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2005年9月12日 (月)

白鳥異伝(はくちょういでん)/荻原規子

承前:勾玉三部作(1)空色勾玉

白鳥異伝/荻原規子 作<ハクチョウ イデン>

白鳥異伝/荻原規子
 (BN15137558)
 東京 : 徳間書店, 1996.7
 598p ; 19cm.
 (BFT[Mu注:徳間書店のシリーズで、Books for teenagers。つまり少年少女むけ図書])
 注記: PTBLは背から
 ISBN: 4198605408
 著者標目: 荻原、規子(1959-)<オギワラ、ノリコ>
 分類: NDC8 : 913.6 ; NDLC : KH454

所蔵図書館 84[By Webcat 20050911]

帯情報

 遠子(とおこ)と小倶那(おぐな)は双子のように育った。都に出る日、小倶那は誓った……必ず遠子のもとに帰ると。けれども小倶那は「大蛇(おろち)の剣」の主(ぬし)として帰り、遠子の郷(さと)をその剣で焼き滅ぼしてしまった……。
 「小倶那はタケルじゃ、忌(い)むべき者じゃ」大巫女(おおみこ)の託宣を胸に、何者にも死をもたらすという伝説の勾玉の首飾りを求めて旅立つ遠子。だが、ついに再び会う日が来たとき、遠子の目に映った小倶那の姿は……?
 神代から伝えられた「力」をめぐって、「輝(かぐ)」の未裔(すえ)、「闇(くら)」の未裔の人々の選択を描く、ヤマトタケル伝説を下敷きにした壮大なファンタジー。

Mu注記:感想
 荻原規子による勾玉三部作の、その2にあたる。

 さて本書はヤマトタケル伝説を下敷きにしていると帯にあった。もちろんそうなのだが、ファンタジー、物語としてその完成度は非常に高い。また謎も多い。そして、神と人との狭間にたつ小倶那(ヤマトタケル)の悩みも深い。一々の表現、描写の密度も高い。そうじて、これを十代向け幼童話としての装いを持たせるのは、もったいない。荻原規子は、先回の『空色勾玉』までは未読の人だったが、今生、巡り会えて喜びがわき上がってくる。相当に読まれている図書と見当をつけているが、もしこの大部な『白鳥異伝』、あるいは勾玉三部作、あるいは最近の『風神秘抄』が多数の少年少女に読まれているならば、わが国の将来にもうっすらとした光が見える。

 Muが特に感心したのは、そう、目から鱗がおちたのは、神と人との狭間にたつ古代の英雄の悩みというものを、本書であますところなく味わったというところである。小倶那(おぐな)は、ある種因縁によって強力な剣(つるぎ)を扱う者としての出生を自覚する。その力は、多くのアニメや、漫画に表現されてきた最終兵器、あるいは現実世界に存在する核兵器のようなものと考えれば想像がつく。これを、本書は「神の力」とする。野山を殺し、村人を殺戮し、敵を破壊し、恋人を殺し、そうして最期に我が身すら殺す、神の力である。

 この神の力がどれほどすさまじいか、その中で巫女というものがどれほどの力をもつものか。本書によって、Muは震えながら、そのイメージを感じ味わった。
 恵みをもたらす神とは、同時に荒ぶる霊でもある。
 その荒ぶる様とは、大雨が降り、疫病がはやる程度のものではなかった。

 この力は一体何なのか。まほろばの大王(おおきみ)の妹、齋王モモソヒメが長らく齋(いつ)き奉ってきた大蛇の剣(おろちのつるぎ)にその秘力がある、とMuは思ってきた。それを操れるのは、小倶那(ヤマトタケル)一人であると思ってきた。しかし、終盤にいたり、小倶那は恋人の遠子につぶやく、「あれは、ヨリシロにすぎない」と。

 謎は深まるばかりである。

 小倶那がその破壊兵器である大蛇の剣を、その剣の力を捨てることが出来るのかどうか。剣の破壊力に立ち向かえる唯一の武器は、伝説の玉の御統(みすまる)しかない。しかし、その五つの勾玉を連ねた御統(みすまる)は、本書では完成しない。五つの勾玉を探して、遠子は、出雲のスガルとともに九州に渡る、東国に渡る、四つは見つかった。四つの勾玉は「死」をもたらす。しかし、小倶那に一身化した邪霊の執心を破ることは、四つの玉の「死」をもってしてもできなかった。どうなるのか、……。

 謎多き物語だった。そのほとんどは、解き明かされる。だが、残った謎も多い。
 
 小倶那とは、何者なのか。その父は、母は。本書の中盤に、小倶那は登場しない。その間を、スガルという長身、赤毛、女好きのする若者が遠子を導く。この、絶妙の人物に読者は惹きつけられるだろう。そして小倶那はようやく終盤に、現れる。これ以上ないほどの、うち捨てられたおびえ、ふるえながら、なお英雄として部下や村人にあがめられる小倶那(ヤマトのタケル)として、遠子の前に立つ。

 遠子とは、何物なのか。ただのやんちゃな少女が、何故「玉の御統(みすまる)」を操れるのか。
 小倶那と遠子は、なぜ、憎み合いながらも惹かれるのか。
 多くの謎は、解き明かされつつも、その底になお深いものがあり、それに触れてまた謎が生じてくる。

 神と人との狭間に苦悩する姿は、わかりやすく人間の絆の相克に表現されている。
 ともかく、父殺し、母殺しをしなければ、かえして、恋人さえ殺さざるをえなくなり、また自らも破滅するという関係を、古代ロマンの中にこれほど、迫真の筆致で描いた物語は、あまり経験がない。人の匂いのするそういう関係が、神と人との相克に直結するという文学を、十代少年少女の為だけに読ませるのは、もったいないことである。長く生きてきた者達こそが、さらに深く玩味するところであろう、か。

補注
 精緻に記すことはしないが、倭媛命ではなくて、ヤマトトトビモモソヒメらしき人が大王(景行天皇比定)の妹である結構に、Muはいたく感心した。ここに、記紀風土記を下敷きにしたとはいえ、創造の力がみなぎっている。また、倭建命の命と引き替えに海原に身を投じたオトタチバナヒメに比定される人物は、櫛を海辺に残してはいるが、……(笑)。いや、物語に飽きない、倦まない。巻を閉じたとき、楽しさ、うれしさが全編をおおっていた。

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受信: 2005年12月26日 (月) 04時29分

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