風の海 迷宮の岸:十二国記/小野不由美
承前[MuBlog:月の影 影の海]
風の海 迷宮の岸:十二国記/小野不由美
この世界では、日本のことは「蓬莱(ほうらい)国」として認知はされているが、特殊な人や妖し以外は、蓬莱を訪れることはできない。だから十二国の住人からみると、蓬莱(日本)は未知の訳の分からない妖しい世界としか見えず、海客(漂流民)はなにかとよそ者扱いされる。
平安時代や江戸時代を、現代から眺めてみると想像がつくかもしれない。タイムマシンを想像してはならない。異次元パラレルワールドの方が妥当だろう(と、SFの特殊用語を使って申し訳ないが、私はそういう世界に幼少からひたっているので(笑))。要するに、「高里要」の視点からみるならば、別の世界へ流れ着いた者の物語である。平安時代を「十二国」と仮設するならば、現代人がそこへ流れ着いた、そう考えれば分かってくる。もちろん、この作品では高里の視点ではなく、本来の「泰麒(たいき)」少年からの視点で描かれている。だから、「魔性の子」での視点を捨てて、蓬莱からの帰還者の目で読めば理解が易い。
いろいろこの作品を味わっていると、作品構成のうえからみて、この十二国は中国の輝かしい「周」を想像するとさらに理解が早い。中国古典で言うならば、礼記(らいき)、周礼(しゅうらい)の世界である。孔子さんはことあるごとに周の理想世界を憧憬する。周公旦(しゅうこう・たん)が孔子の最も憧れる聖人なら、この十二国記では「麒麟」という王の補佐役が周公旦をモデルにしているのかもしれない。もちろん私はその世界に詳細ではない。現代翻訳小説で、太公望とか封神演義世界をかいま見て、呪の世界であることを感得している程度である。
ただし、小野さんの十二国記を楽しむにあたって、殷朝を滅ぼした周朝・武王や、その弟で次王の摂政だった旦の世界を知っている必要はない。十二国は別世界として独立している。
で、高里少年は、実はこの戴国を支える王の補佐役(宰輔:さいほ、という役職)、泰麒(たいき)だったのである。戴国に今、王はいない。先代はみまかり、先代宰輔も同時に倒れた。今、国が乱れている。新王の即位が待たれている。
新たな麒麟(きりん:一国に唯一存在する王の補佐役:実は神獣)、泰麒少年はたまたま天変地異によって蓬莱(日本)で迷い子になっていたのだが、今、戻ってきた。ここでは、自らの資質を自覚し、新王を選定する重い役目をになっている。だが、出生以来異国蓬莱に育ち、本来の自分を忘れてしまった少年に、帰還したところで、他の誰にも出来ない大役がはたせるのだろうか。
「天啓にしたがい王を選び仕える神獣・麒麟(きりん)。蓬莱国で人間として育った幼い麒麟・泰麒(たいき)には王を選ぶ自信も本性を顕わす転変の術もなく、葛藤の日々を過ごしていた。やがて十二国の中央、蓬山(ほうざん)をのぼる人々の中から戴(たい)国の王を選ばなくてはならない日が近づいてきたが──。壮大なる構想で描くファンタジー巨編(裏表紙紹介文より)」
つまり、この『風の海 迷宮の岸』は、臆病で腺病質で自信のない少年が、どのように鬱々と日々を過ごし、しかしなお自らの使命を学び、回りの励ましの中で、自覚していくのかという、十二国記全体に流れる「教養小説」なのである。教養があるとかないの話ではなく、教養小説本来の意味、すなわち自らを確立形成していく物語である。
単に魑魅魍魎をばっさばっさとたたき伏せていく娯楽小説ではない。それはそれでもちろん良い。だがこのシリーズは、読後にいつも、深い半生の振り返りを私にもたらす。重ね合わせてみることになる。たとえ作品の壮絶さの百分の一、コンマ以下の「ふんばり」でも、節目にかくふんばって苦難を乗り越えたという、回想をもたらす。
ことに終盤、愛他精神に輝いた章はいまでも眼裏に浮かぶ。
逃げてはならないと身内の底からわき上がる感情に従って、臆病さを乗り切って、自愛・保身をふりすてて、なお友の危機を救う。それを踏ん張ったときに、初めて高里少年は、真の麒麟・泰麒の絶大な秘められた資質を解放した。
もちろん、その真の「力」の前に、この世界で、拮抗できる存在はどこにもない。
参考
十二国記(NHKアニメワールド)
[Mu注:2002年~2003にかけてBS2などで放映されたようだ。キャラクタのリストがあるので重宝する]
| 固定リンク
« 雨が続く春でした | トップページ | むだばなし »
「読書余香」カテゴリの記事
- 小説木幡記:楠木正成のこと(2013.06.07)
- 西の魔女が死んだ/梨木香歩 (感想:よい作品だ)(2012.06.14)
- 吸血鬼と精神分析/笠井潔:ミステリもよいものだと痛感(2012.02.04)
- 小説木幡記:パンとサーカス「日本の自殺」(2012.02.11)
- 小説木幡記:赤朽葉家の伝説/桜庭一樹、を読む(2011.12.12)
この記事へのコメントは終了しました。
コメント