« 0502020・木幡の雪景色:雑記帳 | トップページ | 0502041・カタコンベ/神山裕右 »

2005年2月 4日 (金)

0502040・すさのおじんじゃ:素戔嗚神社

素戔嗚神社(奈良県生駒市鹿畑町)マピオンBB地図

承前
 磐船神社を後にして、予定では生駒市の白庭台や、さらにその西につながる奈良市東部の登美ヶ丘へ行く予定だった。この地域はニギハヤヒの墓所など伝承の多い地域である。ところが、詳細な記事と地図のある「古代物部氏と『先代旧事本紀』の謎/安本美典」が鞄にも車にもなく、しばし呆然とした。
 というわけで、カーナビをさわったりしているまに、意外にも16世紀創建という真新しい素戔嗚神社にたどり着いた。

素戔嗚神社鳥居

素戔嗚神社正面鳥居
 神社は小高い丘の上にあった。境内には集会所のような建物があり、現代も村の人達が集まる場所だと思った。日本には、寺院と神社が全国にあり、宗教心がない国民と言われながらも、ハレの日にもケの日にも寄り集う場所として、ずっとあった。何はなくとも鎮守の森、神主さんと坊主。明治以前は、寺と神社が渾然一体溶け合っていたところも多いようだ。

由緒

素戔嗚神社由緒
 駒札、由緒高札をよんでみると16世紀に出来たらしい。Muの一連の話としては新品同様、新しい神社である。しかし、なぜ「素戔嗚尊」なのかと、境内で一休みしながら考え込んでしまった。どっか遠くの本宮から神さんを勧請するのはなにか理由があってのことだろうが、そのあたりが現代人の私にはわかりにくい。素戔嗚尊は牛頭(ごず)信仰というらしいが、日本神話の中でも特筆に値する「荒ぶる神さま」である。荒ぶる神さまを地元にお呼びして、小さな村の守護としたのだろうか。
 あるいは、ニギハヤヒ降臨伝承の影響が色濃く天正(秀吉時代)の時代にあったのかも知れない。それは、多分私の深読みだと思うが。

全景→南西方面

素戔嗚神社からの全景
 神社は、現代の奈良先端科学技術大学院大学のすぐそばにある。社のそばから南西を見下ろすと、右にNECの研究所、中央が大学である。神社と先端科学が隣近所にあって、見晴らしがよい場所、それは私が一番好む世界だった。日本の神さんは、風光を好まれる。淫祠邪教とはことなり、ともかく明るい。人が集まる所だからだと、変に理屈をこねるのは止めておく。

参考
 素戔嗚尊と、下記のニギハヤヒ関連サイトと、一体どういう関係があるのかとご不審の方もおられましょうが、知識とはそういうもので、連想というか、カオスというか、曖昧模糊とした中から生きた知識→知恵が生じるのだと思っています。
 ニギハヤヒはニニギの兄と言われています。兄弟です。祖母はアマテラスさんです。そして、素戔嗚尊はアマテラスの弟と言われています。一説に、この姉弟は夫婦だったとも、最近目にしました。もし夫婦ならば、ニギハヤヒにとって素戔嗚尊は祖父になります、……。この件は、また遠い後日に。
  
 鳥見(生駒山付近)
  [Mu註:google検索では作者が不詳ですが、よい写真がありました]
    「饒速日命墳墓」(ニギハヤヒ)や、
    「饒速日命の妻にして長髄彦の妹、御炊屋姫(三炊屋姫、登美夜毘売)のお墓」
 先代旧事本紀の世界[Mu註:上記鳥見と同じ作者サイトです。]

 想定地図饒速日命墳墓
 [Mu註:行ってみれば解るわけですが、本記事冒頭に記したように一度目は行けなかったので、地図上でイメージを湧かせています]

|

« 0502020・木幡の雪景色:雑記帳 | トップページ | 0502041・カタコンベ/神山裕右 »

地図の風景」カテゴリの記事

コメント

三輪山の大国主、大物主に迫るためにはスサノオに迫る必要がありますね。息子やからね。

スサノオの特徴はヤマタノオロチ退治やね。製鉄民を稲作民がやっつける話。そして稲作の娘を嫁にする、クシイナダ姫。

どうも出雲系統は今まで、朝鮮半島の鉄の民族だと考えてきましたが、神話はとても、南方長江文明に近いですね。

実は、最近又、長江を調べ直している。長江北の蘇州を拠点に栄えた呉の国と、長江南の越の国。青銅の製作に関しては当時、世界の最先端技術を持っていたそうだ。

秦が中国を統一する前の春秋戦国時代ですね。呉と越は互いに戦争を繰り返すんですね。そして、お互いに隣の楚の国に滅ぼされる。

呉と越は海洋民族でもあり、稲作と青銅の武器の先端科学技術を持っていたそうです。

私はこれからの課題は楚の国に滅亡させられた時、次に秦が中国を統一した時、最後に漢王朝が統一した時。この3回の歴史的激動期に船団が上海から黒潮に乗り出したと推測します。

投稿: jo | 2005年2月 4日 (金) 15時22分

joさん (2月 4, 2005 03:22 午後)
 神武さんから崇神さんまで、都はずっと南部、橿原市、御所市のあたりでした。崇神さんになって、三輪山近くへ引っ越された。
 その間奈良県北西部の、登美、鳥見の、ニギハヤヒさんが降臨したところはどうなっていたんでしょう。ニギハヤヒの嫁さんの兄になる長臑彦が神武さんに破れて以来、ニギハヤヒの系列は物部になって天孫系に本当に溶け込んでいったのでしょうか。
 ……

 ともかく、
「(呉越が)楚の国に滅亡させられた時、次に秦が中国を統一した時、最後に漢王朝が統一した時。この3回の歴史的激動期に船団が上海から黒潮に乗り出したと推測します。」
 この話では、いずれも紀元前に大陸南部、長江文明が日本にたどり着きだしたと、考えて良いわけですね。いわゆる弥生時代が花開きだしたのと同時期なんでしょうか。

 つきませんね、話が。
 一生かかっても、未解決事件のあらましを模索しそうです。
(ヤマト問題(旧称邪馬台国)以来、アマチュア、プロ、これで一生終わった事例がたくさんあるけど、うなずけます。この謎は、こたえられないもんですなぁ)

投稿: Mu→Jo | 2005年2月 4日 (金) 15時56分

最近の科学の進歩により、日本の稲作の伝播が解明されましたね。DNA分析が中心ですね。

最初は陸稲の伝播なんですね。焼畑です、これも長江下流域のものが日本に伝播した。

その後、長江下流域では水稲が開発され日本に伝播した。棚田はとても理にかなっているそうです。最初は棚田から水稲から開始したそうですね。

治水技術がなくても、上から水を誘導すればいい訳ですからね。平地が無くなり、山肌で棚田を作ったのではないんだそうです。もともと、棚田から稲作は始まったとね。

現在の日本の歴史では縄文の晩期には既に稲作がは始まっていたというのが、通説になり縄文中期まで遡る説もあるようです。

と、すれば、ヤマトでは既に海外から稲作を伝えた外人部隊は土着化していたと考えていいでしょうね。

それから、海外の技術の移入で重要なのは、鉄の技術者であり、土木工学に勝れた技術者でしょうね。

鉄と土木技術で格段に稲作の面積の拡大と、収穫量は増えたでしょうね。それで、富が蓄積され、人口も増える。王権の成立でしょうね。

しかし、面白いですね。

投稿: jo | 2005年2月 4日 (金) 19時19分

joさん(2月 4, 2005 07:19 午後)

 最近、JO教授の講義をひたすらノートにまとめる日々ですね。

ヤマト縄文末期
  長江から→陸稲(焼き畑)→水稲
  移住者は弥生初期には土着化していた。

棚田
  治水技術なしで水稲栽培可能。
  田毎の月は、土地が狭いからではない。
  水を上から順番に流せる。

  疑問?
    一番上の水は、どこから来るのか。
  後世影響
    日本で小型ラジコンヘリがヒロボや
    ヤマハで、世界に先駆けて発達
    したのは、縄文期末期水稲による
    棚田の普及が淵源となる。
    (狭隘地・高低差のある所での
     ラジコンヘリ薬剤散布)

鉄と土木技術
  日本で、青銅器以前に鉄が使われていた
  という話(よたばなし?)を聞いたが
  どうなんだろう。

総括
  土着と少数渡来。文明の伝搬。
  日本は、ヘレニズムみたいな様相
  だったのかな?
  つまりアジア大陸というても、様々な
  文明があって、そのるつぼ、モザイクが
  当時の日本だったのだろうか。
  モザイク、パッチワークみたいなままの
  部分もありそうだ。

投稿: Mu→Jo | 2005年2月 5日 (土) 09時53分

棚田の一番上の田圃の水はどうするか?

Muさん、あんまり山知らんでしょう?私は役小角ばりに山で長年修行したから、詳しい。

以外に山の上の方でも水は湧くんです。多量の水は必要ないんやね。常に少量でも湧き出ていれば最高です。

段々に水は温められます。山の中から竹を利用して水路を作り棚田に導くんやね。孟宗竹を輪切りにして、水路とするんやね。

話は変るけど、四国の梅安さんの故郷では崖のような斜面でみかんを育てていますね。あれは、大変やな~と思いました。

まさに、ラジコン技術が利用されても良さそうやな~と思いましたよ。

さて、鉄と青銅の舶来について。

日本にはほぼ同じような時期に伝播したという説が有りますね。多分そうなんやろね。問題は鉄の品質と素材の確保なんやね。

砂鉄での玉鋼製造が主流だったのと、多くの鉄の板は南朝鮮のカラから輸入でした。(鉄テイの輸入)
ヤマトにとりミマナ、キンカンカラ、という拠点は重要でした。

鉄の製造拠点は出雲から丹後、琵琶湖西岸、三島、吉備でしょうか。飛鳥とか高野山とかは水銀、朱やね。

投稿: jo | 2005年2月 5日 (土) 10時49分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 0502020・木幡の雪景色:雑記帳 | トップページ | 0502041・カタコンベ/神山裕右 »