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2005年4月18日 (月)

木幡残照2005年4月17(日)

木幡残照2005年4月17日

木幡残照2005年4月17日
 昨夕、西方浄土が気持ちよく見えた。ずっと、日曜日の夕方は風呂に入るしかすることはなかったが、写真をとってみた。
 日曜日の夕方に、しっとりと夕日を眺めている生活に安堵もした。
 これからも、こういうひとときを得るために、考えたり、身体を動かしたりするのだろう。
 いつも思うのだが。
 両の手の平にもてるものは限りがある。
 何かを得れば、なにかがすべり落ちる。
 だから、こういう夕刻の風景を眺める人生をえらんだら、他の何かは他の人達のものになる。
 と、昨夕に思った。
 今朝はいつになく早く起きたが、その気持が残っていた。

 さて。
 しっかり、今日も明日も生き抜こう。

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コメント

夕焼けの風景は宜しいですね。

飛行機雲ですか? 西方浄土ですか?

何時かは、娑婆の世界ともオサラバして心の安寧を求める静かな世界を求めるもんやね?

しかし、なかなか娑婆は捨てれない、周りにガチガチの関係する人々が存在する。切ることは出来ませんね。

ま、夕焼けを眺めて、風呂でも入り、身体に休息を与えましょうぞ。

投稿: jo | 2005年4月18日 (月) 11時54分

joさん2005年4月18日 午前 11時54分

 娑婆っ気はまだまだあるんやけどね。
 ただ、どうしても、特定時間、のんびり夕日をみたり、
 本を読んだりする時間がないと、狂う予感がしますな。

 そして、その時間が常人の数倍必要なようです。つまり、回復に。
 なかなかに、気むずかしく歳をとる年月だったようです。

 なんとか、「のんびり時間」を死守したいですね。
 死活問題ですな。

投稿: Mu→Jo | 2005年4月18日 (月) 18時23分

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