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2006年4月30日 (日)

NHK功名が辻(17)秀吉と柴田

承前[MuBlog:NHK功名が辻(16)長篠の戦

 今夜は、千代に娘が生まれた。
 一豊夫婦は坂本の明智光秀に招かれて、湖上の水城に出向いた。そこで光秀の末娘玉(後の細川ガラシャ)に再会した。

 上杉謙信が北国に迫り、駐屯軍柴田勝家(権六)は信長に援軍を求めた。かねてからこのことあるを軍師竹中半兵衛に知らされていた秀吉は、信長に、上杉を近江まで引っ張り出して戦うことを献策したが、柴田との仲の悪さを指摘され、逆に北国援軍を秀吉がすることになった。
 秀吉は柴田に陣中で、北国で上杉を迎え討つ作戦はひとえに柴田が手柄を立てたいだけと面罵、喧嘩別れして長浜に帰った。信長の下知に逆らった秀吉がどうなるのか、これは来週「秀吉謀反」のお楽しみ。

 柴田勝家は織田家筆頭家老であり、浅井氏の妻・信長の妹、お市の方を後妻に迎えている。もともとお市の方は秀吉の高嶺の花。これをさらった勝家を秀吉が怨んでいたという説もあるらしい。さもありなん。東海の美姫(娘を三人ももうけて姫というかどうかは知らぬが)をめぐって、後日秀吉は信長亡き後、柴田を攻め滅ぼし、娘三人を救出し、その長女を晩年「淀君」として寵愛したのだから、歴史は廻る。
 そうそう、妹の一人は徳川二代将軍秀忠の妻となり、家光の生母となった。また一人は京極氏に嫁いだはずだが、私はその後のことを知らない。

 というわけで。今夜は、一豊、千代夫婦に出番は少なかった。
 穏やかな夜だった。
 それにしても安土城、この全体像を見たく思った。以前、石垣を手で触り、天守跡から琵琶湖を眺めたことがあるのだが、再現するのだろうか。

追伸
 森欄丸がでているようだが、なかなか顔を判別しがたい。「妖刀伝」という長編アニメが昔あって、そこでは森欄丸が主役だった。声優の名前は忘れたが、数年後亡くなった。よい声だった。

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東の海神 西の滄海:十二国記/小野不由美

承前[MuBlog:風の海 迷宮の岸

東の海神 西の滄海:十二国記/小野不由美
 さてこの物語は、延王尚隆(えんおう・しょうりゅう)と延麒六太(えんき・ろくた)が中心となる。国は雁国(えんこく)。他の登場人物には、六太と幼い頃に知り合った、雁国の一州である元州の更夜(こうや)。彼は妖魔に育てられた。また更夜が命をかけて忠誠を誓う、元州の実質的責任者である斡由(あつゆ)。物語の一部には、もともとは蓬莱国(実は日本)の応仁の乱時代に育った六太、そして同じく蓬莱国の戦国末期に育った瀬戸内海の小国の若殿小松尚隆の二人が、それぞれ別の時代に虚海を渡って蓬莱から常世(この十二国のある世界)に渡った経緯も記されていた。

 おもしろみは、延王も延麒も、他の国の王や麒麟にくらべて、あるまじき、度はずれた振る舞いを日夜、雲海に浮かぶ宮廷(玄英宮)で繰り広げることである。王の本当の側近達は、それぞれ力もあり才もあるのだが、至高の王や麒麟を面罵して恥じない。いつも、側近と王、そして王と麒麟とは怒鳴りあっている。まるで、延王も延麒も統治能力を欠いたようなぶっとびぶりで、滅多に朝政の場にも顔をださず、行方しらずになったり、好きなことをしている。

 ところが延王尚隆の宰輔((さいほ)小説中では、台輔(たいほ)とも記され、私は周礼にくわしくないので、この区別がつかない。要するに一般に、宰相:皇帝の補佐役)六太がさらわれる。こんなことはあり得ないことだし、あってはならないことである。さすがに、尚隆王、青ざめるとおもいきや、ふふんと鼻で笑う。まるで煩い小童がどっかに遊びにいっただろう程度の反応をしめす。
 麒麟は神獣だから、この世界では王を選ぶ権限を持ち、またその能力、権力、武力も、妖力も絶大である。国の一番の州を治め、王を指図する事さえ出来る延麒六太なのである。その使令(妖魔)悧角がそばにいて、また他の親衛隊ともいえる数々の妖魔にガードされていた六太がさらわれるとは、前代未聞、国が傾くほどの珍事であった。
 要するに、王と麒麟はほぼ一心同体。片方が倒れれば、片方は死の床につくほど緊密な間柄なのである。

 このあたりの、無敵と思われる麒麟がさらわれ、能力を封じられる描写がいたく気に入った。それに対抗して延王はどのような工夫をするのか。あるいは、敵は麒麟を人質にして、どのように王に退位をせまるのか。もちろん、麒麟の推挙なき王は偽王である。しかしなお、敵は絶妙の駆け引きをこらしてくる。延王を上帝に御輿あげるという方法をとってきた。さて、延王どうするのか。六太の封じられた神獣としての絶大な能力は、もとにもどるか。

 感想として。
 シリーズの中でも、この延王と延麒の関係は他国と非常に外れていて、その外れたところにおかしみがあり、おもしろい。
 それにしても、一国の民の安寧を保つことがどれほど難しいか、こういう小説の中ではらはらして味わった。そして、敵が敵とは思えなくなる瞬間もあり、まるで現実世界の難しさを眼前に突きつけられた思いがした。

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2006年4月29日 (土)

FMV LOOX(富士通のノートパソコン)を飼いました:修理ではない

承前[MuBlog:Prius(日立製ノートパソコン)]

FMV LOOXと猫

FMV LOOXと猫
 これはMuBlog名物のノートパソコン修理記事ではありません。買ってそうそうのノートパソコンのハードディスクを取り替えたり、CPUを入れ替えるほどの酔狂ではないのです。ともかくノートパソコンを始めて買った学生のように、田舎宗匠唯野教授は喜び舞い上がっているのです。すでに数名の学生には「よいじゃろう、ほしいか、うけけ」と問いつめ、「よいパソコンですね」と、答えた学生には羊羹やカップヌードルや、チャンプール焼きそばなどプレゼントし、「買ったんですかぁ」で終わった学生には、にらみつけている。「ふん、なにも分からぬ某県・原人がぁ~」と、ものすごい差別。

 なぜ大・富士通ノートパソコンにしたのか。
 多少迷った。友人講師の薦めでは、最初ソーテ某というB5判でも3KGくらいはある数万円の廉価版にするつもりだった。使用目的は、教室でそれとなくパワーポイント映写などして、薄い講義の中身を目くらましするだけのことだったから、動けばよい。(ソーテ某社の人、怒りなさんな、文飾にすぎぬ)
 このごろ、妙に講義の声がむなしく木霊して、寝息だけがそこかしこから聞こえてくるので、ここ一番、授業改革のうけを狙ったわけなのです。
 いまさら、大画面に薄い内容を投影しても、ますます暗くなった部屋は仮眠室になるのは、わかりきったことだが、人間、態度で示す必要はある。「先生は、みんなのために、授業がんばっちょるんですぅ」と(失笑)。

 と・こ・ろ・が。
 いざ、何にしようかとカタログを見ると、各社狂乱。特に4月の入学期、就職期だったせいか、この世はノートパソコンだらけ、ヤマダ某電気店なんかでは来場者にただで配っている(嘘です)、とそんな雰囲気だった。
 これまで、人にコンピュータ関係のことで相談をされると、数秒で、「ああ、君はこれがよいなぁ」ですませてきたのに、いざ自分のマシンになると、迷いに迷いだして、決定までに一週間考え込んだ。

 競合機種は、SONYだった。VAIO-typeTというのが高くて軽くて薄くて長時間使えてかっこうよくて、若いもんにだんぜん「うらやましいぃ~」と言われるスタイルだった。

 なのに、大・富士通LooXに決定した。
 事情はいろいろある。
 色がよかった。「火星の赤」とかいうしろものらしい。しかしね、色で決定したとは、だれも信じないだろうね。実は、インターネットで、若い男の腕が鞄からLooXを取り出す姿が気に入った。これも、信じないだろうね。
 語れば長い事ながら、私の40年になんなんとするコンピュータとの関わりから、LooXにした。と、言ってもなんのことやら分からぬだろうな。
 うむ。私は、その親シリーズ名、Bibloが気に入ったようなんだ。
 なんとなく。
 富士通・FMV LooX、実によいマシンです。軽い。ちっこい。キーボード使いやすい。使用時、指紋認証じゃって、すごい~なぁ。

FMV LOOX

FMV LOOX
 ちっこい。軽い。1200グラム少しらしい。液晶がおり曲がる部分の電池が取っ手に見えて、持ちやすい。一応メモリを512MB増設したので、約1GB。CPUはインテル社のなんとかの、ペンティアムMタイプ1.3GHZちゅうて、発熱が少なくて電池消費もこまかに押さえてくれるそうだ。このバッテリーで、8時間は持つというのだから、凄い。実際は、手にしたとたん、液晶の明るさをAC電源投入時と同じレベルにしたから、まあ、4時間程度と考えている。
 講義は90分、足りる。
 (うん、講義二つ連続時は、3時間か、いやまだ大丈夫だ)
 ハードディスクは60GBある。というても、1.3GHZのCPUで動画をいまさらがんがんまわすこともないので、一体何をいれるか、考慮中。
 多分ね、講義ノートなんて全部あわせても、フロッピーディスク数枚にもならないね。

FMV LOOX A4判ケース表

FMV LOOX A4判ケース表
 百万遍近くのお店のお嬢さんが、おまけに持ってきてくれたケースには、パソコンの塵はらいや、マウスパッドや、なにか化粧品をいれるような小物入れが付いていた。よくみると、あはは、NECのおまけだった。これって、ものすご変なの。NECが知ったらおこるかな。いやいや、私はこの、なんとかでバザールとかいう猿のデザインが好みで、むかしマックを買ったときにもらったコップのセットも、大事に使っている。マックのアップル社も、LooXの大富士通も、おまけはNECに任せきっているようだ。
 ところが、実は内心、このおまけほしさにそのお店、お嬢さん経由でLooXを買ったのかもしれない(爆)。

FMV LOOX A4判ケース裏

FMV LOOX A4判ケース裏
 そうそう、一番いいたかったこと。LooXは、こういうA4判の普通のファイルケースに、電源その他込みですっぽり入る。じつに気持がよい。これなら、むかしとった杵柄(きねづか)で、パワーポイントちゅうソフトをがんがん使って、よい講義材料、教材をそろえる気力がわいてくる。
 ……
 しかし。あの、パワーポイントって、どこの業界でも使っているようだけど、~。
 なんとなく、だね。
 結局、一太郎で仕上げた文章を大画面に投影して、終わりかな。
 もっとすごいの。
 大昔のノートを、スキャナでいれて、そのまま投影。
 さらに。
 教科書のサワリをそのまま投影。
 なんのこっちゃ。
 そんなことなら、マイクで話した方がよい。
 LooXは、宝の持ち腐れ、になりそうな。
 お粗末でした。
 以上。
 (講義、授業改革に悩む田舎教授)

追伸
 この先生は、なんとなく10年前のパソコン講義、プレゼンテーション方式をいまごろ取り入れようとなさっているのですが、どうなんでしょうね。きっとLooXは来年の今ごろ、なんとなく、チューナーを増設してTVを眺めているような予感がします。(教員講義監察官)

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2006年4月23日 (日)

NHK功名が辻(16)長篠の戦

承前[MuBlog:NHK功名が辻(15)甲賀忍者

長篠城跡(愛知県新城市長篠)地図

 当時鉄砲は、玉と薬をセットで六貫、現代価格で50万円したらしい。この価格を現代風に探したが、見つからなかった。国立大学法人の年間学費はもう少し高いようだし、大学教授の月給は六貫まではならないし(笑)、なかなか比較がしにくい。PowerMACの中ランクを二台分、そう言うところだな。

 天正三年(1575)に、長篠(愛知県 設楽:したら)での合戦は武田勝頼の騎馬隊と、織田徳川連合軍の鉄砲戦だった。信長は鉄砲三千を用意し、馬防柵を巡らした。武田軍の死者一万人と伝わるから、激しい戦だった。三千の鉄砲を連射させたのは、どうやってか。
 想像すると一千単位を三つにわけて交替で射撃したと考えられるが、掃除すす払い、薬入れ、玉入れ、火縄の工程を迅速にしても三交代は難しかろう。千単位の鉄砲の一斉射撃は無線もない時代には不可能かもしれない。地形に応じてもっと細かく班をわけて、玉や薬や充填場所の確保をグループでできるような工夫があったに違いない。想像である。
 そうそう鉄砲代だが。
 50万円x3000→15億円になる。信長は堺商人達とどんな商談をしたのだろうか。戦争は、湯水のように血と金がかかるようだ。

 と言うわけで、今夜もすぎた。

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春のぐり銀とぐら赤:金魚水槽の掃除

承前[MuBlog:二月のグラ赤金

ぐら赤麗姿

ぐら赤麗姿
 のっけから後ろ姿で失礼します。グラ赤君は、先輩同居人「ぐり銀」君の数倍の体重、容積を持っているのですが、その後ろ姿は、麗姿というか艶姿というか、なかなかにあでやかな春の装いを見せてくれます。グラ赤君を見ていると、金魚世界の豊饒さに息をとめることもしばしばあるのです。じっくり、御覧下さい。その、後ろ姿。

ぐり銀飛ぶ

ぐり銀飛ぶ
 今日は主役をぐら金にゆずりましたが、最初に入居したこのグリ銀色金魚は、この半年、「またりん翁」が憑依したのではないかと、ささやかれています。まずシルバーであることは外観ですが、仕草とか、泳ぎっぷりとか、木幡研究所の者達との会話の姿が、在りし日のまたりん翁そっくりなのです。笑ってはいけません、金魚は猫の霊をやどすという、世界にも稀な事例として、私は日々観察しているのです。下の写真にあるように、グラ銀君は、手旗信号で我々と通信をとりたいようですね。

ぐり銀の手旗信号:異様に剽軽な、ぐり銀君の手のこなし。

ぐり銀の手旗信号

ぐら赤正装:ぐら赤君のまともな、正装姿です。

ぐら赤正装

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2006年4月21日 (金)

春が静かになってきた

 昨日は葛野で、朝に二つ授業があり、午後は重い会議が夕刻の七時前まで連続してあった。そのあと、木曜会という「勉強会」に出向いたが、時すでに遅く、担当者から「本日終了しました」とメルが入った。残念だったが仕方ない。しかし残務が残っていたので、別の担当者とそのあと30分ほど打ち合わせして、やっと終了。
 木幡に帰還後、夕食は出来ていた。珍しくパスタだったが、あさりの身をひとつずつ殻からとって食べるほどに美味しかった。春はなぜ食材が美味しいのだろう。
 ところが。
 すぐに眠ってしまった。(笑)で、起床が午前4時前、ちゃんと7時間強眠った。

 ところで。
 タイトルに記したが、年度当初の喧噪がおちつきだして、授業が昨日あたりから徐々に楽になってきた。それでも二限目は、疲れからか、教室に持参するファイルボックスを間違えて、別の授業の教科書やもろもろだったことに気がついて、学生達に迷惑をかけてしまった。年に一回はある、ちょっとしたミス。以前は、教室を間違えて数分講義したまま、正式な教員が来て気がついたこともある。年度当初は、学生の顔ぶれも新しいので、学生・教員相互に識別がつかないことも、ままある(爆)。

 授業初めは、講義も演習も、もろもろの手続きを必要とするので、先週までは本当に息を凝らして勤めていた。それに会議もあれこれあって、ほとほと疲れた。その会議の山場が昨日だった。来週一週間は、教員個人個人にかかわる書類提出、さらに重い会議の事始めなどあるのだが、なんとなく今週で心身慣れてピークを過ぎた感が、今朝ひとしお。

 授業は楽しい。
 特に演習は、ずっと手慣れた上級生たちが「助勤」として、なれない大量・受講生達の相談相手になってくれているので、それを見るのも楽しい。多くの場合、人に教える立場にたって、長年の研鑽が血肉になることが多い。だから、私の授業は、「先生」とか「指導者」つまり助勤の立場になってはじめて完了、と思っている。
 それは個々のテクニカルターム(専門用語)や、理論や、方法論・手技の問題ではない。そんなものは教科書を読めばわかる。そうではなくて、「演習課題」という対象がダイナミックに形をなしていく遷移や、ものごとの成り立ちについて、観察し、かつ見知らぬ他人に要点を「伝える」プロセスを把握することが肝要なのだ。上級生達は「助勤」として、やっとそれを経験する。
 実は、それが私の授業の仕上げとなる。

 ただ、そんな教育環境は全部に提供できるわけではなく、助勤は毎年五名。そしてそれに準じる「チーフ」となる受講生が一年間でだいたい30人前後。ぶどまり7割として、20人前後が、おおよそ私の授業を理解・完了したことになる。100%というのは、嘘にすぎない。数割でも、血肉になったなら、万々歳。

 講義は、何十年(笑)同じことをくり返し言っても、そのたびに新鮮だ。聞く学生は大抵初めてだから、私が何十回同じことを言うて来たかは、知らない場合が多い。学生眠る、教員新鮮。あはははは。朝一番の講義が多い私の授業は、不眠症の学生達の福音である。仮眠所教室

 というわけで、授業は来週あたりから、順調にすすむ。はずだ。
 楽になっていく。だろう。

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2006年4月20日 (木)

新装のジュンク堂BAL店:私の京都・河原町通{四条→三条}

承前[MuBlog:三条大橋の刀傷
承前[MuBlog:京都の書店

ジュンク堂書店BAL店(京都市中京区山崎町)地図

ジュンク堂BAL店

ジュンク堂BAL店
 街に出ても行くところは蕎麦屋とパソコン・パーツ屋と喫茶店、そして書店。それしかない。しかるに先年、京都の書店がばたばたと店をたたんだ。数少ない出歩き場所がなくなったのだから、意気消沈していたが、ほどなく今年、ジュンク堂が河原町のど真ん中に出店してきた。

ジュンク堂BAL店五階

ジュンク堂BAL店五階
 かといって、私は書店マニアではない。ジュンク堂がどういうお店なのか、よくしらない。少なくとも私の青年期には京都になかった。以前も今も(あるはずだ)大丸と藤井大丸の中間あたりの四条通りにあるジュンク堂しか知らない。上階の珈琲がお値段の割にはおいしい記憶があるだけだ。河原町に新装なったとしても、エスカレーターを降りて、フロアを眺めて、何を今更、写真を撮ったのか、……。

ジュンク堂BAL店の書棚

ジュンク堂BAL店の書棚
 この図書館風書棚が気に入った。以前モンちゃん(某、ミステリマニア)が、「それにしても先生、ジュンク堂の書棚は図書館みたいで、気持悪い」(モンちゃんは別の書店に勤めている、僻事:ひがごと(笑))←→ 「そりゃきっと、ジュンク堂の社長は、昔若い頃に、司書になりたかったが、なれなかったから、功成り名を遂げた今、書店を図書館風にして、館長さんの気分なんじゃろう」と、私は霊(例)によって見てきたような嘘をついた。

 それはそれとしてこの日、私はたまらなくこの図書館風の書棚に愛着をもってしまった。まさしく一目惚れというか、近来まれな情感に包まれた。なんという馥郁とした空気、たまらなくなる、まったりとしたこの質感。ああ、図書もこんな風にして買われていけば、本望だろう。
 ジュンク堂<図書館>書店、万歳。

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2006年4月19日 (水)

季節は春

 昨夜の夕食だったが、イカの焼いたの、タケノコとワカメの煮たの、漬け物。お米。もろもろ。ここしばらく、食がおいしい。もちろん年がら年中、小食ながら、食事は美味しくいただいているのだが、今春はその味わいが深く感じられる。
 通説とおりに、日本の食事は素材が良いのだろう。タケノコもイカも春の甘みがある。デザートは山盛りイチゴにチーズ小片ぱらぽらと、そこに練乳が少し。まずまず。食後の煎茶が美味しかった。

 昨夜の風呂のことだが、ここしばらく入浴剤と併用して、なにかしら香りのオイルが入っている。香りもよいが、その上、湯船に小さな泡ができて、それがお湯と皮膚とを滑らかにつるつるさせる。それがよい。
 通説とおりに、日本は風呂好き、温泉好きなのだろう。

 よく眠れる。
 完熟睡といってよいだろう。

 日中はいろんなことがあって、神経がとがったり、いらいらしたり、内心から怒声が飛ぶ。しかし研究室に座って雑務をしていると、知らぬ間に専念して、時が経ってしまう。時が滑らかに進んでしまうことに、あとでまた腹立たしくなるのだが、考えようによっては、大過なく終えた。と、そういう気分に夕方ひたれる。

 さて。そろそろ眠くなってきたので消灯しよう。実は夕食後に一旦眠ってしまっていた。
 だから、こんな時間に起き出して、MuBlogを触っている。

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2006年4月18日 (火)

プルートウ:Pluto(3)/浦沢直樹(漫画)

承前 プルートウ(2)

プルートウ:Pluto(3)/浦沢直樹、手塚治虫(漫画)、小学館、2006

プルートウ-03

プルートウ-03
 まちかねたプルートウの3を、先週末いそいそと読んだ。「よいなぁ」という言葉、ため息が出てくるばかりだった。どういうところがそうなのかと、今考えていたのだが。一つは、少年少女が壊れていない。先回のアトムの雰囲気からみると、たしかに今回は妹ウランを引き立てるためなのか、やけにアトムがクシャリとした描き方だったが、それにしてもアトム・ウラン兄妹の表情が絶妙だった。媚びてはいない。美少年美少女ではない。しかし少しづつ影があって、清楚に浮き出てくる。
 その点にあって、私は原作と言われる(私はすでに、この浦沢作品はオリジナルと感じているのだが)手塚さんのアトムやウランよりも好ましく思っている。その訳は、私が壮年だからなのだろう。やはりアトム時代は、手塚さんの読者は幼年期のもの達が中心だった。

 人間とロボットとの差別感情なども、非常に厳しく描かれている。人種差別の根深さがそのままロボットに向けられてくる。アトムやゲジヒトの立場に身を置くと、差別される状況が切々と身に迫ってくる。あからさまな差別というよりも、構造的に差別されている、それが実にキツイ。
 旧式のメイド・ロボットの手の震えなどには、胸が痛くなった。

 ところで悪役、残忍非道なプルートウがその影を表してきた。二様の現れ方がとても斬新だった。プルートウは、人やロボットを操る力もあるようだ。その力が、これからどんな風に表現されていくのか、とても楽しみだ。

付録がついていた→まんがノート・浦沢直樹

まんがノート・浦沢直樹

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2006年4月17日 (月)

三条大橋の刀傷:私の京都・河原町通{四条→三条}

承前[MuBlog:古民カフェ

三条大橋(京都市中京区中島町)地図

擬宝珠の刀傷

三条大橋:擬宝珠の刀傷
 以前から気になっていたのだが、この三月に撮っておいた。次ぎにあげた案内でも、正確なところは分からないようだ。新撰組が池田屋を襲撃した際、幾人かが近所の三条大橋まで逃げたのだろうか。しかし刀傷ひとつとっても、京都のブランドだとそれらしくなるので、見ていて笑えてきた。池田屋も、そして長州藩屋敷もこのあたりにあったはずだ。

三条大橋:刀傷の案内

三条大橋:刀傷の案内

三条大橋:擬宝珠

三条大橋:擬宝珠の全体
 こういう擬宝珠(ぎぼし)は、表面に銘もあってなかなか由緒深いもののようだ。そういえば宇治橋も擬宝珠は古いものだった。考証する力もないのでそのまま掲載するが、大橋の西北たもとには、天正年間の石柱もあった。三条大橋は古くからあったのだろう。いつか調べることもあろう。

弥次喜多像

三条大橋たもと:弥次喜多像
 なんとなく写真を載せておいた。江戸は日本橋なのだろうか。そして京都はここ三条大橋。最近の論考で、江戸時代に京都を観光した幾人かの有名人というか、武士を中心にした紀行文の研究論文を読んだ。弥次喜多は庶民だが、武士達も三条大橋に着いてほっとしたのではなかろうか。

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2006年4月16日 (日)

NHK功名が辻(15)甲賀忍者

承前[MuBlog:NHK功名が辻(14)長浜城

 千代と小りんの確執が中心のように思えた。側室とか家督相続とか、世継ぎ、なかなかに人間社会を構成するシステムにも難しい面がある。
 血縁とはDNAの継承である。血脈となると生物学的な意味を越えた文化概念が入るように思える。家風の継承まであるのだろう。生物としては、どなたさんも昔は毛皮を着て、言辞さだかならず、ウオッホ、ウオッホと胸板たたいて月を仰ぎ見ていたのだろう。

 それにしても小りんの一豊への執心は並々ならぬところがある。16世紀女子ストーカーという感がした。一豊が深夜、幽霊をみたように小りんを怯える姿は、おかしみを越えていた。
 しかし、戦国の筆致にあわぬので、今夜はこのくらいにしておこう。

 附録で、一豊の頬にささった鏃とか、抜いたとき面を踏ん張り台にしたワラジとか、家宝として土佐(の安芸?)に残っているようだが、これには微笑した。

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曇の日曜日の夕方

 今朝も早くに起きて、『蛇神祭祀』の六回目くらいをauの携帯用blogに掲載した。今朝は仕上げるまでに二時間かかった。草稿を何度読んでも、人物の登場の仕方が変になる。急にそばに現れるのだが、距離的に離れたところにいるはずだ。一体、第一草稿を書いていたときはどんな頭をしていたのだろうか。
 こうなると、文学もミステリもなくなる。論理的設計の問題だ。プログラミング言語でいうと、シンタックス(文法)エラーとして、延々とリストが吐き出されることだろう。内容にかかわるロジカル(意味内容)エラーは、誰にもわからないが、シンタックスエラーで汗を流すとは、少しがっくり。
 だが、ものは考えようで、当初はその文法エラーにも気がつかず、書き殴っていたのだから、~そして今朝はそれに気がついたのだから、よしとしよう。

 午後に、江戸からDVDの第一陣が届いた。中身はしらされていなかった、お楽しみ。開けてみると、「蟲師」というアニメだった。さっそく鑑賞した、二話70分。随分と絵が綺麗だった。そして、初めてのタイプだった。CGを使っているのかどうかは知らないが、手書きでしあげたような雰囲気だった。
 いつかまとめて感想を記すつもりだが、あっさりした民話のような話で、登場人物の蟲師の手際がよくて、二話とも悲劇はなかったので、ほっとした。
 少年が一人、人も通わぬ山奥の大きな家に住んでいるという第一話は、意外に少年が明るいことにほっとした。第二話は、光を避ける少女が蔵に閉じこめられている物語だったが、蟲師の治療が少し荒療治だった。
 さて、蟲師とは一体何をする仕事なんでしょう。これが、一つの謎になる。

 毎年最低一回は江戸からあれこれ送られてくる、ありがたいことです。

 さてMuBlog。
 今月はだいぶお休みした。それはそれで個人的事情。
 実はこれからも記事の素はいろいろあるのだが、疲れているのと、ちょっと記事内容が同じものなので、書きあぐねている。
 つまり、最近はやたらと、ファンタジーものが多い。私は、ファンタジーか漫画かしか、読まなくなったようだ。多分、先祖返りしはじめているようだ、幼少期に。ところが。どれもこれも、心から味わって読んでいる。むしろ若年時には、読み飛ばしたという感もあるのだが、近頃は、味わい味わい読んでいる。

 いつかまた、山奥に山桜を写しに行くつもりだ。
 それまでは、お休みするか、漫画か、それとも空気のように読んでいる古代史ものか。いずれにしても、MuBlogは定番を勝ち得たとも言えるし、逆に、それが限界かとも思う。そんな、人様の好むものばかり書けるわけがない。
 そうそう、今夜はまた「小りん」さんが登場する、NHK功名が辻、これはこれでアクセスがあっておもしろいが、書き手の私が、まったく分からない対象に、アクセスされても困るなぁ、というのが本音です。

 ではまた、今夜22時すぎに、再見。千代さん、小りんさん、そして一豊さん。

追伸
 いまから極楽の温泉湯船でいねむりなのじゃ。夕風呂はよろし。

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2006年4月15日 (土)

むだばなし

 今日は朝から葛野にきて、二仕事おえた。ぼんやり、ほっとしていると、むだむだしい話が頭の中を走り出した。あとの大きな二仕事は、午後だから一服。もともと木幡でも葛野でも、無駄話は少ない方だ。暇があれば横臥したり、本を読んだり、雑務をしている。いわゆる短っ尻というか、人と会っても、めったにあわないが、一時間程度が限度だ。ほっこりするのは、風呂とか食事中とか、床の中で眠っている時くらいだ。

 カテゴリーを小説木幡記にしたのは、MuBlogでは原則「小説葛野記」を使わないからだ。それは別にblogを作ってある。しかしなんとなくむだむだしい想念が渦巻くので、小説木幡記にしておいた。他意はない。

 つまり、それは昨夜のことだった。急になんにもすることが無くなって、TVの前に枕をおいて横になったら、派手派手しい画面と音が鳴り出した。スコーピオン・キングという映画だった。あらかじめ言うておくと、最後までみてしまっったぁ。

 スコーピオン・キングというカタカナが腹立たしくなった。サソリの王、蠍王、毒蠍の陰謀、死闘:蠍vs毒蛇、とか純正邦画名をあれこれ考えていた。結局、蠍王がよろしかろうと、今思っている。

 悪い王が、正しいアッカド人勇士を殺害するために工夫をしていた。サソリを数匹殺してサソリ毒(そんなのがあるのかどうかは、わからない)を絞り出し、その液体に鏃をひたし、部下に手渡す。部下は隙をみてその勇士の太ももに、鞘(鏃に鞘をつけていた。こってますね)を払った鏃を突き刺した。勇士は倒れた。その夜、熱をだして生死の縁をさまよったが、綺麗な女性が口元で息をすってサソリ毒を吸い込んだら、勇士は元気になった。綺麗な女性はちょっとだるくなった程度に描かれていた。
 感想は、ひねり潰されたサソリ数匹が哀れだった。

 ある日、勇士はつかまって、砂漠の中で首だけだして土中に埋められた。近くの蟻塚を、ソドムかゴモラの兵士が松明でいぶしだした。蟻(蟻塚の蟻はありじゃないのかもしれない。いや、それは白蟻のことだったか?)がわんさかごにょごにょぞわぞわはい出してきた。近くには髑髏がころがっていた。この刑死は凄惨な様相をイメージさせたが、まあ、ヒーローが途中で死んでは話にならない。一緒につかまった馬泥棒が抜け出して、アルコールを口に含んで、吹き散らし、それに火をつけた。縁日の火拭き男の源流か。火炎放射器の原点なのかもしれない。
 感想は、そうか、蟻は肉食か(ほんとかな?)。蟻は火に弱いのか。うむ。

 悪い王には、アジア系の綺麗な女性がそばにいて、カッサンドラとかいう予言者役をしていた。悪い王は、彼女の託宣でこれまで周辺を征服してきたようだ。ところが、~書きにくいが、その悪い王はカッサンドラが好きなのに、自分の自由にしてはいない設定だった。つまり、カッサンドラは、男性とどうこうなると予知能力が落ちて無くなると言い張るわけだ。このことが、勇士との関係で、いろいろおもしろい結果をもたらすのだが。
 感想は、そうか、しかし分かるようで分からない。つまり、常時女性はストレス状態、ヒステリー状態でないと、自分の能力を発揮できないなんて、そんな設定はちと不公平だな。

 というわけで、昼の最初のしごと、来客がいまあった。
 これから授業の相談にはいるので、無駄無駄しい話は、これで終わる。

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2006年4月14日 (金)

風の海 迷宮の岸:十二国記/小野不由美

承前[MuBlog:月の影 影の海

風の海 迷宮の岸:十二国記/小野不由美

風の海 迷宮の岸:十二国記/小野不由美
 この物語は、「MuBlog:魔性の子」に登場する高里要(たかさとかなめ)少年が幼い頃、日本で神隠しにあった一年間(正確には要調査)の、別の世界での物語である。別の世界とは、虚海のかなたにある十二の国のうち、北西の戴国(たいこく)という。ここで虚海(きょかい)とは、現代日本の現実世界観から考えるなら、日本人は天変地異の「事故」によってのみ、その海を渡れるが、戻ることはできない一方通行の異世界回廊である。渡ってしまうと、その異世界(十二国世界)では、海客(かいきゃく)として扱われ、多くの国では差別の対象となる。難民というよりも、虚海からの漂流民と考えればよかろう。

 この世界では、日本のことは「蓬莱(ほうらい)国」として認知はされているが、特殊な人や妖し以外は、蓬莱を訪れることはできない。だから十二国の住人からみると、蓬莱(日本)は未知の訳の分からない妖しい世界としか見えず、海客(漂流民)はなにかとよそ者扱いされる。
 平安時代や江戸時代を、現代から眺めてみると想像がつくかもしれない。タイムマシンを想像してはならない。異次元パラレルワールドの方が妥当だろう(と、SFの特殊用語を使って申し訳ないが、私はそういう世界に幼少からひたっているので(笑))。要するに、「高里要」の視点からみるならば、別の世界へ流れ着いた者の物語である。平安時代を「十二国」と仮設するならば、現代人がそこへ流れ着いた、そう考えれば分かってくる。もちろん、この作品では高里の視点ではなく、本来の「泰麒(たいき)」少年からの視点で描かれている。だから、「魔性の子」での視点を捨てて、蓬莱からの帰還者の目で読めば理解が易い。

 いろいろこの作品を味わっていると、作品構成のうえからみて、この十二国は中国の輝かしい「周」を想像するとさらに理解が早い。中国古典で言うならば、礼記(らいき)、周礼(しゅうらい)の世界である。孔子さんはことあるごとに周の理想世界を憧憬する。周公旦(しゅうこう・たん)が孔子の最も憧れる聖人なら、この十二国記では「麒麟」という王の補佐役が周公旦をモデルにしているのかもしれない。もちろん私はその世界に詳細ではない。現代翻訳小説で、太公望とか封神演義世界をかいま見て、呪の世界であることを感得している程度である。
 ただし、小野さんの十二国記を楽しむにあたって、殷朝を滅ぼした周朝・武王や、その弟で次王の摂政だった旦の世界を知っている必要はない。十二国は別世界として独立している。

 で、高里少年は、実はこの戴国を支える王の補佐役(宰輔:さいほ、という役職)、泰麒(たいき)だったのである。戴国に今、王はいない。先代はみまかり、先代宰輔も同時に倒れた。今、国が乱れている。新王の即位が待たれている。

 新たな麒麟(きりん:一国に唯一存在する王の補佐役:実は神獣)、泰麒少年はたまたま天変地異によって蓬莱(日本)で迷い子になっていたのだが、今、戻ってきた。ここでは、自らの資質を自覚し、新王を選定する重い役目をになっている。だが、出生以来異国蓬莱に育ち、本来の自分を忘れてしまった少年に、帰還したところで、他の誰にも出来ない大役がはたせるのだろうか。

「天啓にしたがい王を選び仕える神獣・麒麟(きりん)。蓬莱国で人間として育った幼い麒麟・泰麒(たいき)には王を選ぶ自信も本性を顕わす転変の術もなく、葛藤の日々を過ごしていた。やがて十二国の中央、蓬山(ほうざん)をのぼる人々の中から戴(たい)国の王を選ばなくてはならない日が近づいてきたが──。壮大なる構想で描くファンタジー巨編(裏表紙紹介文より)」

 つまり、この『風の海 迷宮の岸』は、臆病で腺病質で自信のない少年が、どのように鬱々と日々を過ごし、しかしなお自らの使命を学び、回りの励ましの中で、自覚していくのかという、十二国記全体に流れる「教養小説」なのである。教養があるとかないの話ではなく、教養小説本来の意味、すなわち自らを確立形成していく物語である。

 単に魑魅魍魎をばっさばっさとたたき伏せていく娯楽小説ではない。それはそれでもちろん良い。だがこのシリーズは、読後にいつも、深い半生の振り返りを私にもたらす。重ね合わせてみることになる。たとえ作品の壮絶さの百分の一、コンマ以下の「ふんばり」でも、節目にかくふんばって苦難を乗り越えたという、回想をもたらす。

 ことに終盤、愛他精神に輝いた章はいまでも眼裏に浮かぶ。
 逃げてはならないと身内の底からわき上がる感情に従って、臆病さを乗り切って、自愛・保身をふりすてて、なお友の危機を救う。それを踏ん張ったときに、初めて高里少年は、真の麒麟・泰麒の絶大な秘められた資質を解放した。
 もちろん、その真の「力」の前に、この世界で、拮抗できる存在はどこにもない。

参考
  十二国記(NHKアニメワールド)
  [Mu注:2002年~2003にかけてBS2などで放映されたようだ。キャラクタのリストがあるので重宝する]

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2006年4月13日 (木)

雨が続く春でした

 ずっと雨がふる。さくらのうち、枝垂れ桜は舞い散った。それに、今夜は気温も下がるようだ。こういう春はあまり覚えがない。
 しかしそれにしては、「春です」という気持もあふれていた。

 外に出たり、写真を撮りに行くとき、天気が悪いと嘆く人もいるが、それに気持を半ば沿わせてしまうが、一方、雨なら雨で、雪なら雪で、嵐なら嵐で行き先も、写真の写りも、気持の具合も、色合いがいつもと違って、別の興がわく。

 それならば今春、ほとんど宇治の木幡にいて、この一週間は右京の葛野にいて、ひたすら「桜」と呟いた季節も、また春に相違ない。そうすると、気持がとても和んできた。
 例年「4月は残酷な月だ。リラの花がどうした~」と自然に書いてきたが、なにかしら新生の季節。こうして幾行か書き連ねるうちに、気力もわいてきた。

 この桜咲く四月を新学期とするかどうかについて、なにかと日本の孤立を耳にしてきた。よくはしらぬが、諸外国では九月が始まりとのこと。よく足を運ぶお隣さんは外国語系の大学なので、諸国との留学の行き来も数知れず、半年近くの時差が生じるようだ。わが葛野でもそれはある。

 かといって、四月は残酷な月で、桜咲く入学の季節と、私も幼稚園以来そうしてきたので、いま大変動があると悲しい。ここのところは、なにか工夫がないのだろうか。桜咲き、桜真衣、桜散る、この三拍子は他に替えようのない心の悦楽でもある。まさにこの季節、入学し、再生の位置に立ち、夏に備える。
 西暦化も、夏時間も、九月始まりも、それぞれ国々の標準に合致して、合理性も高いのだが、私はそのことで半世紀生きてきた慣習が変わることに、おそれや怒りよりも、気落ちが先に立つ。
 あらためて、慣習墨守の側に立つ自らを省みて、なかば失笑、苦笑した。

 というわけで、桜季節は終わりそうだ。八重桜に望みをたくしているが、思ったようにはいかぬのだろう。
 歌の調べもおぼつかないのだが、尊敬する人の一首、空でかいてみると、
 

さざなみの志賀の山路に迷い来て一人眺めし山桜かな

 とあったように覚えている。山桜なら、まだ~。

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2006年4月 9日 (日)

NHK功名が辻(14)長浜城

承前[MuBlog:功名が辻(13)浅井長政の悲劇

長浜城跡(滋賀県長浜市公園町)地図
長浜城歴史博物館

 長浜は何度か行っている。黒壁ガラス館とか、街づくりで成功したようだ。大きなお寺や、蕎麦屋さん、町並み。なにか、まだ見ていないが、恐竜に関係するおもしろい展示もあるらしい。(伝聞)
 今夜のドラマで気に入ったのは、千代のセリフだった。つまり、湖北、琵琶湖は美しいが、寂しいと言っていた。これはいままで私は自分の中でも、人にも言ったことも書いたこともないが、たしかに、寂しい。静謐は寂しさ、涼しさを感じさせる。深い水底と、水鏡。だから湖畔の温泉は対比があって、思いがこもるのだろう。

 さて。予告編のクノイチ「小りん」は来週の予告だが。あいかわらずホームドラマの装いは多々ある。で、それが生地と思った方がよいとも考え出した。今夜のネタなら、秀吉の女狂い、秀吉の母と妹、そして山内家の内風呂。この間を、千代が縦横にかけていく。周旋しているふしもある。

風呂
 先年晩秋に、木幡研も風呂を新調した。たしかに良いものだ。
 500年近く前の内風呂も、蒸し風呂ではなくて、現代と同じ様式の風呂を使っていた。湯栓が千代という人力以外は、構造的におなじだから、「極楽、極楽」というセリフがよく伝わってきた。これは400石加増と、150石の朋輩達との差だった。その風呂を朋輩達の妻が、千代の好意で使ったことが、150石・亭主の気持を逆立てた。資産、石高の違いが日常の細かな面で現れてくる。それが、今後ますますかけ離れていく。
 400石というと、年収一億六千万円程度か。これだと、郎党を養って、風呂を新調するくらいの贅沢はできるだろう。

秀吉の母と妹・旭
 兄さんが城持ちになると、親類縁者兄弟が影響を受け出す。妹の旭は、史実だから記しておくが、将来たしか家康に嫁ぐことになる。名古屋弁丸出しというのか、名古屋をよくしらないから分からぬが、在で野良仕事をしていた百姓夫婦が、武家の世界に組み込まれていく悲喜劇がもう現れてきた。それにしても、尾張の言葉って、ものすご猫語に近いなぁ。ほんとうなんだろうか。

秀吉の女狂い
 秀吉ときたら、まことに病気だったのかもしれない。
 ……。
 この部分は、千代とネネとのホームドラマ仕様。
 現代と多少雰囲気がことなるのは、別れるとか離縁するとかは、秀吉が言い出さないところだろう。側室になることの、女性側からみた当時の利点は、通例は喰うて行けることと、子をなせばしかるべき待遇を受けられるというところだろうか。光源氏のように四季折々豪壮な家屋敷を造って、それなりの仕送り(笑)をするのだから、お金がないとできない。なにしろ、一人二人の数ではおさまらないのだから。
 当時男性の、社会的地位の証だった。しかし、人の心は昔も今もそれほど大きな違いはない。昨年なら、北条政子は、頼朝の愛人の家に放火した。ネネは後世、秀吉亡き後、愛妾淀君の大坂城を支援せず、家康に荷担した。

*というわけで*
 長浜にある、お城博物館の展望台に立って、琵琶湖を眺めたくなった。冬は北国の風情だろうが、春から夏、秋にかけて、あのあたりの眺望、そして穏やかさは、なんとなくイメージできる。

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『蛇神祭祀』(はむかみさいし)の連載

承前[MuBlog:小説『犬王舞う』]

 昨夜半、突然床から立ち上がり、激情にかられて長編小説の連載に手を付けた。
 今朝、振り返る余裕ができた。
 『蛇神祭祀』(はむかみさいし)

 『犬王舞う』と同じく主人公は二十歳半ばの、大学図書館司書「小泉佐保」とした。司書と言われる職業にも様々なタイプがあるが、「大学図書館司書」の場合は、他に比して知的冒険ができる環境、する機会が多いといえる。その事情は、背後に膨大な学術系書籍を持っていることから生じている。この世のありとあらゆることを記した図書や文書が、大学図書館の書庫の奥底に隠れ潜んでいる可能性が高い。そこを自由に走り回れる人は、研究者よりも、司書だと思っている。

 しかし、佐保は司書であって、読書人ではない。
 読書人としては、佐保の先輩同僚として「長田(おさだ)」クンを『犬王舞う』ではそえた。彼は森羅万象、ことごとくを読み切った人物として設定した。もちろんまだその片鱗すらうかがえないのだが、創作データベースにはそう記録してあった(と、もちろん私が記述したのだが)。
 佐保は行動の人でもある。知的冒険は書庫の奥底やインターネット情報の深海や、佐保の脳内のことだけでなく、外にでてもらいたかった。だから佐保は、父親が年に数回しか乗らないGTRを自由に操れる女性として、どこへでも行ける条件設定にした。一般にGTRを好む女性は少ないが、これは作者が、以前の無骨なGTRを好ましく思っていた反映である。
 そんな、いくつかの複合条件の結果、小泉佐保が生まれた。そこで、今回の『蛇神祭祀』では佐保に奈良県桜井市の三輪山近くの穴師(あなし)へ飛んでもらうことにした。

 佐保はそこで仕事をすることになっていた。師匠に頼まれた仕事だから、佐保としては断るわけにもならず、友人や後輩と合宿することになっている。
 ここで、佐保達が師匠や依頼主に応じて、汗をながし調査し討議し、報告書を書くというのも、現実の司書にはまれにある。全集の編纂をしたり、専門的な便覧や辞書を造ったり、名家の蔵から出た大量の文書の目録を造ったり、古い大学図書館の書庫を大々的に整理したりする時には、研究者よりも司書の職性の方がやりやすいことが多い。
 ここで対象分野の専門研究者と異なるところは、情報を整理する点からみた司書は、分類や、目録や、索引を造り、対象世界を分野の専門性という視野狭窄に陥らず、客観的にまとめ上げる点に特性が発揮される。司書のサービス相手は日々カウンターに来る利用者だけではない。

 しかし。
 作者はそういう気むずかしい世界が苦手なので、あっさり佐保に、事件の渦中に入ってもらうことにした。
 どういう事件なのか。それがわかりにくい。

 実態が外からは見えない「笠御諸道教団(かさ・みむろみち・きょうだん)」の、現実の組織や、地下に遺跡を持つ教団大施設の中や、1800年間に近い深い歴史のなかで起こる事件なのだから、作者もときどき分からなくなる。分からなくなるところは、すぐれた読者一人一人が、作者も及ばない事件の絵図や、解釈鑑賞を後日提供して下さるだろう。小説という近代ジャンルにあって、現代は、作者という「神」は死んだ。
 blogは、これまでの「紙メディア」とは異なる面が多いから、司書・小泉佐保も新たな経験をすることになる、と考えている。

サイドバー「小説関連サイト」より
  作品連載中(火・木・土・日):001 連載中・携帯&PC
  今後の累積版:020 蛇神祭祀/浅茅原竹毘古

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2006年4月 8日 (土)

春の土曜の木幡の朝

 今年は事情で、桜季節というのに出歩くことができなかった。
 入学式は休み、職責にかかわる挨拶も、そこら中で欠礼してしまった。
 こういう時の心境を、忸怩たる~、とか言い表すのだろうか。

 とはいうものの、来週からの本格的授業一斉開始には、教室にいけそうだ。
 最初の週に、負荷が極端にかかる方式なのだが、これも関係学生(助勤さん達)が要領よく動いてくれたので、あとはその日が来るまで横臥。

 最近は個人情報保護の説明とか、承諾書とかも最初の授業にすることにしている。この問題は、全国の教育機関で不毛な法律解釈に落ち込んでいるようだが、悪法の一種なんだろう。というよりも、善意をもとにできない法治国家の辛さが滲み出ているような法律なのだ。
 たとえば、多くの学校で、入学・卒業式の公開名簿が造られていないようだ。ご自分の子息の名前がリストにあがることを忌避する保護者もいるらしい。
 名前を銘記するのは「誇り」であり「責任」であるという気持が薄れていると思った。この世で自己同一性を保つ姓名を表にだせない、あるいは隠さないと危ない世界に、いるようだ。
 ……
 (当然、じゃなぜMuBlogはMu先生なのか、と問われそうだが、これはイチローとか、ゴジラとかと一緒で、通称(笑)。すでに、Muが実名で、漢字で記した姓名らしき文字列は、芸名扱いされているような~)
 ……
 問題が複雑なので一度では言えないし、今はまだ脳がぼんやりしているので、深入りはやめておく。ただし、最近もガソリンスタンドで、割引券をもらうのに、氏名・住所・生年月日・電話、など「書いてください」(それまでは無しだった)と言われたので、「嫌です」というと、「上司に命じられていて、書いてくださらないと割引できません」と言われて、「あほ」と呟き、その場を去った。個人情報保護は、こういうデータが一括して売られたり、あるいは漏れたりしたとき、それなりの法的措置が執られるものと想像すると、なるほど、そうでもしなければ、個人情報を商品にする輩がますます横行していくのかとも、思った次第。

 それで。
 個人情報保護については、専門とする情報図書館学でも、今後も大切なことだから、どうであれ昨年から授業の最初に同意書をもらうようにしだした。むしろ個人情報の部分開示の承知、不承知の結果を得るよりも、授業でそういうことを学生に気にかけてもらうというのが趣旨なのだ。将来司書になった人が不用意に利用者の情報(いややわぁ、あの人、こんなん借りてはるぅ、こんなん読んだはる……いやぁ、こんな女優の写真集みてはる~)を漏らさないようにする基本の法律の一つとして、大切なのだ。

 そういう準備、これも助勤さんがすでに終えてくれていた。
 あと、教材の分厚い冊子(Truthという機関誌)の作成や、授業案内チラシ、……。
 助勤さんたちは、人によっては二月末ころから、これら膨大な原稿の整理に力を出してきてくれている。
 ピーク時は、十名内外総掛かりで、冊子の製作にかかわってくれている。
 その間、Muセンセイ如何するや。
 ただぼんやりと「桜を見たいなぁ」と呟くばかり。
 ~
 そして授業の最初は、4年生の有志助勤5人がかりで、全部の科目で膨大な配布処理、説明、……と手伝ってくれることになっている。というよりも、高学年学生による「授業学生支援」というシステムをとっているので、私が運悪く、万一初日に教壇に立てなくても、動くようにしてある。
 授業にも節目があって、特に最初や最後はフェスティバルの様相がある。

 というわけで、来週からは安心しているのだが。
 それにしても、桜の季節、都のはなやぎを味わえないままに過ぎていくのは、なんとも、悔しいものだ。今年は、MuBlogでの桜祭りはできそうにない。うむ。伏見港の柳も、祇園円山公園の夜桜も、……。悲傷。ただ、来週の週末あたりに、桜散った近所、嵯峨野や嵐山を写すのもわるくはないな、と今思った。そうだ。桜花の後の桜木。今年は、このノリでいこう。

 さて、この記事700番目になった。
 ここ一週間は、日頃アクセス一日300平均が → 500前後になっている。上位はすべて桜。ありがたいやら、悲しいやら。昨年、一昨年の桜記事をみなさん、見に来てくださるようだ。

 クノイチ「小りん」のアクセスも先週は多かったので、昨日、わかいもんらに聞いたところ「世界の中心、~愛」とかなんとかの映画のヒロインらしい。ほう。しらんかった。てっきりクノイチで名をはせた女優さんとばかり思っておった。 

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2006年4月 6日 (木)

木幡の桜・平成18年4月

木幡の桜・平成18年4月

木幡の桜・平成18年4月
 桜花を窓から眺めていた。今春みすみす過ぐと思った。桜花は年々春に一度咲くが、すぐに散り消える。あと一年待たねば見られない、今日この夕べ、という物狂おしさに心が塞ぐ。眼前の桜花は雪枝にみえた。わずかにしなっていた。花に重みはなかろうが、杖のような曲線だった。

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2006年4月 2日 (日)

NHK功名が辻(13)浅井長政の悲劇

承前[MuBlog:功名が辻(12)室町幕府崩壊

小谷城跡(滋賀県東浅井郡湖北町)地図
唐国・山内一豊最初の所領400石(滋賀県東浅井郡虎姫町唐国)地図

 信長のことでは、以前評論家秋山駿による『信長』で、その生の激しさに相当驚いた。旧世界を打破するために、神も仏もないものよと、実際に世間を打ち壊した姿は、信長以外には見ることができない。
 しかし、私がいつも信長でつまずくのは、この浅井長政に対する仕打ちであった。髑髏(しゃれこうべ)を金泥造りの酒杯にし、部下に飲ませるというのは、まともではない。それほどに長政の裏切りは、信長をして姉川の戦い以来窮地に追い込み死線をさまよわせたのか、という事実認定はある。武田信玄が病死していなかったなら、信長は敗れていただろう。
 長政敗死においうちかけて、妹お市の息子(側室の子)を磔(はりつけ)にし、朝倉、浅井親子、三人の髑髏を酒杯にした。憎しみの頂点かもしれない。

 鯨氏[MuBlog:邪馬台国はどこですか?]の信長解釈は実にわかりやすかった。信長は発狂したまま日々を送り、最後本能寺に向かったと考えれば納得も行くのだが。

 NHKドラマの信長解釈は、微妙だった。
 ひそかに信長とお市の方との近親相姦をほのめかしていた。長政は信長にとっては恋敵なのだ。それを内にひめて市を嫁がせ義兄弟となった、その果ての裏切りは信長を鬼にした。
 もうひとつは、当時長政は近辺にも知られた名将であり、その長政と義兄弟の縁をもつのは、信長にとって喜びだった。信長は激しい面もあり、たとえば家康との手組みなど、無理難題(家康の先妻と長男を死にいたらしめた)はあるのだが、手を結ぶことの広さはあった。だからひとしお、長政との交誼はよろこびだった、その果ての裏切り。
 こういう含みを持った今夜のドラマだった。

 館(たち)演じる信長は、最初数回はげんなりしたが、この何回かは非常に気に入っている。おそらく信長役として、狂気と激しさとを表現しえた役者として長く記憶に残る。常識はずれの狂気を、不気味に演じる館の演技には、息を止めて魅入ってしまう。
 秀吉もまたよい。小汚いと長く感じてきたが、言語音声不明瞭なほどに賤しく猿猿しくふるまう下品さと、腹に一物もった目の動き。やはり、役者というものの本道だと感じ入った。羽柴の姓をたまわるのに、先輩諸将の前で悪びれもなく、丹羽と柴田とを合わせた「羽柴」姓を信長に言上するなど、まことによろしい。
 さて、光秀。うむ。このもったいぶった風情がよい。気に入りだした。
 今夜の長政、いい男ぶりだが、以前ずっと内田康夫氏原作のミステリで、浅野光彦役をやっていた若き頃にくらべて、貫禄がでたなぁと感心している。
 肝心の千代。とても気に入っている。
 一豊。ぼよよんとした風情が気に入っている。

 今年のNHK大河ドラマは、四月に入って役者達のことで急に好ましくなってきた。世界ができてきたという感じがしている。
 それにしても、ここ数年、役者というものを見直してきた。みなさん、ずいぶんに力をいれて工夫を重ねている。生来の持ち味に加味した、なにかしら演技の心髄を味わえて、気持よい。

 ではまた来週。楽しみ

追伸
 なにかの記事で来年の大河ドラマは武田信玄・風林火山とか知った。信玄さん役は忘れたが、上杉謙信役がなんとガクトだとぉ。あははは、これはおもしろい。まさか左手甲を右頬にあてて登場するわけはなかろう。楽しみだ。
 無論、今年は山内一豊の成長がもっとたのしみだ(笑)。
 ところで、今夜は出なかったクノイチ「小りん」のことだが。別記事でしるしたが(二十二万アクセス)、MuBlogも異様なアクセスを受けている。まことに私はしらないのだが、もしかしたらあの女優さんは、何か、とても有名な方なのかもしれない。しかし、千代のアクセスはみあたらない。これは不思議だ。

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二十二万アクセス

承前 二十一万アクセス(2006.03.03)

 桜の季節になってまいりました。MuBlogにも京都の桜関係のアクセスがふえてきました。お見せする統計は先週分ですが、今週はさらに増加しております。
 しかしながら、どうにも今春そうそう事情があって、桜狩りができそうにもない状況です。今年の京桜は、中頃になんとか撮影しようと考えている次第。

(1)本日記録
 対象日: 2006年04月02日(日)小雨
 観察時間:13:56
 合計数:165(本日)
 累計アクセス数: 220000
 1日あたりの平均: 294.91

 記事数: 697 | コメント数: 3150 | トラックバック数: 484 | ライター数: 1

 現在利用中のプラン: プロ
 利用可能なディスク総容量: 10,000 メガバイト
 利用中のディスク容量: 229.297 メガバイト (2.29%)
 ココログの利用開始月: 2004年3月

(2)先週:検索ワードランキング(4件以上のみ)
対象日: 2006年03月20日(月)~ 2006年03月26日(日)
合計数:2405

順位 検索ワード 件数

6 36→195
  57 桜狩り 5
  4 佐野藤右衛門 54
    17 佐野 12
    31 藤右衛門 8
    66 岡村比都美 4
  7 常照皇寺 32
    34 じょうしょうこうじ 7
  20 背割堤の桜 11
    22 背割桜 9
  53 二条城 5
  78 円山公園 4
  71 天神川 4
  72 平安神宮 4

9 ハードディスク 28→139
  10 ハードディスク交換 25
  11 交換 19
  12 ノートパソコン 19
  15 ノート 14
  36 VAIO 7
  38 メビウス 7
  62 PC-CB1 4
  67 sharp 4
  68 PC-CB1-M5 4
  70 EG-SATA3525 4
  79 mebius 4

2 小りん 74→127
  25 一豊 9
  8 功名が辻 31
  30 竹中半兵衛 8
  49 山内一豊 5

1 京都 82
3 じぶり 57
5 地図 46

18 森博嗣 12→31
  23 退職 9
  43 名古屋大学 6
  76 森 4

13 伏見 17→23
  44 黄桜かっぱカントリー 6
14 写真 16
16 奈良 13
73 料理屋 4→23
  19 魚三郎 12
  37 桜田 7
21 ダヴィンチコード 11→15
  85 ダヴィンチ 4
24 レスタト 9
26 場所 9
27 弁慶うどん 9→22
  33 うどん 7
  46 弁慶 6
28 ゲッペルス 8
29 大型書店 8
32 ホテル藤田 7
35 撮影 7
39 アートスペース上三条 6
40 方法 6
41 長岡京市埋蔵文化財センター 6→10
   75 長岡京 4
42 水滸伝 6
45 キルヘボン 6
47 宇治平等院 6
48 鍵善 5
50 ブログ 5
51 分解 5
52 映画 5
54 寺町通り 5
55 金魚 5
56 半兵衛 5
58 高槻 4
59 茶母 4
60 銅像 4
61 山之辺の道 4
63 マック 4
64 奈良県 4
65 甘樫丘 4
69 法伝寺 4
74 義経 4
77 ガブリエル 4
80 NHK 4
81 巻向 4
82 漫画 4
83 大阪 4
84 書店 4
86 京都市 4
87 三条 4
88 寺町 4
89 ミスタースタンプ 4
90 浄御原宮 4

 こうして眺めると、桜とハードディスクと小りん(功名が辻)の三題噺になっております。三っつとも庶民世界の象徴。高踏的な雰囲気はありません。
 早い早いと言われた今年の桜ですが、私はまだ観ておりません。木幡近所の桜木をほんの二分三分みかけたくらいです。記事はすべて過去記事。佐野籐右衛門さんへのアクセスが目立ちます。
 ハードディスクの交換は、現代現象でしょう。ノートパソコンのハードディスク入れ替えが以前はとても難しかったのですが、最近機種はほとんど差し替えるだけの技術ですむようになりました。電球を取り替える雰囲気ですね。ただしこれらの記事は本当に初心者の人には難しい所をあえて隠しています。スッピンのハードディスクは必ず初期化するわけですが、このあたりのことはまだまだ、わかりにくい点が残っています。
 「小りん」これへのアクセスは、MuBlogとしては異様です。たった一週間で74回ありました。一位の京都(82回)は当然にしても、二位の小りんは、想定外でした。

(3)先週:検索フレーズランキング( 3件以上のみ)
対象日: 2006年03月20日(月)~ 2006年03月26日(日)
合計数:759

順位 検索ワード 件数

1 佐野  藤右衛門 8
   8 京都嵯峨野  佐野藤右衛門 3
   7 二条城  桜 4
2 功名が辻  撮影 6
    4 功名が辻  小りん 6
   12 山内一豊  小りん 3
3 京都  大型書店 6
5 ノートパソコン  ハードディスク交換 5
   16 SONY  VAIO  交換  FX
6 森博嗣  名古屋大学  退職 4
   9 森博嗣  退職 3
10 京都  ホテル藤田  焼き鳥 3
11 四条河原町  地図 3
13 スタンフォード大学図書館  google 3
14 魚三郎  京都  伏見  地図 3
   15 京都  料理屋  魚三郎 3

 最後の魚三郎は魚三楼だと思います。「森博嗣&退職」はMuBlog世界にあっては、すでに社会現象ですが、どうしてMuBlogへ来訪があるのか、わかりにくいです。私の知識では、先年、一年以上も昔の話です。スタンフォード大学図書館があるのはよく分かります。

(4)先週:曜日別
対象日: 2006年03月20日(月)~ 2006年03月26日(日)
合計数:2389

曜日 アクセス数
MON 374
TUE 304
WED 337
THR 364
FRI 379
SAT 301
SUN 330

 この週は土曜日も健闘して300以上の日々アクセスがありました。最高は金曜の379、最低は土曜の301、差は78アクセスになります。これはこの週平均の23%ですから、曜日の違いが大きいです。
 ところがです、金土を合わせて2で割ると丁度340で、要するに二日分の利用者が金曜に傾いただけですね。月火も同じです。
 なんとなくMuBlogへのアクセスは固定客ばかり、と想像しました。

(5)先週:記事ごとランキング(1%以上抽出)
対象日: 2006年03月20日(月)~ 2006年03月26日(日)
合計数:2389

順位 URL パーセント
1 http://asajihara.air-nifty.com/mu/ 8%
2 http://asajihara.air-nifty.com/ 5%
3 http://asajihara.air-nifty.com/mu/2006/03/nhk_8681.html 3%
4 http://asajihara.air-nifty.com/mu/2004/04/post_2.html 3%
5 http://asajihara.air-nifty.com/mu/2004/05/post_6.html 3%
6 http://asajihara.air-nifty.com/mu/2004/04/post_13.html 2%
7 http://asajihara.air-nifty.com/mu/2006/01/post_e704.html 1%
8 http://asajihara.air-nifty.com/mu/2006/03/nhk_ff20.html 1%
9 http://asajihara.air-nifty.com/mu/2006/02/prius_62b1.html 1%
10 http://asajihara.air-nifty.com/mu/2005/04/post_f0b2.html 1%
11 http://asajihara.air-nifty.com/mu/cat573003/ 1%
12 http://asajihara.air-nifty.com/mu/2005/04/0504020.html 1%

(6)分析
 春になると桜が華やかに求められるのがMuBlogの性格だと思いました。
 ところが、今年は桜記事がまだ一つもありません。 なんとかしなくては。

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2006年4月 1日 (土)

小説『犬王舞う』の定稿にこと寄せて

連載を終えて
 この三月末に長編小説『犬王舞う』の連載を終えて、これをblog「犬王舞う/浅茅原竹毘古」として公開しました。
 若干、この完成までの道のりを記しておきます。

 初稿は『犬王』として、平成十二(2000)春ころから起稿し、翌年一月に完成しました。原稿用紙で546枚でした。改稿は『犬王舞う』として、平成十四(2002)の六月に丁度600枚の作品に変わりました。それからずっと、犬王は置いたままにして、後述する第二作『蛇神』を書いていたのです。

 昨年の夏、突然思い立ちまして、処女作とも言える『犬王舞う』をblogに載せて世界に公開しようと考えたのです。こういうきっかけはよくわかりません。大抵、深夜突然起きあがり、激情にかられて断髪したり、場面転換を図るというのが、これまでの人生でしたから、blog化したのもその一つだったのでしょう。

 小説のblog化については未経験なので、その道の若い人に相談し、考えた上、結局携帯電話でもPCでも閲覧できるシステムを使うことにしました。そこで、先年(2005)の九月からauのサービスを使って連載を始めたのです。大体一回に5~6枚の掲載でした。そのうち、文字が小さく読みにくさもあったので節単位の累積版を考え、未公開なままMuBlogの亜種としてまとめてきました。
 こんど終わって数えてみると原稿で561枚になっていました。先述の改稿分はあれこれと600数十枚に膨れていましたから、60枚ほど刈り取り削除したことになります。これを『犬王舞う』定稿2006としました。

小説を書き出したきっかけ
 『犬王』を書き出したきっかけは、前世紀末に学生達が森博嗣さんや京極夏彦さん、その他ありとあらゆるミステリを読んでいたそばにいたので、なんとなく染まりだしたわけです。私自身もそれまでも今も、横溝正史さん、内田康夫さん世界に遊んでいた経験があったので、あっけなく斬新な、新時代のミステリにひたりこんでしまいました。

 ですがおもしろいからと言って、書き出せるはずはなく、その前史がありました。24歳ころに『夜麻登志宇流波斯』という、今から思うととても小難しい長編小説を作りました。これはミステリではなくて、なんというか実験的な気むずかしいものでした。それは30歳ころに縁あって刊行されました。
 さりながら手元には一冊しか残っておりません。国立国会図書館には納本されたので、残っているかも知れませんが。

 さらにその前史はというと。もう、覚えておりません。もともと科学少年でしたから、考えてみると人生は不思議な紆余曲折を経るものだと思うところです。小学校の頃には、上皿天秤で薬品を量り、ビーカーに入れて攪拌し、出来合をながめていた、化学少年でもあったのですから。

肝心の『犬王舞う』の内容
 これはですね。やはりネタバレになりますから黙っておきます。ひごろ、よそさまの作品をあっけなくネタバレ話して、ひんしゅくをかう私でも、さすがに自作となると、恥ずかしくてなにも言えなくなってしまいます。
 いつぞや、ミステリ好きの人達の中で、何の気無しに、某有名著名な作品の結末を、ぽろっと話したところ、座が一瞬零下・絶対温度に下がったことがありました。眼前の方が丁度、読むところだったようなのです。
 もちろん、軽蔑の嵐、ふくろだたきにあいました。

 ところで~。
 つまりこの『犬王舞う』は、二十歳半ばの聡明で異能を秘めた若き小泉佐保、大学図書館司書の冒険譚なのです。
 昔のアメリカ映画を見ますと、往時の女性司書という仕事は、尼さんと同じ、一種の世捨て人扱いされていたようです。どういう意味で世捨て人かというと、往時の感覚では、女性司書は修道尼と同じ、結婚なさらない方が多かったらしく、一種変わったタイプとして描かれていたのですね。

 さて現代の図書館司書はどうなんでしょう。
 よくわかりません。
 わからないながらもそう言った、司書という職業に関係した、まるで起こりそうな「事件」をもとに書いてみたつもりです。
 もちろん、現役司書の目に触れると、ネタバレふくろだたきどころじゃないかもしれませんが、まあ「小説」というかフィクションとは、そう言う物だと割り切りましょう。

【小説関連サイト】の説明
 この四月上旬からいくつかのblogを開設しました。わかりにくいところもあるので、解説いたします。
 どのblogのサイドバーリストにもあげた【小説関連サイト】のことです。
   (ただし、「携帯&PC」からはauone社の方針に従って、リンクを設定しておりません。)

  000 MuBlog
  001 連載中・携帯&PC
  010 犬王舞う/浅茅原竹毘古
  020 蛇神祭祀/浅茅原竹毘古

・001 連載中・携帯&PC
 これは第二作『蛇神祭祀』(はむかみ・さいし)を四月上旬から新規に、毎週、火木土日、連載していきます。
   (このblogの底にある古い記事は『犬王舞う』です。)
 特徴は、携帯電話で読めることです。もちろんPCでも読むことが出来ます。
 さらに、一番新しいものが読めることです。
 通勤の友にどうぞ。

・010 犬王舞う/浅茅原竹毘古
 これは、『犬王舞う』定稿2006の保存版です。
 まとめてお読み下さい。

・020 蛇神祭祀/浅茅原竹毘古
 これは、「001 連載中・携帯&PC」に掲載した連載分を、節単位でまとめて、累積保存している所です。
 今秋には、このblogが『蛇神祭祀』定稿2006になる予定です。
 目次も整えていきますから、一週間に一回程度、御覧ください。

今後の予定
 この四月(2006)上旬から『蛇神祭祀』(はむかみ・さいし)を掲載し、初秋にはなんとか完成させるつもりです。
 そのあとは、年末年始にかけて、佐保の冒険、その3「巨石の森」を連載開始予定しております。
 そのあとは~、まあ佐保冒険シリーズでは、その4、その5、まで考えておりますがぁ。
 どうなんでしょうね(笑)。
 どうぞ、MuBlog同様、おひきたてくださいませ。

メルアドレス<小説関連>
 ご用の方は、プロフィールに記したアドレスをお使い下さい。
 
    平成18年4月1(土)
    浅茅原竹毘古(Mu) 識

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