日出処の天子(3)/山岸凉子
さらに先代の用明天皇は実父で、その父の姉は実力者額田部女王(ぬかたべのひめみこ)となる。かの女は、実は先々代の敏達天皇の后だった。つまり、額田部女王は厩戸王子の伯母にあたり、やがて推古天皇となる女性だ。
で、さらに重要な点は、後の推古女帝と厩戸王子の母とは、異腹の姉妹になる。
ここで、第3巻に話を戻す。
つまり、この漫画は非常に精細な古代史を描いている。親戚血縁の複雑さの中で、その関の人間関係をリアルに再現しているのである。こういう点は、絵からもキャラクターが特徴的に描き分けられているので、1巻目ですでに、厩戸王子の母と、叔母とは一目でわかる。また、血縁図もある。
さて、Muが作品に真のリアルさを味わったのは、才能ある厩戸王子を母が後ろ盾するのか、叔母が後ろ盾するのか、この複雑な様子をすっきりと描いているところにあった。二人の女は共に先の后、先々代の后である。後の推古女帝は、菊見の宴にさそった厩戸王子が、招待に応じるか、あるいは同日、母と弟たちと自家の菊見に参加するのか、試みる。その時のセリフが鋭いものだった。
「あの子は、間人媛(はしひとひめ)の器量には大きすぎる息子なのかもしれない」
叔母の誘いを断ることもできた王子は、乗った。
そして、実母の間人媛はいう、
「あの子はわたしよりも額田部女王さまを選んだ……」
これはしかし、息子、甥にかかわる、女性の感覚的・生理的ぶんどり合戦話ではない。明確に権力の維持、政争が絡んでいる。愚かしく描かれた現天皇(崇峻:泊瀬部大王)の次代は、才能見識血筋から、厩戸王子であるとは衆目の一致するところであった。次の天子を、異腹姉妹のどちらが手中にするかによって、両家には、様々な波及がある。もちろん、漫画自体は実母と王子との関係を、さらに陰影深いものとして描いている。
多少、話が理屈に傾いたが、もうひとつ記しておくならば、ここに蘇我蝦夷(毛人)と王子との複雑な愛情がからまる。しかも、毛人(えみし)は実質的最高実力者、大臣蘇我馬子の息子であり、なおしかも、厩戸王子の母方叔父が馬子なのである。
新出の人物として、石上(神宮)・斎宮の布都媛(ふつひめ)が毛人の前に現れる。この人物は2巻の巻末座談会で作者と氷室とが、ふたりして笑っていたキャラクターなのだが、Muはある事情から作者の意図とは別に、重要視している。まず、専門家でない限り、この漫画の愛読者でない限り、だれも天理市にある石上神宮に、当時斎宮がいて、それが物部守屋の縁者だと、想像することは出来ないだろう。真偽を言っているのではなく、歴史の状況設定の巧みさである。そういう、歴史のツボを、山岸はいともあっさりと描ききっている。恐るべき力量と、Muは瞠目した。
なお、この3巻まできて、Muはふとあることに気がついた。ここに描かれた厩戸王子は、丁度邪悪な安倍晴明という趣だったことにである。
注記
巻末対談は作者と梅原猛である。これは、すばらしいことだ。
また、Muはまことにわかりにくく理屈じみたことを記したが、漫画自体は、そういう系図の複雑さなど「うざったきこと」を一切感じさせない。そこがまた、不思議なほどよくできている。
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