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2005年2月27日 (日)

0502270・NHK義経(8)牛若の夢

承前
 今日は早朝から水滸伝(北方謙三)の13、14と2冊も完読した。じつによい。後味も。しかし書評らしきものを書くには腕が動かない。何千度も記すが、左手マウスを触る想像をするだけで右腕右肘にツーッツと痺れ、痛みが走る。笑っている、生命体の不思議さに。脳はイメージを痛みに見事変換させる、想像絶する能力を持っている。

 さて義経。じっくり楽しもう。先程温泉湯に鼻先まで浸かった。
 よい人生であるぞ(笑)。
 これで両手両腕が往年の神の手のようにマウスやキーボードを操れるなら。おお。
 では、後刻に。

鑑賞後
 これまで義経のことにはあまり言及しなかったが、今夜見終わって思った。彼はあのドラマで古典的な二枚目を演じていて、それがとてもよい、と思った。母思い、友人思い、師匠思い、そして育ての親(清盛)思い、夢。
 それで佳いと深く思った。
 いずれも、生きていく内に捨てていくものばかりなのではあるが。
 血と暴力と裏切りと、抗争、そして義経の場合には好色、総ては背景にしつらえてある。
 だから、義経を背景から浮き上がらせて、今夜描いている、それで佳いと思った。

 あの二枚目、オタッキーとしか知らないが(ターキーだったか?)、うまく乗り出したなぁ。
 30年後、しぶく光るように思えた。

今夜もおもしろかった。
小松殿の縁地を散歩してもよいなぁ。東山、山麓。

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2005年2月25日 (金)

0502250・わに:王仁墓と王仁公園

王仁墓(大阪府枚方市藤阪東町2丁目)マピオンBB地図

制作中春にはなんとか完成します。

承前

王仁公園案内板

王仁公園案内板

王仁墓案内板(ライオンズ・クラブ

王仁墓案内板(ライオンズ・クラブ)

大阪府指定史跡 伝王仁墓

大阪府指定史跡 伝王仁墓

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2005年2月22日 (火)

0502220・おおのやすまろ:太安萬侶墓

制作中:3月には完了させたいです。

 2月のある日思い立って奈良県北部の山間を愛車で走った。とあるところで道を間違えてしまった。
 そこに、古事記編纂者太安萬侶の墓があった。

 太安萬侶といえば、「多氏」。これは底が深いので、後日にみっちりと。
 しかし、発見されたのはつい最近と記憶が渦巻いたが、実際は昭和54年1月(1979)。すでに四半世紀前の過去、幾星辰でした。

 ……
 続きは後日に。

太安萬侶墓(奈良県奈良市此瀬町)マピオンBB地図

史跡 太安萬侶墓

史跡 太安萬侶墓

登り口から見上げた太安萬侶墓

登り口から見上げた太安萬侶墓

登り口

太安萬侶墓への登り口

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2005年2月20日 (日)

0502200・NHK義経(7)政子繚乱

承前
 今夜は神戸港の昔と、他方は北条政子さんの話らしい。
 今の神戸に清盛公関係遺跡があるのだろうか、調べようと思ったが、付け焼き刃なので後日としよう。
 政子さん一家は、一族存亡をかける覚悟で頼朝を婿にしたのだろうか。いかに貴種であっても虜囚にかわりはない。婚姻し、子供なんかが生まれた日には、平家も黙っておるまい。

 ところでこの北条氏は、足利氏にくらべて尊皇思想系からは憎まれておる。幕末にだれかが尊氏木像の首を切ったのは、間違いだとも噂される(?)。これも後日に。

 ではまた後刻。

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2005年2月18日 (金)

0502180・十一万アクセス

承前:十万アクセス
 今朝、午前六時ころに11万アクセスになっていました。

(1)本日記録
  対象日: 2005/02/18(金) 午前六時ころ
  累計アクセス数: 110004
  1日あたりの平均: 325.44

(2)先週:検索ワードランキング( 5件以上のみ)
  対象日: 2005年02月07日(月)~ 2005年02月13日(日)
  合計数:1241

順位 検索ワード 件数
1 ダヴィンチコード 129
2 地図 31
3 京都 26
4 アートスペース上三条 18
5 義経 15
6 寺田屋 13
7 水滸伝 12
8 うどん 10
9 弁慶 10
10 写真 9
11 新撰組 8
12 先代旧事記 6
13 石舞台 6
14 肉うどんレシピ 6
15 北方謙三 5
16 石舞台古墳 5
17 美しいサイト 5
18 葛湯 5
19 角川書店 5
20 谷口敏夫 5
21 鞍馬寺 5

(3)先週:検索フレーズランキング( 3件以上のみ)
  対象日: 2005年02月07日(月)~ 2005年02月13日(日)
  合計数:292

順位 検索ワード 件数
1 ダヴィンチコード  映画 4
2 SAN  FRANCISCO  INTERNATIONAL  AIRPORT 3
3 ローレライ  VISUAL  BOOK 3
4 弁慶  うどん  京都 3
5 物部  葛野  くずの 3
6 義経  六波羅  地図  京都 3
7 英国  寺院  ダヴィンチコード 3
8 角川書店  ダヴィンチコード 3
9 銅鐸  祖霊 3
10 霊山城  京都 3

(4)先週:曜日別
  対象日: 2005年02月07日(月)~ 2005年02月13日(日)
  合計数:1652

曜日 アクセス数
MON 280
TUE 224
WED 245
THR 182
FRI 203
SAT 223
SUN 295

(5)先週:記事ごとランキング

(6)分析
 後日に。

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2005年2月13日 (日)

0502130・NHK義経(6)金売り吉次かな

承前

鑑賞前
 今夜は新聞情報によれば、遮那(しゃな)王が都に居づらくなる話のようだ。夜な夜な鞍馬から都へおりてきたからだろうか。出家しているはずなのに、長髪(笑)、稚児姿で徘徊するのは、今風に言えばぶっ飛んでいたのかもしれない。
 昔、一世風靡という器楽演奏集団(男性)があったが、私は義経というと、すぐにあれを思い出すのだった。

 話かわるが、後醍醐とか光源氏とかいう集団はあったが、「義経」とか「牛若」、「遮那王」はきいたことがない。あってもよかろう、ハイ・ヴィジュアル系のあらたな展開。あの稚児服の胸のぼんぼりが、はあ、なんともいえませぬなぁ。

 話をもどして、今夜あたりから金売り吉次がそろそろ大きくでてくるはずだ。昔の漫画の記憶では吉次に伴われて奥州、藤原秀衡(ひでひら)のもとへ駆け込んだ記憶だったが、類書をみたり、司馬さんの義経では、一人で行くように描かれていた。(途中で、吉次と別れた)
 ともかく、想像を絶するお金持ちの奥州藤原、力余る17万の軍団を擁する別国、外国へ行くようなものである。史実では、義経は奥州で完全に受け入れられたようである。源氏の御曹司、京風の若者、天才性、もろもろが独特の人を惹きつけてやまない魅力をみせていたのだろうか。

 このあとは深夜に記そう。
 さきほど夕風呂に鼻先までつかって、じっくり肩を休めたら、しばし楽になった。
 しかし、キーボードよりもマウスがまた、こたえだした。
 サロンパスを張って、午後8時に備え、しばし仮眠せんとす。

鑑賞後

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2005年2月12日 (土)

0502120・謹告(サイト休止のこと)

都合により、下記の関係サイトをお休みします。
完全な再開は、春をめざしております。

 葛野図書倶楽部(HPとblog)
 Canaan96
 テキストと情報学
 同上関係諸サイト

 関係諸子にご迷惑をおかけしております。
 深くお詫びもうしあげます。

なお、当MuBlogに関しては、諸事調整の上、暫時完全再開いたします。
その間、いくつかのサービスを休ませていただきます。

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2005年2月 6日 (日)

0502060・NHK義経(5)京の五条の橋の上

承前

 今夜は五条橋のようだ。

 先回は番組終了後だと眠くなるから事前にフレームだけ記した。今回は、マシンに対面すると右肩に激痛が走るので、分散して少量づつ掲載する。
 熱心な義経ファンがたくさんいるから休むわけにもまいらぬ。流行blogーも大変である(失笑)。

 さて、京の五条の橋の上を最初に認知したのは、意外にも、手塚治虫さんの漫画だった。タイトルも思い出せないが、いまこの記事を書き始めたとたんに、自動的に数々の名場面が蘇ってきた。だが、もう腕がしびれてきたので、これは後日。

 さて、さらに。現在の五条大橋のたもとには、小坊さんみたいな義経と弁慶の像がある。東には、屋台の弁慶うどんも夜な夜な店を開く。ぴりから・きんぴら、甘辛煮座布団おあげ、お肉と、まっこと美味しいが、これはすでにMuBlog で紹介した。(と、いつもならリンク張るところだが、これも後日)

 ところが、平安時代の五条橋は、現橋よりも北の松原橋らしい。考証は後日に。
 というわけで、この続きはまたいずれ。

 現在の松原橋。(地図

▼▲□■▽△

 いま無事見終わった。よかった。
 どうよかったかというと、先回も少しもらしたが、今年はわすれられた「定番」の良さ、といえよう。大昔の、オールスター忠臣蔵ののりである。場面場面が絵に描いたように、つまり団塊世代が遠い日にすりこんだ弁慶と義経と靜の絵がそのまま動画になったという風情だ。
 少なくとも義経については、その短い道行きを、そのまま描こうとしている。これはひとつの方法だと思った。義経以外の脇役陣には聞いたことも見たこともないエピソードが、随時挿入されていくが、骨、幹は「月並みの安心」、しかも豪華な「絵」で絢爛と描いている。

 五条大橋の様式、美形の義経、妖しい技。翻弄されるマツケンサンバ。おお、よいぞ。桜でしょうか、絵筆で空気の流れを描くような散り方。一見静的舞台を思わすが、そうではない。照明、カメラの角度、視点、これは動的な、動画の世界だ。

 他にも多々あった。
 ひげきり太刀をたばかられた清盛の憤怒。その声を屋敷の外で聞き分ける闇の男。その音響効果。うん、よいな。

 靜。よろしいな(と、目を細めるオジキが多いだろう。爆笑)
 烏帽子水干の男舞なんて、宝塚が平安時代に再臨したおもい(ちと、変な日本語)。
 義経の稚児すがた、靜の水干姿、白拍子というのでしょうか。巫女のような。若武者のような。一種倒錯的絵模様が、心をつかむ。これは、大河ドラマだからこのくらいで、とどめいくだろうが、アングラ(古語)でやるとすさまじいな。

 いずれにしても、今夜は記すMuも、そろそろ腕肩しびれ、限界。
 そう。
 男優も女優も、美男美女がいっぱい。不自然に最初は思ったが、これはこれであでやかで、まことによろし。

断片
  うつぼ:女子高生の雰囲気があって、よろし。
  徳子(清盛娘):貝あわせをしているときに、母時子が来たときの、最初の答え方、その風情、実に微妙によろし。
  時子の妹:後白河院の女御?:なかなかに、うつくしいにょしょうです。

  男は、ラクダカンのような(?)、五足とその相棒。だんだんようなってきた。
  常磐の後夫(後妻の反対語はなんだっけ)が、上手だな。まいりました。
  平家の公達は、みんな、それらしい二代目の頽廃と若さと、ようあらわれてよろし。

不満な点
  いまのところ、ない。
  うむ。義経が早く泥と血と汗にまみれてくれないと、なんとも、こそばい。あのぼんぼり稚児姿が鎧兜になる日をまとうぞ。

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2005年2月 4日 (金)

0502041・カタコンベ/神山裕右

カタコンベ / 神山裕右著<カタコンベ>. -- (BA68235214)
  東京 : 講談社、 2004.8
  335p、 図版 [1] p ; 20cm
  注記: 参考文献およびインターネットホームページ: p324-325
  ISBN: 4062125358
  別タイトル: Catacumbae
著者標目: 神山、右<カミヤマ、ユウスケ>

第50回 江戸川乱歩賞受賞作
所蔵図書館 54 [By Webcat 2005/02/04]

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0502040・すさのおじんじゃ:素戔嗚神社

素戔嗚神社(奈良県生駒市鹿畑町)マピオンBB地図

承前
 磐船神社を後にして、予定では生駒市の白庭台や、さらにその西につながる奈良市東部の登美ヶ丘へ行く予定だった。この地域はニギハヤヒの墓所など伝承の多い地域である。ところが、詳細な記事と地図のある「古代物部氏と『先代旧事本紀』の謎/安本美典」が鞄にも車にもなく、しばし呆然とした。
 というわけで、カーナビをさわったりしているまに、意外にも16世紀創建という真新しい素戔嗚神社にたどり着いた。

素戔嗚神社鳥居

素戔嗚神社正面鳥居
 神社は小高い丘の上にあった。境内には集会所のような建物があり、現代も村の人達が集まる場所だと思った。日本には、寺院と神社が全国にあり、宗教心がない国民と言われながらも、ハレの日にもケの日にも寄り集う場所として、ずっとあった。何はなくとも鎮守の森、神主さんと坊主。明治以前は、寺と神社が渾然一体溶け合っていたところも多いようだ。

由緒

素戔嗚神社由緒
 駒札、由緒高札をよんでみると16世紀に出来たらしい。Muの一連の話としては新品同様、新しい神社である。しかし、なぜ「素戔嗚尊」なのかと、境内で一休みしながら考え込んでしまった。どっか遠くの本宮から神さんを勧請するのはなにか理由があってのことだろうが、そのあたりが現代人の私にはわかりにくい。素戔嗚尊は牛頭(ごず)信仰というらしいが、日本神話の中でも特筆に値する「荒ぶる神さま」である。荒ぶる神さまを地元にお呼びして、小さな村の守護としたのだろうか。
 あるいは、ニギハヤヒ降臨伝承の影響が色濃く天正(秀吉時代)の時代にあったのかも知れない。それは、多分私の深読みだと思うが。

全景→南西方面

素戔嗚神社からの全景
 神社は、現代の奈良先端科学技術大学院大学のすぐそばにある。社のそばから南西を見下ろすと、右にNECの研究所、中央が大学である。神社と先端科学が隣近所にあって、見晴らしがよい場所、それは私が一番好む世界だった。日本の神さんは、風光を好まれる。淫祠邪教とはことなり、ともかく明るい。人が集まる所だからだと、変に理屈をこねるのは止めておく。

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2005年2月 2日 (水)

0502020・木幡の雪景色:雑記帳

 朝から雪だった。
 宇治は朝霧が有名で、まれに一寸先も見えない朝もある。しかし今朝は雪だった。

雪の木幡:午前7時ころ

雪の木幡
 こんな日にこそ、風雪梅安一家がそばにおれば、無理に連れ出して嵐山なんぞへ繰り出し、雪見の湯豆腐と熱燗でも、とふと思ったがままならぬ。
 まれな小雪だからこそそんなゆとりも心にわくが、毎日毎日豪雪だった(らしい)我が両親の北陸越前を思うと、その地をほとんど知らぬ末子ならではの、イメージなんだろう。

1.昨夜は、変態的なトラックバックに1時間攻撃を受けたが、ココログの適切な対応でなんとか終了した。どんなアラートがあるのだろうか、随分対応が早いと思った。記念に今朝のココログ記事を引用しておこう。

2005.02.02
2005年2月1日21:50 - 2月2日00:10 の間、ココログへのログインや記事の投稿ができない状態が発生しておりました。
現在は、復旧しております。
ご利用のお客様には長時間にわたり大変ご迷惑をおかけいたしましたことを深くお詫び申し上げます。

 攻撃を受けたblogはどのくらいなのだろうか(まさかMuBlog 一カ所ではない)、などといろいろ気にもなるが、そういう情報が結局変態を喜ばせるのだろう。連続アクセスなんて、ウィット、機知も教養も、なにもない技だな。

2.一太郎が松下の特許侵害をしたとか。
 今朝の新聞というか、昨日のラジオで耳にした。Muはジャストシステムに同情する。
 しかし、複雑なので、一言ではいえない。少しまとめておこう。

2.1 一太郎は本当に、縦書き日本語ワープロとして、優秀なソフトウェアである。また日本語変換のATOKは他に比較できない絶品の、あまりにすぐれているので使っていることをわすれるくらいに、よろしい。外国かぶれのソフトマニアも日本語変換だけは、たとえマックでも、そっとATOKを入れているのをよくみてきた。

2.2 一太郎の生みの親、徳島のジャストシステム社は、現今のソフトウェア産業時代、快調とは言えない。と、噂に聞く。売れ筋が限定されているので、その点で脆弱、しかも世の中は米国産のワープロソフトがマシン同梱の形式で普及している。

2.3 なぜ日本のパソコンメーカーは、一太郎を普及させる努力をすてて、米国産ソフトウェアに偏るのだろうか。ゆゆしい問題だ。つまり、初めての利用者は、まずよほどの者でないかぎり、パソコンに入っているソフトウェア以外を知らないし、場合によっては、パソコンとソフトウェアとの区別すらしない。そういう状態の中で、横文字主流の英語を基調としたワープロソフトを「世界」として提示してしまうなんてことは、ほとんど暴挙である。

2.4 そこで松下さん。
 特許問題は世界を相手にするとき、国内以上に神経を使うと言うことは、周知です。
 うそかまことか、米国などは、潜水艦方式というか、特許を申請するとき外部に見せず、何十年か後に一挙に開示して、「うちは、20年前にすでに特許をみとめられておる。君の会社、うん千億の侵害をしておる」とか、あるのかどうか? こういう手合いを相手に商売するのは、大変だとはおもうが。
 しかし。今度の、平成10年以来の訴訟は。
 最悪のばあい、一優良な企業、ソフトメーカーを壊すというか、弱体化させる危険性もある。噂では、松下さんは勝ってもほとんどゲインはないらしい。「ジャストシステムが返事をしなかったから」とか、訴訟の理由が新聞に載っていた。「他の企業も、これで特許の大切さに気づいてほしい」とかも。新聞記事を鵜呑みにはしないが、もし松下さんにそういう雰囲気があるなら。Muならこういいたい。どうせ訴訟を起こすなら、徹底的に世界のソフト世界のガリバー的なとこにしなされ。かんぐれば、松下さん、もしかしてひょっとして、どちらさんかと手を……。

2.5 企業どうしの訴訟沙汰なんて、裏になにがあるかわからない。昔、アップル社がマイクロソフト社のWindowsデザインを訴えたが、立ち消えになった。理由は、アップル社のOSデザインが、太古のゼロックス社のデザインをいただいていたとか。
 今回の争点に、すでに普及していた画面制御のうち、ショートカット方式をマウスで可能にしたのが特許侵害かどうかが争われた。Muが裁判官なら、そうじゃね。
 初めてマウスが生まれたときは、革命だった。初めてキーボードが現れた時と同じように。
 しかし、平成10年だと、マウスは十分に普及していた。
 松下さんが、よほど斬新新規なデバイスを用いて、ヘルプ機能を利用者に使いやすくしないかぎり(特殊センサーによる、念力とか)、マウス使用可が特許侵害なんて、ヤクザの言いがかりにしか思えない。

2.6 結論
 企業どうしの係争に口をだせるような、知識も経験もないが、おかめはちもく、Muのこれまでの一般則、常識からは、ジャストシステム一太郎に肩を持つ。大松下が、一体どうしたことだろう。
(ところで、自動車に車輪が4つあるの、どこかにライセンス料を払っているのだろうか。ハンドルが丸いのも?)

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2005年2月 1日 (火)

0502010・トラックバック攻撃

 今夜9時46分ころから、10時56分ころまで約1時間、某所(多分米国)から攻撃をうけた。
 へろへろトラックバック・ミサイルは、一時間もかけて、たったの30本だった。
 おそらく、ココログは先年のコメント攻撃に対応して、一定間隔を開けないと連続投稿をできないような仕掛けにしてあるからだろう。

 10時過ぎに気がついてニフティへメルをしたら、しばらくして(22:40)自動受付返信があった。
 ロボット返信だから、誰も気づかず、攻撃は止まないだろうなとおもっていたら、11時ころからとまった。
 ついでに、もちろんココログも「トラックバックなどの受付を停止します」というメッセージがでるようになった。
 ココログは迅速に対応してくれた。
 実に、うれしい。

 ニフティに緊急でメルしたのは、ログインすらできなくなって(連続攻撃の為にMuBlogオーナーのログインすら受け付けてくれなくなった)、トラックバックのカットも不可能になったからである。
 この件、明朝あたりにココログから、クレームを出した者に返事があるかも知れないので、あれば可能な範囲でコメント記録にしておく。

 それにしても、世間の変態にもこまったものだ(と、爺さんらしい慷慨)。
 愉快犯なのかな。
 腹立たしいから、全てを記録するというMuの節を曲げて、その者のアドレスとか「ここをみてね」のふざけたメッセージも載せない。愉快犯も、名を公開しなければ、ちっとも愉快じゃないよな。

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