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2005年10月 5日 (水)

日出処の天子(5)/山岸凉子

承前

日出処の天子-5/山岸凉子
 この巻は毛人(えみし)の恋愛を中心にそえた、彼の懊悩と、おんな達の嘆きであった。晴天白日のもとで暮らす分には、こういう内容を想像することも難しいから、おんな達よ、おとこ達よ、なにをそんなに思い悩むのだ、好きになったらひっついて、飽きたら離れる、それでよろしやおまへんか、とうそぶくところだが。

 だが、この5巻あたりになると、読むものをして、そうは言っておられない、じつに人と人との結びつきは複雑で精妙で、そうして男女の仲にも、次から次へと難問奇問がわき上がってくることよな、と思わず長嘆息させてしまう「力」がある。
 この「力」とは、現実感。それは作者の力量そのもの。読者は、確固としたその世界にひきずりこまれてしまう。

 なぜ、蘇我の大臣(おおおみ:おとど)の優れた長男が、やせ細るほどに女子のことで悩まねばならぬのか。
 相手は、呪力もいまひとつ冴えないただの小綺麗な若い女にすぎぬではないか。

 逆に一体なんで、フツヒメは毛人(えみし)を好きになったのか、男子のMuにはわからぬではないか。
 話らしい話もせずに、ただ相手が男前で、困窮を助けてくれるなら、それだけで生きるか死ぬかと思うほど、男子を恋いこがれるのかぁ? 単純だな。

 かたやなぜ、人々に慕われ敬われ、他に比べることも出来ない天才、先の天皇の第一子(実は第二子かも)、厩戸王子(うまやどのおうじ)が悩まねばならぬのか。人の心などどうにでも操れる妖しの王子が、なぜ悩む。複雑だなぁ。

 一方転じて 「結婚」という、当時も今も、社会的に認知された男女の結び付きに目がいく巻だった。
 それは現代でも、バツイチであれなんであれ、社会的公認のあるなしで「負け犬」「勝ち犬」(犬じゃなかったか、猫だったか?)と、評価項目にあがるほど根が深い。

 ところがこの巻では、おんな達も、おとこ達も、優れた登場人物に限って、「結婚」という世間体は、なにほどの幸せももたらさない。不幸の結果、そして不幸の始まりが結婚となっている。そういうなにがしかの皮肉が深く描かれていた。

 馬子は息子の毛人にいう。「物部の残党(フツヒメ)を嫁にしても、そいつは一生日陰者だ。一切の公式行事、一切の人の集まる場所には、顔を出せないのだぞ。お前は、別に正妻をもたないと、一生独り者だ」そういう叱責をうける。

 厩戸王子は、権門勢家の、どれほどの美女、すぐれた女に慕われ、何人妃にしようとも、指一本触れることはない。王子にとって、女は「物」でしかない。性の対象でもない、相談相手でもない、子孫を残して宮家を存続させる意思すらない。ここまで極みにいくと、「人」でなくなる。

 厩戸王子も蘇我毛人も、それぞれに深い懊悩にひたり、それぞれが後戻りできないような行動を起こしてしまう。行動の結果、ますますジレンマは深まり、……。
 絵に描いたような(ああ、漫画だから、絵でしたな)、人生の悪手。
 そこまで「マズル」のか、そこまで下手に行動しなくてもよいのに。
 じっとしておればよいのに。

 実は、この巻についてはすでに二週間も前に記事草稿を持っていたのだが、どうにも今朝まで掲載する気力がわかなかった。
 としるせば、Muのように小説、映画、芝居、なんであれ男女の機微に疎く、人の心を解せない唐変木がなんでこの巻、読んだのかと自問他問ありそうだが、そこはそれ他人事、人の懊悩は蜜の味とわりきって、ただ流麗な描画にぐいぐい引きずられ、一気に読み終えた。
 だが、巻をおいてみれば、うむむと、天井を眺めること、二週間。

追伸
 途中、随分なやんできた、この作品の「主人公」。毛人(えみし)かな、と何度も思った。
 しかし、5/7巻、まできて、やはり「厩戸王子」がこの作品の中央に立つ人だと、いまさら確信した。王子の懊悩は、数ヶ月で消え去る男女の「狂」とくらべて、深い、存在に根付いたもののようだ。代替物がなく、解決しがたい。

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