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2006年6月18日 (日)

NHK功名が辻(24)光秀死す

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明智光秀最後の地・小栗栖付近地図

 今夜もそれなりに堪能しました。
 光秀が当時宇治か山科の小栗栖(現在は京都市伏見区小栗栖小阪町)で落ち武者狩りの百姓に刺し殺され、55歳で亡くなりました。信長よりも5~6歳年長の、有職故実を知った武将だったわけです。近江坂本の水城からの景色はよかったと想像します。
 あっけない最後とは思いますが、信長と差し違えたと考えれば、当時の55歳、九掛けとして現代なら60歳ほどでしょか。多分60~65歳の天命と思いました。

 細川に嫁いだ光秀の娘・タマ(後世のガラシャ夫人)さんは、随分苦しんだことと思います。
 ドラマでは逆賊明智の最後の血縁として、離縁どころか自害を強要され、ないし殺されかけたようですから、むごいものです。名家細川クラスになると、そこまで追いつめられるのでしょうか。そんなことなら、明智に味方すれば佳かったのに、と後世の私は思いました。細川はその後も細々と生き、熊本にはいり、昭和か平成に宰相まで出しましたが、はて、かくのごとく名家とは先祖代々のことを何百年たっても、言われるようで、なにかとご苦労なことと思いました。

 いえ、足利以来の名門細川、古今伝授で戦乱のさなかに朝廷まで動かした幽斎一家を貶すつもりは毛頭無く、なぜにあのとき細川藤孝(幽斎)、忠興父子は明智に味方しなかったのかという、IFの愚痴です。ドラマではさかんに明智光秀を逆賊と申しておりましたが、ほう、そんな儒教倫理があったんでしょうかいのう。朝廷を滅せんとした信長こそ、そういう文化概念を飛び抜けた真性の逆賊だったのですから、我が邦の道に従えば、朝敵を滅ぼした殊勲のひとこそ、光秀だった。恩ある光秀(光秀が藤孝を信長に紹介した)、光秀の娘を嫡子忠興の妻に迎えた細川家。なかなかに、その過去には様々な事情があったのでしょうぞ。

 さて。清洲城での、信長跡目評定。
 結局、信長の嫡孫三法師を引き立てた秀吉の勝利となった。そして一豊は三千石加増、長浜城の城番となりかけたが、これは柴田勝家の斡旋で信長の三男が入城することになった、はず。いやしかし、その詳細はそれぞれ来週以降あって、やがて山内一豊は長浜城主になる。

 今夜。
 光秀が小栗栖の竹藪で死なず、後の徳川幕府、黒衣の宰相・天海大僧正になったという、以前からの説を思い浮かべながら、見終わりました。大河ドラマも例年梅雨明けころからノリがでてきて、なんとなく今夏、今秋が楽しみです。

追伸
 随分以前のドラマで、現在細川幽斎役の近藤正臣(ファンなんです(笑))が、光秀役でした。なつかしいです。

参考
 明智光秀と天海/井上友幸

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コメント

(近藤正臣の明智光秀)

 確か『国盗り物語』だったでしょうか。信長が(高橋英樹)で、光秀が(近藤正臣)でした。子ども心にも、知的で美しい光秀に、ウットリしました。
 昔の大河は重厚でしたねぇ・・。清盛といい、光秀といい、子どもの頃に見た映像が、今も心に焼き付いているんですから。今は全体的に軽いな~と思いますデス。そうでないと見てくれないから、仕方がないんでしょうが・・。

投稿: wd | 2006年6月19日 (月) 17時02分

wdさん
 「国盗り物語」でしたか。斎藤道三の姿が目に浮かんできました。たしか、後の後白河法王でしたような(NHK大河みていないと、宇宙人的日本史ですが)。
 軽い。たしかにそうですが、軽さのよさもあります。薄味でしょうな。刺激的な暴力や性を避けざるをえないNHKだから、その分ハンディがあると思います。

 軽いも重いも、歴史好きには「まあ、それなりに」楽しめるものです。功名が辻は、これからノリが佳くなる気がしますが、はて。
では

投稿: mu | 2006年6月19日 (月) 21時29分

明智光秀の歴史的価値

黒幕は明らかに朝廷でしょうね。それは、あらゆる状況証拠とその後の秀吉が関白路線に走り、信長とは異なる路線を選んだ事で判ります。

実は、北河内に幼少の頃、我が家が色々とお世話になった豪農の方がおられ、明智姓でした。私と同期の息子さんがおられ、一緒に遊んだ仲でした。

当時(戦国末期)、招堤村は明智、筒井順慶に連なる豪族が多く存在しました。同じく私と同期で片岡君というのが居ましたが、彼の家も戦国末期からの豪族でした。

天皇家を滅亡させようとすると必ず潰されます、足利義満も殺されましたね、これは我が祖国の大事な歴史的事実です。

投稿: jo | 2006年6月19日 (月) 21時32分

joさん、こんばんわ。
 筒井さんはなぜ明智さんにつかなかったのか、わかりませんなぁ(笑)

 さて、明智姓とくると、土佐の坂本龍馬をすぐに思い出します。昔、作家半村良が伝奇小説で、龍馬の先祖は、明智光秀とかなんとか書いていたような(フィクションでしょうがね)。

 明智小五郎名探偵も、もしかしたなら、光秀の子孫かなぁ。

投稿: mu | 2006年6月19日 (月) 21時39分

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