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2006年2月23日 (木)

おだやかな2月

 今年の二月は例年にくらべて少し穏やかだ。
 あまり出歩かないのと、試験採点のしわ寄せが二月にかぶらなかったせいだろう。前者はべつにして、後者については毎年一月は採点地獄がかさなって、他に重要な案件がすべて二月にまわってしまう。それで大抵この月は目や肩をこわして、鬱々と忙しい2月、3月になってしまう。

 一定部分の授業の課題締切をずらしたり、年末のうちに年明けの仕事をこなしたりすることで、こうしたうららかな研究時間を確保できることがわかった。2002年末~2003年もそうしたのだが、このときは、年末に一週間海外へ共同研究のお供で出むき、2003年2月には「森博嗣講演会」を催した。事前に千数百名の来客がわかり、当日会場が人で満ちあふれ、そんなイベントがあったので、今年のようなうららかさとはほど遠かった。

 相変わらずひきもきらない会議はあるのだが、一応文系の大学のせいか、早朝からの重要会議はめったにない。だから、私のように朝の五時ころから十時ころまでのあいだに、大切な仕事をすませてしまう者には、まずまず校務もコンスタントな呼吸と心得る時期でもある。と、余裕をもらしているのは、日頃できない研究を数時間でも毎日できる状態にいるからであって、これが授業時期だと、内心「なんで、こんなに忙しい!」と、怒鳴り散らしている(笑)。

 一方学生達はどうかというと、司書関係の倶楽部員しか動向はわからないが、三月卒業の人達は、すでに就職先へ行っている人が多い。時間が空いたときは、ぼんやりしたり、卒業旅行を楽しんでいるようだ。私は当時、友達あわせて三人でボロ車にのって九州まで出かけていた。これは懐かしくて思い出すと涙こぼるる思いがするが、二度ととりもどせない時期のことだから、タイムマシンがないかぎり、深く想起するのは諦めよう。
 ~、いま鳥取、出雲大社、萩、関門トンネルや太宰府や、長崎や阿蘇や別府を、トヨタ・パブリカ1000ccに布団を載せて走ったイメージが強烈にわき上がったが、これは後日。そう言えば宿に泊まったのは一回、あとは全部野宿~、止めておこう、この話(笑)、長くなる。

 今度倶楽部中枢になる新四年生はほぼ全員、躁というか鬱というか、就職活動に走り回ったり、あるいは就活サイトを眼前にして終日ぼんやりしているらしい。かくいう私は、その人達に「はれものをさわるような」態度で接しもするが、ときどきかんしゃくを起こしてしまう。なにに怒っているのかは、詳細は省くが、要するに「人間の一生は流転、有為転変あり、自分の思うようにはいかない。人事をつくしたなら、待つ。そして、人事はここ数ヶ月つくしただけでは、なんもならん。人事を尽くすとは、日々の事なり」という趣旨を、伝えようとして、ずっこけて、伝えきれない苛立ちに、かんしゃくを起こしているわけである。「いまさら、うろたえるな」が胸中にある。しかしそれは言えない(もう、言っている(笑))

 新三年生の人達は、なんとなく帰省したり、アルバイトに精を出したり、普通の学生生活のようだ。

 というわけで、日々の私は穏やかに木幡と葛野の往還を繰り返している。とはいうものの自由気ままに研究時間を使えるのではなくて、断片的に会議がはいり、約束事がはいり、そうして宿題がはいる。宿題の多くは、委員長として、委員として半ダースほどの会議のために、あれこれ「答」らしいものをあみ出すというか、ひねり出すわけである。課題の統一目標は、「大学を活性化し、沢山の若者に充実してもらいたい」につきる。これは、実は解答不能に近いことなのだが(笑)、まあ仕方なかろう。人生とはそういうものだ。

 さても、分厚い関係図書を一ダースほど精読しなければならない。私の研究は情報学のような文学批評のような歴史のような、かつ工学のような、えもいえない複合体なので、扱いに苦慮する。たとえば文系の面からいうと、図書を辞書的に情報断片として読んでばかりもいられない。一冊の専門図書を読み切るには、よむだけで数週間かかる。一方、プログラミングシステムが動くようになるには、一時間だったり数週間だったり、翌年だったりと、なんとも天佑を待つ日々。別に付帯する作業そのものは延々と細かな手作業を何ヶ月もやって、やっとひとまとまりの仕事が完了する。
 一こま90分の授業を終えたら、責務完了という世界とは異なる面がありすぎる。熱中すると寝ても覚めてもとなる。熱中期間が一定時間ないままに発表すると、あとで自分自身の、強烈な自己嫌悪に襲われる。……

 だんだん愚痴ぽくなってきたので今日はこれまで。
 さて。

追伸
 別研究として、PowerMacG5でギンギンにビデオ編集する大仕事がなかなか進まない。苛立つなぁ。うまいもんでもたべて昼寝しましょう。
 最近通勤時、NHKのTV音声だけを聞いていた。山田風太郎さんの作品と人生と死生観がテーマだった。「人生には目的も意義もない」それを悟った人が山田さんらしい。じゃ、なぜ、……。そのあとのことは、山田風太郎さんの忍者物、九の一作品を全部読めばわかるじゃろう。解説の人は、バルザックと同じく山田風太郎さんは世界文学だとおっしゃった。たしかに、風太郎さんの「明治物」にはその趣があった。

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