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2005年5月 4日 (水)

ヒミコのしょうご:日巫女の正午:平安神宮・笠井社中御神楽より

承前(MuBlog)

 昨年に引き続き、笠井社中の御神楽を観た。気になって「笠井社中」をgoogleで探してみたが、でてくるのは各地での神楽と、そしてMuBlogばかりだった(笑)。つまり、インターネットが盛んになっても、世の中が進んできても、こういった社中の存在は、その道に明るい人以外には、まだ秘されたままの幽冥界に隠ったままなのかも知れない。なんとなく、それでよい、そのままでよいのだと思って、この春四月に撮った写真を眺めてみた。

日巫女

日巫女
 最初この写真を得たときは、日光がまともにあたって白く飛んでしまった失敗作と数秒考え込んでしまった。しかしそのあとすぐに、千枚に一つの僥倖写真と感じた。太陽に全身をさらしたこの、目がつぶれほどの明るさこそ、心象風景のなかにあった、遠き古(いにしえ)のヒミコ、すなわち日巫女ではなかったのか。子細に観ると、この方の目がよい。口元がよい。宝冠と、鈴と扇がよい。日の本の媛とは、このように神の御前で神楽舞をし、神々の心をなぐさめていたのだろう。

神振

神振

大巫女

大巫女

剣(つるぎ)の鎮め

剣(つるぎ)の鎮め

 というわけで、この平安神宮例祭奉祝神振行事のうち、今年平成17年の春四月も、静と動と二つをありがたく観ることができた。静は笠井社中のこの御神楽、動は西村史郎社中茜流むらさき太鼓であった。神振行事はほかにも催し物がいくつもあるのだが、昨年平成16年にこの二つがMuの気持に溶け込んだので、また来年もこの二つを観に来ることだろう。その時も、今年のように神苑の桜が満開なれば、うれしい。

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コメント

Muさん

巫女はんに凝っていますな?

昨年も記事と写真が有りましたので、来年も多分、報告がありそうですな。

写真の名前は独自でしょうね?社中が決めてるわけではないでしょう。

いにしえの頃には、裸で踊ったんとちゃいますか?今はそうはいかんからね。

神振

これは、神社で鈴を鳴らす行動と拍手と同じ行為でしょうね。神さんに、”さ~起きなはれ!今、おもろい踊りしてますよ!降臨くださいな?”そんな、ノリでんな。

鈴は古代には存在しないので、銅鐸あたりを鳴らしたんでしょうか?

剣の鎮め

邪を祓う、そんな行為でしょうね。直刀がいいですね、そる刀は鎌倉以降ですからね。
ですから、刺す武器だったんでしょうね。

ま、来年も楽しみにしてます。

投稿: jo | 2005年5月 4日 (水) 20時37分

joさん、2005年5月 4日 午後 08時37分

 写真のタイトルはMu命名です。
 誤解を与えるほど、極まっておりましたか(笑)。

 巫女さん装束は、調査が必要ですが、おそらく吉田神道以来じゃないでしょうか。あの時代にあれこれ決めはったようですから。
 少なくとも、古事記、日本書紀、古語拾遺、先代旧事本紀を見る限り、裸形の巫女さんは見あたりませんよ。
 鈴も剣も、どんなものだったかは、これは銅鐸だったり直刀だったり、なにも持たなかったり、榊なんかを持っておったのかもしれません。
 む、むつかしいですなぁ。

 で、巫女舞ですが、神社でおみくじ、お守りをくださる巫女さんよりも、神楽をなさっている巫女さんのほうが、きらびやかで写真になりそうですね。
 おっしゃるように来年も、また繰り返し写します(笑)。これはもう、MuBlog 年中行事ですがな。そのうち、慣れますって。

投稿: Mu→Jo | 2005年5月 4日 (水) 21時20分

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