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2005年6月12日 (日)

NHK義経(23)義仲と義経

承前

 義経が義仲に会いに行った。
 不思議な光景だった。
 ここしばらく、NHK義経に言及する気力が失われる。
 義経の話す「新しき国」
 これが無理を生じている。
 義仲には、父を殺した頼朝一家へのぬぐいがたい怨念があろう。
 頼朝は、源氏の嫡流として、武門の統領として意地がある。
 義経には、大義が見あたらない。
 本能に近い軍事才能だけが、やがて無意識に、熱となってわき上がってくる。だが、今はその時期でもない。

 つまり、今夜の義仲と義経との対話でわかるように、義仲も義経も、法皇や頼朝の前では、政略家としては未熟、どうにもならない状態だったということだ。相談相手がいなかった。オジゴの行家が一番たよりにならない男だったせいもあるが。
 だがしかし、そういう意味では、頼朝も、舅と、政子を相手にあれこれを考えていたのだろうから、結局本人資質となろうか。

 かくして、三種の神器なくして後鳥羽天皇が即位した。これが大きな歴史の伏線となるのだが、まあ、義経とは関係がない話であろうか。

追伸
  なお、当然だが、今夜も楽しく見終わった。もりあがりとか、名演技とか、そういうレベルの話ではない。以前に話をもどすと、安心して、その様式美にどっぷりと45分間ひたれる。女優達も、いずれも華あり。これまであまり語らなかったが、時子(松阪慶子)がしぶく見えた。落ち着きや雰囲気が似合ってきた。よきこと、よきことなり。

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コメント

今回も見ました。
義経の談判、確かに言われっぱなしで、全然さまになっていませんでした。頼朝との時もそうでした。戦場での天才も、口ではさっぱりでした。「情けない。」です。そんなところが、後世になって人々の気持ちをくすぐって、今の世の義経像が出来上がったんでしょうか。

落ち行く平家の知盛の「平家は、何時ごろからか武門でなく、公家になってしまっていたんだ。」といった意味のセリフがジーンときました。
いよいよ次回が楽しみになってきました。

投稿: hisaki | 2005年6月13日 (月) 08時45分

今回も気楽に楽しみました。

都落ちの平家。都落ちという言葉は平家からなんでしょうか?それとも、律令時代から存在した言葉なんでしょうか?

しかし、哀れな平家やね。いっそのこと九州の南の果て迄落ちて行き、再起を図ってはどうだったでしょうか?

しかし、法王さん、演技が上手い!戦前だと不敬罪で検挙されたでしょうね。日本は平和になりました。(もう60年間続いてますが・・・)

ところで、三種の神器ですけど、安徳帝とともに海底に沈んだんですよね?壇ノ浦で。

色んな説があるそうだけど、少なくとも草薙の剣は回収出来なかったはず。けど、本物の草薙の剣は熱田神宮におわすんですよね?

草薙の剣はもともと、スサノオが8頭の蛇を殺したときに、尻尾から出てきた剣ですね。これが、何で大和朝廷の神器になったんです?

崇神王朝の時代にこの剣が怖いので、確か天照大神の御霊とともに、伊勢方面に放逐したと記憶がありますが・・・。

60年代の三種の神器はテレビ、冷蔵庫、洗濯機でした?

投稿: jo | 2005年6月13日 (月) 13時27分

hisakiさん、2005年6月13日 午前 08時45分

 たしかに「武」という点では、平家一門の公達たちの才能は歌舞音曲に傾いていたのでしょう。
 軍組織は専門職だから、たとえお飾りの大将でも、家臣団がしっかりしておれば、後れをとることも少なかったろうに、と思います。
 義経は、たとえ伝説にしても鞍馬で兵法を学んだことになっております。つまり、伝説を生んだひとたちも、「軍」を動かすのは、素人では無理、とか、飾りだけでは勝てない、という当たり前の感覚はあったんでしょうね。
 話半分にしても、5万とか10万の兵を動かすのだから、兵站もふくめて、それはそれは緻密な準備、騎馬も騎射も、……日頃の訓練なくしては、とうてい維持できないでしょうね。

 平家は、無骨、乱暴な「武」をさけて、綺麗な世界で、政治にどっぷり漬かってしまったから、無理だったんでしょう。
 と、思いました。

投稿: Mu→hisaki | 2005年6月13日 (月) 18時03分

joさん、2005年6月13日 午後 01時27分
 三種の神器。
 お答えしましょう、〜とは、いつものようにならないのです。
 逆に、Joさんに伺いたいくらいです。
 この件は、18歳くらいから、Muの大きな疑問、ときえぬ謎でしたなぁ。
 目下不明です。
 (笑)
 笑ってはならないのですが。
 ともかく、お伊勢さんって新しいでしょう。(われらの感覚では)天武、持統さん時代ですから、つい最前の話。
 つまり。
 それまで鏡さんがどこにいなすったか、それからして、分からなくなりまする。
 いつかまた、壮大な論立てを、おたがい、やりましょう。
 ただし。南北朝時代に、御所から、赤松某に神器が奪われたことは、ちょっと調べたこともあります。

投稿: Mu→Jo | 2005年6月13日 (月) 18時20分

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