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2006年2月 8日 (水)

常照皇寺(ビデオ)

承前[MuBlog:常照皇寺]
常照皇寺(京都市右京区京北井戸町)地図

 以前の記事で「常照皇寺」の地名は北桑田郡・京北町でしたが、今度みましたら、京都市右京区京北井戸町になっておりました。
 昨年全国的に大幅な市町村合併があって、地名がそこら中で変わっています。数日前の新聞では高速道路の標識が古いままで、怒りの声がありましたが、しかし、Muなど高速道路を走るときはセンサーが車の操作に向かっていますから、視界にはいる標識文字が見慣れぬものだと、かえって混乱をきたしそうです。たとえば滋賀県の八日市市が、一市六町の合併で「東近江市」になったらしいのですが、名神高速道路を走っている最中には、そんな新しい市名を見ると翻訳機能が壊れるかも知れない。
 それにしても京都市右京区といえば、Muが幼児期から大学卒業まで住んだところ、そして今の職場のある区。それが、地図でみればわかるとおり、京都市内から遠く20キロの北まで右京区になって、どうにも心中収拾がつきません。やがて、慣れるのでしょうか。

常照皇寺の本堂
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ビデオ:本堂 (1MB WMV形式)
 以前の写真では桜を一枚写した程度だったが、今回は常照皇寺の結構を記録しておきたい。何度か行っているので覚束ないが、これは2002年の4月ころの撮影のはずだ。
 このビデオで印象が深いのは、光厳天皇がお住まいになったこの禅寺では、仏様が天井に近い、視線よりも上にお住まいの様子である。そうして、随分寒い山国なのに、「広い」というか開放感がある。もちろん、天竜寺などの大きい寺の本堂が広々としているのは普通の体験なのだが、こうした山奥の小さな寺がこれほど内部に開放的空間を包み込んでいたということに、驚いたのである。
 四十年も昔に初めて訪れたときの記憶では、やっとのことで桜を「お参り」した程度で、上にあがることはできなかった。

常照皇寺の渡り廊下と庭
JyoSyoKoJi-3
ビデオ:渡り廊下(2MB WMV形式)
 以前から平安時代の寝殿造の、庭と池があって、渡り廊下のある建築物は好ましく思ってきた。源氏物語に描かれた「六条院」 は、春夏秋冬の四町構成で四季の庭があり、春町は紫上、夏町は花散里 、秋町は秋好中宮、そして冬町 には明石君が住んでいたという。豪華なものである。[MuBlog:源氏物語ミュージアム

 で、この常照皇寺は和風というよりも禅風で、禅の趣味が濃厚なのだから、寝殿造とは別の世界のはずだ。だが、大きな渡り廊下を歩き眺めていると、いつのまにか同質のものを味わっていた。つまり、渡るという経過の中に、山や岩や滝や清水をふんだんにつかって、自然を区切ると言うよりも、その中にいるような気持にさせてしまう。竜安寺石庭とは異なった物だろう。こういう工夫が南北両朝にぎやかな室町時代のものなのか、あるいは後世江戸期の改修なのか、そこまでは知らない。しかし、光厳(こうごん)天皇の生涯を瞥見してみると、なんとなく北朝初代天皇、後に禅に出家した彼の気持のあらわれのように想像した。

九重桜
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ビデオ:九重桜(1.6MB WMV形式)
 今は二月、桜の季節でもないが、事のついでに録しておいた。
 最初の方の画面で、右に石柱があって「九重櫻」と読めるだろうか。
 また、左にある坊は、これは禅寺特有の、修行するところ、座禅を組んで肩や背中をぶたれるわけだ。内部は、土足で入るようになっていて、和風とはまったく異質だった。

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コメント

当時はヴィッツではなくマリノでしたね

 前回2004年の記事を見ると連れて行って貰ったのは1999年でしたか。
もうすぐ7年になるではありませんか。
まことに素晴らしいお寺さんだという印象が残っております。
吹きっさらしの山寺という感じもしましたが禅寺風と言われるとその通りですね。

 ところが一方では枝垂れ桜、300年とも400年とも言われるあの桜たちのせいか全体としては女性的な印象の方が強いのです。
この記事で、渡り廊下、寝殿作り(風)とあって、なるほどそれで一種の(雅び)を感じたのかなあ、などと当時をリフレインしましたです。

 周山街道をうねうねと登って、都の喧騒が届かない山里にたどり着くとそこには静寂と小鳥たちの声と小川のせせらぎの音があるばかりでした。
京北町の当たり・・・隠れ家が欲しいなあと思いましたね。

(そうだ、京都 行こう。)のコピーを思い出します。

投稿: ふうてん | 2006年2月 8日 (水) 17時37分

ふうてんさん、2006年2月 8日 午後 05時37分

 もう七年ですか。本気で、昨年くらいの記憶です。前後関係が混乱しますね。
 記憶は、時間軸上で整理されているわけではないということを、どっかで読みました。

 さて。ふうてんさんは、名所旧跡ではないところがお好きなわけですが、そういう意味で、ここは旧跡ではありますが、金閣寺のような、観光名所とはいいがたいですね。
 行き帰りだけで疲れるです。

 と、そういう鄙にもあれこれあるというのが、おもしろいところです。Muなんかは、主に図書や雑誌の古い記事で見つけて、カメラ担いでいくわけですが、ふうてんさんだと、なんとなく、とことこ歩いていたら、なにかあったという雰囲気ですよ。一体、どっちが理系なのかわからんことがよくあります。

 そうだ、京都 行こう
 関西は、それなりにまだまだMuも行きたいところが多いです。「功名が辻」とは、違ったところで、滋賀は良いところたくさんあります。

 京都は、もう少し歴史を勉強しないと、おや?と思う物陰におもろいものが横たわっている町ですから、ね。町の中にとけこんでいるというか、知らない者は気合いいれないと、見つからない。
 瘋癲さんの特殊能力だと、無心でみつけることでしょう(笑)

 そうだ、京都 来なされ、足腰動く間に
 RSが待っています

投稿: Mu→ふうてん | 2006年2月 8日 (水) 18時20分

こんにちは。
もう体調の方は、すっかり回復されたんでしょうか。

この常照皇寺は、以前に書かれた記事が、強く印象に残っておりました。ビデオを拝見して、落ち着いたいいお寺だなあ、とますます思いました。

以前の記事では、白州正子『かくれ里』が気になったんです。記事を読んだ後、本屋で白州正子『西行』を買って読みまして、実家近くの(法金剛院の庭)や(吉野の桜)などが、とっても見に行きたくなりました。(まだ果たせずにいますが。)

お寺にせよ、本にせよ、なかなか(求める心)がなければ、いいものには出会えませんね。

投稿: wd | 2006年2月 9日 (木) 16時00分

wdさん、2006年2月 9日 午後 04時00分

 心身、現在は順調です。こういう連続したblogを手がけていますと、隠そうとしても、休載が続いたり、仮病をつかおうとしても、元気な記事が載ったりで、なかなかに、いいような悪いようなです。

 常照皇寺は、遠いところですから、バスでも自家用車でも、多分市内からは、片道1時間かかりますね。
 私は自動車狂いのところもあって、わけもなく突然、突発的に1日くらい走りに走ることがあるので、この寺もすぐ近所という感じがします。

 さて。求める心ですが、たしかにそうですね。私は大体長時間同じ所を念じています。そして、ある日、突然走り出す。半年、一年はざらですね。今は、明日香と吉野の中間あたりを念じております。そのうち、飛ぶはず。その前に、木津あたりの古墳、……。我ながら、気むずかしいMuです。どこへ行くかさえ、内面で何人ものMuが論議を重ねております(笑)

 常には葛野研にしか行かないので、木幡葛野の往還円環を打ち破るのは、まれなことです。

 ついでといってはなんですが、平城宮跡のお祭り記事はなかなか気に入っております。そのうち、コメントさせていただきます。

投稿: Mu→wd | 2006年2月 9日 (木) 16時56分

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