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2006年5月30日 (火)

幻の古代王朝・京都篇/Luna

はじめに
 最近いろんな機縁があって、ついつい何十年かぶりにSONYのSMC-70マシンに、ゲームのフロッピーディスクを入れてオンした。
 動いた!
 この大学に着任して、初めてまともにゲーム・システムを稼働させたことになろうか。
 この15年間で、電源を入れたのは数度あるが、いつもそれで止めた。何故か分からない。動かないかもしれないのが、怖かったのだろう。

幻の古代王朝・京都篇

幻の古代王朝・京都篇 パッケージ
 今日試したのは、1983年に発売された『幻の古代王朝』京都篇である。アドヴェンチャー・ゲームに分類されているが、私はRPGと思っている。ただ、当時のRPGとは異なっていたのも事実である。
 私は、当時1982年、たった一年間で4つのゲームをSONYに納めた。京都篇、吉野篇、飛鳥篇、それに「法隆寺の謎」だった。それで、自宅を売らず、一家離散を防げた。まことに、芸は身を助ける(劇笑)。

 法隆寺の謎は、Cで記述し、前三者はすべてSONY-BASICだった。
 実に、不思議なほど短期間で開発できたのは、SONY-BASICが他に類を見ない開発言語として設定されていたことによる。~が、この話は後日に、別記事で。

 当時の担当課長は、品川という方だった。補佐に桜井という若い人もいた。今にして思えば、マシンの提供、開発援助、全てに於いて深い感謝の念をここに記しておきたい。
 私も、当時のSONYの品川課長も、……。暗中模索だった。そしてご存じFM-TOWNS開発者のふうてん爺さんも、まことに「パソコン黎明期」に生きていたんだ。

 それでは、当時のルナ企画(Luna)開発主任・ゲームプログラマー、浅茅原竹毘古として、パソコン黎明期の記録を残す事にする。
 今回は、その(1)京都篇の解説です。

京都篇タイトル

幻の古代王朝・京都篇タイトル
 パッケージの内容紹介をみてみると、「古代より日本に伝わる三種の神器には大きな謎が秘められていた。今に伝わる「鏡、剣、勾玉」は室町時代に作られた複製である。本物は南北朝時代の争乱の折、ひそかに京都、吉野、飛鳥のある場所にはこばれ、現在も秘蔵されている。この謎をとけるのは誰か~」
「豊富なグラフィックで描き出す京都の全て。チャレンジャーの条件に応じて変わる難易度。三部作の大河異色アドベンチャーゲーム第一弾、京都篇」
 なんというか、あははは。人間は、あんまり変わらないところがあるようだな。今から、25年前の私が、そこにいた。

地図表示

京都篇:論理(ロジカル)地図表示
 さっき少し遊んでみた。あるボタンを押すとLuna-Main-Computerのヒミコに接続し、そこでまとめてサービスを受けられるようになっていた(笑:もう、忘れている)。データベース検索(歴史事典)、状態確認、そしてこの地図表示である。この地図は論理地図だから、どこに御所があり、どこに魔物がいるかまで分かるようになっている。ただし、これらのサービスを何度も受けると、法外な使用料をとられて、あっけなくゲームオーバーになる。

状態表示画面

京都篇:条件(コンディション)表示画面
 たしかに、RPGと考えるとコンディションは少ない。しかし、開発者は、そういう小手先の操作よりも、歴史の流れを利用者が把握することを願ったふしがある。
 もともと、当時のBASICで現今のイベント・ドリブン方式を埋め込んだのだから、オプションを増やすことは可能だった。だが、思い返してみると、一言「納期、時間切れでしんどかった」のだろう、な。当時のSONYは気前よく50%前金だったので、納期は厳守だった。

SMC-70(SONY)

SMC-70(SONY)
 名機だった。一、二年後の富士通FM-TOWNSが名機だったことと二極化していた。SONYはこの時代、実に地味で堅固なCP/Mマシンを出したわけである。当然売れなかった(笑)。しかし、このSMC-70の詳細は後日、別途記事を書く。

トリニトロン・カラーモニター

KX-13HG1: SONY TRINITRON COLOR MONITOR
 モニターが記念碑だった。私は銀座のSONYビルでこのモニターの色、輝度を見て、SONYに手紙を出した。「貴社マシンで、ゲームを作らせてください」と。マシン一式が届いた時、私は狂喜乱舞した。なにしろ、3.5インチFDを付けたSMC70一式は現在の自動車程度の価格がしたのだ。

追想
 未知のSONY本社パソコン部門に、原稿用紙で10枚ほどの熱烈なオファーをした記憶がある。
 当時、RPGにしてもアドベンチャーにしても、いずれも美姫と騎士が多く、なんとなくバタくさいのしかなかったから、純和風を作りたかった、のだろう。
 銀座のSONYビルでみたSMC-70は、まるで宝石に見えた。そしてOSが、当時の日本のパソコンでは絶無に近いCP/Mだった。その上で走るBASICは雑誌で見かけて、これこそ「私が使いこなしたい新しい言語」とおもった。なにしろ、LISPもおどろく定義文埋め込みが可能だったのだ。それを使って再帰的にいくつかのルーチンを使って、ゲームを早々と完成させた、~。

付録1
 以下にパッケージに付された解説書を掲載する。内容は今になって読んでみると、SONYの関係者が随分工夫して書いていたことに気がついた。私は一作目パッケージを受け取ったときは、二作目(吉野篇)の開発に懸命だったので、この20数年間、まともに内容を読んでいなかった。

京都篇解説書0:遊び方→モノクロの金閣寺絵はゲーム中にカラーで表示される。

京都篇解説書0

京都篇・解説書1:あらすじ。ゲームのはじまり、はじまり。
京都篇・解説書1

京都篇・解説書2:なんと「身上調書」をとられてしまうのだ。旅を無事に終えるための親切なアドバイス。
京都篇・解説書2

京都篇・解説書3:最後に→無事「勾玉」を手にすると、あるキーワードが表示される。これが次作『吉野篇』につながる。しかし現在の私はこのキーワードを覚えていない。ソースプログラムを見れば分かるはずだ(笑)。
京都篇・解説書3

付録2
 この作品が出たときに、当時ASCII社で雑誌「Login」を編集していた塩崎さんという方が、はるばる東京から、京都宇治の木幡に尋ねてきてくれた。その記事が雑誌に数頁にわたって掲載された。編集者は有能な方で、いま読み返してみると、「これや、このゲームを買わないと~」という気持ちにさせる。以前記念に掲載したので、ぜひご覧ください。
 雑誌 Login 1983.10月号 『幻の古代王朝』

追伸
 今回の京都篇は、雑誌ログインの記事もあるので内容紹介はこれくらいにした。次回(いつになるやら)の吉野篇は情報がないので、ソースプログラムを解読しながら、できるだけ画面写真を多くして、解説記録する。SONY-BASICのソースレベルでみないと、現在の私は当時の私のロジックを追いかけるのが難しい。つまり、プログラム原本を見ながらゲームしないと、結末にたどりつけないということだ。

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コメント

こんにちは.数十年ぶりに幻の古代王朝のことを思い出して検索してたどり着きました.

作者さんのサイトを読むことができるようになるとは思いませんでした.

 私が小学生の時ですが,友達がこのゲームをもっていて,何回か遊ばしてもらいました.(私の家はシャープのX1しかありませんでした) 上にかいてある情報地図を表示しすぎてゲームオーバーになったり,あてずっぽうであるいて忍者に殺されたりしてました.たしか,最初の目的地につくと,次にちがうところにいけといわれるんですよね.それならと思って最初から2番目の目的地にいったけど,入れなかったことを思い出しました.
 私自身はやったのは京都編だけで,それも最後まではぜんぜんいけませんでした.

 あれから,ずいぶんいろいろなゲームをやりましたけど,幻の古代王朝と同じようなゲームはなくて,それだけに記憶に残っています.最後までいくと,どうなったのだろうと気になって,ネットで検索しているところでこのサイトを見つけました.いつか幻の古代王朝が復刻してくれるとうれしいので,気長にまつことにします.

長文で失礼しました.

投稿: ねむりパンダ | 2010年7月 2日 (金) 22時10分

 コメント、ありがとうございました。
 当時、SMC70(たぶん、ねむりパンダさんが遊んだマシンの、初号機)は高価でした。新車の値段でしたよ。銀座のショールームで見かけて熱にうかされて、ソニーに手紙を書きました。原稿10枚ほどのゲーム企画書でした。

 当時のソニーは侍集団だったんでしょうか(笑)、あっさり、一式セットを送ってくれました。
 ~
 黎明期のころを思い出すと笑い泣きします。
 このゲームを含めた3部作は、古典的な対話ゲームとしてiPad なんかに載せたいと夢想します。思い出しても、ものすごく、おっとりしたゲームですからね(笑)。
 しかし私や、人様の遠い記憶に霞んだようなゲームも、それはそれでよいと思っています。

投稿: Mu→ねむりパンダ | 2010年7月 3日 (土) 07時10分

ふと検索してたどりつきました。
幻の古代王朝 吉野編。思い出の作品です。オープニングの女の子ではまった人は多いはず。
サカキトウゴの名前を最終的に教えてくれる親切(?)設計だったですよね。
何度ヘビにやられたことか・・・
たしか剣だったか短剣を持っていればスペースキーで対応できたような?
なんども同じような扉を潜り抜け、古墳の前にたどり着いた先で何をしていいのか分からず
時間切れ。悔しくて何度もやり直し草薙の剣を掘り当てたときの感動といったら・・・
でも、このゲームクリヤーできた人って何人いたんでしょうか???(笑)
当時はSMC-777で遊んでいました!

投稿: kazupon | 2013年5月21日 (火) 10時55分

Kazuponさん、始めまして。
 35年以上も昔の作品に感想をいただくとは~感無量です。
 返事が遅れたのは京都編、吉野編や飛鳥編を再度試そうとしたのですが、環境を数年前に壊してしまって、なかなか再現できず、後日にしました。
 ~
 そうですね。
 当時はだいたいメーカーのPC部隊、ソフト開発部隊が直接私を支援してくれました。
 みんな黎明期だから仕事以上の熱意がありましたね。
 SONYの場合だと、京都から品川へ直接よく行った記憶があります。若い担当者の一人はわざわざSONY-BASICのゲーム・ソースを解読しながら、私の作品を楽しんでくれました。
 別のひとは、画面にひらがなで現れる小難しい歴史内容を、いちいち広辞苑を引きながら、回答しゲームを進めてくれた人もいました。
 肝心の私は、アプリケーションのそこら中に秘密の裏門、裏扉をつくって、ぽんぽんとジャンプしながら、バグを壊していきました。
 おっしゃるように、気むずかしい変則RPGアドベンチャーだったので、完全に解いた人は、SONYの人とあなたくらいではないでしょうか(爆爆爆)。

 今は余生に、WolfRPGとかRPGツクールで似たような和風古典古代史ロマンを画策していますが、手がおちましたんで。なかなかに(笑)。

投稿: Mu→Kazupn | 2013年5月22日 (水) 17時54分

まさか作者の方に合えるとは(ネットでではありますが)夢にも思いませんでした。
社会人になってから押入れの中でSMC777と幻の古代王朝 吉野編を発見したときは
興奮しました。当時アナログ21PのRGBテレビは絶滅寸前でしたが、SONYの高級(?)TVは
かたくなにRGB 21Pを装備していましたので電源を入れてPLAYしてみました。
その後WINでエミュレータがあるのを発見したのですが残念ながらROMイメージがなく
PLAYしたくても出来ませんね。とにかくSMC777は持っている友人が少なく、
ほろ苦い思い出のPCとして死ぬまで覚えていると思います。是非ともリメイクしてください!
絶対に買いますよ!

投稿: KAZUPON | 2013年5月23日 (木) 11時33分

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