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2005年8月20日 (土)

NHK義経(32)屋島の戦い

承前

絵地図・屋島の平家と義経軍(NHK義経より引用)

屋島の平家と義経軍
 先週の日曜日は、夜に懇親会があって、やむを得ず録画した。鑑賞は本日土曜日午後まで持ち越されたが、なかなかに感動の作品となっていた。
 全編の中でも、Muはなにかの因縁で、一ノ谷とこの屋島の戦いとを録画せざるをえなかった。となると、数週間後の壇ノ浦、および弁慶安宅の関くらいは録画したほうが良いかも知れない。

 それほどに出来映えがよかった。
 やはり、遠く京の都の別荘地(笑)宇治の木幡から毎週念じるように見ていると、その念が関係者に乗りうつるのかも知れない。
 二つあった。ひとつは、那須与一と扇の的。もひとつは、佐藤継信の死。断片画像(カット)では、扇を持った能子(よしこ:義経の妹)、最終場面・波打ち際で瀬戸内海の夕日を眺める義経、弁慶のシルエット。伊勢三郎の機略もよかった。

1.扇の的
 史実はおくとして。
 義経の妹が平家の中にあって、尼・時子に自ら扇の的を持つ役を、願い出るところから哀切感がただよってきた。敵味方別れ、能子は兄を見分けられても、義経はそれが妹とは、しかとはわからない。
 瀬戸内海に漂う小舟にのって、金色の扇を持ち長い髪を風にゆらせ、すくと立つ能子。これは絵になった。Muが日頃もうすところの「様式美」を完璧に表現していた。女優の選択もよかったのだろう。この役は、この名前もしらない女優でないと、絵にならなかったと、思った。

 その扇を、海の風、山の風、見分けて見事射落とした那須与一。こやつもよかった。
 与一を義経が選択する経緯がよかった。役柄として17歳の少年武者、戦の経験もなく、揺れる的を射るのは鳥を地元で射落とすほどには簡単ではない、と武者達の間で堂々という。義経は、その用心深さ、精密な状況把握をした与一をこそ、選んだ。これが慧眼というものなのだろう。

 と、そういう人や風景や人選の様式を、きっちり描ききったところに、様式の完成をみた。
 付言するならば、義経が、あの役者だったからこそ、うまくはまった。
 世評はしらぬが、今回の義経役、および屋島の戦い、これはNHK大河ドラマ殿堂(そんなんあるんかいな、笑)に上位入賞納めてよかろう。と、映画評論家Mu大皇帝は太鼓判を押したのだった。うむ、よかった。

2.佐藤継信の死
 この方は、佐藤兄弟の兄にあたり、奥州藤原秀衡から義経護衛を任された武将だった。
 海、山の、道々の輩(ともがら)ばかりの義経郎党の中では、すでに格式ある武士だった。
 その武士が、義経の危機をかばうために、自ら矢面にたった。胸と腹に、二本の矢が立った。矢とは恐ろしい武器である。鎧を射通して身体に深くささり、場合によっては鏃が外に出ることもある。だが、モドシのついた鏃が体内に刺さったままだと、絶命せざるを得ぬ。

 みたち(御館)秀衡の命、自ら望んだ主従とはいえ、遠く見知らぬ土地へ付いてきた。そして、弟を残し、義経を残し、輩を残し、戦に斃れる。これも、ひとつの様式だった。その様式を、今回あますところなく描いた。

 人は死するものである。
 死は万人に等しくある。
 しかし、生者はその死を眺めて限られた生を生きる。だから、どのような死を迎えるかは、大切なことである。古典は、様々な死を様々に描いてきた。犬死にもあろう。憤死もあろう。狂死もある。
 継信は、義経を守るために矢面に立ち死を迎えた。

 死を美化するなどと浅薄なことを言いたいのでは毛頭ない。
 そういう死がおそらくあった、あってもよい、それをきっちり様式の一つとして描いた。だから、NHKドラマ評論家Muは、感心したのである。

 これもまた、見守る義経役がよかったのは当然だが、継信役者も実に自然だった。武士とはこうであった、かもしれない、とそう思わせる役者だった。いままでも、なにかカッコウ付けする役柄ではなかったに、この最期を演じるために、あった。うむうむ。

 というわけで、Muはますます、世評はしらぬが、今期NHK義経が気に入ったのである。
 (くどいが、Muは、映画や小説、学生・卒業生(笑)、手当たり次第褒めるわけでは決してない。褒めるには褒めるだけの理由が明確にある)

追伸
 わすれるところだった。平家の宗盛、最近「千年火」をみたせいか、とても気に入りだした。
 また、梶原景季(かじわら・かげすえ:にくにくしげな父親景時の息子役)の、何とも言いようのない清廉潔白そうな風情も気に入りだした。
 女優は、~まあ、また今度。

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コメント

能子の持つ扇ですが、えらい短い竹の上にありましたね。

これは、象徴的でしたね。扇を落せばいいのであれば、能子を射抜けばいいんです。

しかし、扇を目標に鏑矢を放った!ここで、勝負は決まりですね。

平家物語では、平家の連中も船の板を叩いて大歓声で与一を讃えたと名文がありますね。

日本人の戦いには、品が存在する。品がなければ、本当には勝てないのである。

広島にドラエモン?間違い、ホリエモンを降下させた小泉坂東武士には私は品を感じない。

投稿: jo | 2005年8月20日 (土) 18時21分

joさん、2005年8月20日 午後 06時21分

 難しい話になってきましたねぇ。
 平家の公達には、たしか小泉ご子弟もなっておられるはず(と、思ってみてきましたが、はて)。

 小泉首相贔屓のMuとしては、ここのところは、品を保持する値打ちもない戦という、首相の深謀とおもいましたがな(笑)

 Joさん。
 やっぱり、やめようよ。せっかく陶然として見終わったのに、瀬戸内海は、えっと尾道でしたっけ、急にドリエモンがでてくるなんて、まるで、お笑いですがなぁ。

 まあ、瀬戸内海の離島全域にライブマーク付きコンビニ郵便局を造るお気持ちなんだろうけどね。

 かなわんなぁ。

 コメントだけが外部に開放されているblogの値打ちがはっきりわかりました。本体まで開放されているというか、本体とコメントの区別がない従来の掲示板方式システムとは、天地の異なりですなぁ。
 blogシステム、万歳。

投稿: Mu→Jo | 2005年8月20日 (土) 18時51分

 (弓占い)

 昔は弓で勝敗を占うといった風習があったようですね。那須与一が的を射落とせるかどうかで、源氏方の勝敗を占うという意味合いもあるのだとか。
 今年の屋島では「義経の弓流し」のエピソードも詳しく説明されていました。ドラマでは省かれたようですね。

投稿: wd | 2005年8月20日 (土) 21時08分

wd さん、2005年8月20日 午後 09時08分

 想像ですが、武器は弓でも槍でも刀でも馬でも、大切だったんかな、と思いました。

 魔よけに、弓弦を鳴らすのは大昔からあったようですね。弓矢の競いはいろんな國であったから、勝敗の占いというのはとても自然です。

 しかし鎮西八郎為朝なんてオジキをもつと、親戚一同大変です。

 屋島へ旅行へ行かれた記事をblogで見ましたが、TVで見ると、ものすごく美しい場所ですな。
 戦場すら、様式美に彩られているという日本も不思議な國です。現実が凄惨すぎるから、見る目(心象視点)を変えるのでしょう。いずれも、人の目に変わりはないです。

投稿: Mu→Wd | 2005年8月20日 (土) 21時48分

扇を持つ能子を演じているのは、後藤真希といって、あの踊って歌っての「モーニング娘」の卒業生で20歳ぐらい女優さんでした。着物を着ると変るんですねえ。私も、あのシーンが一番印象に残っていました。流石、役者さんです。MUsんが仰るとおり、ドラマが回を重ねる毎に、役にはまって来るんですねえ。
次回が楽しみです。

投稿: hisaki | 2005年8月21日 (日) 09時50分

hisaki さん、 2005年8月21日 午前 09時50分

 お早うございます。さて、いわゆる耳にする「モー娘っこ」すら、本当にMu未見なのです。こまったものです。

 ただ。あんまり現実の俳優には興味がないような気がします。どんな風に役をこなしているかが、とても気になります。意外と先入観はないほうです。

 ところで。
 本文にもるる書き散らしましたが、今期の義経はMuにとって、竜馬が行く、伊達政宗、新選組!と同クラスの作品に思えてきました。以前記したこともありますが、大体4月から5月には、パタと見るのを停止してきたのです。

 一ノ谷あたりから、ゾクゾクしてまいりました。

 総じて。綺麗に撮していますね。風景、衣装、義経の武者姿や、女性達の立ち居振る舞い。従来、こういう表層的美しさには、ほとんど気持を動かさなかったのですが、京の五条の橋の上、ああいう撮り方が、ものすごく心にしみいるようになってきたのです。

 それと。
 いつもながらのhisakiさまのコメント、ありがとうございます。blogも、たかだか数名の人達が、「どれどれ」と読んでくださるものなので、ご贔屓たまわることは、心中の安定につながるものです。

ではまた、今夜10時ころにでも(笑)

投稿: Mu→Hisaki | 2005年8月21日 (日) 10時50分

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