で、にぎわっている最中に、長いテーブルの端で、ロートル三人が延々と「死談義」をするなんて、実に愉快な一夜だった。私の仏頂面は溶けてなくなっていた。
 そして、昨夜もよう眠れた。

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