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2005年10月27日 (木)

天井眺めてぼんやり

 事情で一昨日(火曜日)の夜から、伏せている。とりたてて病弱ではないのだが、時々そうなる。
 痛みを伴うので、鎮痛剤を定量決めて飲んでいるが、ぼんやりしてくる。
 これで三日目だが、明日も明後日もぼんやりしていることだろう。

 人間の心も身体も、「時」がかかる。
 今回のことは、まあいつものことで、ここ40年間くらい同居しているようなものだ。
 急激に、襲撃され、やがて一週間か十日で忘れてしまう。

 心はそれほど気安く忘れはしない。40年、30年、一年、二年、良いこと嫌なこと、思い出して噛みしめている。だから、ぼんやりも、どこまでぼんやりなのか、イメージの奔流におぼれかけているのかは、外からは見えない。雰囲気としてぼんやりしてしまう。

 ただ、よくしたもので、痛みが消えていくことが、まるで黄金の日々に住まうような趣をみせてくれる。空気のありがたみをつい忘れるのとおなじく、日々の平穏をつい等閑視してしまうのが、人なのだろう。

 と言うわけで、数日間、一週間近く横臥しているのも悪くはない。動けなくなるのだからこれほど確かな強制休暇はない。

 さて、また横になろう。天井をみあげて、ぼんやり。
 多分、ずっと先のこと、ずっとぼんやりする日が続くのだろうと、予感する。よいのかわるいのか。ちょっと、退屈するかもしれない。

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小説木幡記」カテゴリの記事

コメント

病者の光学

 若い頃にそういう言葉を聴いた覚えがあります。
トルストイだったのかドストエフスキーだったのか他の人だったのか。
ようは、病人の方が普通の人より物事が見える、という話でした。
なんで?と引っ掛かるものがあり印象に残りました。

(ただ、よくしたもので、痛みが消えていくことが、まるで黄金の日々に住まうような趣をみせてくれる。)

 これですよ。
人間て、鈍感やから一定の速度になると感じないのですね。
大体地球の回転速度はものすごいスピードですよね。
そのスピードで回転しながら我々はち~とも知りません。

 でも(加速度)は人間誰でも感じるんです。
文系の人に解説しますと、(加速度)というのは速度の変化なのですね。
等速で動いているのじゃなく、速くなったとか遅くなったとか。
その(速度の変化)は人間敏感に感じます。

 病から回復する時、それは加速度がプラスなのですね。
いつもの平均の速度よりも速く感じる。
真っ逆様に真っ暗闇に突き落とされたあと、そういう上昇の気配がやってくる。
病から回復するとき、そういうドラマが必ず用意されています。
もしそうだとするとMuさんは時速300キロでアウトバーンを走り始めるのかもしれません。

 おお怖(コワ)。

投稿: ふうてん | 2005年10月28日 (金) 02時09分

ふうてんさん、2005年10月28日 午前 02時09分

「加速度がプラス」
 この加速度の+-で、多くのことが理解できそうです。すっきり。

 博打や仕事で(博打と仕事を同視する人、おおいですね、笑)、負けがこんでくる、じり貧、この時、辛いですよね。底打ちすると、ちょっと気楽、安心する、赤貧洗うがごとしと言うてるときはまだ、貧のマイナス加速。……

 ああ、思い出しました。昔の剣聖に、上泉信綱(1508~1577)でしたか、新陰流の祖ですが。どこかで書きましたが、「沈みてこそ、浮かぶ瀬もあり」といいなすったそうな。この浮かぶときのプラス加速度が、剣にうちかつ秘伝なんかなぁ。

 病は、一瞬、機能が停止しますし、鎮痛剤なんかで脳もうすらぼんやりしますから、これは一種の底打ちですな。あとは、浮かぶしかない。(浮かばなかったら、大変だにぃ)

 ぼんやりしているときの、記憶をちょっとメモ。
1.ああ京都、おお飛鳥、ヤマトハクニノマホロバ、の心ですね。法隆寺は、行かないとだめや。と、……
2.もっと読書しないと、時間切れ。ちゅう、思いですな。そうそう、横臥してても、脳を動かすと、悪化しますし、脳がかすんでるもんね。
3.攻撃性が押さえ込まれますね。ということは、寝込む直前まで、心理的に刀をふりまわしていたのかも、しれない(笑)

 ともかく。日常では考えない、様々なイメージの奔流と、そして黄昏れみたいなぼんやり像とが交互に繰り返します。

 さっき、朝食のあと、鎮痛剤を飲みました。そろそろぼやけてきましたで。

投稿: Mu→ふうてん | 2005年10月28日 (金) 07時32分

旦那大丈夫ですか?

又、日頃の無理がたたったんとちゃいますか?もう、歳やねんから、無理は禁物ですよ。

毎日の激務ぶりを拝察しているんですが、働き過ぎダス。もっと、ノンビリされた方がいいですよ。

病気になると、天井のシミが気になる気持ちは判ります。我が家の寝室の天井の蛍光灯の中には、何と、馬鹿な紛れ込んだ”ゴキブリ”が死んでいるんです。

毎晩、その馬鹿なゴキブリを眺めながら床についているんです。天井を見上げると、そいつが何時もいるんですね。

早く、ご回復されるのをお待ち申し上げています。

投稿: jo | 2005年10月28日 (金) 15時26分

 Joさん!その馬鹿なゴキブリは、はよ取り除かなあかんです。
 蛍光灯のふたを取ったら、おしまいのことじゃないですかぁ。ホンマに病気になったら、どうするんですか。ゴキブリ眺めながら、ぼんやりするなんて、あまりにもわびしすぎます。

 そういう連想をさせるMuさんも、ひどいですよねぇ。

 Muさんは、とにかく働きすぎ。ほんとにみんなを心配させるお方ですねぇ。

 bloggerの☆でしょう、Muさんは。
無理せず、お大事になさってください。

投稿: wd | 2005年10月28日 (金) 16時15分

joさん、 2005年10月28日 午後 03時26分

 ゴキブリ亭主の行く末は、天井のゴキブリミイラをながめて、将来を占う。

 さてね。
 忙しくないわけじゃないのですが、世人にくらべて斃れるほどの激務やおまへん。
 暇でも繁忙でも、定期的に襲撃しよって「どや、Muはん、わすれんときな。この痛み」ちゅうて、ほざきよる。

 病友ですなぁ。
 ただ。脳に直結しとるのは間違いない。ものすごメンタルなところある。善悪無駄意義関係なく、脳をとことん使うと、きよります。

 ただね。いわはるように、葛野でも木幡でも12時間程度は、脳を動かしてます。これは同年代の、エリートさん、高位高官のひとなら、20時間程度使うそうやろから、連中に比べるとちょっと、脳が弱いなとおもっちょります。

 ほどほどに8時間程度にするように心つもりはしとるのですが。回転がにぶく手がおそいので、しらんまに残業しよる。木幡で残業って、変な話や。

 にしても、効率がわるい。
 稼ぎでパフォーマンス計測すると、ばかみたいな安値でっせ(笑)

 湯でもはいって、ねます。あほくさい無駄働きやなあ、人生って。

投稿: Mu→Jo | 2005年10月28日 (金) 18時30分

wdさん、2005年10月28日 午後 04時15分
 
 bloggerの☆→★
 ☆やのうて、★でっせ(笑)

 Joさんあてに書いてて思いました。
 働き過ぎって、みんなMuと同じように、週5日やっとりますよ。

 Muなんか6~7時間はねてますよ。
 欠かさず三食、口にしてますよ。
 欠かさず漫画、読んでますよ。

 どう考えても、暇人にみられて当然。
 ただね、同じことするのに、3倍手間暇かかる。

 blogを一編掲載するのに、1時間~3時間かかる。授業すると、へろへろになる。会議でると、くたくたになる。学生面談すると、失神しそうに疲労する(言語、思考の変換作業がものすごい。Muと若い人とは、宇宙人だものね)
 
 ほんまに忙しいのやのうて、手間がかかるちゅうことやね。

 忘れてた:読書も人の3倍かかる。
 
 そのうち、歳を取ればもっと人生に慣れてくることでしょう(失笑)

投稿: Mu→wd | 2005年10月28日 (金) 18時39分

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