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2006年5月23日 (火)

ヒストリアン/エリザベス・コストヴァ(その2)

承前[MuBlog:その1

その2:いろいろなメモ
 作品のテーマ自体は、東欧の吸血鬼伝承と、15世紀に実在したワラキア公、つまり自国民衆やオスマントルコ兵を数万人のオーダーで杭に串刺しにしたヴラド・ツェペシュ、通称串刺し公。おそらくブラム・ストーカー『吸血鬼ドラキュラ:Dracula』のモデルになった実在人物との、歴史的な交差だった。

 映画などでみるルーマニアのトランシルバニア古城は、その南のブルガリアに近いワラキアの古城が適切だが、遠隔地なので私にも、ぼんやりしてしまう。

 不死の人、吸血鬼そのものよりも、500年の歴史の重層したカーテンの影から見えるドラキュラを、三代にわたる歴史家がどういう風に追跡していくのか、その未知への冒険に私は時を忘れた。

 と、ここまで書いたところで幾つかの想念が頭の中を走り出したので、ここにメモをしておく。あわてなくてもよかろう、と最近は、年齢とは逆の気持が強くわき上がってきている。

1.小説作法として、私はこれが気に入った。気に入らないところも少しあるが、それは個性や国民性のようなものと思う。緻密だがくどい。しかし対象によってはもっとくどく描いてほしい(たとえば、オックスフォード大学図書館の緻密な描写)と思うのだから、これは読者の感性や受容力によって、変化する。
2.作風として、検証ぬきでいうならば、ウンベルト・エコのたしか『論文の書き方』だったか。それを思い出した。
 何故か。
3.作風として、意外にも、スティーブン・キングの大作『It』を思い出した。何故か。
4.作風として、ボルヘスの図書館や司書を思い出した。何故か。
5.作風として、アン・ライスの『レスタト』などの深ヨーロッパ遍歴部分を思い出した。何故か。
6.作風として、これも意外だが、『旅涯の地/坂東真砂子』を、強烈に思い出した。何故か。

 もちろん、以上にのべたどの作品とも異なる独立した『ヒストリアン』なのだが。

 それと、もう一つ。
 実は、実に偶然なのだが、私は2006年の3月1日にNHK『地球ドラマチック』というそれまでみたこともない番組を録画した。タイトルは「ドラキュラ伝説」だった。なぜ乏しいハードディスクにこのNHK番組を記録したのか、今から考えるとよくわからない。その時『ヒストリアン』はまだ私の机上にはなかった。

 これは、NHKの「その時歴史が動いた」のような雰囲気で造られていた。今朝、クレジットを確認すると、「デビッド パラダイン テレビジョン(イギリス)」とあった。ごく少ない明記には、フロレスクという名前もあった。このフロレスクはこのTV作品の中で意味深い名前だ。

 ただ。
 これは再度見るつもりだが、妙に、地名などが隠されている。謎をかもし出すためのもって回った言い方とも思わない。最初に観たときは気にならなかったのだから。しかし、それにしても変わった放映内容だった。

 ヒストリアンを読了したあと、メモとして、このTV「ドラキュラ伝説」がいろいろな事実を半ば隠していると、思った。何故なのか。
 なにか、史実を隠さざるを得ぬ事情が、まだ東欧にも、ヨーロッパにもあるのかも知れない。ワラキア公は15世紀、グーテンベルグが印刷術を開発した時期の領主である。日本でいうと、戦国末期にあたる。

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