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2006年6月11日 (日)

NHK功名が辻(23)敵は本能寺

承前[MuBlog:NHK功名が辻(22)明智光秀と愛宕山]

元・本能寺址(小川通蛸薬師)地図

 今夜は「本能寺の変」だった。
 見応えがあった。
 信長が光秀の謀反を聞いて「是非に及ばず」と言ったのを、だれが耳にしたかはしらねども、そのような死だったのだろう。

 本能寺のことだが、現在は河原町三条の少し北にある。秀吉が移したようだ。ただ、現在の本能寺でも、なんとなく光秀謀反の頃が偲ばれる。幻視かもしれないが、信長と森欄丸が仁王立ちしているイメージがわく。
 正面は御池通だが、河原町通りの御池と三条の間、西側に小さな通用口があって、なんとなく秘密めいた寺だ。信長は死んだ。そして信長の息子も、近くの二条城で攻められ死んだ。親子が近くにいたのは、良いような悪いような。昔の事だ。

 秀吉の大返しについては、一日に軍が20キロだったかな、走ったようだ。軍装は重いし、輜重もあったろうから、驚異的だったのだろう。ドラマでは、毛利への知らせの間諜に山内一豊がでくわして、秘密文書を得たようだが、どうなんだろう。当時の秀吉は、京都および信長が孤立していることを知っていたように思える。
 大将の行動を知らない将軍は、当時いたのか?、どうだったのだろう?

 山崎の合戦、いまでも山崎を走ると、イメージがわく。天下分け目の天王山とか、光秀の三日天下とか、あるいは洞ヶ峠の筒井さんとか、子どものころにすでに知っていた。500年近くたっても、この戦いは、人のこころに残った戦だったのだろう。役者、ドラマツルギーがそろいすぎているな。

 宇治の小栗栖とは言っても、はて当地では、そこは六地蔵近辺だから、宇治という感じはしない。ただ、天智天皇が靴をのこして死んだのも宇治と言われているので、当時の宇治とは広大な領域を指していたのかも知れないな。

 長浜城に残るネネや千代、これは大変なことだ。光秀ほどの武将なら、手抜かり無く安土、長浜、おさえどころは押さえたはずだ。千代がはたしてこれほどの働きをしたのかどうか、私はまだ確証を得ていないが、ドラマとして出色のできばえと思った。これでこそ、千代の緻密な、洞察力が、ぱっと花咲く。

 安土城は残念だった。その炎上は実に無念だった。しかし、しかたあるまい。信長流のセリフなら「是非もなし」と、なる。

 細川家、ガラシャ、この細川の動き。これは足利以来の名門だから、光秀の娘玉を嫁にしていても、動きはむつかしかったろう。しかし、なぜここで光秀を見限ったのか。父子が秀吉、光秀に分離して味方する案も当然あったろう。
 ただ、ここで父を見捨てられたガラシャの気持ちは、私には悲しい。

 明智光秀と坂本と徳川幕府とくると、三題噺じみてくる。要するに光秀は死ななかった。徳川の闇の軍師になって、日光に葬られた、……。ああ、歴史っておもしろすぎるな。

 千代と一豊のはたらき。
 本当は、この夫婦が、光秀クーデターに、どのように動いたかをしっかり私も知らなければならぬのだが。
 ドラマとしては、上手な処理だったと思う。
 うむ。また来週だね。

追伸
 1996年『信長』秋山駿、これを感動のうちに読んだ覚えがある。世評でも、高い評価を得た。
 無論、信長びいきが強すぎるという反論もあるが、まあ、信長は昔の人のことだから、よいでしょう。
 意外にも、『邪馬台国はどこですか』では、信長を徹底的に自殺志願の精神病理対象として扱っている。
 前者も、後者もおもしろい。
 後者で、私は目から鱗がおちた。
 さて、どっちなんや、と問うなかれ。
 昔のことです。

再伸
 今回の信長役、舘さんという役者でしょうか。絶品だと思いました。信長の狂気、甲高い声、あますところなく再現したと思いました(信長にお会いしたこともないけどね)。

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受信: 2006年6月11日 (日) 22時33分

» NHK功名が辻(24)光秀死す [MuBlog]
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受信: 2006年6月18日 (日) 22時04分

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