« NHK義経(32)屋島の戦い | トップページ | 木幡花々平成十七年夏8月 »

2005年8月21日 (日)

NHK義経(33)熊野水軍・別当湛増

承前

闘鶏神社(和歌山県田辺市湊)地図
 さて今夜は熊野水軍、別当の湛増と弁慶の話である。
 ところが、この熊野水軍、短時間では調べることができなかった。

 水軍というよりも、海賊のようにも思えるが、一方で湛増は田辺を拠点にする、熊野三山の別当である。ならば熊野三山とはなにかともうすと、三島由紀夫に『三熊野詣』があり、Muは初版初刷を発行時に入手している(なんだか、話がおかしくなってきた)。熊野本宮大社(本宮町)、熊野速玉大社(新宮市)、熊野那智大社(那智勝浦町)、詳しくはサイト参照。別当とは、この三社を束ねる管理人というか、代表者のようである。

 で、要するに義経は背後になる熊野水軍を味方にすべく、弁慶を熊野別当湛増のもとに派遣した、というのが今夜の話だった。
 先の話だが、壇ノ浦では平家の軍船は800、対するに義経の軍船は500だったらしい。この500のうち200は、熊野水軍が味方したと、いうことである。

 と、ここまで記してきて、はたと筆が止まった。
 要するに今夜は、まだ、前哨戦とまではいかないエアポケットだった。とはいいながら義経が、急げば四日で着く彦島まで、数週間かけて兵を海に慣らすといったのは、なるほど、と思った。
 また来週。

参考
  熊野については、今夜はMuも調べる余力がなかった。
  わかりやすいサイトがあったので、挙げておく。

 湛増と源平の帰趨
 闘鶏神社
 田辺弁慶まつり

|

« NHK義経(32)屋島の戦い | トップページ | 木幡花々平成十七年夏8月 »

NHK義経」カテゴリの記事

コメント

義経も八ヶ月が過ぎ、四ヶ月チョットで完結です。屋島の戦いは義経生涯のピークでしょうから、ここはジックリ見せて欲しいです。

参考サイトを見ましたが、「弁慶は湛増の子」
とされています。それなら、志願して熊野まで単独で行ったこと、その後のことも納得できますけど。どうなんでしょうか。

能(謡曲)では、数ある義経ものの中で、シテが義経なのは「屋島」だけということでも、この「屋島」が有名です。

ますます、来週が楽しみになってきました。

投稿: hisaki | 2005年8月22日 (月) 08時51分

hisakiさん、2005年8月22日 午前 08時51分

 たしかに、この屋島から壇ノ浦への行程はわずかに一ヶ月なのですが、日頃短慮とけなされる義経が、全知全能をこめて、海との戦いに臨んだ形跡があります。

 熊野を始め、各地の水軍を味方にし。
 さらに、これは司馬さんの小説からですが、義経は、あのあたりの海流、潮の干満を時間単位で調べたようです。

 こういう意味では、義経の短慮とは、天才の洞察力の深さが、他にみえなかったことからの、苛立ちだったのでしょう。

 天才は、途中経路を説明せずに、スタートと到着点とが、他人には同じに見えるようです。
(ということは、人をあいての政治には、やはり向きません)

 Muも、今後、壇ノ浦については、録画するつもりです。

 本当に、楽しみです。

投稿: Mu→Hisaki | 2005年8月22日 (月) 10時25分

源平の戦い

今でも運動会では、白と赤に別れて戦う源平の記憶。こんなに日本人に記憶として残した両者の陣営の記憶は他に無い。

単に二つの勢力が戦争したという事ではなさそうですね。もっと、根の深い対立する価値観が戦ったのではないでしょうかね?

(故)網野先生の本を読んでいると、西日本の天皇さまを実質の王権とする人々と東の将門以降の荘園牧場主王権との対立が現在まで続いていると言う。

武力という観点にたつと何時も、壬申の乱の時から東国勢が勝ちますね、西国が勝ったのは明治維新の時だけですね。

だけど、江戸に都を置いて実質東国中心の国家経営になった。

いろいろ、源平合戦からは考えさせられますね。

投稿: jo | 2005年8月22日 (月) 11時48分

joさん、2005年8月22日 午前 11時48分

 観察しただけで、対象が変化するという、現代科学の話を、歴史に適応させるのは無理と思いつつ、しかし、史観というのか歴史を見る目を変えるだけで、Muにはこれまで見えなかった日本像が、大きく変わって表れたように思えます。

 きっかけは、「NHK義経」のどっかで、義経があまりにも悪口言われる(甘ちゃんとか、洞察力が皆無、短慮)ので、ちょと待った、彼は尊皇と違うのか、とおもったとたん、Joさんが山や海の民の存在、そして修験道のこと、これまでいっぱい聞かされたことを、上手に合いの手入れてくれたもんだから、Muは眼から鱗が落ちてしまった。

 もうあともどりできない。
 そうですか。
 今度は、西の尊皇と、東の武断覇権との対立図ですか。そして、義経は西の平家を殲滅したが、心は西。東の鎌倉幕府とは対立せざるを得ない。
 と、こういう絵ですね。

 ところで、Muも昔、網野さんの異形の王権を読んで衝撃受けたんですが、実は、海や山まで気持ちが行かず、ただただ、後醍醐天皇像の不思議さ、異様さに心ひかれてしまった次第。
 図書も思想も、一粒400mかもしれない。ときどきMuは一粒で100mほど走って、満足してきたきらいもあるね。

 Joさん。
 西と東。しかし犬が西むきゃ、尾は東。東西からまって、日本だったんだろうね(笑)

投稿: Mu→Jo | 2005年8月22日 (月) 14時47分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/22035/5571945

この記事へのトラックバック一覧です: NHK義経(33)熊野水軍・別当湛増:

» NHK義経(34)右筆能子 [MuBlog]
承前  さて、と。  あっというまに終わった。義経の幻の妹・能子(よしこ)が清盛の娘として平家の陣中にいる。行宮(あんぐう)の右筆(ゆうひつ)らしい。しかし、史 [続きを読む]

受信: 2005年8月28日 (日) 22時01分

« NHK義経(32)屋島の戦い | トップページ | 木幡花々平成十七年夏8月 »