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2005年10月31日 (月)

秋、幕間

 今日は、葛野でなんとなく小説葛野記を書くゆとりもなく、あっというまに夕方になって、いまや21時になった。
 そろそろお迎えの時間だ。
 ぼんやりしてきている。
 瞼が、じわじわと重くなってきた、ような。

 二限目の11時ころだったか、blogのことで絶叫していた記憶がある。
 われながら、あの世界、つまりblogというよりもDBMSの世界が好きなんだなぁ、と得心した。

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 このうち、()内は来週にまわした。何人かの学生は、文系というのに、はたと余をみて講義を聴いていたような感じでもあった。錯覚か。それともひさしぶりの絶叫に、ぽかんとしていたのか。
 ともかく、冷静にクールにと思うのだが、ことがDBMS→blogとなると、我を忘れる。たまには、よかろう。それでも熟睡している学生も多いのだから、まあ、バランスはとれている。

 今朝のblog談義は幕間の余興だったのだろう。

 さっき、アクセス数をみてみた。いつもなら小説葛野記に今朝のMuBlogと記すところだが。
 21:06計測
 累計アクセス数: 176059
 1日あたりの平均: 296.90

 17万6千をやっと通過した。たしか10月8日が17万だったから、随分ペースが落ちている。しかし、このアクセス数は重い。
 この重さを支える用語は、如何に。と、おもって見てみた。煩雑なので最初の10件だけにしておく。

  順位 検索ワード 件数
  1 京都  常照皇寺 1
  2 平家物語  木曾殿最期 1
  3 うわなべ  こなべ 1
  4 島根  たたら  細田 1
  5 聖徳太子  裏話 1
  6 みしまゆきお  春の雪 1
  7 堀辰雄  読書感想  大和 1
  8 陰陽師  安部  清明 1
  9 ミカド  キャバレー 1
 10 Santa  Monica 1

 このあたりだと、違和感はない。MuBlogもこういうキーワードで検索されるのだろう、とうなずいた。いずれも過去の記事だ。昨年のものが多い。
 ただ、9番の{ミカド、キャバレー}は釈然としない。京都の三条京阪近くに「ミカド」というのがあって、なにか抗争に巻き込まれた事件は、遠い昔の話として覚えているが、少年期のことだ。
 そんな記事を書いた覚えもない。たぶん、ミカドは朝廷の意でカタカナ表記したのだろう。その近辺のコメントに、Jo爺かふう爺が、ナイトクラブ、キャバレーのホステスのと書き散らしておるのじゃろう(失笑)。わしゃ、しらん。

 筆者が知らんと言い張っても、現代のサーチエンジンは「Mu、お前が書いた記事じゃろう」と、詰め寄ってくる。
 おもろい世の中になったもんだ。

ああ、いかぬ。ついに、瞼がひっきりなしに上下ひっついてきた。
今夜はこれくらいで。

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2005年10月30日 (日)

NHK義経(43)検非違使・判官義経

承前

 六条堀川義経の舘はこのあたりか?(地図)

 土佐坊昌俊(とさのぼう・しょうしゅん)という鎌倉御家人の家来の者が郎党を引き連れて、密かに義経の六条堀川屋敷を襲った。義経郎党これを排撃し、土佐坊を生け捕り、おって義経自ら六条川原で斬首した。検非違使屋敷を襲ったのだから、現代ならば警察庁長官の住まい、ないし警察庁長官室を襲ったに等しい。
 義経はこれをもって、後白河法皇に頼朝追討の院宣を願い、聞き入れられる。しかるに頼朝兵十万を率いて上京。義経、行家の周旋にもかかわらず寡兵数百。以後、義経の逃亡が始まる。

 何故、義経は平泉の兵を求めなかったのか。
 これが今夜の、Muの疑問だった。
 だが冷静に考えれば、後に義経が尾羽うちからし逃亡し、懐に戻った故に、藤原秀衡は確固とした地盤平泉で義経一行を庇護したともいえる。
 義経が京都に構えたまま、要請したとしても、遙か平泉から京に向けて兵十数万、出兵する決断はなかったことだろう。

 結果として、義経は、舟に乗り西国、九州を目ざした(来週)。しかし嵐にあい、離散する。
 やんぬるかな。

 すべてにおいて時機を失した。若く、参謀のつかない身であれば、Mu20代後半であっても同じ愚をおかすことだろう(笑)。だから、義経を愚かとは思わない。軍神は、兵あってこそ神になる。郎党数十名では、いかんともしがたい。
 法皇にすり寄って、院宣を求める前に善後策をねるべきだったのかもしれない。行家が暴走したともいえよう。
 
 それにしても、頼朝が自ら兵十万を率いて鎌倉を出たのは電光石火の早業ともいえる。それだけ義経を怖れたのかも知れない。手をこまねいて、時機を見逃せば、法皇と義経と西国九州諸国の平家地盤の結託は侮りがたいものとなる。

 保田先生が、大昔、木曾冠者(MuBlog:木曾殿最期)でもうされたように、頼朝にとっての総ての敵は、すべて義経を名目に攻略していった。上京し法皇の権威を失墜させたのも義経が名目、そして諸国に追捕使をおいたのも、義経探索が名目だった。ついには、奥州藤原という強敵を落としたのも、義経をかくまったことが発端だった。

 義経は、やはり時代の趨勢、鎌倉幕府の前では蟷螂の斧だったのか。
 物語に身をそわせれば、如何にも夢がない。政治政略だけが進んでいく。それが、現実なのだろう。
 後日、足利幕府の時代、後醍醐天皇皇子、懐良(かねよし)親王は征西将軍宮として九州に南朝王国をひらいた。菊池氏が援助したわけである。このことは、物語として「武王の門/北方謙三、新潮文庫上下」がある。まさしく圧巻だった。

 今夜少し煩わしかったのは、義経が靜に向かって「都に止まると多くの民が難儀する」という長セリフだった。ドラマとしての緊張を削ぐ思いがした。これを義経に、ここで言わさなくても、これまでの義経からみて、視聴者は分かるはずだが。
 なんとなく好ましかったのは、正妻萌?だった。襲撃の夜に長刀を持って打ってでたのはよかった。鎌倉の密偵とさえ疑われる立場の苦しさのなかで、けなげだった。(と、いつものMuの女優贔屓)

参考
  源氏館はいずこ?
  義経ゆかりの地(堀川夜討

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巻き寿司:明治屋と京都・百万遍「門」

京都三条のMEIDI-YA Store(京都府京都市中京区中島町)地図

巻き寿司:京都三条明治屋:百万遍「門」製
 日曜の昼食は巻き寿司だった。二箱買ったようなので、Muは5つ食した。実によい味だった。{椎茸、三つ葉、エビ、かんぴょう、タマゴ、海苔、ご飯}が写真には写っている。こういう取り合わせは、一週間、玄関を一歩もでない今の境遇(笑)では、まことに色鮮やかで気持がなごんだ。普段なら、巻き寿司を写真にとろうなどとは思わなかったろうに。ついでに数えてみると、8つで840円、一つ百円となる。これが高いのか安いのかMuは世情にうとくて分からぬが、美味い。実においしい巻き寿司だった。

 あまりの味のよさに、Drに尋ねてみると、三条の明治屋で買ったとのこと。うむ。なるほどに、明治屋の食材食品は、他とひと味違うと、感心した。ここで明治屋のウンチクを傾けるほど物知りではないが、この店はMuが小学校の頃にすでに知っていた。今で言うコンビニでもないし、スーパーともいいきれないし、まして八百屋・肉屋・魚屋とも違う。気になってネット検索をしてみると、やはり。120年の歴史を持つ文明開化の遺産だった。月桂冠清酒を防腐剤なしで全国展開した歴史すらある。奥が深い、STOREだった。

 仕入れを厳選し、お値段も少々はるので、小さな贅沢だったとも言える。と、ここで過去形なのは、Muの木幡研食材はこの明治屋購入品が長年食卓にあがってきた。なにも知らないMuは「うまい、おいしい」と破顔してすごしてきたが、なるほど、蓄財の一向に増えぬわけじゃった。
 Muでさえ、下戸の身も忘れてたまに二階で変わった洋酒の小瓶を買ったことがある。

 さて、さらに暇なので(横臥するしかない、この一週間故に)、寿司についていたシールを眺めていると、「おや?」と思った。シールには「季節料理 京百万遍 門 840円」と記してあった。「?」というのは、この「」、しかも百万遍というと、Muが以前何度も宴会、はーよいよい、とちゃんこ鍋を食した店ではないかぁ。なんど行ったかわからない。お値段もお手軽で、ボリュームもあって、夕方5時をすぎて出かけると、5時半から宴会が始められるという近さだった。この門が、この巻き寿司門にリンクするかどうかは、いまだ不詳なのだが、もしリンクしているなら、ああ世間は狭い(なんか、無理矢理の詠嘆ですなぁ)。

 若年時、巻き寿司には見向きもしなかった。巻き寿司が皿いっぱいに出てくると、げっそりした。つまり、そのころは、乾瓢の煮付けの味も、シャリの味も、タマゴの味わいも、そういう繊細な味をすべて理解弁別できなかったのだろう。(いまでも、叉焼麺の味の違いを分からぬ若者がおるでのう(無意味な皮肉))まるで、原始人だったのかもしれない。いやそうでもない。越前ガニや、Mu家伝来の黒砂糖雑煮や、ニシン寿司や、野鳥つむぎの味や、おろしそばの味は、幼時に分かっていた。ただ、巻き寿司といなり寿司は、どうにも受けつけなかった、~しかも40代のころまで。

 それがなんとしたことだろう。
 この何年か、巻き寿司がいたく気に入りだした。あわせて、いなり寿司も。
 そして、今日の昼食。Muは巻き寿司文化圏におることに幸せを感じたのだった。(世界に、この巻き寿司はあるのだろうか?)

参考
 京都三条大橋近くの「明治屋」MEIDI-YA STORE
 明治屋120年のあゆみ[Mu注:記念記事なので時季ものかもしれません]
 門:京都百万遍・季節料理[Mu注:くだんの巻き寿司製造元がこのお店かどうかは不明なのです。なぜなら、Muはこのお店に何度か行ったことがあるのですが、食べたものはたいてい「ちゃんこ鍋」でして、食べるよりも騒ぐ、ののしるのが主だったので、斯様な繊細な味の巻き寿司を明治屋に納めていなさるとは、ちょっと想像できなかったのです(笑)]

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2005年10月28日 (金)

隠された十字架--法隆寺論/梅原猛

隠された十字架 :法隆寺論 /梅原猛著

隠された十字架-法隆寺論/梅原猛
<カクサレタ ジュウジカ : ホウリュウジ ロン>.
(BN02432839)
  東京 : 新潮社、1972.5
  456p、図版[10]p ; 20cm
  ISBN: 4103030011
著者標目: 梅原, 猛(1925-)<ウメハラ、タケシ>
分類: NDC6 : 188.245 ; NDLC : HM121
件名: 法隆寺

所蔵図書館 238 [Webcat 2005/10/28]

目次情報
はじめに
第一部 謎の提起
  法隆寺の七不思議
  私の考える法隆寺七つの謎
  再建論と非再建論の対決
  若草伽藍址の発見と再建の時代

第二部 解決への手掛り

 第一章 なぜ法隆寺は再建されたか
  常識の盲点
  たたりの条件
  中門の謎をめぐって
  偶数の原理に秘められた意味
  死の影におおわれた寺
  もう一つの偶数原理……出雲大社

 第二章 誰が法隆寺を建てたか
  法隆寺にさす橘三千代の影
  『資財帳』の語る政略と恐怖
  聖化された上宮太子の謎
  『日本書紀』のもう一つの潤色
  藤原…中臣氏の出身
  『書紀』の主張する入鹿暗殺正当化の論理
  山背大兄一族全滅の三様の記述
  孝徳帝一派の悲喜劇
  蘇我氏滅亡と氏族制崩壊の演出者…藤原鎌足
  蔭の支配と血の粛清
  権力の原理の貫徹…定慧の悲劇
  因果律の偽造
  怖るべき怨霊のための鎮魂の寺

 第三章 法隆寺再建の政治的背景
  思想の運命と担い手の運命
  中臣・神道と藤原・仏教の使いわけ
  天武による仏教の国家管理政策
  日本のハムレット
  母なる寺…川原寺の建立
  蘇我一門の崇り鎮めの寺…橘寺の役割
  仏教の日本定着…国家的要請と私的祈願
  飛鳥四大寺と国家権力
  『記紀』思想の仏教的表現…薬師寺建立の意志
  権力と奈良四大寺の配置
  遷都に秘めた仏教支配権略奪の狙い
  藤原氏による大寺の権利買収
  興福寺の建設と薬師寺の移転
  道慈の理想と大官大寺の移転  
  二つの法興寺…飛鳥寺と元興寺
  宗教政治の協力者・義淵僧正
  神道政策と仏教政策の相関
  伊勢の内宮・薬師寺・太上天皇をつらぬく発想
  藤原氏の氏神による三笠山の略奪
  土着神の抵抗を物語る二つの伝承
  流竄と鎮魂の社寺

第三部 真実の開示

 第一章 第一の答(『日本書紀』『続日本紀』について)
  権力は歴史を偽造する
  官の意志の陰にひそむ吏の証言

 第二章 第二の答(『法隆寺資財帳』について)
  『縁起』は寺の権力に向けた自己主張である
  聖徳太子の経典講読と『書紀』の試みた合理化  
  斉明四年の死霊による『勝鬘経』、『法華経』の講義

 第三章 法隆寺の再建年代
  根強い非再建論の亡霊
  浄土思想の影響を示す法隆寺様式
  法隆寺の再建は和銅年間まで下る

 第四章 第三の答(中門について)
  中門は怨霊を封じ込めるためにある

 第五章 第四の答(金堂について)
  金堂の形成する世界は何か…中心を見失った研究法
  謎にみちた金堂とその仏たち
  薬師光背の銘は『資財帳』をもとに偽造された
  三人の死霊を背負った釈迦像
  奈良遷都と鎮魂寺の移転
  仮説とその立証のための条件
  両如来の異例の印相と帝王の服装
  隠された太子一家と剣のイメージ
  舎利と火焔のイメージの反復
  金堂は死霊の極楽往生の場所
  オイディプス的悲劇の一家

 第六章 第五の答(五重塔について)
  塔の舎利と四面の塑像の謎
  釈迦と太子のダブルイメージ
  死・復活ドラマの造型
  塔は血の呪いの鎮めのために建てられた
  二乗された死のイメージ
  玉虫厨子と橘夫人念持仏のもつ役割
  再建時の法隆寺は人の往む場所ではなかった

 第七章 第六の答(夢殿について)
  東院伽藍を建立した意志は何か
  政略から盲信ヘ…藤原氏の女性たちの恐怖
  夢殿は怪僧・行信の造った聖徳太子の墓である
  古墳の機能を継承する寺院
  フェノロサの見た救世観音の微笑
  和辻哲郎の素朴な誤解
  亀井勝一郎を捉えた怨霊の影
  高村光太郎の直観した異様な物凄さ
  和を強制された太子の相貌
  背面の空洞と頭に打ちつけた光背
  金堂の釈迦如来脇侍・背面の木板と平城京跡の人形
  救世観音は秘められた呪いの人形である
  仏師を襲った異常なる恐怖と死

 第八章 第七の答(聖霊会について)
  怨霊の狂乱の舞に聖霊会の本質がある
  骨・少年像のダブルイメージ
  御輿はしばしば復活した怨霊のひそむ柩である
  祭礼は過去からのメッセージである
  舞楽・蘇莫者の秘策
  死霊の幽閉を完成する聖霊会
  鎮魂の舞楽に見る能の起源

 あとがき
 年表
 図版目録
   装幀・山内暲
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図版目録
  (カッコ内は写真撮影・提供者名)

口絵写真
 一 救世観音
 二 聖霊会・蘇莫者の舞い(著者)
 三 中門(小川光三)
 四 金堂と塔(同)
 五 釈迦三尊(同)
 六 薬師如来(同)
 七 塔西面の塑像(同)
 八 玉虫厨子(同)
 九 夢殿(同)
一〇 夢違観音(同) 

本文写真・図版
 二〇頁 法隆寺関係地図
 二二頁 塔相輪の鎌(小川光三)
 三〇頁 法隆寺見取図
 四〇頁 代表的な伽藍配置図
 四六頁 皇室・蘇我氏系図
 四六頁 皇室・藤原氏系図
 五六頁 中門正面図
 六五頁 出雲大社(小川光三)
 七一頁 橘夫人念持仏(同)
 八三頁 塔北面の塑像(同)
 九九頁 多武峰絵巻(談山神社)
一四三頁 飛鳥大官大寺跡(小川光三)
一六八頁 平城京の伽藍配置図
一九一頁 飛鳥寺(小川光三)
一九三頁 極楽坊(同)
一九六頁 義淵像
一九九頁 神社と寺院の相似関係表
二一一頁 榎本明神(小川光三)
二七〇頁 西院伽藍復原図
二七三頁 法隆寺(西院)全景(二川幸夫)
二七三頁 金堂内陣(小川光三)
二七六頁 金堂内陣配置図
二八二頁 薬師如来光背の銘文(小川光三)
三〇五頁 室生寺の釈迦如来(同)
三〇六頁 薬師如来の印相(坂本写真研究所)
三〇八頁 雲岡第六洞仏像(小川光三)
三一三頁 善光寺前立本尊(善光寺)
三一四頁 聖徳太子および二王子像(小川光三)
三一八頁 釈迦如来脇侍の印相(坂本写真研究所)
三二〇頁 戒壇院の邪鬼(小川光三)
三二一頁 持国天と七星文銅大刀(同)
三二二頁 多聞天と百万塔(同)
三二五頁 阿弥陀如来(壁画)(同)
三三四頁 雲形斗◆[木共](同)
三三六頁 舎利容器(講談社)
三四一頁 塔東面の塑像(小川光三)
三四二頁 塔北面の塑像(同)
三四三頁 塔南面の塑像(同)
三五七頁 塔西面塑像中の舎利瓶(同)
三五七頁 夢殿の宝珠(同)
三五七頁 救世観音の宝珠(同)
三五八頁 玉虫厨子の捨身飼虎図(同)
三五九頁 玉虫厨子の施身聞掲図(同)
三六六頁 東院伽藍復原図
三七三頁 行信像(小川光三)
三七四頁 西円堂(同)
三七五頁 興福寺北円堂(同)
三七六頁 栄山寺八角堂
三七八頁 夢殿内部
三八五頁 救世観音の顔(小川光三)
三八五頁 モナ・リザの顔
三九八頁 救世観音の横面
三九八頁 百済観音の横面(坂本写真研究所)
四〇一頁 釈迦如来の白毫(小川光三)
四〇二頁 釈迦如来脇侍の背面(スケッチ)
四〇三頁 平城京跡の人形(奈良国立文化財研究所)
四〇五頁 増長天
四二一頁 聖徳太子二歳像(小川光三)
四二二頁 聖徳太子十六歳像(同)
四二二頁 聖徳太子七歳像(同)
四二八頁 聖霊会・夢殿前での楽人(著者)
四二九頁 聖霊会・東院から西院へ行く菩薩行列(同)
四三〇頁 聖霊会・行列の中心の舎利御輿(同)
四三一頁 聖霊会・轅に乗った諷誦師(同)
四三二頁 聖霊会・薬師如来の前に置かれた舎利と太子七歳像(同)

[Mu注記]
 2003年に新潮文庫から改版がでている。
 掲載図書の30年後の新版である。内容の一部、加筆訂正があるようだ。
 今回Muは初版を再再読している。改版は、必要に応じて照応させることがあるかもしれない。しかし「現代の古典」として扱うのだから、改版は別本と見なした方が良いのかも知れない。
 誤謬があったとしても、30数年前に「1972年6月2日23:18読了」と、当時のMu(現在からみると別人)が丁寧に記しているのだから、その状態を保って読み直している。多少の異同は、読んだ際の熱情とか息吹の前には、消えてしまう。つまるところ、歴史書としてよりも、思想書・文学書として読んだということだろう。

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2005年10月27日 (木)

天井眺めてぼんやり

 事情で一昨日(火曜日)の夜から、伏せている。とりたてて病弱ではないのだが、時々そうなる。
 痛みを伴うので、鎮痛剤を定量決めて飲んでいるが、ぼんやりしてくる。
 これで三日目だが、明日も明後日もぼんやりしていることだろう。

 人間の心も身体も、「時」がかかる。
 今回のことは、まあいつものことで、ここ40年間くらい同居しているようなものだ。
 急激に、襲撃され、やがて一週間か十日で忘れてしまう。

 心はそれほど気安く忘れはしない。40年、30年、一年、二年、良いこと嫌なこと、思い出して噛みしめている。だから、ぼんやりも、どこまでぼんやりなのか、イメージの奔流におぼれかけているのかは、外からは見えない。雰囲気としてぼんやりしてしまう。

 ただ、よくしたもので、痛みが消えていくことが、まるで黄金の日々に住まうような趣をみせてくれる。空気のありがたみをつい忘れるのとおなじく、日々の平穏をつい等閑視してしまうのが、人なのだろう。

 と言うわけで、数日間、一週間近く横臥しているのも悪くはない。動けなくなるのだからこれほど確かな強制休暇はない。

 さて、また横になろう。天井をみあげて、ぼんやり。
 多分、ずっと先のこと、ずっとぼんやりする日が続くのだろうと、予感する。よいのかわるいのか。ちょっと、退屈するかもしれない。

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2005年10月24日 (月)

「からくりサーカス」あるいは「王様の仕立て屋」

承前

からくりサーカス(39)藤田和日郎、小学館
王様の仕立て屋(4)大河原遁、集英社

からくりサーカス、あるいは、王様の仕立て屋
 ふたつとも内容は、それなりにネットで得られる。書評のつもりではなくて、昨日、日曜の昼下がり、急に眠ってしまって、暗くなった起き抜けに読んで頭がすっきりした。そういう効用というか、漫画のもっている力を噛みしめたくて、カバーをスキャナーで入れ込んでしまった。

 からくりサーカスという題名だけをみれば、サーカス物語と思ってしまうかも知れない。なにしろMuの頭の中にはいまだに芸人さんたちは酢を飲んで身体を柔らかくしているという奇妙な伝承で一杯なんだから。古代ローマや、ロシアやフランスには酢があったのだろうかと、昔おもったことさえある、ビネガー。寿司酢を考えるから、話がまがってしまう、オイオイ本当に酢をのむのかい(笑)
 それにしても、もう39巻になってしまった。どれだけの冒険をすればサイガ・マサル少年(小学生)は平穏な生活、シロガネや鳴海といっしょに落ち着いた日々を暮らせるのだろう、学校にも行けるのだろうか、なかなか。
 なお、この39巻は、マサル少年が悪にとりこまれたようなところで次巻に続く、~ああ待ち遠しい。

Mu注:ペアで読んでいる、ジョジョ、つまり「スチールボールラン」は、今年の11月刊行らしい。これも、お楽しみ。

 王様の仕立て屋、これは先月に3冊読んで、いたく気に入った。そうですなぁ、以前の話題でもうしますと、「美味しんぼ」のノリでしょうか。美味しんぼでは、料理のことをあれこれ知ってまるで和製チャングム翁でしたが、こんどの別人作家による王様の仕立て屋は、主に男性ファッションの精髄を知ることになります。
 そうだ、MuBlogでは初めての紹介なので、帯の惹句を4巻目から引用しておきましょうか。

イタリア・ナポリの泥棒市に住む日本人、織部悠。ナポリの”究めし職人(サルト・フィニート)”から”ミケランジェロ”と賞賛された伝説の名仕立て屋が、唯一認めた弟子である。超一流デザイナーであり、悠の弟弟子であもあるベッツオーリに呼ばれミラノに訪れた悠。だがこの地で悠は、思わぬ挑戦をうけることになり、……

 この悠という青年は、王侯貴族から庶民、マフィアのドンまで、彼に助けられ恩義を感じている男が無数というほど、腕が立つ。かれの仕立てるスーツによって、ひん曲がった根性まで立ち直り、落剥した男であっても、それを身につけるだけで社交界に認められるという魔法の腕。しかも、魔法の種明かしがきっちりと描かれている。おもしろい。

 ただ、Muはこれを読んでいて汗もでた。靴の磨き方にしても、つま先だけをぴかぴかにすべきであって、まるごと磨き立てるのは野暮とか。カフスボタンの選び方から、……。スーツが合わないと身体を壊すという理屈なぞは、まことに心から感心した。
 いちいち各編が、納得。おしゃれも長い伝統、積み重ねの中から、自然に滲み出てきたものがあるようだ。となると、目立つべくして目立つのは、どうにも野暮らしい。

 もっとも、Muは、例によってパジャマ党、うろうろ。外にでるときは、部屋で真っ先に目に入った物を身につける。それに比べると、なんとも、男性社会、女性社会は、大変な労苦があるようだ。漫画内容への皮肉ではない。場合によっては、王様の仕立て屋程度に、この世の仕組みは知っておいた方が良かろうと、思って。ああ、困った困ったの気持なり。

Mu注:前巻では、サッカー選手のスーツを仕立てる編があって。職業上極端な「がに股」を隠し、どうやって自然な動きができるように仕立てていくかという、想像したこともない手法にびっくりした。あるいは、コンダクターの肩の凝りを直すために、ゆとりを持たせながらも実に自然な線を仕立てていくのに、また驚き。服は皮膚、そんな感じでしたな。

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2005年10月23日 (日)

NHK義経(42)義経帰京、再起

承前

 今夜の義経は、久しぶりに快感を得た。一々の画面に緊迫感が漂っていた。もちろん靜や奥さんや、うつぼを久しぶりに見たのも気持が和んだ。総じて、この義経、女性運はよいように描かれておる(笑)。

 さて、頼朝の命により、平家ゆかりの24カ国所領をすべて取り上げられたことにから、いわゆる鎌倉の政策、本領安堵→御家人の線が、義経に限って外されたわけである。よって、院の法皇より、法皇知行国から伊予守(いよのかみ)を任じられたのは、破格の名誉であり、実利であった。これがなくば、義経は郎党や奥さん、靜を養うことも出来なくなる。もちろん、まだ検非違使判官だったからそれなりの給金はあったろうが、規模が異なる。おそらく数百名であっても、兵を養っていたはずである。(と、そうでなかったなら、丸腰だから、もし丸腰ならば、義経は裸で厳冬の原野に野宿するようなものだ)

 Muは見ていてうきうきしていた。

 鎌倉幕府は、北条との関係、都からの上級官僚の採用によって、すべてがぎちぎちに固められつつある時代だった。そこで、野生というか、組織にあっては、はぐれ者の義経が生きる空間は消えてしまう。ここまできてはじめて「新しい国」という机上の空論が義経の肉体になじんできた思いがした。これで無事伊予、西国で再起したなら、どれほど物語としておもしろかったことか。
 いや。
 義経が数回後に都落ちして、奥州に逃れきり、そこで自刃するまであと数年ある。その数年間、義経は夢をみることができたはず。今夜は1185年の秋、そして奥州藤原壊滅は1189年。それは、後知恵をもちこめば夢でなくなるが、義経に身をそわせれば、逃げ切った奥州の地に足をおろし、そこで舘を得ただけでも、第一歩。

 というわけで、今夜は梶原や行家のしたり顔というか、にくにくしげなセリフまわしに辟易しながらも、それあってこそ判官贔屓、義経が映えわたった一夜であった。

 後白河法皇、夏木まりさん、草刈正雄さん。このトリオが今夜もよい雰囲気でした。
 法皇が権謀術策の底になお、義経を恃む心のあるところ、表情にうまくでていた。
 親衛隊、軍なき、珍しいわが国の王朝にとって、義経は珠玉だったのかもしれない。

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バカ・メールの手口

 最近ずっといろんなメアド(つまり数種類持ってます)に、手をかえしなかえ、バカ・メルが注ぎ込まれてくる。
 どうにもくそいまいましいものだが、幸いniftyアドレスはガードが堅く、これまで丁寧に処置対応してきたので、随分減少した。

 ある種のメアドは@マーク前で判別させて、完全無効にしている。もちろん、まともなメールもその拒絶にひっかかる可能性は数パーセントあるが(すでに分かっているのもある)、思い切りというか、あっさりあきらめるのも必要だ。人によっては、同一携帯電話アドレス以外はすべて、本人がメル到着に気がつかない時点での抹消オプションをとっている人もいる。だから、パソコンからは絶対に届かない。

 さて、今日の見本。男性ならドキリとするような手の込んだメルがきた。Muはこれを記した後で、niftyメルに処置をする。完全抹消直前のメル。(男性だけじゃない。女性だってこの手のこんだメルに襲われるかも知れない)

  件名:大変でしたね
  昨夜は凄い渋滞でしたね

  差出人:田中麻美<asami@@@@futarinojikan.net>
  ↑慌て者がメルを無意識にださないように、@の大盛りにしときました(老爺心)
  わざわざ送って頂きありがとうございました。
  是非また誘ってください。
  取り急ぎ御礼まで
  麻美
  HTTPは、//futarinojikan.net/24/
  ↑慌て者が、これを押さないように、変更しておきました(老爺心)

 識者は(笑)、こういうメルを受け取ってMuがドキリとすることに、それこそ深読みして、「Muさん、ドキリとするような煙があるんですか」というかもしれない。実は、……全くない。しかし職業上、先月か先年か、十年前にか、脚をケガして難渋しちょる、そこなお女中、お嬢様達を、送ったことがあるかも知れない(記憶にございません)。

 まず、田中麻美という人物をMuは脳スキャンした。田中姓は星の数ほどあるから、これは時間がかかる。
 なぜか。なぜそれほど神経質にするのか。実はですね、先月大学のエレベータで、うろ覚えのある学生と二人になったので、相手の会釈に返して「もしかして、僕の授業をとってますか?」と、尋ねたら、ものすごく不審な顔をして「先生、ひどいですね。先週、教室で私を班長に指名なさったじゃないですかぁ~」。これには、もう、穴があったら生き埋めになりたかった。汗がでた。

 そういう前歴があるので、もしも知人・学生・もろもろが、間違ってMuのアドレスに送ったなら、それとなく知らせるか、あるいは、無視してあげるのがよいのか、様々に悩んだということです。
 無視するのが最良なのはわかっていますがね。
 そこは職業柄、若いもんが、せっかく相手にメルして、届かなかったばっかりに~とか、あれこれ想像する性格なんですよ。それだけのこと。

 というわけで、こういう素知らぬ顔したバカ・メルがそろそろ出回りだした。
 本当に、公共のインフラを、なんと心得ておるのでしょうね。
 内心、相手のメルサーバboxに、テラ単位の送信をして、破壊したい衝動にかられましたよ。
 (まあ、それは同じ穴の狢、犯罪ですわな)

追伸
 数秒後にバカメルと判断したのは、futarinojikanなどというふざけた文字列に気がついたから。こういうメアドを造る者は余の知人にはおらぬ。(いても、知らぬ!)

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704 風の海 迷宮の岸:十二国記/小野不由美←MuBlog
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469 NHK義経(25)木曾殿最期←MuBlog
468 黄桜かっぱカントリー:kizakura kappa country←MuBlog
467 てらだやのうち:寺田屋の内←MuBlog
466 NHK義経(24)旭将軍木曾義仲←MuBlog
465 フィッシング:魚釣り:niftyを騙る←MuBlog
464 北方謙三『水滸伝』十五「折戟の章」←MuBlog
463 北方謙三『水滸伝』十四「爪牙の章」←MuBlog
462 北方謙三『水滸伝』十三「白虎の章」←MuBlog
461 NHK義経(23)義仲と義経←MuBlog
460 足利義政/ドナルド・キーン←MuBlog
459 十四万アクセス←MuBlog
458 武家用心集/乙川優三郎←MuBlog
457 コンビニでの衝動買い←MuBlog
456 MacIntelとWiNtel←MuBlog
455 くろづかこふん:黒塚古墳・展示館←MuBlog
454 NHK義経(22)平家都落ち←MuBlog
453 都の春・桜花ベスト3:平成十七年自薦柳桜写心←MuBlog
452 平安神宮神苑の桜桜桜:平成17年春四月←MuBlog
451 NHK義経(21)兄弟と御家人←MuBlog
450 o・mo・ya(母屋)とセカンドハウス←MuBlog
449 きょうとだいがく・とけいだい:京都大学の時計台←MuBlog
448 「弁慶うどん」で中華麺←MuBlog
447 θは遊んでくれたよ/森博嗣←MuBlog
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444 へいあんじんぐう:平安神宮;平成十七年春←MuBlog
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442 NHK義経(19)血族と和議←MuBlog
441 NHK義経(18)清盛死す←MuBlog
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439 うじがわのさくら:宇治川の桜、先陣争い、柿本人麻呂←MuBlog
438 ヒミコのしょうご:日巫女の正午:平安神宮・笠井社中御神楽より←MuBlog
437 多視点の統合<半島を出よ/村上龍>感想文←MuBlog
436 半島を出よ/村上龍←MuBlog
435 NHK義経(17)弁慶がなぎなたを~←MuBlog
434 プルートウ:Pluto(2)/浦沢直樹(漫画)←MuBlog
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432 ひろさわのいけ:広澤池の桜と石仏←MuBlog
431 エイリアン VS. プレデター←MuBlog
430 神苑の桜姫たち:平安神宮←MuBlog
429 NHK義経(16)福原のこと←MuBlog
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427 よどがわ・せわりつつみ:淀川河川公園背割堤の桜爛漫←MuBlog
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424 NHK義経(15)源氏の棟梁←MuBlog
423 茜流:2005年春←MuBlog
422 ふしみこうのやなぎ:伏見港の柳←MuBlog
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420 ながればし:流れ橋(上津屋橋)←MuBlog
419 木幡花々平成十七年春(1)←MuBlog
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417 てんじんがわ:天神川の桜海・平成十七年←MuBlog
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414 さのとうえもん:佐野藤右衛門邸の桜平成十七年←MuBlog
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377 0502130・NHK義経(6)金売り吉次かな←MuBlog
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2005年10月22日 (土)

エジプトの神々(4)AM=DOUAT:アム=ドゥアト/浅茅原建

承前

AM=DOUAT:アム=ドゥアト/浅茅原建

AM=DOUAT:アム=ドゥアト/浅茅原建

 エジプト神話の冥府の名。
 墓所をうろつく黒犬や黒猫の姿で象徴させる。

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2005年10月20日 (木)

大長今:テチャングム:テヂャングム

承前

 今夜のチャングムは終盤だった。あと一回か二回で終わりそうだ。
 チャングムはついに大長今(テ・チャングム)という位を授かり、王の主治医となった。両班(やんぱん)という朝鮮独自の貴族階級の猛反対を受けながら、王権の命によって決定した。このために、科挙首席最年少の誉れ高い恋人は追放流罪となった。
 チャングムを王の主治医に推挙し、宮廷を騒がし、身分制度に穴をあけるような上表をしたことの咎によってだった。

 今夜は57歳で腸閉塞を起こした王をどう救うのかで、チャングムが決意して王に手術を告げる寸前で終わった。予告では、次週遂に王は助からなかったようだ。手術は鍼麻酔を想像させるようになっていたが、来週までわからない。それにしても、当時は57歳で老衰と診断されたのが、興味深く思えた。Muなどもう死んでおる脳、orn。(Mu注:ornとは極端に凹んだ、落ち込んださまを表す現代若者表記である)

 最初は料理世界、次に医女世界。
 二つの世界を極めたチャングムはまっすぐな人間として描かれていた。ある種の資質を持ち、まっすぐな気性の者が対象に専念すると、こうなるかも知れないという、寓意があった。そして、投げ出さずに最後までやりとげると、見えなかった道が現れて来るという、実に単純な人生訓があった。
 もう一つは、復讐の念ですごした何年かを経て、それが達成されたあとの、次の現実への直面という人生苦があった。

 総じて人生訓なのだが、基本は、意思と努力の積み重ね、少しの幸運、資質、それらを制御する人間が描かれていた。

 長く生きていく際の、基本的な態度は、「誠実」であると、Muは感心したわけである。
 競争も、権謀術策も、裏切りでさえ、誠実に行うべし。
 そういう単純さに目を開かれた。
 悪意は我が身を自滅させる。
 なんにしても、やがて死が訪れる。
 ならば、誠実であるべきだ。
 「誠」の旗の意味がある。

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2005年10月19日 (水)

過去写真 4:夏の大学教室、1967年のMu

Mr. SHINOHARA YukioによるMu肖像スケッチ

Mu:1967
 なにか画用紙の切れ端にMuのスケッチがあった。鉛筆で、Yukio Shinohara 1967.7.20 と書いてあった。Muはこのシノハラ君と深い付き合いではなかったから、記憶はほとんどない。ただ、大教室でぶらぶらしていたら、横に座っていた彼がまたたくまに描いてくれたのは、奇妙に覚えている。痩せてひょろりとした、好青年だった。美術系のコースにいたのじゃなかろうか。将来、漫画家になりたいと彼が言っていた、そのセリフの断片だけが耳朶に残っている。なぜか。当時、漫画家というのは今に比べても極めて特殊な職業だったからだ。

 1967年というと、今年2005年だから、40年に近い大昔のことだ。
 人は生涯、どれほどの人に出会うのだろうか。せいぜい数百名だと思っている。その中で、こんな記憶が残る者は100名に満たないと思っている。世間は狭い(笑)
 彼シノハラ君の場合、授業のたんびに、なんとなく席が近くなって知り合いになり、かといって授業が終わると右と左、その人生も過去もなにもしらないけれど、なにかしら時間になると自然にそばに座って、あれこれ話してしまう。
 大学のMuにとっての良い面だった。

 このスケッチが当時のMuをどれだけ反映しているかは、Muにはわからない。こんな様子だったんだろうな、と想像するだけである。他人のMuがここに若々しく居た。

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2005年10月18日 (火)

木幡の朝の月、冴えわたる

木幡の極早朝月
 今朝、木幡から西空をみると中点に月光、冴えわたっていた。池面にはまさしく月の影。さあ、写してみようと、イメージにはシャッターを押す前から、月面の凸凹やウサギ餅突く姿がありありと浮かんだ。

 では現像(笑)しようとマシンに転送してみたら、あじゃぁ、真っ黒な空にちっこい点があるだけ。それをむりやりトリミングして100%で見ても、ぼんやりした丸いものがあって、月面の影やウサギはどこにも見あたらない。
 ここで悟った。花鳥風月とはいいながら、花や鳥や、それに風のそよぎはなんとなく写心できるが、月、天体、宇宙となると手に余る。余程人に聞いたり、超望遠付き一眼レフ、天体望遠鏡や大三脚を入手して、天体写真百科でも読まなければ、これは無理なようだ。

 ちなみにデータ。
 2005年10月18日早朝4時45分ころ、真西空にむけて、400万画素のちっこいカメラを光学3倍で、息止めて両脇しぼって自動で写した。で、このていたらく。

 妖しく月光に狂う吸血姫、そのイメージ。あるいは、これぞ宇宙の大神秘。そんな写真を撮ることができるようになるのはいつのことだろう。

 花鳥風月。「月」は難しいと悟った今朝だった。

追伸
 この写真はまるで、変形日章旗ではないですか、なあ。

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2005年10月17日 (月)

エジプトの神々(3)SEKMET:セクメト/浅茅原建

承前

SEKMET:セクメト/浅茅原建

SEKMET:セクメト/浅茅原建

 エジプトの獅子の頭をもつ女神。破壊と慈愛の二面性を持つ。

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2005年10月16日 (日)

NHK義経(41)義経・近江の決断

承前

 今夜のエピソードは少なく、あっという間に終わった。いまやMuも義経と同じように考えを巡らし、出処進退を、復命、抗命、独立の潮時を、毎週日曜の夜になると沈思黙考するようになってしまった。

 もちろん、清盛の五男重衡(しげひら)が南都焼き討ち総大将の責めをうけ、木津川で南都僧に斬首されるのは、なんとも仏罰とは恐ろしいものよと思ったが、致し方なきことであった。従三位(じゅさんみ)左中将と申せば、高位高官、斬首はなかろうにと考えたが、坊主の恨みはおそろしい。仏敵には容赦せぬようだ。
 今生の、めおと別れが切ないが、それよりもその女優さん、髪、着物、顔付き、目つき、狂乱にいたる一歩前の風情がよくでていた。
 重衡は、このドラマで、一ノ谷で義経に生け捕りにされて鎌倉に送られ、しばらく静養していたのだが、南都の宗門、僧兵の圧力は鎌倉をも威嚇するだけの力が、なおあったようだ。やんぬるかな。

 もとにもどると。
 頼朝は、京に入る直前の義経に「宗盛父子の首をはねよ」と使者をだす。使者の名は、すぐ忘れるのだが頼朝側近役で、以前から好感を持っていた。
 結果は、義経、その命に復命したこととなる。

 で、Muが壇ノ浦以来毎週、額に縦皺をよせていたのは、義経がその時、それ以降どうすればよかったかの判断だった。

 今夜ならば。
(1)宗盛親子と結託し、各地の平家を束ね、後白河法皇の院宣をえて、鎌倉追討を行うことだった。
 義経の盛名と、西国の平家地盤があれば、勝てるかも知れなかった。
 しかし問題は、宗盛が、役者は大の好みだが(千年火:鶴見辰吾)、どうにも愚物だったようである。さらに、義経も参謀なく、政治的には愚物と言えようから、頼朝の首はねたあと、失政が続き、最終的には目覚めてしまった関東御家人に敗北するだろう。

(2)一路、この時点で奥州に潜行し、まだ元気な秀衡のもとで、鎮・奥州将軍?となるのはどうだろう。そして秀衡の政治力、軍事力を背景に鎌倉と対峙する。あとはわからない。

(3)あっさり、後白河法皇の庇護をえて、西国の束ねにとりかかる。これをもって鎌倉と対峙する。あるいは、九州一国の王となるか。

 ……、といろいろ考察してみたが。よい考えは浮かばない。
 要するに、義経の没落があまりに急激な故、いささか歯がゆいばかりである。

参考
  平家終焉の地(滋賀県観光情報)[地図あり]

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三条大橋の高山彦九郎・正之(たかやま・ひこくろう・まさゆき)

高山彦九郎銅像(京都市東山区大橋町)マピオンBB地図
 京都の三条大橋たもとに「高山彦九郎銅像」がある。目立つ場所に昔から目立つ像だったのだが、日常の記憶には意外に薄い。交通量の多い交差点なので、徒歩にせよ、車にせよ、銅像を見つめる余裕がうまれないのだろう。
 東の、上野西郷さんにひけを取らない奇抜な姿なのだが、回りに広い場所がなく、ここで待ち合わせをする話はめったにない。もっとも、十年ほど以前に研究会で東京渋谷、忠犬ハチ公前で待ち合わせたとき、広くて人が多すぎて見当も付かなかった記憶もある。
 滅多に聞かない彦九郎像・待ち合わせ話だが、評論家の松本健一先生がどこかに記されていたのをぼんやりと覚えている。たしか先生は彦九郎と同郷、群馬県の出身だったはず。そういう縁があるのかもしれない。

 高山彦九郎正之。現代の人でこの名を聞いてイメージが出来る人は、もう少ないかも知れない。
 活躍年も18世紀後半なので、明治維新の1868年には一世紀早い。だから、普通の意味では幕末の物語に登場することもない。

高山彦九郎・正面像

高山彦九郎・正面像
 どのような経緯でこの銅像ができたのか、お姿をどのような方法で復元したのか、今のMuには一切わからない。ただ、少なくとも高校生時代からの記憶はあるので、この一徹な顔、土下座する姿は私の中で「現実」となってしまっている。相当な変人・畸人とされた方なので、そういう噂もからめて、この顔や姿は関東の田舎武士の質実さを、はっきりと典型化している。対するに、都の公家衆はさぞ、噂をしあったものだろう。江戸では田沼意次が執政していた時代だった。
 銅像基盤の「○に十字」が目に付く。単なる意匠か、それとも島津の紋章なのか、これも知らない。

高山彦九郎先生皇居望拝之址

高山彦九郎先生皇居望拝之址
 この石板柱に刻まれた書体も文字の配置も、簡潔な内容も、とても気に入っている。怠って、どなたの書なのか、それすら知らないが、知らないままに「ああ、良い銘を残されて、彦九郎先生、よかったなぁ」と感じ入っている。Muも残すものがあれば、こうでありたい。これを見ていると、漢字という外国の文字を、ここまで綺麗に使い込んだわが国の歴史にあらためて感激する。
 そしてここにも「○に十字」が目に入ってくる。なんとなく車輪のような意匠にも見えるが、先の写真にもあったのだから、これはシンボルなのだろう。「彦九郎コード」なのかも知れないと、思った。

案内

高山彦九郎、皇居望拝之像 (案内)

夜の高山彦九郎

高山彦九郎・側面図・夜間

銅像の全体

高山彦九郎・全体像

 高山彦九郎正之先生は享年四十七歳、九州は筑後久留米の森邸にて、書き物(旅日記か)を破棄し、突然切腹死されたよし。原因は不明とのこと。奇行の噂たかく、志を全うされたとも思えず、自殺されたことに、心中の闇と光とをかいま見、涙ひとしずく遠く未知の先生の為に、流した。

参考サイト
  高山彦九郎記念館(群馬県太田市)

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2005年10月14日 (金)

日出処の天子(7)/山岸凉子

承前

日出処の天子-7/山岸凉子
 ついにという気持の満ちた中で最終巻、7を読了した。感動が深く、あれこれ筆にするのがむなむなしい気持もあるのだが、やはり記事にして、このときMuがどう読み終えたかを後のMuのために残しておこう。
 そしてまたこの図書を薦めてくれた人達にも感謝しておこう。
 二人いた。

 一人は、エドルン君という長年親交の深い人だった。エドルンは十数年前に、Muがこの図書に興味を持ったとき、読むことを禁じた。事情はなんとなく覚えているが、ともかく一旦は読むことを禁じた。Muは例によって素直な性分だから、信用する者の言には原則従うので、読まなかった。
 しかし今夏会ったとき、「読むべし」と言った。丁度京都駅だったので、さっそく駅の地下書店へ二人で行き、コミックスの棚の中から、店員に尋ねて全7冊をみつけ、中も見ずに(封もあったなぁ)即刻全冊購入した。その際、青青とかいう卑弥呼ものも探したが、絶版ないし売り切れのようで、そちらは入手出来なかった。

 もう一人は、これも信用するにたる司書kgk氏だった。昨年ある機会に「よき図書」の話を聞き、飛鳥時代に興味のある立場から、「この漫画は永久保存対象です」と、言い切ってくれた。昨年秋のことだったか、記憶もうすれたが、温厚なkgk氏がそう言ったのだから、これも従うのがよかろうと。しかし、書店がそばにも無かったので、後日に探そうと思ったまま、その後、ご承知の方もおられようが、書店のコミックスのコーナーは、独特の雰囲気があり、慣れないと探すこともできず、ああたらこうたらしているまに、今夏になってしまった。

 ともかく、いまMuの木幡研机上には山岸凉子の絶唱『日出処の天子』全七巻(白泉社文庫版)がある。
 物語からも、描画からも、思想からも、人間観からも、「永久保存図書」としてそばに置いておく。

 何故なのか、と一言で申すならば、厩戸王子という存在にかりて、人間存在の深奥をわかりやすく解いた作品だからである。そしてまた、もしかしたら、上宮王家の一代にしての隆盛と崩壊とを、日本古代史の中で解き明かした作品だからである。

 と、ここで筆を置けばよいのだが(笑)。
 そこが、それ、秋だから心身調子よく、筆がすべる。

1.馬屋子女王(うまやこのひめみこ)
 第七巻は後半に、馬屋子女王が含まれている。最初は附録と思い、本編の読了時には深い余韻にひたっていたので、後日に読もうと思ったのだが、ふとした弾みに読んでしまった。

 ところが。おそらくこの白泉社文庫版はこの中編を併合することで、輝きがましたのではないかと、結論した。
 というのは、馬屋子女王という、厩戸王子の末の娘をテーマにしたこの作品が、山背王子一族壊滅という歴史の不思議さを実に巧妙に解き明かし、ひいては厩戸王子の、本編における未来予知の結論を導き出した作品だったからである。

 世にいういわゆる「後産」ではなく、これは、厩戸王子の思想の決着だった。人を凌駕した者の、人ではない者が生み出した世界は、神話として残すべきであって、現実世界では滅亡せざるを得ないという、実に苦い真実を描いた作品である。

 それにしても、女流作家の描く「馬屋子女王」の性的フェロモンの破壊力は強烈である。みるみる山背一族が滅びていく様が、必然として描かれていた。入鹿が手を下したのではなく、厩戸王子の子孫は自壊したのである。Muは日本史の中に新たな視点を見いだした思いがした。
 (理屈ではなく、一族滅びざるを得ぬ、と得心したのであった)

2.毛人(えみし:蝦夷)の人間性
 蘇我馬子の長男にして、蘇我入鹿の父、エミシという人物がこれほど光をおびた作品はないと思う。
 エミシは作中で回りを、天才・異能の厩戸王子、超絶美形の実妹トジコ、権勢並ぶべくもない馬子(飛鳥の石舞台古墳の主と考えて良かろう、嶋のオトド)達に囲まれて、実に苦戦する。その苦戦は涙無くして語れないたぐいのものである。常に二者択一を迫られ、自ら信念を込めて一方を選ぶも、それが常に解決とならず、次の悲劇を招いた。その悲劇のなかで、ついには「道を見つけたからには、それを全うするのが自然である」と、厩戸王子に決別を告げる。

 作者山岸は、エミシにこそ愛他を描いた。そこにこの漫画のおそるべき破壊力があった。
 天才は、世界を人を、愛することが出来ない存在であると描ききった。
 天才は孤独である。
 だからこそ、仏を仏として冷静に見つめ、その意味の根源を知ることができた。
 おそらく、後世の人はそこに聖徳太子伝説を紡ぎ出したのであろう。
 そして。
 恐ろしくもあるが、馬屋古女王の物語、上宮王家一族壊滅の歴史は本当のことだったのだろう。

*.おわりに
 表現というものは、現代満ちあふれている。しかし、時季に応じてそのどれかに遭遇するというのは、常ならぬ幸運に依存せざるをえない。ただ言えることは、幸運を幸運としてしっかり両手に持つことは、日頃の努力だと思っている。Muは、これからも、メディアの如何にかかわらず、琴線にふれるものを求めようと思った。

 その意識さえあれば、現世は捨てたものではない。
 太子さまがもうされたという「この世は虚仮(こけ)」という言葉は、山岸巫女によって、根底から覆された。黄泉の厩戸王子も、完爾にんまりと、この作品を読まれたことだろう。

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エジプトの神々(2)KDS:カデシュ/浅茅原建

承前

KDS:カデシュ/浅茅原建

KDS:カデシュ/浅茅原建

 異国シリアの戦(いくさ)の女神をエジプトが取り入れた神。

 

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2005年10月13日 (木)

つれづれ

 今夜は少し遅くまで起きている。
 さっきまでBS2をみていた。いつも見ているドラマだが、終盤に入り、あと数回で終わるのだろう。
 今夜も楽しめた。

 日々が高速で過ぎていく。さだまった仕事や読書や、そして物思いを、さだまった手順方式でこなしているからなのだろう。不安も、自責も懸念も希望も、未来も、そして余生も定まった心の規(のり)のなかで破綻なくこなしている。怒りでさえも、怒るべくして怒り、おさめるべくしておさめ、悲しみでさえも、笑顔でさえも、フレームのなかで処理していく。

 かといって能面のまねごとではない。表情を身振り手振り目元にあらわにして、日々生きている。
 現実の反動(リアクション)があったとしても、かわせるものはかわし、やり過ごすものはやり過ごし、とどまる負のエネルギーにさえ身をさらし、焦熱の焼きごてをうけ、なお次の世界では、無敵となって、その次の世界では放浪の旅に心を彷徨わせる。

 というわけで、日々、考えるいとまもなく、感情も身調も、手順通り約束通り執行され、カレンダーが一日一日黒く塗りつぶされていく。

 今はもう秋。
 食事が進み、睡眠がすすみ、読書がすすみ、頭が澄み渡り、心がバネのようにたわみ、次の解放に力を込める。
 さて。
 今夜はどんな本を読んでみるのか。
 そろそろ、エンジンをフルスロットル、霧状のガソリンに空気をたっぷり吹き込み、燃焼をたかめ、シリンダーを活性化し、タイヤを回転させ、道の続く限り、ガソリンの続く限り、走るべきなのだろう。
 たしかに読書しながら、ハンドルを握り、シートに背中を押しつけ、両腕を伸ばし、はしることは出来ない。

 だから、布団の中でそうしていると、いつの間にか目が閉じられて、いつのまにか時計がまわっている。
 明日も元気に起きだそう。
 日々、気持がよい。
 今夜はそんな秋の夜長だった、現在23:22。

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2005年10月12日 (水)

エジプトの神々(1)RA:ラー/浅茅原建

RA:ラー/浅茅原建

RA:ラー/浅茅原建

 エジプトの太陽神。
 剣(つるぎ)を持つ猫の姿で、闇の化身である蛇「アポビ」を切り裂く図像が見られる。
 エジプトでは神が猫に変身する。そしてここにも、「蛇」がいて、それは負の存在、闇、邪悪を象徴するようだ。

 2005年夏、ペン描き

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2005年10月11日 (火)

日出処の天子(6)/山岸凉子

承前

日出処の天子-6/山岸凉子
 いよいよ6/7ともなると収束の兆しが見えてきた。もちろん第七巻までいかねば、どうなるか分からないのだが。厩戸王子がついに母の元をはなれ「斑鳩」に移り、山背王子が誕生したり、大伴が大王の命により大陸へ出兵したり、なかなか動きのある巻だった。さて、この六巻でMuが気づいたことは三点あった。

1.大王暗殺
 この巻は史上有名な「馬子による崇峻天皇暗殺」を扱っている。馬子が東漢直駒(やまとのあやのあたいこま)に命じたというのが定説であろうか。しかし、本巻はそれほど単純ではない。厩戸王子が背景に大きな影となって動く。そして大王側の動きが大伴糠手(ぬかて)の九州からの突然の帰国と合わせて、詳細に描かれる。この暗殺は、どことなく物部を滅ぼした時と似ている。その一点は厩戸王子の見通しに従って蘇我馬子が半ば無意識に動いたという点であろうか。

2.後の左大臣
 阿倍内麻呂という男が妙に謎めいている。妹は蘇我毛人(蝦夷)と契っているのだが、内麻呂は遠い後日、最初の左大臣になっている。それは蝦夷の子、入鹿が聖徳太子の一族をほろぼし、さらに逆に中大兄皇子や中臣鎌足に殺された後の時代である。内麻呂は、泊瀬部大王(はつせべ:崇峻)が殺された後の最初の新嘗祭前夜、頁の片隅に「……」という吹き出しだけで登場する。漫画の良さだろう、セリフなしで姿が描かれただけで意味をなす。だが、その意味は正確にはわからない。いわゆる伏線なのだろうか。

3.夏目房之介の解説
 白泉社版の本書解説は「異形の相貌」夏目房之介となっている。彼の解説は実によく分かり、山岸の異彩をあぶり出していた。そうなのか、とMuも何度も感嘆した。ただなんとなく綺麗な描写、厩戸王子が流麗に書いてあるなと最後まで読んで、夏目の解説を読むと愕然とする。山岸の絵は、トレーシングペーパーで真似ようとしても真似られないほどに、精緻に描き分けられているという実証。王子一人を表すのに、全編、一つとなく同じ絵はない(と、までは言い切っていないが)と思って間違いではないという話だった。こういうことの出来る漫画作家は、まれなようだ。本当に、それを自分でも確かめ、ああ、そうかと納得した。Muは物語にばかりとらわれてきたが、それを作り出している漫画家としての手並み(スキル)は並大抵のものではなかったようである。

 と、最終巻がこころまちなので、本巻はこれくらいにしておく。

追伸
 描かれる多くの錯綜した愛の構図は、それぞれに落ち着き、次の波乱の序章となった六巻だった。毛人は望み通り、物部の元巫女と思いを遂げる。さて、しかし、それがどうなるのか、……。

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2005年10月10日 (月)

気がついたら夜の9時過ぎでした

 今日は、早朝からぐでぐでしていたのだが、思い立って葛野へでかけた。
 なにをする予定もなく、休日に勤務先へでかけるのだから、脳天気なことである。
 しかし先客が二名いた。
 なにをなさっておるのやら(笑)。もちろん、お勉強。
 と、……

 なんとぉ、関係倶楽部(葛野図書倶楽部2001)の◎番隊長まで、昼ごろ現れた。
 「一体、なんですねん~、休みというのに、まあ」
 「はい、倶楽部の仕事のし残しを、今の内にすませておこうと思いまして」
 「ほう、精勤やね、そうかい。昼でも近所で御馳走しましょうか、ザめしや(笑)で」
  (ここで何故笑うかは、歴史がある。まあ、この記事と同じで、内輪の話)
 「いえ、終わったらすぐにバイトですので」
 「おお、おお~(感涙)」
  (本当に、世の中には奇特な若者がおる。バイト前に一仕事とは、見上げたもんですよ)

 さて、先客お二人は各人研究室にこもっておられるので、また葛野は、し~ん、となった。
 Mu、さっそくに、なにをしようかと約一時間横臥し、じっと考え込んだ(本当です)
 で、はたと手をうった。
 そうじゃ、あれをしよう。

 ……夕方。
 最近の夕方はすぐに真っ黒クロスケになる。深夜であるような、もはや夕刻はない世界である。
 しずしずと、葛野を去った。
 おしまい。

追伸
 木幡に帰ってマシンに灯を入れたら、NHK義経(40)に、都合3つものトラックバック(TB)が入った。
 これは珍しい。
 さっそくに、その三つへ返礼TBを送っておいた。
 それぞれ読んでみたが、まあ、おもしろい。なんというか、人の多様性にこの歳になってまた刮目したぞ。
 同じことへの、感じ方、表現の仕方が、ほんとうに十人十色。Muは真剣に(本当です)義経を見ておるので、その違いや、面白さがよくわかる。
 記念にリストしておく、ありがたいTBでした。

  情を封印した将軍 (若葉マークは無敵の印!)
  義経40 政子さまの陰謀 (ぱるぷんて海の家)
  大河感想「血の涙」 (近く本朝うかがうと)

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2005年10月 9日 (日)

NHK義経(40)義経の血涙

承前

 今夜は義経が記した腰越状を鎌倉がどのように扱ったかの一夜だった。
 つまり、頼朝、政子、北条時政(政子の父)、北条義時(政子の弟)、大江広元、坊主(だれだったかぁ?)の合議のもと、結論として頼朝は義経に会わず、平宗盛、清宗親子を再び、義経をして京まで送り返させる。

 この宗盛父子は近江野洲にて帰路悲劇があるわけだが、それにしても義経は後白河法皇の命によって宗盛親子を鎌倉まで護送したのだから、それを鎌倉に入れず返したのは、法皇に対する鎌倉幕府の明白な示威行為であった。

 今夜の見どころは政子の役割だった。
 政子は父の時政に言う。

 政子→「義経を頼朝に会わすのは、これまで情を押さえて理で生きてきた頼朝のタガを解き放つことになる。断じてそうしてはならない」
 時政→「そうじゃな、情にほだされて迎え入れれば、鎌倉には義経の武勲を目の当たりにした多数の御家人がおるから、奴らが義経を持ち上げれば、鎌倉が二分される。そうじゃ、会わせてはならぬのう」
 政子→「それよりも、もっと恐ろしいことになります」
 時政→「政子、それはなんじゃ」
 政子→「マツリゴトに並々ならぬ力をお持ちの頼朝殿と、軍神とみまごう義経が、兄弟手を握れば、北条など吹っ飛んでしまう。まさに源氏の幕府になってしまいます」
 時政→「うぉ~、そうであった!」

 史実として、頼朝亡き後、北条時政は頼朝の外戚である比企を滅ぼしてしまう。そして、時政、義時親子で初期の執権職を確立し、その後、源実朝が殺害されたあと、北条家の幕府となる。

 中井貴一の役どころはセリフが少なく、目や、口元、顔の表情だけで表現することが多く、難しい。これを実に上手に、万感迫る雰囲気を醸し出すのは、なかなかの貫禄だと思った。
 大江広元の立ち居振る舞い、押さえたセリフ、目の動き、これも上手だと思った。

 役者というのは天性のものがあろうが、それにしても、一般世間人よりも精進しなければならない職業かと、今頃になって気がついた。若い頃なら顔がよくて雰囲気だけとか、あるいは、若い女性ならグラマーだとか小悪魔的とか、修練なしでなんとか様にもなろうが、今夜の政子とか、頼朝レベルの役どころ・年齢を演じるのは、キャッキャとするだけでは、どうにもならない。
 どうなんだろう、人知れずの練習があるのだろうな。うむ。

 義経だが、若くて上品な顔立ちだから、渋みとは言えないが、笑顔とか、はにかみとか、そして沈鬱な表情とかはよく味わえるところがある。腰越状を読み上げる、ナラタージュというのだろうか、声調がいたく気に入った。
 史上の義経は少なくとも人間関係や政治関係上の策士であった形跡はないから、このような雰囲気が一番よかったのだと思う。

 ともあれ、今夜も終わった。また観てみよう。
 それにしても、義経ほどの武勲をあげた総大将が、これほどの待遇をうけたとは、史上まれなことではないだろうか。歴史は時に不可思議な航跡を残すものである。

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2005年10月 8日 (土)

十七万アクセス

承前:十六万アクセス

 今回の17万アクセスは、先回16万アクセスが8月30日だったから、約5週間で到達しました。大体毎日投稿できたんですが、アクセス平均は下がり続け(笑)、現状の見当では毎日250程度になっている。
 この理由は、Muもいささか九月は仕事で心労が強く、近辺blog巡回も怠りがちになり、MuBlogの始末で手一杯だったという理由によるものと推測しています。つまり、MuBlogは開設当初より数名の手堅いお客さんを抱えており、この方達だけで毎日数十アクセスを得ていたわけです。

 Muは神経質なくらいに日々コメントに長い返事をだすものだから、巡回が減るということは、Muの心労極めて甚だしく、そのようなMuにコメントすることは、さらに疲労を増加させて、ついには崩壊にいたると、それぞれ長い知古なので、忖度(そんたく)配慮してくださったに違いない、うむ。

 と、ここまで夜郎自大なというか、人の好い解釈をするから、日々Muは元気に生きてこられた、のである(笑)。
 これからも、そうしようぞ。
 人は、自分に都合の良いように世界を解釈する。
 それは実に手堅い生き方である。
 ただし、時に現実世界のすさまじい反乱に遭遇する。その時は、やんぬるかな。
 是非も無し。

@参考に、
3位:義経

ココフラッシュ 3位 (NHK義経35)
 NHK義経の35回目の記事が、ココログのココフラッシュで三位と九位とを得ました。これは記念写真を撮ったので、掲載しておきます。よいではないですかぁ、こういう楽しみもね。
 ココフラッシュは、旬のキーワードのランキングのようですがぁ、ようわかりません(笑)
9位:壇ノ浦
ココフラッシュ 9位 (NHK義経35)

(1)本日記録
  対象日:2005年10月07日(土)雨
  時間 : 午後5時47分、どんぴしゃりでした。(ちょっと、覗いた瞬間でした)
  累計アクセス数: 170000
  1日あたりの平均: 298.25


 記事数: 544 | コメント数: 2801 | トラックバック数: 348 | ライター数:1
 [ただしコメント数の半分はMuの返事。TBの八割以上はMuの自己参照]
 135.464 メガバイト (45.15%)[ただし他の小さなblogを3つ含む]

 なんとなく初秋に17万アクセスを得ていました。もうすこし遅れるとおもっていたのですが。日々の運用も安定してきましたので、このままですと来年(平成18年)の2月か3月には、2年目で、おお、憧れの20万アクセスを達成できるようです、と捕らぬ狸の皮算用。

(2)先週:検索ワードランキング(4件以上のみ抽出)
  対象日: 2005年09月26日(月)~ 2005年10月02日(日)
  合計数:974

順位 検索ワード 件数
1 地図 27
2 石舞台 16

↑ほんとうに妖しいですね。毎回そこそこ上位になっています。こんどこそ小林秀雄「馬子の墓」の解説とか、あるいは膨大なディジタルビデオの一部を静止画にして、追加しなくては。ただ、いろいろ事情もあって、きつい心労仕事になりますねぇ。もっと手早いのは、あっさり飛鳥まで走ればよいのですがぁ。もっと違った視点で石舞台古墳を写心におさめ、そしてもう少し由来をあれこれまとめるべき時期かもしれません。あまりにどっしりとあそこにあるから、Muも安心しきっているようです。

3 京都 15
4 写真 13
5 新撰組 11
6 常照皇寺 11
7 弁慶うどん 10
8 月の蔵人 9
↑ご存じ伏見港界隈のお店の一つですが、これも石舞台とおなじく、そこそこに、ひっきりなしにアクセスがあります。Muも気に入っていますが、全国各地の酒好き、伏見好きの方が、なにかと縁を頼りにMuBlogへ来なすっておるのかも知れません。しかしMuとしても、下戸なので、そうそうしげしげと通うわけにも参らず、まあ、遠来の客でもあればお連れいたしましょうぞ。「ここが、あのMuBlogで有名な、月の蔵人ですよぉ~」とかね。

9 ブログ 6
10 ゲッペルス 6
11 じぶり 6
12 壇ノ浦 6
13 そうめん 6
14 森博嗣 5
15 τになるまで待って 5
↑森博嗣先生の作品はファンがネット世界にも多いのじゃないでしょうか。Muがまれに感想文なんか掲載しますと、必ずアクセスがあります。葛野近辺にも強烈なファンがおるようですから、Muにとってもありがたいアクセスです。おりあらば、S&Mシリーズを全部MuBlog で感想文だそうかとも思うのですが。なんとなく、もったいない(笑)。余生の楽しみに、ちょびちょびと小出しに出しましょうぞ。

16 白鳥異伝 5
↑荻原則子さんの作品です。これは下記20番の空色勾玉と同じシリーズです。初版は随分昔にでましたが、今でも相当に根強いファンがいますね。Muも最近二冊を連続して読みひたり、その古代日本の広大な幻想世界にひたりきり、ときどきそこに埋没してしまうのではないかと、心配になるくらいです。木幡研にはあと二冊おいてあるのですが、これをいつ読むかは思案中です。というのも、Muくらいの年齢になりますとぉ(笑)、単行本一冊に二日間ほど熱中することは、あるていど考えてやらないと、大変なことになるのです(やれ、授業にでてこない、ほらまた雲隠れした、ああ、また重要な会議にでてこない、学生達が待っておる(嘘))と。だから慎重に読む時期を考えておるのです。読み出したら、もう止まらない!

17 感想 5
18 肉うどんレシピ 5
↑これねぇ~。畏友のJoさん関係記事というか、コメントからみなんですぅ。こまりましたねぇ。ほんとに、どこの世界の、もの好きががレシピをもとめてMuBlogに迷いこんでくるのでしょうかぁ~。

19 荒神谷博物館 4
↑これは異変です。記事自体はとても小さなものなのですが、数日前に一時間に40回くらいアクセスがありました。なんなんでしょうね、博物館好きが多いのでしょうか。しかし、これはいかねばなりませんねぇ。開館したようです。

20 空色勾玉 4
21 道路 4
22 天人五衰 4
23 卑弥呼 4
24 うどん 4
25 五条 4
26 伏見桃山付近スケッチ 4
↑これはぁ~。なんとなく思い当たる節もないではないのですが。まさか。まあ、世の中にはスケッチ好きの方も多いのでしょう。そうしときましょう。なお、先々週は、伏見桃山酒蔵スケッチがたくさんありました。

27 or 4
28 森正 4
29 義経 4
30 豊饒の海 4

 意外にも先回16万と違ってNHK義経が減り、やたらと古い記事へのアクセスがあります。上位の石舞台、新撰組、常照皇寺などに顕著です。この傾向は、Muのよしとするところです。最新のニュースや、日記や、旬の記事を求めるblogの成り立ちとは逆の、Mu流データーベース化blogの面目躍如でありまする。

(3)先週:検索フレーズランキング(3件以上のみ)
  対象日: 2005年09月26日(月)~ 2005年10月02日(日)
  合計数:296

順位 検索ワード 件数
1 壇ノ浦  写真 5
2 月の蔵人  地図 5
3 月の蔵人  道路 4
4 三輪神社  そうめん 3

 アクセス平均実数が250程度になりますと、一週間あたりの3回以上のフレーズ検索は激減します。逆に現在のMuBlogを端的に表現するなら「MuBlogは伏見の<月の蔵人>御用達の、専門blogです」となりそうな(笑)。
 壇ノ浦については、上述したココフラッシュからの来客が多いのじゃないでしょうか。最近読み直しましたが、さる日曜の夜に手早く書いた割には、Muの情感がこもっておりまする。どうにも、Muは感激するのでしょうねぇ、ああいう世界に。
 三輪のそうめんは、こりゃぁ~全国区ですからね。「森正」さんの記事です。

(4)先週:曜日別
  対象日: 2005年09月26日(月)~ 2005年10月02日(日)
  合計数:1787

曜日 アクセス数
MON 266
TUE 265
WED 247
THR 239
FRI 321
SAT 219
SUN 230

 どうなんでしょう、これが開設以来一年と半歳すぎたMuBlogの実像なんでしょうな。大体毎日200件程度のアクセスがあって、そこそこに未知の人にも読まれておるようです。うれしいことです。

(5)先週:記事ごとランキング(1%以上抽出)
  対象日: 2005年09月26日(月)~ 2005年10月02日(日)
  合計数:1787

順位 URL パーセント
1 http://asajihara.air-nifty.com/mu/ 20%
2 http://asajihara.air-nifty.com/ 8%
3 http://asajihara.air-nifty.com/mu/2005/09/post_b0b1.html 3%
  ↑絵葉書:能登半島・禄剛崎灯台
4 http://asajihara.air-nifty.com/mu/cat573003/ 2%
5 http://asajihara.air-nifty.com/mu/2005/09/post_9d8f.html 2%
  ↑絵葉書:金沢城と兼六園
6 http://asajihara.air-nifty.com/mu/2005/09/post_7457.html 1%
  ↑絵葉書:能登半島・千枚田
7 http://asajihara.air-nifty.com/mu/2004/03/post_12.html 1%
  ↑石舞台古墳
8 http://asajihara.air-nifty.com/mu/2005/09/post_b0b1.html#comments 1%
  ↑3番の禄剛崎灯台へのコメントリンク
9 http://asajihara.air-nifty.com/mu/2005/09/post_6b11.html 1%
  ↑ 長州砲:義経・壇ノ浦戦・前哨
 
 意外ですね。のきなみ絵葉書(DeepG写真)があがっています。これは、おそらくDeepGご一行が帰郷して、おっとりと旅の余韻にひたったせいかもしれません。しかしながら、結構コメントもあって、こういう旅シリーズは万人に愛されるのかもしれません。
 Muも西行や芭蕉のふりをすると、こんごMuBlog のアクセスが増大するかもしれませんなぁ。
 しかし、記さないでおこうとおもったのですが、今回の仮想・幻視旅行記は、なかなかに好いアイデアでしょう。こういうのりで、がんがん旅情ミステリーを書けたらよいのになぁ。

(6)分析
 知古のコメントに相当おんぶしてもらっていた形跡がはっきりと出ました。実数で、過去ものすごい数のコメントをお得意さんたちからいただいたおかげで、17万アクセスを得たわけです。それは、一ヶ月あたり概略10日分のアクセス数、3千程度だと思います。
 blogはある程度以上に共生のものです。

 他方、MuBlog固有のこととしては、古い記事へのアクセスが未知からあると、本当にうれしいものです。人間一人の興味の対象も、理解力も限られていますから、Muはこういう過去アクセスにたいして、うまずたゆまず、考えやデータを補足し、豊かにしたいと、思いました。

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2005年10月 7日 (金)

出雲大社の修理・遷宮

修理予定
 昨日だったか、今朝だったか、新聞に「出雲大社の修理・遷宮」について載っていた。
 要するに大修理をするために、ご神体が移るわけである。
 予定では、
 平成20年(2008)にご神体を仮本殿に遷し、平成25年(2013)に新本殿に入られることになっている、そうだ。
 予定改修費用は20~30億円とのこと。

お参りしにくくなる
 平成20年~25年の間、出雲にまいっても神殿を見られなくなるのだろう。

出雲大社の歴史
 歴史的には、斉明天皇(659)時に造営され、その後改修を約20回も繰り返したらしい。
 現在の神殿は、1744年だから江戸時代のものである。
 約60年に一回大修理をしてきて、最近のは1953年となっている。

予定らしい
 予定と記したのは、出雲大社が文化庁と相談に入ったばかりで、確定的な話ではないということらしい。
 本殿は国宝だが、歴史ある出雲大社の建築物を、国としてどれだけ援助するのか、まだMuは知らない。
 古い社寺は、あるいは国宝クラスは出雲大社だけじゃないのだから、という理屈もなりたつ。
 ただ。
 やはり、出雲大社は格別であると、確信的にMuは考えている。
 國の安寧を願うならば手厚くしたほうが、よい、と文化庁に進言するぞ(笑)
 
Muの気持
 人々に、そういう日本国歴史のシンボルがあるということを感動的に知ってもらうために、国からの支援も大きくあった方が良いと思う。もちろん寄付金、奉仕、たくさんあるだろうが。
 本心は、往時の巨大な神殿の復元を心底願うものだが、そうなると、なかなか難しいことも多くなるだろう、かな。

参考記事など
  出雲大社公式ホームページ
  古代出雲大社の復元[MuBlog]
  平成の大修理(つらつら日暮らし)

地図
  出雲大社(島根県出雲市大社町)マピオン地図

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2005年10月 6日 (木)

モリログ・アカデミィ:MORI LOG ACADEMY/森博嗣

 四年ぶりに森博嗣先生が日記を再開された。
 タイトルは、「モリログ・アカデミィ MORI LOG ACADEMY」だった。

 現在、他に比較はしていないが、20世紀末のころみた記憶では、作家森博嗣がインターネットメディアに大きな力を注いでいたのは事実だった。当時、サイトを自ら運営し、自ら執筆されていた。Muも始めて<森博嗣>の噂を聞いて興味を持ったのは、「森先生という作家は、ネット(メール)でしかファンとは接触を持たない人らしい」という噂が影響した。「変わった人だなぁ」と思った記憶がある。
 インターネットにファンクラブもあった。

 実は、それほど印象深かったのは、森博嗣先生が始めてサイトを開設した年月が、ほぼMuと同じだったこともある。
 「森博嗣の浮遊工作室」は(since 1996/08/20)と記されていた。そして、Muは某サイトを「平成八年(1996)七月十日水曜日開設 」と記している。もちろんアクセス数は、前者が今日付午後11時過ぎで7272853と出ていたが、Muの方はおそらくいまだに数万のレベルだろう。

 2005年10月6日開設のMORI LOG ACADEMYは、blog仕様のようだ(本日付けでは調整中)。著名な方が、というよりも9年間で700万アクセスをホームページ仕様で叩き出された方のblogが、どうなるか、想像するだけでわくわくする。blogはホームページに比べて、一般にアクセスが高くなる。昔の8ビットマシンなら、2バイト整数の限界6万なんかすぐに突破する。話は変わるが、「あっという間に、すべてがFになる」と書けば、ネタばれかな(笑)
 [Mu註:現代のパソコンで普通の整数は、42億程度が限界のようだ]

 ともあれ、毎日、森博嗣先生の日記を読むのは楽しいものだ。
 なんとなく、作品のすすみ具合や、日常がうかがえて興味深い。本当は裏話などないのだが(笑)、なにかありそな予感にさせられる、作家の手腕。

 Muや、Muの知り合い達は、日記というよりも「記事」「エッセイ」に傾いている。それは、一般の人の日記って誰も読まないが、記事だと、不特定多数の人も興味を持ってくださることが多いからかもしれない。Muが素人っぽく読書記録を書けば、その本に興味を持ってくれる人なら、袖擦れ合うも多生の縁。

 今日は記念日。森博嗣日記再開の日でした。 

追記
 いろいろな情報(以前、ずっと森先生の日記を読んでいた)から推測すると、森先生のHP「浮遊工作室」は1996年当初、システムとしてマックの8100マシンで、Web発信ソフトはWebSTARのようだ。なぜこんな詳細が気になるかというと、Muも全く同じ仕様だったからである。
 まあね。ファンの一人としては、うれしいもんです(笑)

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2005年10月 5日 (水)

日出処の天子(5)/山岸凉子

承前

日出処の天子-5/山岸凉子
 この巻は毛人(えみし)の恋愛を中心にそえた、彼の懊悩と、おんな達の嘆きであった。晴天白日のもとで暮らす分には、こういう内容を想像することも難しいから、おんな達よ、おとこ達よ、なにをそんなに思い悩むのだ、好きになったらひっついて、飽きたら離れる、それでよろしやおまへんか、とうそぶくところだが。

 だが、この5巻あたりになると、読むものをして、そうは言っておられない、じつに人と人との結びつきは複雑で精妙で、そうして男女の仲にも、次から次へと難問奇問がわき上がってくることよな、と思わず長嘆息させてしまう「力」がある。
 この「力」とは、現実感。それは作者の力量そのもの。読者は、確固としたその世界にひきずりこまれてしまう。

 なぜ、蘇我の大臣(おおおみ:おとど)の優れた長男が、やせ細るほどに女子のことで悩まねばならぬのか。
 相手は、呪力もいまひとつ冴えないただの小綺麗な若い女にすぎぬではないか。

 逆に一体なんで、フツヒメは毛人(えみし)を好きになったのか、男子のMuにはわからぬではないか。
 話らしい話もせずに、ただ相手が男前で、困窮を助けてくれるなら、それだけで生きるか死ぬかと思うほど、男子を恋いこがれるのかぁ? 単純だな。

 かたやなぜ、人々に慕われ敬われ、他に比べることも出来ない天才、先の天皇の第一子(実は第二子かも)、厩戸王子(うまやどのおうじ)が悩まねばならぬのか。人の心などどうにでも操れる妖しの王子が、なぜ悩む。複雑だなぁ。

 一方転じて 「結婚」という、当時も今も、社会的に認知された男女の結び付きに目がいく巻だった。
 それは現代でも、バツイチであれなんであれ、社会的公認のあるなしで「負け犬」「勝ち犬」(犬じゃなかったか、猫だったか?)と、評価項目にあがるほど根が深い。

 ところがこの巻では、おんな達も、おとこ達も、優れた登場人物に限って、「結婚」という世間体は、なにほどの幸せももたらさない。不幸の結果、そして不幸の始まりが結婚となっている。そういうなにがしかの皮肉が深く描かれていた。

 馬子は息子の毛人にいう。「物部の残党(フツヒメ)を嫁にしても、そいつは一生日陰者だ。一切の公式行事、一切の人の集まる場所には、顔を出せないのだぞ。お前は、別に正妻をもたないと、一生独り者だ」そういう叱責をうける。

 厩戸王子は、権門勢家の、どれほどの美女、すぐれた女に慕われ、何人妃にしようとも、指一本触れることはない。王子にとって、女は「物」でしかない。性の対象でもない、相談相手でもない、子孫を残して宮家を存続させる意思すらない。ここまで極みにいくと、「人」でなくなる。

 厩戸王子も蘇我毛人も、それぞれに深い懊悩にひたり、それぞれが後戻りできないような行動を起こしてしまう。行動の結果、ますますジレンマは深まり、……。
 絵に描いたような(ああ、漫画だから、絵でしたな)、人生の悪手。
 そこまで「マズル」のか、そこまで下手に行動しなくてもよいのに。
 じっとしておればよいのに。

 実は、この巻についてはすでに二週間も前に記事草稿を持っていたのだが、どうにも今朝まで掲載する気力がわかなかった。
 としるせば、Muのように小説、映画、芝居、なんであれ男女の機微に疎く、人の心を解せない唐変木がなんでこの巻、読んだのかと自問他問ありそうだが、そこはそれ他人事、人の懊悩は蜜の味とわりきって、ただ流麗な描画にぐいぐい引きずられ、一気に読み終えた。
 だが、巻をおいてみれば、うむむと、天井を眺めること、二週間。

追伸
 途中、随分なやんできた、この作品の「主人公」。毛人(えみし)かな、と何度も思った。
 しかし、5/7巻、まできて、やはり「厩戸王子」がこの作品の中央に立つ人だと、いまさら確信した。王子の懊悩は、数ヶ月で消え去る男女の「狂」とくらべて、深い、存在に根付いたもののようだ。代替物がなく、解決しがたい。

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2005年10月 3日 (月)

金魚水槽の風景

承前[金魚鉢というよりも水槽]

水槽45の風景

水槽45の風景
 というわけで、昨日日曜日はMuBlogを触る気力もうせて、終日ぼんやりしていたのですが、ただ、金魚水槽の掃除だけは喜々としました。サイフォンで水を3/4もバケツにだして、金魚君を別の小型水槽に移して。大型水槽(といっても幅45センチ)を新装の風呂場に運んで、くるくる回転させながらシャワーとスポンジでごしごし。真水を一杯いれて、色石を丁寧にそっと沈めたら、このとおり。

グリ銀金

グリ銀金
 グリ銀もあとのグラ赤も、なんとなく鮮明じゃないのですが、これが噂のグリ銀金魚です。得意技は大バク転。ちっこいせいかすばしっこくて、ときどき水面に水を飛ばします。かくれんぼう好きなのか、藻のなかに潜むことも多いのですが、今夕は水車小屋に頬ずりしとりました。変な奴です。

グラ赤金

グラ赤金
 これが巨大化した噂のグラ赤金魚です。でっかいです。尾っぽなんかを後ろから見ると、ふわ~っと海月(くらげ)の傘に見えます。おっとりしていますが、ご飯時は水面に突進します。このグラ金は、ひとえに毎日「でっかい、大きいなぁ、このままだと水槽一杯になるぞ」とばかり、つぶやいて見てきたのです。本当に、どうなるのでしょうね。

天魚の舞

天魚の舞
 天魚の舞とは、キザなタイトルですが、どうにも何が写っているのかわからないような乱舞なので、しかたなく、そんな名前にしてみました。乱舞というよりも、フラッシュ無しだと動体を撮すのは難しいです。ところが、回り全部が鏡面なので、フラッシュつかうと、まず駄目だろうと判断した結果、この乱舞でした。そうそう、カメラが回りのガラスに映り込むのも難しかったです。数枚はそうだったのです。いやはや、金魚鉢撮影は、プロ級の技がひつようですね(笑)

追伸
 新しいちっこいデジカメを手にして半年もたったが、どうにも手ぶれがはげしくて、カンがはたらかない。
 撮しているときにはもっと鮮明なイメージだったのだが、写真をみると、ほとんどがピントも甘く、ブレも激しい。やはり本格的一眼レフで、どっしりとした重量感のもと、フルマニュアルで、じっくり撮さないとだめなんだろうかな。と、機械のせいにするこの甘さ(笑)。もしそれでも駄目なら、後がないぞ。

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2005年10月 2日 (日)

NHK義経(39)休講のお知らせ

承前

 本日は、Mu、諸般事情により休講いたします。
 来週またお目にかかります。

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2005年10月 1日 (土)

英雄:ヒーロー

 事情で終日ごろごろしていたが、午後あたりからなにか気持が動き出して、ついに以前流行った「ヒーロー」という映画に埋没してしまった。

 この映画は、どっかで(ふうてん老人日記かな)、ふうてん爺さんも褒めておった。爺さんは最近、中国や朝鮮の映画・ドラマは古い日本の映画を参考にしているから、その原点を極めるともうされておったようにも思うが、記憶が定まらぬ。

 で、映画「ヒーロー:英雄

 森に囲まれた鏡面のような湖の真ん中に「飛雪」の亡骸があって、思念の中で残剣と無名とが戦う。このシーンは良かった。

 最初の出だし、異様なカラスのような礼装を着た官人数千人が、質実剛健の極みのような大宮殿前広場に整列し、稀代の剣士「無名」が大王(後の始皇帝)に謁見するのを見守るシーン、まあMuはこれで度肝を抜かれた。

 途中から「剣」の篆書のような古い文字を背景にぶら下げた王座の、その独特の、日本とも、華美中華清朝ともことなる、古式中国のデザインに、Muはひれ伏した。

 中装備の槍騎兵、重装備の歩兵、超弩級、脚で弓を押さえ引く強弓、数千の数万の矢が空を固まって飛翔するさま。秦がどれほどの強兵を束ねていたかを、はじめて眼前に深く味わった。これでは、合従[連衡](がっしょう[れんこう])しても、秦一国に勝てなかっただろう。

 巨大な円形図書館、簡柵(木簡、竹簡)の山。ああ、往時の図書館は、こうであったかも知れないという、新鮮な驚き。

 無敵の女剣士「飛雪」の、枯れ葉舞うごとき、舞剣の流麗。
 義侠心、秦王の涙、男女の嫉妬と憎悪と愛の深さ。八歳から「旦那様」残剣に養われ美しく成長した侍女の切なさ。

 こういう映画は始めてだった。大昔、スターウオーズに接し、宇宙船がぼこぼこで汚れていることに迫真を味わったが、それ以上の壮大な異文明の迫真に圧倒された。

 映画の内容は周知なので、ことさら記すことはないのだが。
 というよりも。
 これは、精巧なミステリー。
 
追伸
 主要な俳優は全部気に入った。これは珍しい。中で一人というならば、まよった末に主人公の「無名」。
 次が、残剣。次が意外にも、秦王。
 女優は、おふたりとも良かったが、Muの好みからなら侍女。
 ヒロインの飛雪は頼もしいが、そばにおくと、何十回殺されるか分からない、殺気。

再伸
 中国を知らないせいもあって、悪い中国の姿ばかり入ってくる昨今だが。
 こうして古式中国をビジュアライズすると、なるほど、紀元前200年代でこうなんだから、隋や唐の前に、周辺国がひれ伏したのもようわかる。ちょっと、勝てないような文明の頂点、それを支える人海。
 なにがあっても不思議じゃない国と、思った。
 それはつまるところ、恐ろしい、底知れない恐怖も味わうところである。

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