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2005年2月 6日 (日)

0502060・NHK義経(5)京の五条の橋の上

承前

 今夜は五条橋のようだ。

 先回は番組終了後だと眠くなるから事前にフレームだけ記した。今回は、マシンに対面すると右肩に激痛が走るので、分散して少量づつ掲載する。
 熱心な義経ファンがたくさんいるから休むわけにもまいらぬ。流行blogーも大変である(失笑)。

 さて、京の五条の橋の上を最初に認知したのは、意外にも、手塚治虫さんの漫画だった。タイトルも思い出せないが、いまこの記事を書き始めたとたんに、自動的に数々の名場面が蘇ってきた。だが、もう腕がしびれてきたので、これは後日。

 さて、さらに。現在の五条大橋のたもとには、小坊さんみたいな義経と弁慶の像がある。東には、屋台の弁慶うどんも夜な夜な店を開く。ぴりから・きんぴら、甘辛煮座布団おあげ、お肉と、まっこと美味しいが、これはすでにMuBlog で紹介した。(と、いつもならリンク張るところだが、これも後日)

 ところが、平安時代の五条橋は、現橋よりも北の松原橋らしい。考証は後日に。
 というわけで、この続きはまたいずれ。

 現在の松原橋。(地図

▼▲□■▽△

 いま無事見終わった。よかった。
 どうよかったかというと、先回も少しもらしたが、今年はわすれられた「定番」の良さ、といえよう。大昔の、オールスター忠臣蔵ののりである。場面場面が絵に描いたように、つまり団塊世代が遠い日にすりこんだ弁慶と義経と靜の絵がそのまま動画になったという風情だ。
 少なくとも義経については、その短い道行きを、そのまま描こうとしている。これはひとつの方法だと思った。義経以外の脇役陣には聞いたことも見たこともないエピソードが、随時挿入されていくが、骨、幹は「月並みの安心」、しかも豪華な「絵」で絢爛と描いている。

 五条大橋の様式、美形の義経、妖しい技。翻弄されるマツケンサンバ。おお、よいぞ。桜でしょうか、絵筆で空気の流れを描くような散り方。一見静的舞台を思わすが、そうではない。照明、カメラの角度、視点、これは動的な、動画の世界だ。

 他にも多々あった。
 ひげきり太刀をたばかられた清盛の憤怒。その声を屋敷の外で聞き分ける闇の男。その音響効果。うん、よいな。

 靜。よろしいな(と、目を細めるオジキが多いだろう。爆笑)
 烏帽子水干の男舞なんて、宝塚が平安時代に再臨したおもい(ちと、変な日本語)。
 義経の稚児すがた、靜の水干姿、白拍子というのでしょうか。巫女のような。若武者のような。一種倒錯的絵模様が、心をつかむ。これは、大河ドラマだからこのくらいで、とどめいくだろうが、アングラ(古語)でやるとすさまじいな。

 いずれにしても、今夜は記すMuも、そろそろ腕肩しびれ、限界。
 そう。
 男優も女優も、美男美女がいっぱい。不自然に最初は思ったが、これはこれであでやかで、まことによろし。

断片
  うつぼ:女子高生の雰囲気があって、よろし。
  徳子(清盛娘):貝あわせをしているときに、母時子が来たときの、最初の答え方、その風情、実に微妙によろし。
  時子の妹:後白河院の女御?:なかなかに、うつくしいにょしょうです。

  男は、ラクダカンのような(?)、五足とその相棒。だんだんようなってきた。
  常磐の後夫(後妻の反対語はなんだっけ)が、上手だな。まいりました。
  平家の公達は、みんな、それらしい二代目の頽廃と若さと、ようあらわれてよろし。

不満な点
  いまのところ、ない。
  うむ。義経が早く泥と血と汗にまみれてくれないと、なんとも、こそばい。あのぼんぼり稚児姿が鎧兜になる日をまとうぞ。

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小説木幡記」カテゴリの記事

コメント

Muさん 大丈夫ですか? 無理せんで下さい。

回復してからで、コメントは放置しておいて下さい。

私も義経を楽しませて頂いております。様式の美を踏まえていますね。桜と月が見事でした。可憐な衣装もよろしい。

しかし、六波羅の入り口で刀狩りをして、大丈夫だったんでしょうか?叡山の僧兵と平家は拮抗していたんでしょうかね。

それにしても、やはり鞍馬と叡山、密教、中国武術、行者、役小角、葛城、長脛ヒコ、山の民、妖術、と義経の背景には不思議な歴史が支えているようです。

稲作と権力側に居なかった人々の力を背景にしたのでしょうかね。

それにしても、安心してテレビを観れますね。

投稿: jo | 2005年2月 6日 (日) 22時01分

joさん (2月 6, 2005 10:01 午後)
 この間、やたらと読書して、結局、いつなにを読んだのかわからなくなった。
 で。
 修験道、これあればこそ、神道が仏教に飲み込まれずにすんだ、……とか。
 ~
 また、後日。

投稿: Mu→Jo | 2005年2月20日 (日) 19時43分

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