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2006年6月 2日 (金)

千年の帝国・ビザンチン/NHK(TV)

千年の帝国 ビザンチン~砂漠の十字架に秘められた謎~
  2006年6月2日(金) 午後10時~10時49分・総合テレビ

予備知識 
 コンスタンチノープル=現イスタンブール、を中心として千年帝國ビザンチンがあった。これはオスマントルコに破壊されたが、文化の継承はあった。オスマントルコ帝国は20世紀まで生きながらえた。

 歴史の概略では、現在のトルコのイスタンブール(旧都ビザンチン帝国首都コンスタンチノープル)を中心にして次の様な変遷がある。

  ビザンチン帝国(4世紀にローマ帝国がコンスタンチノープルに遷都)→
  オスマン帝国(15世紀にメフメト2世がコンスタンチノープルを陥落させて、建国)→
  トルコ共和国(20世紀)

 日本に生まれ育っていると世界の歴史をとりちがえてしまうことがある。
 その一つが、東欧への無知である。
 ローマ帝国の後継者でもあるビザンチン帝国がコンスタンチノープルを首都として栄えた千年キリスト教帝国であり、そこを滅ぼしたイスラム教徒が同じ場所をイスタンブールと改名して20世紀まで栄えた。現代のトルコである。
 こういう東欧の歴史は、現代のパクス・アメリカーナ(アメリカの平和)の目から、こぼれ落ちてしまう。ヨーロッパ史や中国史までは、なにかと身近だが、ビザンチン帝国が千年続き、そしてオスマントルコがどれほどのイスラム文化を成熟させたかとなると、抜け落ちてしまっている。

 かくいう私は知識が浅い。
 以前「ビザンツ・幻影の世界帝国/根津由喜夫(講談社選書メチエ154)」を一読し、ビザンツの華やかさに目をうばわれ、最近はヒストリアンで、聖ソフィア大聖堂の華麗さや、メフメト2世とワラキア公ドラキュラ(ルーマニア)の関係を知った、程度である。

 今夜NHKで、その栄光のビザンチン千年帝国が現代に蘇る。楽しみだ。

鑑賞感想
 幾つかの点で、理解が深まった。

1.ビザンチン帝国での、モザイク絵画、金細工、そして聖堂作り。
 私は、このあたりの場面をみていて、小説や映画になった『砂の惑星』を思い出していた。モデルはビザンチン帝国だったのかもしれない。

2.エジプト、シナイ半島にある、聖エカテリニ修道院。
 イスラムのモスク併設の正教が、現実にあったことに驚いた。
 正教修道院で、ヴェドウィンがイスラムの礼拝を行っていた。
 砂漠の民ヴェドウィンと、キリスト教修道士とが、毎週金曜日に同じテーブルでパンをこねていた。そのパンには十字の型をつけ、イスラム教徒が焼いていた。
 修道院には、ムハンマドを歓待した際、修道師を保護し尊重する盟約書をムハンマドが書いたという伝承があった。

 他にもいろいろあったが、この二つには特に感銘を受けた。
 手元にある『ビザンツ・幻影の世界帝国』には、第三章「コンスタンチノープルという名の快楽」第一節「世界の首都、異邦人の楽園」があり、ビザンチン帝国が融和世界であると思いだした。今風にいえば、なんでもありの世界だったのだ。モンゴル、元の大都もそうだった。

 現代のローマカトリックと、ギリシャ正教と、イスラム教の違いなど、私にはそれら異教徒のことは分かるはずもないが、同じキリスト教でも性格が随分異なると知った。小説「ヒストリアン」では、15世紀メフメト2世がコンスタンチノープルを墜とし、イスタンブールと改名し、オスマントルコ世界が飛躍した前後が詳細に描かれていた。そこで、スルタンはコンスタンチノープルを破壊したが、数年後にキリスト教を許可したと記してあった。宥和政策であろうか。~とはもうしても、フィクションの中での話だが(笑)。

 なお、エカテリニの修道士が、十字軍を苦々しく、批判したのはこれまでの知識からよく理解できた。つまり「十字軍は、聖地奪回どころか、破壊と混乱を生じさせただけである」と。ビザンチン帝国は、1204年、十字軍に襲われ破壊されて、多数の宝物を略奪された。なんとも、歴史の皮肉を味わった。

 というわけで、聖エカテリニ修道院が現在もあり、毎朝四時から3時間のお勤めをし、そして金曜日には異教徒イスラム・ヴェドウィンの住民たちとパンを焼いて歓談するという姿に、人間世界の、軽やかな未来を味わった。

 すると、葬式を仏式でおこない、結婚式はチャペルへ行き、年始には仏教寺院、神社、交互にお参りに行くわれわれ大多数の日本人は、まことによいスジをもっていると、感心した。ただ、これを無宗教と考えるのは良くない。強いて申せば、アニミズムなんだろう。この世の森羅万象すべてに神が宿っているのだから、磐座も、モスクも教会も寺も神社も、すべて大切にしているわけだ。

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コメント

 こんにちは~。

この番組は、何度も番宣が流れていたので、見たいなと思っていました。

話は変わりますが、喫茶『みゅーず』が閉店になったという噂を聞きましたが、本当でしょうか?
学生時代によく行ったんですけど、残念です。

(livedoorのブログに、昨日から閲覧障害がずっと出ていて、記事更新もできません。それで今日は、ゆっくり周辺ブログを訪問してまわっています。笑。)

投稿: wd | 2006年6月 2日 (金) 12時44分

wdさん
 ミューズの件、初耳です。大変だぁ。
 wdさんがビザンチン文明に興味があるとは、初耳です。うわぁ。
 livedorr変なんですか。
 ここココログも時々、編集投稿ができなくなります。(私は、有料なんです)

投稿: Mu | 2006年6月 2日 (金) 12時50分

観ました、途中でウツラウツラと少し、寝ました。

東ローマ帝国が西ローマ帝国に比較して、長く存続できた理由は色々とあるんでしょうね?

昔若い頃に、誰かの小説を読んだのですが、忘れました。コンスタンチヌス大帝の小説だったようですが・・・。確か、アジア人の血を受け継いだ設定だったようですが・・・。

トルコというのは、フランスの大統領が言うようにイスラムと言えど、少し、歴史が違うかもしれませんね?

確か、トルコは日本人を中東のクーデターで救ってくれましたよね?日本に恩義があるからだと、昔、NHKの番組で放映されていました。

我々にはビザンチン帝国の歴史は馴染みが薄いですよね。

投稿: jo | 2006年6月 3日 (土) 18時09分

JOさん、今晩わ

 ビザンチンは確かに馴染みが薄いですね。
 しかし千年王国というのは、ものすごいことだと思います。しかも、今でもシナイ半島の修道院では、毎朝毎朝午前4時ころから3時間もおつとめしているわけです。
 そこにヴェドウィンが訪ねてくる。
 帝國も教会も、コスモポリタンだったんかもしれません。

 そのあとのトルコ、オスマントルコ、これがまたものすごい(笑)。わたし、まだ不勉強ですが、トルコというのは、突厥(とっけつ)の後裔なんでしょうか。突厥というと、聖徳太子が突厥王子だったとかいう、トンデモない話も耳にしておるのです。

 ああ、夢は時空を駆けめぐりますね。

 なお、ビザンチンについては、いまのところ、ヒストリアンか、講談社選書メチエ(154)くらいしかご紹介できません。
 両方とも、一読、ビザンチン好きになりますよ。

投稿: Mu | 2006年6月 3日 (土) 22時07分

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