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2005年6月24日 (金)

黄桜かっぱカントリー:kizakura kappa country

承前(MuBlog 伏見港界隈の「月の蔵人」)
承前(MuBlog 寺田屋の内)

 キザクラカッパカントリー(京都市伏見区塩屋町)詳細地図

 この「黄桜」のカッパカントリーは何度か訪れています。研究会や倶楽部やその他、来るたびに広々として気持の良いところです。地図を御覧になるとわかりやすいのですが、「黄桜」は最低でも三つの町にまたがっています(他に本社とか、工場とかあるかもしれませんが)。北から、伏見区中油掛町、塩屋町、南浜町。縦に長いのですね。
 もう一つ気がつくことは、すぐそばに「月桂冠」の月の蔵人、「神聖」の鳥せい、とお食事どころが固まっています。もちろん他にもあります。
 そして黄桜を北から南に突き抜けて下がって西に60メートルほどのところに、「寺田屋」があるのです。なんともこのあたりは、伏見港の中心というか、毎週散歩しても飽きないところです。

 さて、キザクラカッパカントリー。幾多の記憶の重層に支えられ、現今の姿をお見せしましょう。時は平成17年、梅雨の合間の六月某日。Mu密やかに遊行せしか、その記録。

三色ビールのこだわり

三色のビール
 このカッパカントリー黄桜酒場を初めて訪れたのがいつだったかは記憶にないのですが、すでに10年は経っているはず。最初の衝撃はこの三色ビールでした。なぜ衝撃だったのか、……。と問われると答えようもないのですが、ビールが三色もあるなんて下戸のMuがこれを見るまで知るわけ無いです。それまでは、普通のビールと、黒ビールしか知らなかった。
 と、書きながらも、「Muさんは、けったいなことに驚くんですな」と耳にこだましそうです。まったく、三色だろうが四色だろうが、そんなに大して驚くほどのこともない。
 さりながら、いまだに人に黄桜酒場を紹介するときは「三色ビール」と言ってしまう。この、こだわり!?

黄桜かっぱカントリー

黄桜かっぱカントリー
 このお店で気に入っているのはアプローチというか、酒場にたどり着くまでの道のりですね。最近は近所の「梅の花・伏見」でもそうなのですが、なかなかたどり着けない。そういう建築設計上の「めくらまし」にMuはころりと参ってしまう。そうして何度それを経験しても、しょうこりもなく「おお、素晴らしい」と呟いてしまう。笑ってしまいますが、これは多分幼児期のお化け屋敷体験がすり込まれているのでしょう。なんとも、洞窟とか、忍者屋敷にでくわすと感動してしまう、いまだに。
 それにこのお店は、店員さんが誘導してくれるので、いつ行っても違う席に導かれ、また新たな感動が生まれる(笑)[世の中こんなに脳天気な客ばかりなら、さぞ商売もたやすいことでしょう]
 で、肝心の御馳走ですが。今回は昼に散歩がてらだったので、さすがに一品料理は夜よりも品数が少なくて、お手頃なお弁当にいたしました。まずまず、でした。ついでに入り口のお土産屋も見てみましたが、「かっぱ」さんのグッズが多かったです。

中庭と酒造展示室

展示室:黄桜かっぱカントリー
 よい気分で食事を済ませて広い境内(笑)というか敷地を眺めると、展示室があるのです。道をまたいで三カ所はあります。こういうところが開放感につながって、またまたMuが好ましく思うところなのです。なんというか、近辺全体が「黄桜」「酒蔵酒造」なんです。さすがに、毎度毎度は観覧しませんが、今度は見て参りました。お酒造りの歴史というのは、文明国にとっては必須のアイテムですね。酒なくして、なんの歴史ぞ人生ぞ、と大下戸の私でさえ思うほどに、この世界は周到に時を経てきたのでありました。

伏水

黄桜の伏水
 ここにも伏水がありました。展示室の中庭にちょろちょろと清水が流れているのです。水の文明でした。
 すでにMuBlog の伏見界隈記事で何度か言及していますが、お酒はお米も大切ですが、それ以上に「水」だと思った次第です。さらに界隈の伏水を常飲していた人の話では「肌がつやつや、ニキビが取れた」とか、その効能はまことに絶大なようです。

 思い起こせば。
 昨年の六月この季節に急逝なすった我が師は、ことのほか「冷酒」が好きでした。Muが「ひやざけ」と連発すると、必ず「れいしゅ」です、とおっしゃった。寿司屋に入っても「にぎり寿司」は絶対に求めず、ただ「冷酒」をお米代わりに飲んでおられた。(お造りと、酢の物が定番でしたなぁ)
 先生。
 ここのところは、黄桜で乾杯、といきましょうか。

参考サイト
  キザクラカッパカントリー(京都で初めての地ビールレストラン)

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コメント

黄桜 河童

河童とは何なんだろうか?何で酒が好きで、胡瓜が好きで、頭に皿があり、背中に甲羅があり、背が低い。川に棲み、治水工事の才能が有り、人間に悪戯するが、懲らしめられて恩返し。

以前から河童の伝説とボートピープルの関係が気になっていた。明らかに、東南アジア系多分、長江流域かルソンあたりの海洋民が九州にたどり着き、川で住み着いたのでしょうか?

言葉が通じないので、倭人ではない。頭の皿は帽子でしょうね。ユダヤ教の人々は頭に皿のような帽子を被る。

背中の甲羅はリュックサックか何か、生活道具を入れた袋でしょうね。

背が低いの南方系ですね。童顔ですよね。胡瓜がよく判らんのです。これは、日本に伝来したのは奈良朝以降ではないでしょうか?

遣唐使か中国の坊さんが日本に伝えたんでしょうね。もっと新しい時代かも知れない。奈良漬はとうがん、瓜だから胡瓜ではなくて、とうがんだとすれば、奈良時代でもいいかも知れない。

身体は緑色をしている、これは川を棲みかとする船上生活者だから水苔だろうか。

身体は小さいが、力持ちなので、大人で海洋民の頑強さ、肉体労働者が表現されてる。

やはり、政府認定の移住者ではない、ボートピープルが日本にたどり着いて生活していた伝承なんでしょうか?ね。

黄桜から河童に話が飛んでしまいました、どうも。

投稿: jo | 2005年6月25日 (土) 07時17分

joさん、2005年6月25日 午前 07時17分
 早朝からヘヴィーなコメント有り難うございます。
 河童がボートピープルとは、まあ、驚きました。
 しかしお説を読んでいると一々腑に落ちます。
 これで「解き明かされた河童伝承」ですね。
 (きっと、海部族が関係しているに違いない(笑))

投稿: Mu→Jo | 2005年6月25日 (土) 08時40分

 黄桜なので、てっきり日本酒ばかりだと思っていました。
 三色ビールが美味しそうですね。中でも「アルト」のお味が気になります。

 これからビアーガーデンの季節です。ちょっと遠出をして、ビールを楽しむのもいいかもしれない、と思いました。うふふふふ・・。

投稿: wd | 2005年6月25日 (土) 14時50分

wdさん、2005年6月25日 午後 02時50分
 上戸の人には、ここも、あそこも、そこら中、伏見はこたえられないと思います。
 ビールについても、ひと味違うと、下戸のMuでも思います。
 奈良からですと、近鉄特急で、桃山御陵まで40分程度でしょうか。気晴らしに、さっと乗ってサッと飲んでさっと~とはいかない。こてこてに酔っぱらて、帰りは気がつけば吉野。と、ならないように、十分お気をつけてください。

投稿: Mu→WD | 2005年6月25日 (土) 20時10分

一昨日(6月27日)の京都新聞の夕刊に「歌声喫茶を復活へ 伏見、黄桜酒造の施設で」の見出しで、毎月一回、1960~70年代に流行った歌声喫茶が「キザクラカッパカントリー」で開催されるとの記事を読みました。歌声喫茶「炎」ってその当時あって行った事があります。懐かしい思い出です。
http://www.kyoto-np.co.jp/article.php?mid=P2005062700073&genre=K1&area=K10

投稿: hisaki | 2005年6月29日 (水) 17時20分

hisakiさん、2005年6月29日 午後 05時20分
 有り難うございます。新聞記事みました。
 しかし。
 「高校三年生」なんて聞くと泣けます。
 Muは音痴なので、困りました。
 Joさんが歌声喫茶のこと書いてました。

 「歌」は永遠と最近思っています。というのは、鼻歌は大抵そのころのです。不思議なものですね。

投稿: Mu→hisaki | 2005年6月29日 (水) 18時58分

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受信: 2005年7月10日 (日) 13時11分

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発端  昨年の師走、余は倶楽部の現役若手学生達を引き連れて夜の三条大橋近くを豪遊じゃなくて、豪快に歩いていた。その年の忘年会を疎漏なく執行するための下見を兼ねた遊興三昧(嘘ですよ)。  雨が降っていた。肝心の店が予約なしだったので断られた。流行っている。本来ならこれで下見は失敗したことになり、解散すればよいものを、学生達は夕食代わりについてきたのだから、しかたなく三条木屋町の博多ラーメンでも一緒に... [続きを読む]

受信: 2008年1月27日 (日) 02時01分

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