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2005年1月23日 (日)

0501231・NHK義経(3)鞍馬の遮那王

承前

 牛若=遮那王役の神木隆之介という俳優(子役)が、なかなかに見所があった。表情のひとつひとつがよい。うまくすれば上等な役者になって行くのかも知れない。ふと、世阿弥を思い出した。時々刻々と芸は変化し、花も色を変えていく。今の常磐と牛若との対立は、ちょうど良き加減に演じきっていた。
 それにしても、本来斯様なねちこい芝居は身に沿わぬのだが、役者が救っていた。
 まず、常磐と牛若。この母ものが現代風に、するどく描かれていた。照明やメークなどが上手なのだろうか、凄惨な母の心情が常磐の面ににじみ出ていた。そして、悲惨な捨て子、放逐を受けてたつ牛若の表情は、それにもまして繊細な反応だった。
 あのNHK、役者をそろえるのは実に上手だ。

 次に鬼一法眼(きいちほうげん)。
 往年のシャンソン歌手、三島由紀夫の友人だった丸山明宏、名を変え美輪明宏。鬼一は陰陽師となっていたが、別に軍学師とも言われる。実在はしていないはずだが、妙に義経といえば鞍馬、鞍馬といえば天狗。それが鬼一となる。義経記の解説でも読めば分明となろうか。
 鞍馬の近辺は昼なお暗い。昔畏友梅翁と北の常照皇寺から鞍馬へ回ったときは、運転に恐怖するほどの暗さだった。天狗がでてもおかしくない。その中で鬼一法眼が白光のイメージで立ち現れた。これがよかった。美輪さんは、黒蜥蜴じゃないが暗い雰囲気の中でコントラストが鮮やかな人だが、今度はまばゆい光に包まれて登場した。鞍馬の天狗として、どうなるのか、そして遮那王は軍略をどのように学ぶのか。楽しみである。

 次に後白河上皇
 平幹二朗。まだ今夜は頭を丸めてはいないので、法王ではなく上皇のようだ。それにしても、ああいう衣装をつけて今様狂いを演じる様は、ほとほと「役者やね~」と感嘆する。妖しい堂上言葉というか京ことばで、ちくちくと清盛に皮肉をいうところなぞ、ねちこいという前に、哄笑するほど上手に思えた。あの不気味さ、あの腹の底の見えなさ。本当に、後白河上皇があったればこそ、「平家物語」「義経」もおもしろくなる。稀代のキャラクターである。天皇家百幾代の御代御代、後白河上皇、後鳥羽院、後醍醐天皇さんあたりは、いま、時の人になってもお似合いではなかろうか。すさまじい性格の痕跡を正史、秘史、稗史に残しておられる。その中でも頼朝をして「日本一の大天狗」といわしめた後白河法王。そして、平幹二郎、この妖しさは、この不気味さは、とうてい並の役者では出せないだろう。感嘆。

 次にお徳
 白石加世子。女。そう、女のすさまじさを味わった。あの目、くちもと、微笑と愛情と含み。まだ牛若が幼い故に、それ以上の表情、声の質は魅せなかったが。この女優は、存在しているだけで、凍らせるすごさがある。地の底からうごめきだすような、その台詞が未だ耳に達せぬ、未だ発せられてはいないというのに、姿をみただけで、なめらかな語りを聞いただけで、全身に悪寒と快感とが交互に押し寄せる。
 私は若い頃に、ほんの一年間ドイツ語に執心した。それは外国語の耳へのくすぐりがどうにもたまらなかったせいである。しかしそのころ、早稲田小劇場の白石加世子をなにかで観、耳にしたとき、「役者」とは「巫女」であり、この世のものではないと悟った。
 そういうかつての刻印が、彼女の姿を瞥見しただけで、蘇る。
 たしかに、牛若に初めて声をかけた今夜、もう始まっていた。なにかが。

 今夜は、よかった。また来週も観よう。

参考
    NHK大河ドラマ「義経
    鞍馬寺のこと[MuBlog:いつか最新の鞍馬の様子をみておきたい]

    鞍馬寺[地図
    くらま温泉[温泉旅館案内

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コメント

何時も感心するけど、Muさんは感性豊かな人やね。

私なんぞは、義経が孤児達と遊んでいる時に、何を食ってるのかな~~?とか、お徳さんの乳母車見てて、昔の子連れ狼を思い出し、牛若が都に出てくる場面では鞍馬から遠距離をマラソンで来たのか?とか、しょうもない事ばかり考える。

しかし、今日は良かったです。来週も観ます。

投稿: jo | 2005年1月23日 (日) 22時59分

joさん (1月 23, 2005 10:59 午後)
 まるっきり同じこと考えてました。
 とくに、12キロx2倍を子供の足で深夜走るとどうなるかなぁ、とか激烈に考え込みましたがな。
 で、当時はバイクも自動車もないから、みんな、あるき慣れ、走り慣れしておるだろうから、まあ、OKと得心しましたで。

投稿: Mu→Jo | 2005年1月24日 (月) 00時12分

 京都は狭いです

 大河ドラマは見ていませんがMuJoお二人が揃って鞍馬から都まで牛若丸はどうしたんやろ?と不思議がっておられるので一言。

 常照皇寺は西北の方で確かに市街地からかなり遠いですね。彦さんに連れて行って貰ったときそう感じました。運転手役の彦さん差し置いて川べりで酒など注文して悪かった思います。

 対して鞍馬は印象としては遠くないです。グーグルに聴きますと、鞍馬10Km、常照皇寺20Kmという感じですね。昔の子供だったら10Kmは軽いものだったでしょう。

 鞍馬山は大昔学生の頃火祭りに一度行きました。火祭りに野郎どもだけで行っちゃあいけませんよ。

 二度目が数年前彦さんの車で行ったときでした。昼なお暗き、そのもので怖くなりましたね。下りの坂道でズズズッと車がすべったの覚えています。もののけでもおるんやろか?思いました。後で考えたのですが聖地ですから北山杉の産地と違って木に手をいれていないのでしょうね。本当に暗かったですね。坂が急でね。

投稿: ふうてん | 2005年1月24日 (月) 01時24分

ふうてんさん (1月 24, 2005 01:24 午前)
 忘れていたので、これから本編記事に地図をリンクしておきます。

 鞍馬は暗いけれど、本堂のあるあたりは眺望もよくて、明るいですね。
 なんどでもおつれしますから、どうぞ言ってください。鞍馬温泉がちかくにあるので、そこの野天風呂で熱燗なんて、よさげです。それもリンクしておきますので、観ておいてください。

投稿: Mu→ふうてん | 2005年1月24日 (月) 05時04分

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