日出処の天子(6)/山岸凉子
1.大王暗殺
この巻は史上有名な「馬子による崇峻天皇暗殺」を扱っている。馬子が東漢直駒(やまとのあやのあたいこま)に命じたというのが定説であろうか。しかし、本巻はそれほど単純ではない。厩戸王子が背景に大きな影となって動く。そして大王側の動きが大伴糠手(ぬかて)の九州からの突然の帰国と合わせて、詳細に描かれる。この暗殺は、どことなく物部を滅ぼした時と似ている。その一点は厩戸王子の見通しに従って蘇我馬子が半ば無意識に動いたという点であろうか。
2.後の左大臣
阿倍内麻呂という男が妙に謎めいている。妹は蘇我毛人(蝦夷)と契っているのだが、内麻呂は遠い後日、最初の左大臣になっている。それは蝦夷の子、入鹿が聖徳太子の一族をほろぼし、さらに逆に中大兄皇子や中臣鎌足に殺された後の時代である。内麻呂は、泊瀬部大王(はつせべ:崇峻)が殺された後の最初の新嘗祭前夜、頁の片隅に「……」という吹き出しだけで登場する。漫画の良さだろう、セリフなしで姿が描かれただけで意味をなす。だが、その意味は正確にはわからない。いわゆる伏線なのだろうか。
3.夏目房之介の解説
白泉社版の本書解説は「異形の相貌」夏目房之介となっている。彼の解説は実によく分かり、山岸の異彩をあぶり出していた。そうなのか、とMuも何度も感嘆した。ただなんとなく綺麗な描写、厩戸王子が流麗に書いてあるなと最後まで読んで、夏目の解説を読むと愕然とする。山岸の絵は、トレーシングペーパーで真似ようとしても真似られないほどに、精緻に描き分けられているという実証。王子一人を表すのに、全編、一つとなく同じ絵はない(と、までは言い切っていないが)と思って間違いではないという話だった。こういうことの出来る漫画作家は、まれなようだ。本当に、それを自分でも確かめ、ああ、そうかと納得した。Muは物語にばかりとらわれてきたが、それを作り出している漫画家としての手並み(スキル)は並大抵のものではなかったようである。
と、最終巻がこころまちなので、本巻はこれくらいにしておく。
追伸
描かれる多くの錯綜した愛の構図は、それぞれに落ち着き、次の波乱の序章となった六巻だった。毛人は望み通り、物部の元巫女と思いを遂げる。さて、しかし、それがどうなるのか、……。
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