日出処の天子(2)/山岸凉子
解釈するならば、80年代当時の漫画ではまだ珍しかった男性の同性愛表現がある。聖徳太子、これがなぜ同性愛として表現されなければならなかったかの深い理由はわからない。作者と氷室冴子との対談では、そのことが少し語られていたが、あたりまえだが作者に真意を問うても、しかたないことがある。作者とは読者を欺き、かつ自らも欺く。騙り騙りしてあらわれたのが作品なのだから、解釈はひとりひとりの読者があじわっていくよりしかたない。氷室のノリのいい質問に、山岸は上手にこたえてはいる。しかしおそらく、作者自身が答えをもってはいない。皮肉なことだが、作者が人に話すテーマは、その時の読者や質問者が求めているものになる。
ただ、そうは言ってもこれから7巻まで読みひたるMuとしても、基準は示しておく。つまり、意外なほど同性愛が気にならない作品だ。別のTVドラマで言い尽くした感もするのだが、この作品は「美少年の同性愛というものを様式美として採用している」。とりあえず、そうしておこう。
もっと興味深いのは、山岸の歴史解釈である。いや、これも言葉が誤る。つまり、山岸描くところの、複雑怪奇な人間集団の、ダイナミックな人間相関である。次の相関図を御覧になれば、その複雑さがわかる。
厩戸王子(うまやどのおうじ)は、蘇我毛人(そがのえみし)を友として、この関係の空を蝶のように舞う。
蘇我氏と朝廷の血縁関係図/山岸凉子
朝廷にあって軍事と呪術を司ってきた物部が、烏合の衆の朝廷軍(蘇我)にどのように敗れていったかが、じつにわかりやすく、なるほどと納得させられた。こういうところに作者のものすごい力量があるのだろう。
厩戸王子が、物部を破った。Muにはそう思えた。
なお、Muはなかなかに、しかめっ面をして、物部がどうの、蘇我がどうのと考えて書いているように見られるかも知れないが、それは間違いだ。Muは、ひたすら厩戸王子の表情の変化、優しげな風情、笑顔の少年、凍った笑顔、怪奇怨霊じみた顔つき、その七変化にうふうふと笑っている。凍り付いた笑顔と、言われる笑顔が、Muはとても好ましいのだ。また、弟の来目王子(くめ)の可愛らしさは、先般亡くした愛猫またりん翁の幼児期をおもいださせ、ふと涙ぐむ。
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コメント
系図に間違いはなさそうですね。
来目王子ですか?可愛そうやったね、太子の犠牲になったようなもんやね。
この時代も朝鮮半島のスパイが沢山日本に存在していたようやね。暗殺でしょうね。
しかし、太子が同性愛者とは、これまた、凄い設定でんな?関係者が怒るんとちゃうか?
投稿: jo | 2005年8月29日 (月) 19時02分
jo さん、2005年8月29日 午後 07時02分
実はね、一週間ほど前に、2001年頃のNHK新年古代史ドラマ「聖徳太子」を3時間ほどかけて見ておりました。
たしか、九州で来目王子は、馬子の指示で大伴に殺されたことになっておりました。そのあたりの、もっくんの馬子に詰め寄る姿は、胸を突きました。つまり、弟の来目を殺したなら、次の弟を派遣する、それも殺されるなら、さらに次の弟、一族かけて、新羅を攻めることはしない、と啖呵きるのですね。
さて、同性愛。
これはね、職業柄いろいろ女性からみた男性同性愛観、よく聞きます。結論は、女達はそういう男性を、ファッションみたいにおもうようです(つまり、愛の一様式美)。じゃまくさいから、同性愛の男性の方が気楽、とまでおっしゃる人もおります。
だから、太子さまがそうであっても、一向に多数を占める女性読者には困らないのだろうと推測します。
ただ、Muは完全無欠(笑)のヘテロ男ですから、違和感はあります。たとえば、T.E.ロレンスを描いた(例のほら、アラビアのロレンスでんがな)著名な漫画があるのです。それはよくできた内容でしたが、これでもかこれでもかの同性愛描写には、いささか鼻白みました。
まあ、この件については、著名な数学者チューリングが、戦前の英国では、処罰されたようですし、また人類史上、芸術家、文学者等、才能のある方は、その傾向があるようです。一種の気質なのかDNA複合体の位相なのか、よくわかりません。
で、結論。
まあ、そういう風に作者が描いておられるのだから、ここのところは、厩戸王子は、そうであったとして、話を受容しないと、話になりません。
Muは、頑固であり同時に、ものすごく素直に物事をうけとめますんです(笑)
投稿: Mu→Jo | 2005年8月29日 (月) 21時40分