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2005年9月 4日 (日)

壇ノ浦の今:義経・壇ノ浦戦・前哨

承前

 昨日に続いて、NHK義経・壇ノ浦の合戦を見る前に、予習をしておく。
 現在の壇ノ浦がどんなふうなのか、知っておきたかったからである。
 (となると、来年は大坂城や、関ヶ原へ行かねばならぬのだが、功名が辻・司馬遼太郎)
 大学卒業の2月か3月、卒業旅行へ資金難ゆえにいけなかったMuは、貧しき友と語らい3人で、車に寝起きするだけの旅行をした。その時、萩から下関にでて、門司・小倉・博多・太宰府と進んだ記憶がある。
 当時、あっというまに渡った九州だが、いまそこがどうなっているのか。写真で見ておこう。

関門橋

関門橋
 この橋は1973開通なので、Muの時代にはなかった。だからトンネルを使ったのだろう。現在、トンネルと関門橋の棲み分けがどうなっているのか、ふと気になったが、まあ「壇ノ浦の合戦」には縁も遠いのでよしておく。Muは、こういう橋をこういう角度で撮ったり見たりするのが好ましい。いつかはここを走ってみたいと、そんな気持になる。全長一キロ程度だが、こちら側の壇ノ浦PKも、向こうのレトロ門司港近くの和布刈(めかり)パーキングエリアも景色が良いとのことだ。九州は浪曼に満ち、そして関門はフグの薄造りに満ちている。よきかな、よきかな。

壇ノ浦

壇ノ浦
 撮ったのが年末の、曇りがちの日のようだ。冬の海なんだろう。どこに立って、向こうがどこかは、正確にはわからない。ただ、ここが壇ノ浦だということは分かる。ここを源平の兵船が入り乱れて戦った。双方あわせて1200艘ほどだったのか。飛んだ矢は、浮いたのか沈んだのか。鎧兜に身を固めた武者が船上で争った、というのは、水泳の好きなMuにはわかりにくいことでもある。映画小説と異なり、靴を履いたまま、ズボンのままでは、水中では相当に動きが鈍る。海だから、浮力はあろうが、鎧兜は重いだろうから、落ちたら沈む。この海に、落ちた源平、目に浮かぶ。

壇の浦古戦場址

壇の浦古戦場址

安徳帝御入水之処
安徳帝御入水之処

御裳川橋
御裳川橋

参考サイト
  義経伝説紀行 第19話
  壇ノ浦の合戦、平家の最期

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旅の途中、ふらりと栃木県の湯西川温泉に立ち寄った。以前宿泊に来たときは、早春のな [続きを読む]

受信: 2005年9月 4日 (日) 20時05分

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