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2006年5月13日 (土)

εに誓って/森博嗣

承前[MuBlog:τになるまで待って(Gシリーズ3)]

εに誓って/森博嗣

εに誓って/森博嗣
 予定通り、購入してその日の内に読了した。実は今日土曜日午後のこと。「涙」というものについて味わった。それも青年の涙だ。心のおりを洗い流すということに、青年は切実に涙をもとめているのだと実感した。そういう涙を恋愛以外の場で登場人物に流させ、そして読者に流させると言う点で、作家森博嗣をあらためて見直し、眺めてみた。

 森読者の多さについては以前から分かるようで分からないことが多々あった。小説というよりも、モリログアカデミを日々読んでいて、随分難しい内容や、そして表層文だけなら皮肉な内容が多いのにもかかわらず、依然として、そうこの十年、読者を手放さない作家に、いつも不思議な目眩をあじわってきたのだ。今日も京都駅新幹線南の大規模書店に、まっさらな森・新刊書が『国家の品格/藤原正彦』以上に大きなスペースをとって、山積みしてあった。

 そのことのわけが、今回のGシリーズ4にあたるε(イプシロン)で解けたかどうかは、実は私にはわからない。分からないところが、私なりの自立だと思ってはいる。私は森博嗣に味わう目眩を確認するために、こういう記事を書いている。分析しようとか、物まねしようという気持ちからは遠い。私には、永遠に若い人たちの気持ちはわからない。ともかく、なぜ森博嗣が、このわかりにくい世界や青年の気持ちを捉えているのか、そういう謎にいつも惹かれてしまう。

 「死」とか「人生」を現代青年のある部分がどのように味わって今、生きているのか、そういうところが切々と胸に迫ってきた。それは、どれほどのものかというと、おそらく四十代半ばを過ぎたであろう作家森博嗣がどうして、こういった、フリータのような、卒業後三ヶ月で辞職、転職する現代青年の気持ちを理解できるのか、そこが不思議でならなかった。と、おもわせるほどリアルに若い人の気持ちを、さらさらと描ききっていた。
 さらさらというのは、軽くという意味ではない。今回の印象では、色彩が少なく、かといって水墨画のような枯れたものではなくて、水そのもので人物やその気持ちを描いた、と、そんな風に思えた。
 そういう描写が、青年の気持ちを捉えて離さないのだろうと、半ば得心した。

 恐ろしいのは。
 青年のそんな心象風景が実は「死」と隣り合わせになっていることだ。
 私の感想としては、数年前にスカイクロラを読んだ時、痛切に味わった怖れだった。実はこの記事にそれを書くのも躊躇する内容だ。と、おもったまま数年経ってしまった。だから、私はスカイクロラ・シリーズの以後を読んでいない。読者、ファンとして怠けているのじゃなくて(笑)、よくまあ青年はああいう怖い小説を読むもんだ、という本心からである。

 そういう怖さが、このGシリーズにも色濃い。にもかかわらず、私が喜々として毎回一気呵成に読むのは、これがミステリだからだ。ミステリは文学総体から考えると、工作したり、プログラミングをしたりする楽しみに似ている。文学好きには「ミステリは文学じゃないよ。死からもっとも遠い世界のものです」といい、ミステリ好きには「ミステリは、やりようによっては、読みようによっては、文学総体を司る機能をもっているね」と、使い分けてきた(笑)。
 しかしなお、ミステリであると標榜しているかぎり、ミステリは死から最も遠い地点に立つ文芸の一派である。
 にもかかわらず、この青年の死への、死に急ぎするものたちへの、挽歌ではない、観察の鋭さ、冷徹さはいかなるものぞ。

 さて。
 ではミステリとしてはいかが相成る物か。私は、またしても、そう幾度となく、今度もまた、森センセの詐術にまんまとひっかっかった。雷鳴の暗黒西洋館も、笑う双子の姉妹も、夜歩く西洋甲冑も、なんにもないのに、しらずしらず騙されて、やがて、ギャーと叫んだ。高速道路を深夜パトカーに伴走されてたった一台走るバス。作家は騙り、詐術を弄する。その落とし穴に、まんまとはまって「にっこり」笑う読者ここにあり、あははは。
 お見事。
 というか、ああいう繊細な若者の気持ちを描き尽くしながら、どうして、またああいう大技を考えつくのでしょう。やはり、悪魔的です。

追伸
・森博嗣はこのたび、ヘルマン・ヘッセのシッダルタを巻頭に上げた。章ごとにある。青年の心象に合致していた。
・φ(ファイ)、θ(シータ)、τ(タウ)、ε(イプシロン)と、ギリシャ文字Gシリーズは、ここまで来ると、なんとかコードみたいな、というかアナグラムというか、文字並べを疑りだしたが、残念ながら私はギリシャ文字がよくわからないので、だれかがどこかで解き明かしてくれるのを待つより仕方ない。

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