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2006年5月21日 (日)

ミステリの誤植は謎にみちている

風の噂
 最近、とても有名な出版社(仮に巷談社としておく)の出した作品で、おそらくベストセラーになるだろうミステリ小説に、致命的な誤植があって、業界ではてんやわんやの大騒ぎになっていると、風の噂に、聞いた。
 作者(仮に、木望としておくが、林望さんのことではない)は、怒りにうちふるえ怒髪冠を指し貫き、東京の巷談社へ、蛙タイプ変形主翼で著名な模型飛行機に乗って決死の直談判に出向いたと、また、風の噂に聞いた。

 ここで、模型飛行機と言っても、実は「GBリサ2001タイプ・フロッグ」という実機製品で、人一人が乗って300キロや400キロを飛び、ジャンプできる代物のようだ。ただ、あまりにその姿形が蛙のように可愛らしいので、「模型飛行機」とよばれているらしい、と、これも風のような噂。
 ちなみに、業界スジでは木望がフロッグ・タイプにまたがる姿を想像しただけで、蛙アレルギー反応から失神する若い女性編集者もいるとのこと。

 こうして噂が噂をまきこみ、いつもは木幡に逼塞している翁の耳にも入り、その事実を確認したくなったので、今朝調べてみた。

 しかしまだ、木望先生が「巷談社とは縁切りする、これまでの巷談社分一千万部を、以後すべて絶版にする」「編集部に蛙の卵をぶちまけてやるぅ」と言ったとの噂もないし、また巷談社がわびて「お許しください、そのかわりに印税を13%→25%にし、ただちに初版初刷を回収し、あらたに一挙にまとめて198万部を市場に投入いたします」といった、噂もまだ耳にしない。おそらく、自然にありのままに任せるところで折り合いがついた、のかな。

ミステリの誤植とテクニック
 こういったミステリの誤植は難しいと、思った。
 作家とはもともと騙る人だから、担当編集者も校閲者も、「いつものことサ」と、見過ごしたのかも知れない。
 書名自体が、いわゆる誤植の一番発生する箇所とは、以前、辛本という編集長が話されていたのを、風の噂に聞いた。その書名すら、騙る作者は、じゅ、じょじょちゅ法というか、まともに発音できないのだが「呪術、じゃない、叙述トリック」とかがあって、一筋縄ではいかないこともまれにあるらしい。

事例背景
 作品名を仮に、『Muに誓約しよう』としておく。どんな内容かは、いわゆるこの業界スジでは「ネタばれ」ともうして、作者も巷談社も、さらに未読読者も不愉快になり、怒るだろうから伏せておく。

 ここに三人の「人間」を登場させる。すべて仮称にしておく。性別すら不明にしておく。
   赤枝:秘密探偵らしい。
   蛸田:大学院生、聡明寡黙。携帯電話も持っていない変人。らしい。
   山崎:大学院生、蛸田の友人。らしい。
 日時はおくとして、場所は蛸田のいる下宿の玄関先、らしいとする。
 章節の前方部分では、山崎はこの時間帯、東京→西に向かうバスに乗っている事になっている、らしい。

 誤植と大騒ぎになった文章例は以下である(文意を損ねぬ範囲で、翁が加筆修正した)。
 「山崎は携帯電話を赤枝(探偵)に手渡し、靴をぬいで奥へ入っていった」(2章2節終段)

 なぜ誤植とさわがれたかについては、木望氏も半ば邪笑を浮かべ(と、想像した。極めて高度の知能を備えた作家なので、すべてについて尋常ではない考えに基づき行動する)、「そこにいない人が、そこにいる」と、インタビューに答えたのか、ネットに書かれたのか、それはしらないが、著者メッセージとして広まったようだ。
 分析するに、
(1)山崎はまだバスに乗っているという前提でここまで来たので、急に蛸田がいる下宿先に、山崎がいるのは変だ。
(2)なぜ山崎は携帯電話を赤枝に渡したのか。赤枝は秘密探偵だから、電話くらいもっているはず。山崎も変人には描かれていないので携帯電話くらいは持っている。

 という結果がでて、これは以下の文章が正解であると、一般に流布した。私も、一読時はそう思った~。
 「赤枝(探偵)は携帯電話を蛸田に手渡し、靴を脱いで奥へ入っていった」

ミステリ作家のトリック・騙し
 と・こ・ろ・が、作家木望は、深夜密かに「くくくっ」と邪笑したとのイメージが、昨夜翁の脳を去来した。巷談社の編集部では、「誤植説」読者完敗の知らせに、祝儀が部屋一杯に飛んだのかもしれない。
 というのも、翁はこの10年、木望作品の犯人とかトリックを見破ったことがない。いつも、ギョエーと悲鳴をあげてきた。まことに、「騙されやすい翁」というのが真実なのか、木望が希代の文章詐欺師なのか、答はようとして知れない。

 こう考えた。
 一見誤植と思わせる、単純な叙述トリックだったのだ。

 *「山崎は携帯電話を赤枝(探偵)に手渡し、靴をぬいで奥へ入っていった」
 このままでよいのだ。

→手渡しと書いてあるので、返却した意味ではない。なんらかの携帯電話のやりとりがあったのだろう。たとえばメルを相手に見せるため、手渡した。
→山崎が、自分の家に靴を脱いで入った。これは山崎が外から他人の家に訪ねてきたように、読者を騙すための叙述である。ここは蛸田に一時的に貸している山崎自身の家なのだ。単にちょっと出かけようとして、戻っただけ。大体、奥までずかずか入る来客者は少ない。
→前後から考えて、やっぱり変だという意見もあるだろう。これは、要するに普通の作品ならば、この地の文の前に、空白行とか☆とかをおいて、視点や場面が変わったと強調するところだが、木望先生は尋常な御方ではないので無視なされた。そしてまた、無視することで後述するナラタージュの時空間溶解性を端的に表現した。


 バスに乗っていたのは、蛸田だったのだ。蛸田と連れになっている同乗者は、RPG(ごっこ遊び)をして、呼びかける時は、常に蛸田を山崎と「ごっこ」していた。
 地の文での車中の山崎指示文章は、これは実に簡単で、山崎のナラタージュによる地の文だから、いわゆるミステリの掟を破ってはいない。ナラタージュ世界では一見地の文と見えるのが、ナラタージュ主体の想念だから、当然虚偽は生じる。本当の地の文はまだ未見、ないし、我々読者が発見していない。むしろ、この誤植騒動の対象文こそ、隠れた地の文だったのかもしれない。
 山崎(実は蛸田)と連れの会話は、会話主体同士だけが虚偽、つまり「ごっこ」をしていた。
 要するに、ミステリ小説としては異例にも、(一見)地の文、会話文、双方が華々しい虚偽の花を咲かせていたわけである、おお。

 シリーズの1である『壊れたMu』での末尾は、山崎のナラタージュ(過去の回想を現在の視点で語る、騙りながらも時空間遷移がぐにゃりと溶けるのを良しとする技法)によって終わっている。作家木望の最近の傾向は、厖大なシリーズをパラレルワールドとして扱い、古典的な単行図書ユニットでの論理的解決を忌避している。故に、この今回の『Muに誓約しよう』単体では、まだ山崎のナラタージュが継続していると考えた方がよかろう。いつか、またメタなエピローグがシリーズ全体に付き、そこでこそ初めて真相が解き明かされるのだろう。

 ナラタージュ、回想、そして入れ子状態の中で、RPGを取り入れたのだから、ミステリ作家の手法もここまで来たのか、という感慨が去来する。作家木望は、おそらくそういう超複雑な文章構造のロジカル・エラーを検知するシステムをすでに手にしていると、翁は想定する。おそるべし、ハイブリッドな文理系作家。

結論
 よって、この作品に関する巷の「誤植騒ぎ」は、作家木望に乗せられた我ら読者の完敗である。噂では、木望への「誤植発見、指摘メール」は、日に500通を越えて、それが一ヶ月続いたようだ。まこと、読者とは、赤子のごときものなのかなぁ、と思ったが。いやそれは違う。読者サービス精神が豊かな木望センセのことだから、これこそ長年夢に描いた大サービスなのかも知れない。
 当初より、その一大イベント詐欺に乗ることが出来なかった翁は、久しぶりに悔しい思いがした。

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