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2005.12.04

大瓶猩々(たいへいしょうじょう)の葛野達

承前

河村能舞台(京都市上京区柳図子町)地図

大瓶猩々

大瓶猩々
 先月の23祝日の午後、葛野で一仕事終えていそいそと電車に乗った。久しぶりの観能だった。
 河村能舞台には数年前にも来たことがある。学生能に縁があってのことだ。今回は格別に、Muの顧問をする葛野図書倶楽部2001隊員が3名も出演していた。まるで図書倶楽部が裏・能楽部のようなものだ。2005年の総合技師長、一番隊長、三番隊員と総出である。行かないと、……(笑)。

 到着するとすぐにあでやかなM先生のご挨拶をうけた。我が隊員たちは毎週M先生の指導を受けている。とはいうものの、門外漢のMuとしては、そういう方に挨拶されると、まことに途方にくれる。芸能神事にはすぐにトランス状態に入る資質は充分あるが、雰囲気に幻惑されるのであって、中身が分かってのことではない。

 大瓶猩々(たいへい・しょうじょう)という演目だった。これは能が始まる前に、河村先生(M先生の御兄上)が舞台に座って解説をしてくださった。話の内容は、中国の孝行息子が酒好きの猩々(オランウータンではなく中国伝説の動物)と仲良くなって、汲めども尽きぬ酒瓶(壷)をもらったとか、そういうことだった。なんとなく養老の滝のような話である。

 河村先生のお話では、催し物の最後を飾る目出度い能で、しかも大瓶猩々は滅多に催されない秘曲とのこと。あとで事典を見てみると、『猩々』という曲目は流派によって違いがあり、観世流のものが「大瓶猩々」と言って、珍しいもののようだ。

 この河村先生の解説があったので、Muは実に自然に入り込めた。なんというか、聞き取れない謡曲、見とれない所作が事前にわかっていると、舞台の動きにじっくり見入ることが出来たのだ。歌舞伎じゃないから、見栄をきるとは言わぬだろうが、決めの所作ごとに、Muはニンマリ笑った。いや、能というのは少しでも分かると、その様式は確実にすっと身内にはまりこんでくるものだ。

 たとえば、大壷の蓋をとって下にすとんと置いた所作。こういうなにげないところにMuは感動したのだった(笑)。微妙に斜めに上手に立てかけるのが実に味わい深い。また、杓を大猩々が頭上で回転させるところなど、この派手さといったらない。それにしても、我らが倶楽部・総合技師長が演じるシテの衣装。きんきらきんに真っ赤。もともと技師長は大柄だから、なおのこと衣裳映えがあった。

 後で何人かに聞くと、演能の最中に、「あれ、Mu先生がおられる」とか余裕の目で、見ていたとのこと。当方は、隠れてみていたつもりだったのに、これからは注意しよう。

後刻談
 当日、帰りに一緒になったのは、2005年の局長、副長、書記局上級顧問、経理局長、三番隊長の5名だった。四条烏丸の地下で軽く夕食をとった。そのあと、局長と三番隊長が野暮用でぬけて、残りはMuともどもスタバに行った。よい祝日だった。翌朝小説葛野記の筆も踊った。

追伸
 小声ながら「幽玄だけが能じゃない」と、思った。

再伸
 hisakiさんから丁寧なコメントをいただいたので、現在の関西での学生能の現状を知るためにも、プログラムの一部を転記し、メモとして残します。最後に演じられた、観世流・河村青嵐会の指導による光華女子学園能楽部「大瓶猩々」の部分です。河村晴久先生と真東美也子先生が、京都光華女子大学で毎週指導にあたっておられるようです。

 平成17年 学園能 11月23日(祝・水)、
 河村能舞台(地下鉄今出川駅出口2ヨリ北へ150米)
 ~
 4:40 能について 河村晴久
 5:00 大瓶猩々
     ツレ 大原あずさ(光)
     ツレ 赤枝志保(光)
     ツレ 山根麻衣子(光)
     ツレ 赤埴未奈(光)
   シテ 林鈴美(光)
   ワキ 原大

   大鼓 谷口有辞  大鼓 上田慎也
   小鼓 伊吹吉博  笛   光田洋一
 ~

 参加した関係諸団体は以下です
  光華女子学園能楽部
  大阪女子大学観世流能楽部
  京都府立大学能楽部
  大阪府立大学能楽部
  河村青嵐会 指導 河村晴久

  大谷大学能楽部
  河村青嵐会 指導 河村晴道

  後援 河村青嵐会 河村晴夫    

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コメント

学生能の会だったんでしょうか。それにしても、学生さんが能を舞われるって凄いです。

以前は、教育テレビで「能」をよく観れましたが、最近、滅多に放映されません。能は、一部の人たちの芸能になってきたようです。

猩々を「大瓶猩々」と言うんですか。知りませんでした。
猩々は、謡の中では一番短いですが、謡いの基本が、この中に全て網羅されていると教えられました。

このBlogを読んで、細々と謡を習い、風呂の中で発表して、一人悦にいっている私も、なんだか能に接したような気分になりました。

名前: hisaki | 2005年12月 4日 午前 10時57分

hisakiさん、 2005年12月 4日 午前 10時57分
 そうでした、hisakiさんは謡をなさっておられました。
 それで、本文に今から当日の詳細なプログラムを追加しておきます。
 関西では学生による能がさかんです。河村社中の方々が戦後、随分長きにわたり、支えているようです。

 それから『猩々』ですが、観世流では「大瓶猩々」に特色があると聞いた程度で詳細はしらべないとわかりません(笑)。つまり『猩々』と「大瓶猩々」は、別の作品で、後者は観世流でもあまり催さないようです。だから、Muは当日珍しい能を見たことになるわけですね。
 流派毎にことなるようですね。宝生流には「七人猩々」があるとのことです。

名前: Mu→hisaki | 2005年12月 4日 午後 12時43分

すみません。観世流続百番集に「大瓶猩々」載っていました。全く別のものでした。それでも、内容は同じで、登場する猩々が大勢のようです。酌めども酌めども酒が減らない「瓶」を貰った話しで、本当にめでたい話しです。現代では、使えども使えども減らない「財布」を貰ったような話しのようです。

お蔭様で賢くなりました。

名前: hisaki | 2005年12月 4日 午後 06時43分

hisakiさん、2005年12月 4日 午後 06時43分

 Muもhisakiさんのお話を伺って、少し賢くなりました。
 
 そういう「財布」があると、いや実に、人生が明るくなりますね。隠しておきましょう。

 Muなんかは、車好きですので、走れども走れども、減らないガソリンタンクとか(最近ガソリンの値上がりが激しいです。100円→130円以上)

 撮っても撮っても取り尽くせないメモリーとか電池。

 使っても使っても減らない電車カード(関西の、阪急ラガールカードとか、京阪Kカードですよ)

 多くは無尽の財布でまかなえますが、気持の問題ですね。

 ああ、そうでした。お能の演目話ですね。これは自信がないので、勉強したらまた別の記事でも、将来~に。

名前: Mu→hisaki | 2005年12月 4日 午後 06時56分

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