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2005年9月 5日 (月)

日出処の天子(3)/山岸凉子

承前

日出処の天子-3/山岸凉子
 この3巻は、崇峻天皇(泊瀬部大王:はつせべのおおきみ)が暗殺される前夜と考えて良い。このあたりの血縁関係は複層しているのでいくつかの親族視点がありうるのだが、厩戸王子(うまやどのおうじ)を中心にすると、現天皇は、母の穴穂部間人媛(あなほべのはしひとひめ)の同母弟にあたる。つまり叔父である。
 さらに先代の用明天皇は実父で、その父の姉は実力者額田部女王(ぬかたべのひめみこ)となる。かの女は、実は先々代の敏達天皇の后だった。つまり、額田部女王は厩戸王子の伯母にあたり、やがて推古天皇となる女性だ。
 で、さらに重要な点は、後の推古女帝と厩戸王子の母とは、異腹の姉妹になる。
 ここで、第3巻に話を戻す。

 つまり、この漫画は非常に精細な古代史を描いている。親戚血縁の複雑さの中で、その関の人間関係をリアルに再現しているのである。こういう点は、絵からもキャラクターが特徴的に描き分けられているので、1巻目ですでに、厩戸王子の母と、叔母とは一目でわかる。また、血縁図もある。

 さて、Muが作品に真のリアルさを味わったのは、才能ある厩戸王子を母が後ろ盾するのか、叔母が後ろ盾するのか、この複雑な様子をすっきりと描いているところにあった。二人の女は共に先の后、先々代の后である。後の推古女帝は、菊見の宴にさそった厩戸王子が、招待に応じるか、あるいは同日、母と弟たちと自家の菊見に参加するのか、試みる。その時のセリフが鋭いものだった。

「あの子は、間人媛(はしひとひめ)の器量には大きすぎる息子なのかもしれない」
 叔母の誘いを断ることもできた王子は、乗った。
 そして、実母の間人媛はいう、
「あの子はわたしよりも額田部女王さまを選んだ……」

 これはしかし、息子、甥にかかわる、女性の感覚的・生理的ぶんどり合戦話ではない。明確に権力の維持、政争が絡んでいる。愚かしく描かれた現天皇(崇峻:泊瀬部大王)の次代は、才能見識血筋から、厩戸王子であるとは衆目の一致するところであった。次の天子を、異腹姉妹のどちらが手中にするかによって、両家には、様々な波及がある。もちろん、漫画自体は実母と王子との関係を、さらに陰影深いものとして描いている。

 多少、話が理屈に傾いたが、もうひとつ記しておくならば、ここに蘇我蝦夷(毛人)と王子との複雑な愛情がからまる。しかも、毛人(えみし)は実質的最高実力者、大臣蘇我馬子の息子であり、なおしかも、厩戸王子の母方叔父が馬子なのである。

 新出の人物として、石上(神宮)・斎宮の布都媛(ふつひめ)が毛人の前に現れる。この人物は2巻の巻末座談会で作者と氷室とが、ふたりして笑っていたキャラクターなのだが、Muはある事情から作者の意図とは別に、重要視している。まず、専門家でない限り、この漫画の愛読者でない限り、だれも天理市にある石上神宮に、当時斎宮がいて、それが物部守屋の縁者だと、想像することは出来ないだろう。真偽を言っているのではなく、歴史の状況設定の巧みさである。そういう、歴史のツボを、山岸はいともあっさりと描ききっている。恐るべき力量と、Muは瞠目した。

 なお、この3巻まできて、Muはふとあることに気がついた。ここに描かれた厩戸王子は、丁度邪悪な安倍晴明という趣だったことにである。

注記
 巻末対談は作者と梅原猛である。これは、すばらしいことだ。

 また、Muはまことにわかりにくく理屈じみたことを記したが、漫画自体は、そういう系図の複雑さなど「うざったきこと」を一切感じさせない。そこがまた、不思議なほどよくできている。

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