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2006年4月13日 (木)

雨が続く春でした

 ずっと雨がふる。さくらのうち、枝垂れ桜は舞い散った。それに、今夜は気温も下がるようだ。こういう春はあまり覚えがない。
 しかしそれにしては、「春です」という気持もあふれていた。

 外に出たり、写真を撮りに行くとき、天気が悪いと嘆く人もいるが、それに気持を半ば沿わせてしまうが、一方、雨なら雨で、雪なら雪で、嵐なら嵐で行き先も、写真の写りも、気持の具合も、色合いがいつもと違って、別の興がわく。

 それならば今春、ほとんど宇治の木幡にいて、この一週間は右京の葛野にいて、ひたすら「桜」と呟いた季節も、また春に相違ない。そうすると、気持がとても和んできた。
 例年「4月は残酷な月だ。リラの花がどうした~」と自然に書いてきたが、なにかしら新生の季節。こうして幾行か書き連ねるうちに、気力もわいてきた。

 この桜咲く四月を新学期とするかどうかについて、なにかと日本の孤立を耳にしてきた。よくはしらぬが、諸外国では九月が始まりとのこと。よく足を運ぶお隣さんは外国語系の大学なので、諸国との留学の行き来も数知れず、半年近くの時差が生じるようだ。わが葛野でもそれはある。

 かといって、四月は残酷な月で、桜咲く入学の季節と、私も幼稚園以来そうしてきたので、いま大変動があると悲しい。ここのところは、なにか工夫がないのだろうか。桜咲き、桜真衣、桜散る、この三拍子は他に替えようのない心の悦楽でもある。まさにこの季節、入学し、再生の位置に立ち、夏に備える。
 西暦化も、夏時間も、九月始まりも、それぞれ国々の標準に合致して、合理性も高いのだが、私はそのことで半世紀生きてきた慣習が変わることに、おそれや怒りよりも、気落ちが先に立つ。
 あらためて、慣習墨守の側に立つ自らを省みて、なかば失笑、苦笑した。

 というわけで、桜季節は終わりそうだ。八重桜に望みをたくしているが、思ったようにはいかぬのだろう。
 歌の調べもおぼつかないのだが、尊敬する人の一首、空でかいてみると、
 

さざなみの志賀の山路に迷い来て一人眺めし山桜かな

 とあったように覚えている。山桜なら、まだ~。

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