呪われし者の女王/アン・ライス
承前[MuBlog:ヴァンパイア・レスタト]
呪われし者の女王
今回は、以前の主役だったヴァンパイア・レスタトの役割が説明しがたいところがあった。先回の結末は、最高のロックスターとして復活したレスタトに向かって、世界中のヴァンパイアが憎悪と憧憬を持って米国サンフランシスコへ集まったわけだが。
憎悪は嫉妬と怒りだった。輝くような不死を持ったレスタトへの嫉妬。そして怒りは、呪われし者達=ヴァンパイアの秘密をすべてさらけ出し、ステージに身をさらし歌い踊り狂う、はた迷惑な危険性。ヴァンパイアは人類に狩られ滅亡してしまうという恐怖。
憧憬は、それらの逆転置した感情の嵐だった。
『ヴァンパイア・レスタト』は、レスタトが数万の観客を魅了している真っ直中に、ヴァンパイア全体の「母」、女王アカシャが突然襲いかかり、レスタト達が這々の体で危機を脱出したところで終わった、そんな風に記憶していたのだが。
扶桑社の文庫は上下二冊で、1995年のものだった。原作は、c1988版で随分昔の本とも言える。しかし、ヴァンパイア・クロニクルズ・シリーズの第一作「夜明けのヴァンパイア」は1976年原作だから、本当にこのシリーズは息が長い。
三作目にあたる本書は、序章と、第一部~五部に目次が設定してあり、「主人公がだれなのか悩む」とMuが言ったのは、レスタトは序章と、第三部で大きく取り上げられはするが、読者Muの目は、女王アカシャ、そして後半にその姿が大きくなってくる魔女「マハレ」、この二人に吸い寄せられてしまう。
アカシャはほぼ六千年ぶりに目覚めたとたん、人類の半分を滅亡させる無謀な計画を実行しだし、その助手をレスタトに強要する。レスタトが、不承不承女王の意にそったのは、アカシャの絶大な力の前に、反抗出来なかったからである。アカシャは、念じるだけで、ヴァンパイアも、人も、枯れ木のように爆発的に燃え上がらせてしまう力をもつ。一種のテレポーテーション能力によって、空間を瞬時に移動し、空を飛ぶ。
なぜ、モンスターのようなアカシャが目覚めたのか。原因は、前作によると、レスタトのたわいない好奇心からだった。
何故、母と言われるものが子孫のヴァンパイアを紙くずのように燃やし、なぜ女王は人類の半分を殲滅しようとするのか。何故、何故と謎が深まる。
さて見どころ読みどころはというと。
クロニクルズというだけあって、遠く六千年の昔、エジプトとメソポタミア文明の原初の時代から、現代にいたるヴァンパイアの歴史が解かれている。これは前作で「マリウス」が体験したよりも、さらにさかのぼり、女王アカシャの誕生の秘密、ヴァンパイア誕生の秘密までたどり着く。アカシャはメソポタミア文明、ウル王朝の姫君だったことまでが分かる。
女王アカシャがなんらかの理由で六千年眠っている間、それに拮抗する魔女マハレの一族は、遺伝子学「イブの末裔」で有名な女系遺伝子(Mu註:物語にはなかったが、これはミトコンドリアDNAであろう)の系譜を何百世代も保ち、世界を覆っている。
このバランス、この拮抗を描くところが、なんとも深遠な人類史のアンダーグラウンド、暗黒世界を見るようで興がつのった。
もう一つは、レスタトやレスタトの母ガブリエルのヴァンパイアスタイルにしても、何人もの「歳を経たヴァンパイア」を描き分けるにしても、家具調度品、屋敷を描くにしても、ライスの筆致は何重にも重なり合い、知らず知らずのうちにその堅固な世界に溶け込んでしまう。その雰囲気が全編ゴシックの女王と作者ライスが呼ばれるように、名状しがたい、抜け出せない世界である。これは、ライスならではのものと断言する。前作では深ヨーロッパ薄明の時代を描くに力があったが、今作は、現代そして古代エジプトを「ゴシック」で描ききった。これは不思議なハーモニーを奏でていた。
そう言うわけで、読み終わってしばらくは、ぼんやりしてしまった平成18年の正月だった(笑)。
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