過去写真 3:披露宴手伝いのMu
25歳のMu
その気になってよくみたら、まさしくMuの面影があった。
しかし、数えてみると25歳ころの写真である。そのころのMuの体細胞も脳細胞も、いまはまったく影形も残ってはいないはず。これは別人なのだ。
考えてみると、Muの時系列的自我統一、そんなものがあるのだろうか。この25歳のMuと今のMuとは、全く別人なのだろう。そうすると、わけがわからなくなった。Muは突然最近この世に姿をあらわしたわけでもないし。
書いていると、記憶はよみがえってきた。
Muは職場の先輩にあたる人の結婚披露宴に、その下働きに出かけたのである。そうしてよく見ると、大きく写っている来賓の方々は、知った人だった(まあ、状況からしておどろくほどのことでもない)。今までは、眼がそこに行って、Muが写っていた記憶はまったくなかった。
訳が分からないままに記事を終えるのは気持ちが悪い。ここで一言、つまり「Muは写真の中にMuを再発見した。しかし、そのMuと今のMuとの関係が、よくわからない」と、そういうことである。
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コメント
Muの旦那
疲労困憊で横浜に戻りましたぜ。5日ぶりにインターネットを開き、MuBlogに来ると、懐かし青春の写真がシリーズで始まっていますね。
この写真は、25歳頃ですか?ビートルズの頭やないですか?ホンマ懐かしいですな~~~。
アルバムのデジタル化は面白そうですね。私も是非やりたいと思いますが、子供の頃のアルバムが全部、今、行方不明なんです。(笑)
ふうてん老人から、以前にお聴きしていましたが、Muさんは昔、美男子やったと聴いていました。(今はそうじゃないとは、言ってませんよ!念のため。)
このシリーズは面白いので、是非、ガンガン頼みます。
投稿: jo | 2005年8月16日 (火) 10時41分
jo さん、2005年8月16日 午前 10時41分
ビートルズ、そうでしたねぇ。だれかに似ていると思っていて、また思い出しました。20歳前後もこのマッシュルームだったんですが、ポール・マッカートニーさんですか、(んなわけないよね)と、聞かれたことも二度三度(笑)
まあね。
ふんぎりがついたね、Joさん。30年前、40年前の過去Muなんて他人のこと。しかし、その他人を「おお、生きておられたか」と、なつかしむのは、この世にMuばかりなり。せいぜい、おもろい写真があったら、載せます。
blogって、超私的なシステムですからね。恥も外聞も、あらへんなぁ。表現するということは、そういうことです。
投稿: Mu→Jo | 2005年8月16日 (火) 11時07分
「映画村近辺でスカウト経験あり」のお言葉を実証するかのようなお写真ですね。
(ワタシャ、あの近辺を通学でウロウロしてましたが、一度も声をかけられたことがありませんもん!)
「MuBlog」で青春写真シリーズが始まったら、次は「JoBlog」でもですか?その次は「ふうてん老人日記」でも始まるんでしょうか。
楽しみ、楽しみ・・。もっと鮮明なら言うことないんですけどね(笑)。
投稿: wd | 2005年8月16日 (火) 11時46分
wdさん、2005年8月16日 午前 11時46分
せかせか掃除していると、ピーンとpingが入る。まるで潜水艦(ローレライのノリなり)。
お答えしましょう。
そうですなぁ。
鮮明・不鮮明問題ですが、原寸写真でマッシュルームが直径4ミリ、顔が3ミリでした。これを600dpiスキャナーで読み込んで、100%保管した結果です。(サムネイルじゃなくて、クリックで、でてくる写真のことです)
などど、こむつかしそうな技術話題で逃げようとしております。そんなん、まだ現役なのに、過去現在未来、鮮明なご真影を掲載するほど、ネタにこまってはおりません。
この程度が限界ですわなぁ。
映画村は当時まだなかったです。声をかけられたのは市バスの中が一番多かったですね。た・だ・し、3回に一回は「君、自衛隊に入ってみないかぁ」でしたで(笑)
残りは。そうですなぁ〜(遠い目)。まあね、時代劇が中心やったから、馬鹿殿さまくらいしか、役ないやろ、と思って、「いえ、僕は、えっと、他の道を」と、にげてましたがなぁ。けけけ。
投稿: Mu→Wd | 2005年8月16日 (火) 12時09分
葛野卒業生:嵯峨野より
久々にMuワールドに浸りました。懐かしい。
私と同年に近いMu、「ま、いっか」的な雰囲気を感じます。月日が経てば私もそのように見られるのでしょうか。
残暑厳しい折くれぐれもご自愛ください。
投稿: y-s | 2005年8月16日 (火) 17時05分
y-sさん、2005年8月16日 午後 05時05分
はじめまして。
文章を約10分睨み付けて、ようやく、YSさんが、あの著名な「嵯峨野夫人」であると、見当を付けました。鎌倉よりも、嵯峨野の方が上等ですが、地図で想像すると、近所に化野がありますねぇ(笑)
しかし、当時のMuと同じ年齢とは、ちょっとばかり、サバ読みのような気がふとしましたで。どう数えても+2くらいは必要な(間違っていたら、すみません)
ところで。
加齢のよい点は、過去の自分らしき若僧を、他人と見なせるところでしょうね。前後状況はいろいろ記憶がよみがえっても、あほであれ、愚かであれ、カスであれ、失敗ばかりであれ、他人のことは、許せるもんです。
なんかこう、心が穏やかになりますで。
「おお、Muよ、かく生きたのかい。さぞ、いろいろあったやろうね。かまへん、かまへん、もうええのやぁ。」とかね。
ぜひ、嵯峨野夫人にあらせられても、達観し、アンニュイの域をさらに超えた、恍惚(笑)の域に、早くいきなされませ。
投稿: Mu→YS | 2005年8月16日 (火) 18時01分
先生、
この写真、
先生は「別人なのだ」とおっしゃいますけど、
お顔だけでなく、思考の中にも面影があるんじゃないでしょうか?
25歳のMu先生にお会いしたい気がします。
どんなお話が聞けたでしょうね?
投稿: 羊 | 2005年8月19日 (金) 14時01分
羊さん、2005年8月19日 午後 02時01分
コメントいただいて、仕事をちょっと休憩して、ひとしきり考え込んでおりましたで(笑)
で、お答えしましょう。
会うべきではないです、必死でお止めします。
客観的に振り返るなら
全身ハリネズミのような、底知れない高慢ちき、世間知らずの青二才、実力ないのにほらばかりふいて、そこら中にケンカうっていた。ようするに、馬鹿そのもの。
Muだって、当時のMuにはお会いしたくないですよ。
いま、彼みたいな青二才がなんらかの意味で部下になったなら(学生に対する教師じゃなくて、組織における部下)。三日目にいうでしょう。
「おまえ、辞めてしまえ。もう、来んでええ。後釜、なんぼでもおる。辞職せい」と、いうでしょう。まあ、鼻つまみもの、だったんでしょうね(悲笑)
彼の心情を推理するなら
夜はひたすら文学してましたような。
そして昼は、仕事をマスターすることに、なりふりかまわなかった。コンピュータを習熟するために、朝から夕方まで、定常業務をほったらかしてやっていたような。近所迷惑な話です。
そして休日は、車のハンドルが唯一の安定剤だったような。
……
ともかく、若いということは、二度とくりかえしたくないようですなぁ。ああ。
追伸
ごきたいにそえるような、若者じゃなくて、すみませんでした(笑)。
再伸
現在のMuの方が十倍ましです(邪笑)。
投稿: Mu→羊 | 2005年8月19日 (金) 16時11分