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2005年5月 1日 (日)

NHK義経(17)弁慶がなぎなたを~

承前

鑑賞前
 ながらく眠っていて、気がついたら日曜の朝、義経の日となっていた。一週間があっとおっという間に過ぎてしまう。このまま黄泉路へ一直線と思うまもなく連休もあけてしまう。
 今朝は常にましての長い前振り。

 数日間、休暇を半睡で過ごしてしまった。今春がいつもと違うわけでもないのに、なにやら式典や、授業や会議が、心身にこたえて、いつもの夕方はぐったりしていた。だから、黄金祝祭週にはいったとたん、夢かうつつか、はたまた彼岸かわからぬ浄土のような、ヨモツヒラサカをこえてしまった日々だった。
 なおまだ、中有の日曜日、連休はこれからでっせと言うなかれ。
 例によって宿題・課題の山積みを一挙にはたさんと気力を充実して前半にあてておったのに、ああ寝過ごした。
 しかたないなぁ、多くのことは今夏にまわそう。
 とまたしても、今秋晩夏、おなじ繰り言をつぶやき、来年も、再来年も、生ある限りつぶやき続けやがて、……。

 ところで。
 「べんけいがなぎたをもってな」
 これは中学生の折りに、国語の時間、先生が申された句読法の間違い事例であった。
 {弁慶がな、ぎなたを持って}
 で、無知なる者は「ぎなた」とは、何物ぞとくびをかしげる。初期の自然言語処理、形態素解析システムなら、「ぎなた」は辞書にない未知語として処理するだろう(いまもそうだったなら、泣こう、みんな!)。

 というわけで、弁慶とくると、「ぎなた」が想起される、つまりは連想記憶の引き金が「弁慶」で、ひぎだされるものが「ぎなた」というハード的なニューロン組織が、すでにMuの脳にこびりついている。
 と、なんのことはない、ここしばらく、脳構造や脳生理学や、記憶や、遺伝子や遺伝子の反乱など、硬軟トンデモとりまぜて、そんな読書ばかりしておった。それ以上にビデオ・DVDも見た。放送大学、NHKからプレデターまで。プレデターの使う記号体系は、あれは人間の染色体模様をそのまま、つかってますで。
 お勧めは、やはり、ワトソン『DNA』(講談社ブルーバックス、上下)だね。
 ワトソン君はね、二十代の折りに某図書館で司書をしておって、ひなが「二重らせん」に読みふけっておりました。司書の卵には、「カウンターで読書するなんて、反逆罪、切腹だよ」と言いつつも、その某図書館は、一日に見知りの若い助手が2名くらいしか訪れない極楽図書館だった。人気がないのではなくて、司書がいなくても夜中でも利用できるような優れた運用体制だった。
 ある日のカウンター。
 私「せんせ、この前の、永井豪、続きを見せてください」
 彼「あれ、もう読んだんですか、Muさんも好きですねぇ~」
 その助手さんは、いまや世界的教授、数学者になってはる。Muとはえらい違いや(豪笑)。
 ~
 という青年時代、ワトソンやガロア群論に親しんだのだから、遺伝子や数学にときどき取り込まれるのは、無理もないと、客観視。

 で、話を元に戻そう。
 村上龍『半島を出よ』上下、幻冬舎、これは出色だなぁ。巻措くアタはず世界である。これは後日にきっちり感想文を残しておこうぞ。
 で、スタックを繰り上げて、ようやく元の義経にまで戻ってきた。

 私は義経や靜に、それなりの、若さというか、それなりの演技の様式美をあじわっておるのに、もう、今の世の中、来年の功名が辻でもちきりのようだ。千代役と山之内一豊役の両名に流れが飛んだ雰囲気も見えた。この両名は有名な役者のようだが、知らなかったのでネットを探して写真をみたが、Muの記憶に合致するひとではなかった。これはこれで、未知の役者、未知語として来年も楽しめるなぁ、と思っては見たが。

 まてまて、義経は始まったばかり、まだ25%しか消化していない。もちろん、世の批評家は最初の数ページで小説を判定し、最初のタイトルで映画を判定する慌て者が多いが、人間の作品というのは、そういうなものもあるが、成長の過程を楽しむという極めて高度な知性体でもあるんです。終わってから、何年もして、心を締め付けるような感動小説や映画や芝居もある。
 それをどこで見分けるか。
 あはは、それこそ超高度な知性や洞察力や教養がないと、見極めはできませんのです。
 もちろん、現代の経済原則からすると、ぱっと売れないものは価値がないわけですから、最初で惹きつけないのはクズ扱いされます。
 しかし、享受者からみると、関係性の中で作品が、変化していく楽しみがあるわけです。文章であれ映像であれ、猿が見る場合と、人間が見るばあいとでは、違うでしょう(笑)けけけ。
 ああ。英語や独語が読めない者が原書を眺めるのと同じでしょうね。(Muの自己判定です)

 つまるところ、人間Muが良しとすれば、もうそれだけでこの世の小説や映画やTVドラマは良いわけです。あとは、それがどう良いのか、なぜよいのかを、評論家Muがわかりやすく解きほぐすだけなのですが、そこはそれ、「好み」もあるので、はっ、……。

 なれど、Muも孤立無援というか、えどるん帰京のにぎやかな木幡研では、義経←沖田一番隊組長、義仲←近藤局長、弁慶←あの、ほら、あのひと。頼朝←芹沢鴨、政子←芹沢の愛人(これ、ぴったりですな)、靜←優香、あはは、などと、異形のキャスティングが日々ささやかれております。それはそれで、また一風変わった「義経」解釈もでてきそうで、よいです。

 さて、ようやく弁慶、本題。
 しかし、疲れがでてまいりました。お後は今夜終了後ないし明朝に一席。

鑑賞後
 今夜の弁慶と千鳥なる女性とのハプニングは、視聴者、原作、脚本、演出、役者たちそれぞれの思いもあろうが、Muは元来別の世界に住む者なので、深くの言及はさけよう。

 ただ、純粋に技巧の上で申すならば、斯様に弁慶女性問題への関心が薄いので、今夜の回は焦点が見えなかった。靜との別れ、これは先回にも収められた。福原と清盛、これも先回に収められた。残るは件の弁慶と、政子による義経の結婚問題である。
 政子の侍女、手古奈に頼朝の手が付くとかどうとかも、政子の気性から考えて、侍女にとっては生死の分かれ目。それがなぜ義経に助けを求めてきたかは、ちと解せぬ。

 と、まあ合戦、謀略、魑魅魍魎の世界ならいざ知らず、斯様な男女の機微、おなご同士の確執は、私の世界にはなじまぬ。よって、今夜の論評は差し控えるなり(と、まあ、申すべき事は記してしまった、後の祭り)。
 来週は、平相国清盛公が亡くなる。
 時代は、急展開となろう。
 義経、靜、がんばるのじゃぁ~。

参考サイト
  武蔵坊弁慶生誕の地・たなべ
  弁慶の話と七つ道具

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コメント

 「村上龍『半島を出よ』上下、幻冬舎」
 もうお読みになったんですか・・。
この本は、最近新聞の書評やなんかでよく取り上げられているので、気になっている本でした。
Muさんの感想文、楽しみにしております(喜!)。

 大河ドラマ
 Muさんのように観察力・洞察力・想像力・批評力のすぐれた人間さまが見る場合と、猿が見る場合とでは、ドラマに対する感想も違ってくるんでしょうね。「義経」は成長小説ならぬ、成長ドラマですか・・。ふうっ~。

 Muさんの大河ドラマ解説がいつまで続くのか楽しみにしているんですけど、来年になったら「夫婦愛の物語じゃ。Muの好みではない。」とかなんとかおっしゃって、『功名が辻』の解説は打ち切られそうな嫌な予感が・・・(涙)。

 まあ今夜もMuさんの『義経』を楽しみにしております(笑)。

投稿: wd | 2005年5月 1日 (日) 14時05分

wdさん、2005年5月 1日 午後 02時05分
 だからですね。
 もう来年の功名が辻に心を飛ばすのは、さしひかえておるわけです。その、仲間由紀恵(25)さんとか、上川隆也(39)とかは随分有名な役者のようですが、Muはまったく未知なので、なんとも申せませんし。

 おっしゃるように脚本が「男女の機微に卓越した大石静」となると、うーん、困りました。悲惨というか、そういう世界を見にこの世に降臨したわけじゃないので、まことに困ります。
 困るのは。司馬さん原作は若年時、新聞小説で毎日、司馬なる者が何者かも知らずに、読んでいたわけです。随分印象に残りました、いまだに。

 圧巻は、東軍につくか西軍につくかの、命がけの選択時ですね。名参謀千代は、みごとにそれを判断し、一豊を誤らせなかった。
 ~
 で、義経は、良いと思っております。
 理由は一つ。
 役者がよかった。滝沢秀明を選んだことで、あの作品はかけがえのないものを手にした。あの「悲劇」は彼のはにかんだ影のある微笑で初めて表現できる。

 それと、原作の影響でしょうか、義経が稀代の好色男として描かれていないことも、救いですな。

 年齢的にも、様式のととのっと世界が落ち着くようです。ただ、対抗的に、弁慶と義経との描き方には、いささか、困ることもあります。弁慶は、読み終わったところの小説に出てくる、某国上級特務将校のように、並はずれた武威と凶暴さをにじませるべきでしょうね。

投稿: Mu→Wd | 2005年5月 1日 (日) 17時12分

弁慶の泣き所

というと、向こう脛の話かと勘違いしました。
女性の話でしたね。

子供の頃は、弁慶といえば背中に七つ道具を背負い、”何で土建屋さんみたいに、沢山の建設用具”を担いでいるんやろ?

と、不思議でした。

弁慶については、実在した人なのか、何なのか?議論が有るようですね。しかし、貴婦人のような義経に対比させていかつい、七つ道具を担いだ怖そうな家来はバランスがとれますね。

早く、大河も戦闘場面にならんでしょうか?楽しみです。

投稿: jo | 2005年5月 1日 (日) 23時38分

joさん、2005年5月 1日 午後 11時38分
 おひさしぶりです。
 なんちゅうか、連休を楽しめない年のようでしてな、気が付いたら葛野に来て、あれこれ仕事をしとります。
 年中遊休みたいにみられますけど、連休は楽しみです。そやのに、前半を寝過ごしてしまった、……。

 で、銭湯場面じゃなかった、戦闘場面にならないと義経の真価は表現されないし、また、TVドラマでの弱みは、戦闘場面でしょうな。万の軍勢、数千の船が必要でも、画面にはせいぜい数十頭、一ダースほどの船で表現するのでしょうから、なかなかに。
 と、考えると、うむ、と腕組みしてしまうところです。
 なんとか、軍神、軍事妖獣、義経の本然をみてみたいところですが。昨夜のように、うぶな弁慶さんを小一時間みていると、ちょっと〜つらい。
 と、まあ、疲れたのでまた横臥しとります。
 2時間横臥、30分仕事、2時間横臥、30分仕事、〜これじゃあ、連休全部葛野にこないと、まとまりがつかないよ。

追伸
 馬やエキストラの安い異国で撮影すれば、これからの合戦(せんとう、にすると、銭湯やら先頭ばかり出てくる変な漢字変換ソフトなので、合戦にします)シーンが、豊かになるのと違うかな。

投稿: Mu→Jo | 2005年5月 2日 (月) 12時26分

中国とか、台湾に行くとテレビで三国志
みたいな、番組があり、無数の兵隊を
使った映像をみましたよ。

一の谷、屋島、壇ノ浦・・・・フィリピンあたりか、ベトナムで撮影するのは如何でしょうか?

中国では湊が今ひとつやからね。

しかし、アジアの人々は昔、倭寇で苦しめられた経験があるから、やめといた方が無難やね。

投稿: jo | 2005年5月 2日 (月) 14時13分

joさん、2005年5月 2日 午後 02時13分

 百済、任那あたりから来た人が多いから、日本人の数割は朝鮮半島の南部を、望郷の思いもて、眺める人もおるようです。

 さて。
 ロケ地エキストラですが、自衛隊や、警察や、私立学校が暇になったなら、NHK大河ドラマに出演して余剰収入を得ることも考えられますね。

投稿: Mu→Jo | 2005年5月 2日 (月) 16時12分

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