日出処の天子(4)/山岸凉子
愛の複雑な相関を、ここでメモしておく。多岐にわたるので、その中の要点だけを記す。
なお、↑↑は強い愛情、執着。↑は、好意。毛人(えみし)の、厩戸王子への愛情は、まだ明確ではないが、強い。
厩戸王子(うまやどのおうじ:のちの聖徳太子) 男
↓↓↑
蘇我毛人(えみし:蝦夷) 男
↑↑↓ ↓↓↑↑
蘇我・刀自古郎女 物部・布都姫:石上斎宮(巫女)
(とじこのいらつめ) (ふつひめ)女:物部守屋の娘
女:毛人の実妹
妹が実兄(えみし)を物狂おしく、しかも心中深く押さえ込み、愛する姿。刀自古は大王(おおきみ:崇峻天皇)からの入内要請を嫌悪し、婚礼の前日に入水自殺を図るが、別の用で偶然通りかかった厩戸王子の通報で、生を得る。もちろん何故自殺未遂を起こしたかは、大王を嫌っていることは分かるが、廻りのだれも、それが兄への執心であるとは気がつかない。
一方、兄の毛人は、橿原に隠れ住む石上斎宮布都姫と相思相愛になる。言葉もほとんど交わさずこうなってしまうというのも、男女の仲。それは不自然な描き方ではなかった。そうなるだろうな、という流れであった。ところが、二重三重に制限が生じる。厩戸王子の冷徹な洞察と計算によって、大王は布都姫を知ってしまう。女狂いに近い大王は、后にむかえようとする。しかし、巫女を妻にすることは天が許さぬ、地が許さぬ。石上斎宮辞任を画策する動きが、雨乞いとなる。
布都姫は複雑な立場だった。彼女は、滅びた物部守屋の実の娘でもあった。残った物部一族にとって、蘇我の毛人は敵(かたき)でもあったのだ。
さて。厩戸王子。彼は異能の人であった。天地神祇を自在に操る、魑魅魍魎を手なずける、心を読む、母親でさえその才能、異能の前に、実の息子厩戸王子を避ける。その王子が唯一ままならぬこと。それは、毛人なしでは、自らは欠落のある人間であるという自覚である。しかるに、毛人は王子のそこまで深い、切実な要請に気がつかない。どころか、布都姫への愛の前には、王子への理解が遠のく。
なんと複雑な人間関係。
そして、Muがどこまでそれらを、4巻目までひたりきって、得心できたのか。
少しく、後巻のためにメモをしておく。
1.毛人と布都姫との愛情
これは、厩戸王子の思いに賛成するので、ただの男と女の相思相愛に思える。お互いに、相手の才能などを必要とする愛ではなくて、「困窮の中、助けてくれた毛人さま」「布都姫、あなたほどの美女は二人といない、」そもそも、発端はそうだった。だから、まあ数ヶ月フェロモンの狂乱に、狂っただけのごく普通の恋愛。
雨乞いを失敗した布都姫に厩戸王子は冷たくつぶやく、「恋をした、ただの女に、神慮は見えぬ」というようなセリフだった。たしかに、布都姫の顔がなにかの事情で醜女風になったら、毛人、どうする!
ただし2点メモすると、作者が布都姫を今後どうするのか、まだMuは知らない。
それと、布都姫という存在、守屋の娘にして巫女、石上斎宮を、出してきた作者の力量には、唖然としている。感嘆である。
2.刀自古の、兄・毛人への愛情
当時ならぶものなき才能を持った厩戸王子から、切実に求められるほどの毛人。その毛人を兄として、幼時から慣れ親しんできた妹・刀自古。まだぼんやりした男に描かれているが、毛人(えみし)は蘇我一門を引き継ぐ長男である。長きにわたる信頼と兄妹愛が、いつしか、兄を「男」として見てしまっていた。
記紀にある近親相姦の様態からみると、あり得る話として、リアルに思えてきた。また、集中、女性としての描かれ方は、ここまででは刀自古が一番冴えている。(布都姫の場合、七支の秘刀を捧げ持つ巫女姿が一番だったが)。
史実としては、刀自古は厩戸王子の妻(正妻は、貝蛸姫か、芋蛸南京姫か? この世界の史実はMuには分からない)となるはずだ。さて、この世界ではどうなるのかぁ。
3.厩戸王子の毛人への愛情
一番問題が深いので、今日はここまで(笑)
ただ、メモとして、つまり人間存在の深奥で、欠落した部分を補う他の存在。それが、王子にとっての毛人(えみし)だった。たまたま相手が同性の男だったという描かれようである。
ただし、どうなるのかは最終巻まで、それはお楽しみ。ヘテロ野郎のMuにも、そういう機微は興味深く思える(笑)。
愛情問題に筆をとられて、肝心な事を書くのを忘れるところだった。
厩戸王子は、伊勢斎宮を、神仏を含めた新たな「神」としてとらえていた。
それに対して、石神斎宮を、古き神だけのものとして、含意していた。
このあたりの、筆致は、またしても作者の力量を仰ぎ見るMuでありました。単なる知識の列条ではなく、物語の流れにおいて、要所要所で厩戸王子に、朝廷を、百官を、そして読者をうならせるセリフを吐かせる。うむうむ。
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