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2005年5月29日 (日)

NHK義経(21)兄弟と御家人

承前

 今夜も過ぎた。
 義仲は倶利伽羅峠で平家七万の軍を蹴散らし、比叡山と手を握る算段を始めた。
 巴がよく似合っていた。

 義経が出陣となった。頼朝から後白河法皇への贈り物を届ける先遣隊という名目で、頼朝から兵500を預かった。

 頼朝と義経は政子もいれて、鎌倉政権を維持するための考えをお互いに述べた。
 というよりも、頼朝から「情よりも理」と、義経に強い指導があった。

 45分間、きっちり見終わった。
 感想はそれほどない。
 ただ、じっくり、余すところ無く見た。

 義経の悲劇は避けられなかったと言う想いが、今夜も残った。
 来週も楽しみにしている。

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コメント

先輩 お疲れの御様子。

倶利伽羅峠での義仲の戦いが中心でした。
しかし、殆ど映像は有りません、金がかかるからね。残念なり。

火牛の計は元々は、春秋戦国時代の斉の国の武将が牛の角に剣を巻きつけお尻のシッポに火の束をつけて敵陣に放った故事であるが、義仲は角に松明を結びつけ山を下らせた。

富山、石川の県境の不思議な名前ですが、このあたりは元々が朝鮮半島との関係が深い。

伽羅の国、南朝鮮の国である、大陸との関係に深い名前ですね。

遂に義経の出陣でした、これからが面白いですよ。

投稿: jo | 2005年5月29日 (日) 21時33分

joさん、2005年5月29日 午後 09時33分

 おはようさん。
 昨夜はそう言えば記事量や記事迫力(笑)に欠けますな、われながら。
 ちゃんと鑑賞しましたが、ちょっと事情で。

 つまり、
 土曜の午後は、『梅安針供養』で、最後に梅安さん、小杉十五郎さん、彦次郎さんらが熱海の湯船にどっぷり浸かって長逗留しているのを味わい。
 日曜の午後は、『鬼平犯科帳:22 迷路』で、ミステリアスな事件の成り行きに、はらはらどきどきしていたのです。

 おまけに、義経が終わった後は、キーンさんの『足利義政』を小一時間読みました。

 つまり。
 池波正太郎・世界に、土日の午後ひたってしまったので、どうにも筆がゆうことを聞かんようになりましてな。

 なお、針供養も迷路も、再読ですが、新鮮でした。

投稿: Mu→Jo | 2005年5月30日 (月) 04時29分

観ました。
今回は、私にとって、今まで持っていたモヤモヤをすっきりさせてくれるような内容でした。頼朝は、新しい国創りには、理が必要で情は邪魔と考えた。義経は、情が第一と考え、頼朝の考えが理解できなかった。主義主張の違いは、兄弟と言えども相容れることはできなかったんだ。と考えれば、その後の展開も分かるような気がしてきました。義経は、兄を立てて従っておれば良かったのにと思えるんですが。

投稿: hisaki | 2005年5月30日 (月) 08時59分

 今回は久しぶりに(面白かったな~。)と思ったのですが。

 (理の人)頼朝と(情の人)義経の対比が、鮮明に出てきました。義仲もどっちかと言えば、情の人でしょう?
 頼朝は(情)を一番としない理由として、自分が生き残れたのは、清盛の(情)の部分でもあったというわけですからね。
 頼朝の(理)を重んじるのは、伊豆に流され孤立無援の状態で、御家人をまとめあげるのは、しっかりとした契約関係に基づくものでなければならなかったという理由に納得してしまいました。(中井さんの演技が上手いからかなあ。)
 「御恩」と「奉公」という鎌倉の封建制度のいい復習になりました。

投稿: wd | 2005年5月30日 (月) 10時00分

hisaki さん、2005年5月30日 午前 08時59分
 そうですね。
 兄の言うとおりするか、あっさり奥州にもどるか、こういう選択子はあったでしょうね。
 兄の言うとおり、というのは、どうであれ頼朝は優れた政治家でしたから、義経がそれを見抜いて、完璧に下地(げち)に従う姿勢をとればよかったのでしょう。無理でしょうけどね、才能の奔流をとどめるのは(笑)。
 どうしても、駄目だった。
 その思いが、つらいですね。

投稿: Mu→hisaki | 2005年5月30日 (月) 18時06分

wdさん、2005年5月30日 午前 10時00分

 中井さんは上手ですね。
 だから今回、義経と頼朝は、とてもよい配役だったと考えます。ツボにはまった感じです。
 頼朝の義経を見る、深く暗い眼差しは絶品です。
 義経の、悲劇の哀感をたたえた、うつむきかげんの眼差しも、いたについております。

 本領安堵、これが幕府(まだ征夷大将軍じゃなかったですね)のシステムでしょう。契約。
 それを恣意に違えると、頼朝といえども立場が危うくなるわけですね。

投稿: Mu→Wd | 2005年5月30日 (月) 18時11分

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