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2006年3月27日 (月)

北方謙三『水滸伝』十九「旌旗の章」 最終巻

承前

 最終巻を読了した。昨年秋に18巻感想を掲載して、いままで何をしていたのか。じっくり心中の熟成を待っていた。
 三月初めに、京都河原町に開店したBALジュンク堂で、記念に19・最終巻を買った。あわせて、『北方水滸伝読本:替天行道(たいてんぎょうどう)/北方謙三編著』も手にした。

弔旗(ちょうき)、はるかなり。
風は蕭(しょう)として、湖水寒し。
されど替天の旗、心に永遠(とわ)なり。

禁軍総帥・童貫
 この巻は最終巻として、18巻の続きである。禁軍総帥(きんぐん・そうすい)の童貫元帥(どうかん・げんすい)の戦振りは衰えない。歩兵の愚直な押しと、騎兵の先先先読みした変化(へんげ)によって、梁山泊(りょうざんぱく)が負けに負け続ける様子が描かれていた。単行本二冊を使って、延々と戦を描き続ける作者の力量を、いま褒めたたえる要はないと思った。ひたすら梁山泊がじりじりと、後退していく。朝も昼も、そして常識を破って夜も、一歩一歩禁軍元帥・童貫は兵を進める。
 遂に湖上に数百艘の宋・水軍が姿を現したとき、梁山泊の崩壊は必至となり上陸阻止は絶望的、後は梁山泊・聚義庁(しゅうぎちょう)が炎上するのを見るばかりになった。それでも野戦にこだわる童貫は兵を引かず、じりじりと押し続ける。自らは最後まで騎馬で、楊令、史進、呼延灼(こえんしゃく)と戦う。とどまらない兵のにじり寄り、この圧力が全編にあった。やはり、前代未聞というか、異様な作品だった。

 私は梁山泊の負け戦に涙するまえに、この、宋軍の総帥童貫の気力になすすべなく意気消沈しつつ、後半にまで至った。こういう戦をする人を北方が造り出したという驚きはもちろんあったが、童貫が眼前にいるように場面が浮かび、幾度となく楊令の機敏さに馬足を折る危地にありながらも、それでも瞑想し歯を食いしばり絶え間なく押し続ける気力に、鬼人を見た。鬼神ではなく、胆力気力を持った鬼に近い、それでも生身の元帥の姿をだった。こういう人がもしおったなら、怖ろしいと冷や汗が出続けた。

楊令の弔旗
 だが。末尾に来たとき、一転した。童貫が破れたのではない。もちろん梁山泊が墜ちたのだ。しかし、その墜ちようがよかった。視界が一度に開けた思いがした。湖上に鐘が鳴り響き、全軍撤退の合図が宋江(そうこう)から出された。すでに婦女子、子供は南方に疎開している。文民を含む非戦闘員、そして残った上級将校らが、一斉に梁山泊を出た。
 ただ一人、楊令が岩場を登り、宋軍に満ちた梁山泊に入る。何をしに、そしてどうなるのか。楊令は、血を吸った吹毛剣(すいもうけん)を古き替天行道の旗でぬぐい、これを弔旗として懐に収めた。

北方水滸伝
 冒頭にあげた読本を読んでいて、私はこの作品が明確に北方謙三のオリジナルであるとわかった。翻訳でも翻案でもなく、日本の作家が作った中国宋時代を素材にした、新たな物語なのだ。この間、私は中国製の水滸伝DVDを延々と見続けていたのだが、似たような名前の人物が次々に登場してはくるのだが、それは別の世界の話だった。
 北方謙三は、もともとある水滸伝を一旦解体した、と述べていた。読了して、まさしくそうだと思った。最後の最後まで、宋江の扱いが、地動説と天動説の違いくらいに別のものだった。また一体、どこの世界に禁軍総帥童貫がこれほどの人物として存在しえたであろうか。どこかで見聞きした童貫は、宦官の実力者ではあったが、こんな戦をする人ではなく、政治家だった。楊家の楊志に、楊令などという子息がいたとは、聞いたこともない。まして、CIAやKGBですらたじろぐような青蓮寺とか、あるいは経済基盤・闇塩の道、全国通信網・飛脚制度、どこにも聞いたことがない。
 しかし、北方水滸伝は前記事末尾メモでも述べたが、五つの基盤を持つ梁山泊を描ききった。まったく、新しい物語だったのだ。

 読んでおいて良かった、と思った。
 北方水滸伝、全19巻、ここに完。
 実によい終わりだった。そして、また楊令の物語が新たに始まった。 

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コメント

すごいですね。
これからもがんばってください。

投稿: BENELOP | 2006年3月27日 (月) 18時35分

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